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 学園には年二回の定期テストがあり、結果が張り出される。成績優秀者はやはり注目の的だ。

「今回もエルドルが一位か」

 そして僕はこのテストで入学時から一位を取り続けている。特に一年生は、入学後というより家庭学習の成果が張り出されるから、そこに金をかけられる高位貴族が上位になりがちなんだよね。

 フィディスも上位に入っている。それより、と僕は横の掲示板に視線をやった。

「今回は僕より注目される人がいるでしょ」

「ああ、王子殿下。流石だよな」

 一年生の一位は王子だ。ここは譲れなかっただろうな。

 セリリアは……一応それなりの順位につけている。マティアもまあまあだ。侯爵家にしては物足りないけど。

 そんなことを思っていると、視線を感じて僕は振り向いた。

 ――シャール侯爵譲りの藍色の髪の少年が僕を睨んでいる。

「フィディス、行こう」

「混んできたしな」

 僕はすぐさま顔を逸らした。関わり合いになりたくないから。

 足早に立ち去る。呼び止める者はいなかった。


 定期テスト後は長期休暇が始まる。ちょうど社交シーズンでもあるから、領地に戻る者は少ない。

 僕は昨年と同様に学園の寮に留まることを選んだ。学生同士の交流もできるし、その伝手でパーティーに呼ばれることもある。学園を拠点にして困ることはない。

 ただ、そういう人は割と少数派だ。家が遠くて、王都のタウンハウスがない下級貴族がほとんどかな。あとは高等学部の生徒だと、研究のために残るだとか。

 だから、普段話せない人と話せるのも楽しいよ。下級貴族には卒業後の職を求めている人もいるからね。多くは養えないけど、僕が当主になった時の忠実で質の良い手足を見極めるためには重要な時間だ。


 そうして過ごしていると、ダルクがシャール侯爵から呼び出しがかかったと伝えてきた。一応あれでも僕の保護者なので、そうなると家に行かないといけない。

「今更なんの用だろうね?」

「王城のパーティーの件ではありませんか」

「ああ、招待状が届いていたかな」

 王子も学園に入学したから、長期休暇に一度はパーティーを主催するだろう。そこに僕を誘う可能性はある。王子自身にはそこまで悪印象はないから、構わないかな。


 王都のタウンハウスの本邸に足を踏み入れるのは、それこそ生まれたとき以来かもしれない。僕の顔を見て、本邸の執事は息を呑んだ。

「侯爵が呼んでいると聞いたけど」

「ご、ご案内します」

 ダルクと、別館を守っていてくれていた侍女の一人を連れて執事について歩く。通されたのは執務室で、かなり久々に見るシャール侯爵は僕を睨みつけていた。

「エルドル!一体どういうつもりだ!」

「怒鳴らないでいただきたい。見苦しい」

「な……!」

 がたりと立ち上がるけど、全く本当にどんな教育を受けてきたか疑わしい男だね。席をすすめられないし、長居するつもりもないので僕も立ったまま侯爵に相対する。

「用件は何です?」

「おっ、お前が……っ!帰っていないと言うから!」

「帰って……?ああ、別館に。ええ、去年と同じですよ」

「去年と?!」

 まさか去年、僕が休暇に帰らなかったことに気づいていなかったのかな?まさか、と思うけど、ありえるね。僕のことを視界にすら入れようとしないから。

「今更何を言っているんです。だいたい、あの別館に帰ったところで僕に利点はありません」

「なら本邸に、」

「本邸に僕の部屋があるんですか?初耳ですね」

 鼻で笑うとシャール侯爵はぐっと押し黙った。まだ学園生の子供に言い負かされて恥ずかしくないのかな。

「それより用件は何かと聞いているんです」

「……エディール王子殿下から、お前にパーティーの招待が来ている。マティアを連れて参加しろ」

「マティアも招待されているんです?」

 侯爵は小さく舌打ちをした。僕は肩を竦める。

「招待されていない者を連れて行くわけにはいきません」

「マティアはお前の弟なんだぞ!」

「なおさら、躾のなっていない弟を連れていけば僕の恥になりますので」

「なんだと?!」

 道理の通っていないことしか言わない人だ、嫌になってくるね。


 マティアにあてがわれた婚約者は、なんと王妃の実家であるサザルク公爵家のご令嬢だ。と言っても、妾の子で扱いが悪いという話が聞こえてくる。彼女は僕の同級生で同じクラスなんだけど、侍る人が誰もいないから事実なんだろうね。

 それはおいておくとして、マティアの婚約者を王妃の実家からあてがった以上シャール侯爵は王妃派だ。なのに王子にも擦り寄ろうとしているから、中途半端でどっちつかず。まあ、サザルク公爵家も令嬢を一切サポートしていないあたり、本気でマティアを侯爵にする気はないんだろう。

「マティアは自分が当主になると騒いでいるようですが、軽挙妄動は控えさせてもらいたい。あれでは家の評判が落ちるだけですので」

「何の権利があって、そんなことを……!」

「僕はシャール侯爵家の嫡男ですので。あれなら、マティアは学園に入れるべきではありませんでしたね。無責任に可愛がりたいだけなら手元に置いておけばよろしかったのでは?」

 それなら出来が悪くても評判は落ちないはずだ。そもそも後妻を迎えたから――まあ、言ってもしかたないか。


 僕の後ろで侍女が剣呑な眼差しを侯爵に向ける。主人に対するそれではない、だって彼女の主人はベアリー侯爵だからね。シャール侯爵の浅はかな言動はすぐに伝わるだろう。

「マティアは――あれは、私の子供だ――!」

「誰もそこを否定はしていません。でも、血筋も成績も言動も後ろ盾も僕に劣るのですよ?この私に取って代わる理由がありますか?いい加減現実を見たらどうです」

 学園に入るまでは、少なくとも成績はわからなかった。でも、今はもう明白だ。わかりやすい物差しで負けてしまったら、ねえ?

「とにかく王子殿下のパーティーには連れていきません。話がそれだけなら、僕は帰ります」

「……」

 シャール侯爵は顔を赤黒くしながら黙り込んだ。ろくに言い返せないから、何も考えていないから、負けるんだよ。

「――最初から、ベアリー侯爵家の娘と結婚したあなたの失敗ですよ」

 そんな言葉が、口をついて出た。つっかえていたものを、吐き捨てたような。なのにちっとも楽にならない。

 僕はさっと踵を返した。これ以上この男の顔を見ていたくはない。戸惑った顔の執事に扉を開けさせて、足早に執務室を後にした。



 さて。王子のパーティーの参加者はほとんど学生で、見覚えのある高等学部の生徒も何人か集まっていた。彼らが所在なさげにしていたので、顔見知りの僕が話しかけるとほっとされた。どうして自分たちが呼ばれたのか分からない、と言っていて、僕はここで王子の狙いに気づいた。

「やあ、エルドル」

「ごきげんよう、王子殿下。お招きありがとうございます」

 僕があいさつをすると、高等学部生たちも次々に頭を下げる。王子は例のレスニを連れてはいなかった。まあ、こういうところに連れてくるには邪魔だろうね。

 王子は頭を下げた高等学部生たちにゆるく手を振る。

「楽にしてくれていいとも。今日君たちを呼んだのは、学園の先輩としてなのだから。すでに研究成果を出している君たちにいろいろ聞いてみたかったんだが……エルドルはもう知り合いなのだね」

「ええ、僕も同じように先輩方にお話を伺っておりまして」

「すばらしい。ぜひとも紹介してくれ」

 要は僕の伝手にタダ乗りするつもりだってこと。

 まあ、高等学部生にとっては願ってもいないことだろう。侯爵家の嫡男よりは、王太子の長子の覚えがいいほうが絶対に得だからね。なので、僕もここで断って先輩たちの反感を買うつもりはない。むしろ全力で売り込んであげよう。実際、僕を挟まなくてもエディール王子は話しかけられたのだから、僕にメリットを持たせてくれているわけだしね。

「もちろんですよ。エディール殿下」

 とっても都合がいい。エディール王子とは、もう少し仲を深めてもいいかもしれないね。


 王子は派閥を超えた伝手を得て、先輩たちは王子に己を売り込めて、僕は先輩たちに感謝をされる。三方良しのパーティーの後、エディール王子は学園でも僕に同じようなことをねだった。僕が王子の手先みたいだけど、あながち間違ってもいないかな。

 そうなると、僕から王子への紹介ルートがあると囁かれ、僕に直接的に売り込みに来る人も増えた。放課後はこれまで以上に大忙しだ。


「なあエルドル、俺も王子殿下に紹介してくれよ」

 フィディスもそんなふうに言ってくる。冗談半分、本気半分ってところかな。

「どういうところを紹介してほしいの?」

「えー?ほら、お前の友人だって」

「僕の側の人間だって?それは少し早いんじゃないかな」

「手厳しい!」

「エディール殿下に売り込みたいなら自分で行けばいいんだよ。僕が仲介するなら、僕にメリットが必要でしょう?」

 別にエディール王子は僕を介してしか紹介を受けないなんて言っていないからね。微笑むと、フィディスは「確かに」とうなずいた。こういうところ、素直なんだよね。

「フィディス、消去法で選ばれたと思うとそこまで印象はよくないよ」

「別に消去法ってわけじゃないんだけどなー。まあ、俺はまだ伸びしろに期待枠だからな」

 へらへら笑うフィディスの、伸びしろがいつまであるかは知らない。高等学部に進むまでに、進路には存分に悩むといいよ。嫡男の僕とは違って、それは自分で決めなくてはいけないことだからね。


 僕の周りでエディール王子に近づきたがっているのはフィディスだけではなかった。学園に入ってから定期的にお茶会をしている婚約者、セリリアも同じようなことを言っていた。

「エルドル様はエディール殿下と親しいのでしょう?」

 直接的な物言いではないが、匂わせるような発言を繰り返される。

「セリリアも幼いころからエディール殿下と会われていたと聞いているけれど」

「いえ、わたくしなんて、ほんの幼いころの話ですわ」

「長じれば男女ではコミュニティが異なるからね。今は誰と親しくしているの?」

 聞いても答えはたいしたことのない分家の令嬢ばかりだ。入学当初はそれで良くても、もう半期経っている。セリリアは王弟派閥なのだから、そちらの高位貴族の令嬢のお茶会にも招かれているはずなんだけどね。次期シャール侯爵夫人となるならば、もう少し交流を広げてほしいところだ。

 一方、マティアといえば、流石に僕からエディール王子に紹介される気はないようで、長期休暇後から少しおとなしくなったみたいだった。僕を睨んでくるのは変わらないけど、思い詰めているような顔をしている。シャール侯爵は何を言ったんだろうね。

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