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サザルク嬢とは学園で改めて話をさせてもらった。どうやら彼女は、蓄伝気装置を専門にしているみたいだ。ユーストス先生が興味を持った理由がわかるな。
「サザルク嬢はどうして蓄伝気装置に興味を?兄君の影響でしょうか」
サザルク公爵家の次男は伝導器の研究で学園を卒業していると聞く。今は領地に研究所を作って研究を続けているんだっけな。あまり表に出てこない人だが、伝導器学会にも籍を置いていたはずだ。
なので身近な人の影響かと思ったけど、サザルク嬢は首を横に振った。
「家で……で、伝気が切れないよう、補充をしていましたので、もっと簡単にできるとよいと思って」
「サザルク公爵家にはたくさん伝導器があるでしょうから、大変だったでしょうね」
伝気の補充なんて、本来使用人の仕事なんだけど。どれくらい担っていたのかわからないけど、もしかしたらサザルク嬢は保持伝気が多いタイプなのかもしれないね。
「蓄伝気装置があれば、伝導ケーブルで繋げて一つの場所から伝気を補充することもできる。君のレポートを読ませてもらったけど、かなり効率が良くなるな」
そう指摘したのはエディールだ。サザルク嬢のことを教えたら彼も興味を持ったらしい。サザルク嬢は顔を明るくして頷いた。
「そうなんです。か、数が多いと、大変で……」
「その視点は私は持ち得なかったが、効率的に動けるのはいいことだ。それに蓄伝気装置でより大規模な伝導器を作ることもできるな」
それは兵器転用の話になる。
全ての動力の源である伝気は、人が活動するにも必要な力だ。その伝気を使って動く伝導器は、生活を便利にするいわゆる家伝や、手元で使うものがほとんどだ。
なぜなら、伝気を溜めることは難しく、莫大な伝気を消費するものは作れても動かすことが現実的じゃないからね。
でも、蓄伝気装置があれば話は別だ。膨大な伝力をひとところに集め、放出することができる。これは大きなブレイクスルーになり得る。
兵力は一つの大きなカードだ。どうするつもりかとエディールを見ると、軽くウィンクされた。こいつ、美形だからこういうの様になるんだよね。
まあ、僕も戦争は望んでいない。強すぎるカードは諸刃の剣だ。といっても、この研究を進めなくては近隣諸国に先にカードを取られる可能性もある。いつになるか、をコントロールできた方がまだいい。
サザルク嬢のレポート――というより、もはや論文――で画期的なところは、彼女はすでに蓄伝気装置に使える媒体を発見していることだ。伝導器には機器を活性化させ動かす媒体として鉱石が使われているけれど、サザルク嬢は液体を触媒に使うことを提案している。
「この触媒に必要な素材、僕の領地から提供できそうですね。研究に必要な分は融通できますよ」
「い、いいのですか?」
「もちろんです。画期的な研究だ、ぜひ力にならせてほしい」
そして利権を握らせてほしい。
サザルク嬢はこのあたり理解しているのか、いないのか。わからないけど、サザルク公爵家はこれを知ったら黙ってはいないだろうね。
じゃあ次にすることは何?囲い込みだよ。
エディールは、嬉しそうなサザルク嬢をにこにこと眺めている。サザルク嬢を己の派閥に引き込むことに否やはなさそうだ。
実は、エディールの父親である王弟はまだ王太子のままで、玉座に就いていない。
前王太子を廃したところまでは良かったのだろう。当時、他に王子はいなかった。継承権を持つ者は他にもいたけど、王弟を飛ばして指名されるほどの人物はいなかったから、王弟が王太子になった。
でも、王弟の派閥は彼を玉座に押し上げるほどの力は持てていない。宮廷で王弟が持てる席もそう多くはない。
王弟は積極的に派閥を強化しようとしていたが、エディールは僕を通して派閥を超えた人脈を欲した。つまり、彼は王弟と同じ路線を行くつもりはないということ。
それでも、王妃派筆頭のサザルク公爵家と手を取りあえるかというと、わだかまりがある。それにエディールとしても、サザルク公爵家が味方になったとしても邪魔だろう。彼らは力を持ちすぎていて、エディールは傀儡になるしかない。
その点、サザルク嬢は便利だ。彼女はサザルクを名乗ってはいるが、家の中ではサザルクの娘として扱われてはいない。サザルクとして扱うことも、そうしないことも、こちらの匙加減である。
エディールは名を取らせて実はこちらでいただくつもりかな。まあ、他にもやりようはある。
僕にとって都合がよかったのは、サザルク嬢が弟の婚約者ということだ。彼女の身柄をある程度コントロールすることができるからね。
サザルク嬢の研究している触媒が採掘できるのは、宝石の売り上げが主のシャール侯爵領の鉱山だ。これまでも伝導器の材料として卸していたが、そこまで使うものではないし、そもそも有力な業者と伝手がなくあまり売り込めていなかった。
それをこれからサザルク嬢の作る蓄伝気装置に使えるなら彼女を招待する価値もあるし、マティアが婚約者なら婚約者の領地を訪れる理由も簡単につけられる。今のところ、この研究は内密に進められているからね。ユーストス先生も影響が大きいことをわかって、エディールのような有力者が背後につくのを待っていたのかもしれない。
「お招きありがとうございます、え、エナン卿」
というわけで。今日はサザルク嬢を連れて領地に来ているよ。
学園は休暇中だ。マティアにサザルク嬢を連れて来るように言って、僕は先に領地で待機していた。婚約者同士の馬車に同乗するのも野暮だからね。
「長旅お疲れでしょう。今日はゆっくり休んでください」
「ご配慮、ありがとうございます」
「マティアもお疲れさま。サザルク嬢を客間にお連れして」
「はい、兄上」
すっかり僕に従順になったマティアは、言われる通りに彼女をエスコートしていった。ちなみにサザルク嬢は侍女を連れておらず、今日は屋敷の侍女についてもらっている。これだけで彼女がサザルク公爵家からいかに軽視されているかわかるというものだ。
普通、婚約者が領地を訪れるとなれば迎え入れる側の両親のどちらかは滞在しているべきだ。けれど、シャール侯爵夫妻は不在。エディールに頼んで大事なお仕事を入れてもらったからね。持つべきは王子の友達だ。
なので邪魔は入らず、のびのびとサザルク嬢を籠絡することができる。
翌日から僕はサザルク嬢とマティアを連れて街に向かった。ここには研究所があり、事前に触媒になりそうなものを用意してもらってある。蓄伝気装置の研究者は流石にいないが、伝導器の職人も招集した。
「足りないものがあったらおっしゃってください。すぐに揃えますから」
シャール侯爵家の財布の紐を握っているイルリスは掌握済みだ。ちゃんと理由をつけて財源を作ってあるからなんの問題もないね。
「こ、こんな設備まで……!ありがとうございます、エナン卿」
サザルク嬢は目を輝かせてくれた。大変よろしい。その調子で僕に恩義を覚え、おとなしく囲いこまれてくれればいいよ。成果を出してもらわないと困るけどね。
シャール侯爵領は、最短ルートを進めば王都から数日で着く。シャール侯爵夫妻は途中豪勢な宿や知り合いの屋敷に泊まって一週間はかけていたようだけど、実際はそう遠い場所ではないのだ。
なので、ここと学園を行き来するのは不可能ではない。遠くて大変ではあるけれど、エディールもユーストス先生も、シャール侯爵領で進めることに反対はしなかった。
それから数日サザルク嬢に付き合って研究の立ち上げを見守ったけど、次期侯爵である僕じきじきに連れてきたからか、集めた人員はサザルク嬢に協力的だった。イルリスが推薦して僕とダルクが面接し、合格した人だけつけているのもあるかな。シャール侯爵にこのことを漏らす者はいないだろう。
僕はとうにシャール侯爵領での地盤を固めていた。これは、シャール侯爵がろくなアピールをしてこなかったのにも関係している。基本的にはイルリス以下の代官たちに投げっぱなしで、たまに仕事をしたふうに文句を言うだけで新しいことは何もしない。
だったら僕がやってしまえばいいわけで。シャール侯爵は小手先でだまされるタイプで、それっぽく書いておけば考えずにサインをしてしまう。財政は気にしているが、それはイルリスを抱え込んでしまえば見せ方の問題だ。
僕が領内のインフラ整備で代官に甘い汁を吸わせて代わりに忠誠を得ていることに気づいていないだろう。インフラ整備は雇用が生まれるし定期的にやる必要があるんだから、前侯爵もそれくらい教えておきなよね。
資産はきっちりプールしてあったから、多少出ていく額が多くても問題ない。ここはシャール侯爵がある種倹約家なのも助かった。一度に使う額が少ないから、資産が多少目減りしていても気づかないってわけだよ。彼がカツカツに使い込んでいたら、インフラ整備どころではなかったからね。
――全ては順調だった。
シャール侯爵との代替わりは目前だ。学園を卒業すればすぐさまにでも可能だろう。あとはマティアの婚約をどうするか、くらいなものだ。
休暇もそろそろ終わり、研究は一旦領地の者に任せて学園に戻るかという頃に、その事件は起こった。
「エルドル様、失礼いたします」
「どうしたの?」
「婚約者様からの贈り物が届いてございます」
セリリアから?侍女が持ってきた箱は両手で持てるくらいのもので、中身が想像つかない。セリリアが僕に贈り物といえば、誕生祝いくらいなものだけど。
受け取った箱を無造作に机に置く。ラッピングを解き、出てきた木の箱にさらによくわからなくなりながら蓋を開きくと、カチ、という音がした。箱の中身は、伝導器のような機構が入っていて――。
「エルドル様ッ!」
ダルクが叫んだのと耳がキーンと聞こえなくなったのは同時くらいだった。多分、ダルクの顔が見えたから、叫んだと思ったのだろう。体が吹っ飛ぶ。ダルクに抱き抱えられたような気がして、顔面が酷く熱かった。
「キャアア!」
「一体何事だ?!」
「エルドル様は?!」
「エルドル様!」
人々の声が聞こえなかったのは鼓膜が破れていたからだけど、破れていなくてもそんな場合ではなかっただろう。痛い。焼け爛れた皮膚が、痛い。熱い。左目に針を突き立てられたかのようで、視界もおぼつかなかった。
気を失えた方が楽だった。でも僕は焼けた肺で死にかけの息をしながら、痛みだけを感じていた。失血死よりも多分つらかったんじゃないかと思う。
あとからわかったことだが、セリリアからの贈り物と言われて届いたのは、爆発する仕組みが取り付けられた伝導器だった。伝気を持つ人の手で箱を開けるのがトリガーになっていたみたいだ。この爆発物の仕組みは、サザルク嬢の手によって分析され、すぐに判明した。彼女がシャール侯爵家にいたことは不幸中の幸いだったね。
僕の怪我は治癒師――伝気を用いて怪我を治癒させられる訓練を積んだ術師によってすぐ治療された。でも、伝気での治癒は、短期間で治るわけではない。命に別状はないものの、怪我の痕は大きく残った。そう、顔にね。
「なかなか壮観だね」
生き残った僕は、鏡を見てそう言った。
左目の視力は残ったけど、光を強く浴びると痛むようになってしまった。さらに顔の左半分は焼けてしまって、赤黒い痕になっている。
あとは、手だね。左の手のひらにも痕が残り、まだ引き攣ってきちんと物が持てない。右利きでよかった。
とはいえ、この痕は永遠に残るものではない。僕は毒の耐性をつけるため、ダルクから教わって騎士と同様の自己治癒訓練を積んでいるからね。二年ほどあれば完治するだろうというのが治癒師の見立てだ。
治癒師がついていれば自己治癒ができなくてもいずれ治るけど、自己治癒よりも他者の治癒ははるかに難しいと聞く。効率を考えても、自己治癒の訓練をしておいてよかったよ。
「御身を守りきれず、申し訳ございません、エルドル様」
そして、ダルクだ。ダルクも全身に火傷を負い、さらに爆発した際の破片がいくつか突き刺さったみたいだ。僕に治癒しきれない致命傷がなかったのはダルクのおかげだ。
他には部屋の前で警護していた騎士たちが軽傷を負ったが、それくらいだ。爆発の規模はそれなりだったが、屋敷自体が壊れるほどではなかった。なのでイルリスが厳しく箝口令を敷き、外に噂が回らないようにしている。
「まあ、僕も油断していたよ。悪かったね」
「いいえ、全ての責任は私にございます」
「そうか。うーん、侍従はともかくしばらく護衛は厳しいよね?誰か見繕っておいて」
「すでに手配済みでございます」
「わかったよ。ダルクも無理せずね」
ダルクは騎士として一級だったけど、それだけじゃない。僕の側仕えとして末長く使っていくつもりだから、本人も自己治癒をちゃんとしてもらわないと。
本人は騎士の任を果たせなくてかなり悔しそうだった。寮に連れて行ける侍従は一人だから、護衛のできなくなったダルクは外さざるを得ないしね。こうなったらシャール侯爵領に残ってもらうかな。