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問題は、この事件が一体誰の手によるものか、ということだ。
といっても、犯人は明白だ。シャール侯爵夫妻だ。僕が死んで一番の恩恵を受けるのは彼らだから、それ以外は考えられない。
動けるようになった僕は、すぐにマティアを呼び出した。
「あ……、あ、兄上!お目覚めで……!」
マティアは僕の顔を見て絶句したが、すぐに我に返った。顔色は悪いのは当然か。僕が死にかけて疑いをかけられ、今の今まで軟禁されていたのだから。
ダルクと、ダルクの代わりの護衛の視線が冷たくマティアに突き刺さる。彼は半泣きで、「僕ではありません!」と弁明を始めた。
「ちがう、ちがうんです、兄上、信じてください!」
「わかってるよ、マティア」
「兄上……!」
実際、今更マティアが僕を殺すことはないだろう。ここまでの腹芸ができるなら大したものだけどね。
「でもマティア、君の仕業でないなら誰の仕業かわかるよね?」
「……」
微笑むだけで皮膚が引き攣って痛む。今のマティアなら僕の言いたいことはわかるはずだ。眉を下げて死にそうな顔をしている。
「マティア?質問に答えなさい」
「……わ、わかります。母上が、兄上を、殺そうとしたんです……」
シャール侯爵も怪しいのだが、マティアが挙げたのは夫人のみだった。ふーん、そうなんだ。
「じゃあ、証拠を見つけてきて。君はすぐにサザルク嬢と学園に戻りなさい。今回の件が起きた時にはすでに領地を発っていた。いいね?」
「……はい」
「よろしい。帰り支度をしなさい。僕はサザルク嬢とも話すから。帰る前にもう一度話をしよう」
真っ青になったままマティアはうなずいた。自分が何を求められているか分かったのだろう。
そうだ、マティアは僕のひも付きになったんだからね。いつまでもあの女とつながっていられたら困る。これはいい機会だ。
サザルク嬢も僕の顔を見て目を見開いたが、それよりも何かにおびえているように見えた。僕の顔、ではないだろう。というかこんなにリアクションを示されると、かなり見苦しいということだから、何か隠す手立てを考えておかないとな。
それはさておき。サザルク嬢は部屋にいるのが僕とダルクだけであることを確認し、震える唇を開いた。
「え、エナン卿にお伝えしないといけないことが、あります」
まるで懺悔のような声色だった。僕は黙って続きを促す。
「あの、爆発物の機構は……、サザルクの家で、見たものでした」
「サザルク公爵家で、ですか?」
意外な展開だ。しかし、サザルク嬢がすぐに仕組みが分かったのも、見たことがあるものとすれば納得できる。
「は、はい。ご存じかと思いますが、さ、サザルク公爵家では伝導器を研究しています。そこで、私は、伝導器に伝気を込めさせられていました」
「まさか、それが……」
「はい。爆発機構のある、で、伝導器です。爆発物は危険だからと、私に……」
サザルク嬢は唇を噛み、俯いてから手袋を外した。その手は赤黒くただれている。
そういうことか。サザルク嬢は爆発物を扱わされており、時には事故もあったのだろう。だから彼女の手には痕が残っている。治癒師がつけられることもなかったのかもしれないね。
そして傷物である彼女が、マティアに愛されるわけもない。サザルク公爵家が婚約させておいて放置していたのは、サザルク嬢に価値がないからということだろう。婚約時点で金銭のやり取りが発生していたに違いない。
「サザルク嬢、僕に言うということは、覚悟はおありですね」
彼女は社交をしないが――たぶんそういう教育を施されてはいないからだろう――物事をよく理解しているように見える。その彼女が口を閉じず、次期シャール侯爵家当主である僕にこのことを訴える意味がわからないはずもない。
想像通り、サザルク嬢は「はい」と静かに応えた。
「エディール王子殿下に、お、お伝えください」
爆発機構を持つ伝導器は立派な兵器だ。秘密裏に開発し、さらには流通させたとなれば――付け入る隙はありそうだ。
こうなると、マティアだけではなく、僕も早急に学園に戻らなければならないね。あとは、サザルク嬢を最終的にどうするかを考えておかないと。
「ありがとう、サザルク嬢。引き続き、どうぞあなたの力にならせてください」
「とんでもないです、エナン卿」
サザルク公爵家を攻撃するということは、サザルク嬢に累が及ぶ可能性がある。今、ここで密告した彼女を手放すつもりはないからね。
というわけで。
僕はマティアたちを帰し、さらにすぐさま自分も学園に戻った。ことがことなので、直接エディールに伝えたい。
それと、帰る道中に調べてもらって馬車の横転炎上事故が最近増えていることがわかった。
サザルク嬢が言っていたが、爆発物は衝撃に弱いらしい。あらかじめ伝気が込められており、最後のトリガーとして伝気を持つ人の手で開く必要があるが、衝撃が加えられると誤作動するそうだ。
なので横転事故の原因は、輸送中に爆発伝導器が爆発したためだろう。原因不明となっており、被害者が申し出ていないため大事になってはいないみたいだけど、目撃者はいる。証拠としては十分だね。
僕は学園でエディールに会うつもりだったけど、重要な案件であることを伝えると王宮に招待された。サロンでは話せないと判断したのかもしれない。
だけどここで問題が一つ。
「顔を見せられよ」
今の僕は顔の上半分と、左頬を覆う仮面を被っている。二人の反応からして、あまり傷痕の残る顔面を晒すべきではないと思ったからね。でも、王宮の警備が仮面をつけた怪しい男を通すわけがない。
仕方ない。顔に傷を負ったのはエディールにも伝えてある。僕が仮面を外すと、警備の騎士は息を呑んだ。
「なんと……」
「すまないね、このことはエディール王子殿下にも伝えてあるのだけど?」
「し、しかしですね」
人相が変わったら僕とわからないから、通せないとでも言いたいのだろう。まあ、職務に忠実なのはいいことだ。
結局、僕を迎えに来たエディールの侍従がとりなしてくれてエディールの宮に入ることができた。
「今日はダルク殿を連れておられないのですね」
「ああ、ダルクは怪我をしてしまってね」
「左様でございましたか」
エディールの侍従、ジョージは僕が連れている護衛が見ない顔であることが気になったらしい。侍従同士、やりとりもあったからね。
「まあ、そのうち治る怪我だよ。僕のもね」
「どうぞご自愛くださいませ」
そんなやりとりを交わしながら、応接室に案内された。エディールが王宮で催すパーティーは専用の大広間で行われるから、プライベートな空間である王子宮に来るのは初めてだ。
「やあ、待ってたよ」
立ち上がって待ってたエディールは、僕の仮面を見て瞬いた。
「変な感じだ。その下に怪我をしたんだっけ?」
「ええ。お見苦しいかと思いまして」
「見せてもらってもいい?」
「どうぞ」
見たいというなら見せてやろう。仮面を再度外すと、エディールは「おお」と声を上げた。
「君、男でよかったな」
「これくらいなら二年ほどで完治しますよ」
「そうだろうけどな。インパクトがある」
顔に傷を負った女性なんて致命的なのは確かだけども。皮肉な話だね。
「それで?話を聞かせてもらおうか」
人払いはきちんとしてある。部屋にはエディールとジョージ、そして僕と護衛しかおらず、エディールは防音の伝導器を作動させているから、この話が外に漏れることはないだろう。
事件のあらましとサザルク嬢の証言について説明すると、エディールは腕を組んでソファに背中を預けた。
「なるほど……。怪我の功名とでもいうべきか。運がよかった」
怪我を見たがったり、この発言だったり、エディールってちょっとデリカシーに欠けるところがあるよね。とはいえ、僕も同じ意見だ。
「馬車の事故について詳しく調べてもらえますか」
「わかった。それと、王宮に届けられる荷物についても細心の注意を払うようにしよう。エルドル、君の怪我はどう説明するつもりだ?」
暗殺されかけて怪我を負いました、と大っぴらに言いふらすのは問題だ。ベアリー侯爵が変な横槍を入れてきても困るしね。
「奇をてらわず、事故ということで。工作はダルクに頼んでいます」
「ではそれでいいか。念のため王妃派には気を付けるように」
「承知しております」
今、学園に在籍しているサザルク公爵家直系はサザルク嬢だけだが、派閥の者は当然いるからね。入学以来サザルク嬢に接触してきているところも見ないから、本当に念のためだ。
「送られてきた爆発装置については、マティアに探りを入れさせています。十中八九シャール侯爵夫人の手による工作でしょうが、出どころをはっきりさせる必要がありますからね」
「マティア……君の異母弟か。調べられるのか?」
「おそらくは。まあ、これに関しては家の掃除のついでですから」
「なら構わないけど。期待せずに待っておこう」
エディールにはついでに領地での研究の進捗を報告し、サザルク嬢のことについても話し合った。彼女の身柄の安全の確保については合意し、エディールの手の侍女を学園でもつけてもらうことにする。僕の侍女はベアリー侯爵家とも繋がりがあるからね。マティアの婚約者であるサザルク嬢につけるわけにはいかない。
話が色々と弾んでしまい、帰るのは思ったより遅くなってしまった。陽が傾いてきた中、エディールの宮の外までわざわざ見送ってもらっていると、警備の向こうから騒がしい女の声が聞こえた。
「エディール!もう、何をしているの?!わたくしを締め出すなんて!」
甲高く叫ぶ女が、誰なのか。言われずともわかる。
視線を向けた先にいたのは、不健康そうな女だった。髪の艶はなくパサつき、肌は不自然に白く、化粧品の匂いが鼻につく。瞳だけがギラギラと光って不気味だ。流行のドレスはそれでも宝石が散りばめられており、今から夜会に向かうのかと思いたくなるような豪華な装いだ。
「やれやれ……。ここまで来るなんて、お守りは何をしているんだ」
不機嫌さを露わにするエディールは珍しい。警備に王太子妃を自分の前まで案内させ、エディールはすぐに笑みを作り直した
「客人の前ですよ、母上。お行儀良くなさってください」
「客……?何よその妙な仮面は。わたくしの前でふざけているの?」
エディールに母上と呼ばれた女――エディーラ王太子妃は、僕を睨みつけて嘲笑するように言い捨てた。王太子妃になっても何も変わっていないみたいだね。
「ごきげんよう、エディーラ王太子妃。私は侯爵が長子、エルドル・シャールと申します」
「シャール……?」
「あなたの姉君の息子ですよ、母上」
王太子妃もそれくらいはわかっているだろうけど、エディールが馬鹿にするように補足してくれた。目を瞬かせた王太子妃は息子の皮肉に気づいているのかいないのか、すぐに口を開けて笑った。
「ああ!お姉様の嫁ぎ先のシャール家ね。お姉様の子どもの方なの?ふうん?だからそんな仮面をしているの?」
「これは先日怪我を負いまして、お見苦しいかと思いつけております」
「あははっ!顔に怪我なんて、バッカみたい。親が親なら子もそうなるのね。いいわよ下がって。見たくもないもの」
ひらひらと手を振った王太子妃は、もう用はないとばかりにエディールに向き直った。
「それよりもエディール!ねえ、あなたからもあの人に言ってちょうだい?もう嫌なのよ!何回も言ってるのに!食べるものも着るものも好きにしたっていいじゃない!」
「母上、体が冷えますよ。中にお入りください」
エディールに促され、露出の激しいドレスの王太子妃は今気づいたとばかりに身震いし、さっさと屋内に入って行った。
その扉をジョージがすかさず閉め、エディールが肩を竦める。
「悪かったね、エルドル。母上は随分前からあんな感じなのさ」
「心中お察しいたします」
「まあ、今のうちだけだから。あとでお詫びを贈るよ」
「お気になさらず。想像はついていましたからね」
王太子妃は、王太子である王弟殿下に溺愛されている――よく言われることだ。さらに付け加えれば、王弟は嫉妬深く、王太子妃を公務に伴わない。
王太子妃本人の資質の問題か、王弟の判断の問題か。僕としては前者だと思っていたけど、よく考えればあれだって一応は前王太子の婚約者としても長年社交界に君臨してきた女だからね。王太子妃の仕事がまったくできないというわけではないはずだ。
なので公務をさせず、束縛し――実質王宮に閉じ込めているのは王弟の判断だというわけだ。さらには今の話からは、生活すらも束縛されているようだ。
理由は簡単に想像がつく。あの女は、王弟にとってはただの駒。前王太子を蹴落とすだけに利用され、用済みになれば閉じ込める。殺してしまえば、ベアリー侯爵家の力も得られないからね。
わかっていたよ。見目だけが取り柄の女。今は若さを失い、取り柄を失った女。
――その取り柄だけを見て婚約者に選んだ前王太子に見捨てられたときに、全てを諦めていればよかったのにね。




