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 領地ではそうやって産業に手を入れ、王都に戻れば婚約者の相手をする。セリリアの誕生日がオフシーズンでよかったと思う、祝うのに毎年直接会いに行く必要がないからね。こんなことを考える時点で、僕からセリリアへの歩み寄りはほとんど諦めの境地だった。


 そうして十二になり、いよいよ王立学園へ入学だ。寮暮らしなのだけど、侍従や使用人を連れて行ってもいいのでもちろんダルクについて来てもらっている。

 タウンハウスからも通える距離だけどね、朝の混雑は馬鹿にならないから。それに別館とはいえ家よりも寮の方が安全だよ。

 僕の年はそこまで人数が多くないけど、来年再来年はすごいだろう。何せ王子殿下が入学してくるからね。

 マティアやセリリアも同じ学年で、二年目以降がどうなるか不透明だったので、僕は最初の一年を存分に満喫した。同学年の男子では僕が一番爵位が高かったけど、立場が微妙なことは知っている人は知っている。高位貴族ほど僕を遠巻きにしたが、ベアリー侯爵家の配下の家や王弟派閥の家は僕に接触してきたので、気が合いそうな人とは話をさせてもらったよ。

 同学年の人で産業の話をできる人はあまりいなかったため、上の学年との交流が多かったのは事実だ。高等学部では毎年成果発表もあるから、そういうところで繋がりを作れたのは良かった。将来の侯爵になるための、僕自身の人脈が必要だからね。

 矢面に立っての交渉は、僕が幼い以上はまだ難しいけれど、どういう人物か知らしめておくことには効果がある。僕が侯爵になることでメリットを享受できると思わせておく必要があるということだね。

 シャール侯爵は僕に問題があると思わせたかったんだろう。実際、社交の場にはお披露目以降ほとんど出なかったので噂は作り放題だった。でも、僕がきちんと学園に通って成果を出せば、そこまで悪い噂は出回らない。今までもベアリー侯爵夫妻が消していたので燃え広がらなかったおかげもあるけど。


 それこそ、問題はマティアのほうだった。

 僕が入学して一年後、話題をかっさらたのは当然王子殿下だ。婚約者は公女様――もう一つの王家とも言える王位継承権を持つ公爵家のお姫様なんだけど、王子より年下の彼女はまだ入学していない。その隙を狙っているのか、結構な女子生徒が沸き立っていて、どうにかお近づきになれないかと話しているのを聞くばかりだ。

 とはいえそれも初等学部の幼い子供たちの話で、高等学部になるとほとんどの人が結婚や将来のことを決めているから、ロマンス目当てで近寄る人はほとんどいない。校舎も別だからね。でも、自分の成果を見せて認めてもらいたい人はたくさんいるから、そっちもそっちで大変そうだ。

 で、マティアだけれど、彼の評判は良くないね。王子にまとわりついている一人で、将来の侯爵は自分だと公言しているから尚更。今までは自分がグループのトップにいられたのかもしれないけど、今はそうではない。

 マティアの侯爵子息と思えない言動は、おそらく母親の影響が大きい。子爵令嬢だったシャール侯爵夫人は高位貴族の振る舞いというのを理解していないのだろうね。まあ、侯爵家の跡取りとして育てられてきたはずのシャール侯爵が止めないことが一番の問題なのは確かだ。


 僕はといえば、一応は王弟派閥の人間と目されている。侯爵家の嫡男なので、実は王子の側近や取り巻きよりも序列的には上なんだよね。なので、王子のそばに行って話しかけたら多分優先順位はかなり上のほうだ。

 なんだけど。これまで話したこともないし、周りの人だかりがすごいしで、自分から積極的に行くことはしなかった。となると、気にするのは周囲のほうである。

「ええと、シャール様、レスニ様から言伝を預かっているのですが……」

 昼休憩中、高等学部の先輩を誘って食事をして帰ってきたらクラスメイトにそう声をかけられた。レスニというと辺境伯の家柄か。

「そう。なんて?」

「放課後に第一棟サロンにお越しくださいと」

「今日の放課後は用事があるんだよ。セイユくんは暇?」

 クラスメイトにそう答えると、彼は驚いた顔をした。なんでだろう?話したことがないのに名前を知っていたからかな。

「は、はい」

「レスニ辺境伯令息は一年のAクラスだったと思うから、手間をかけるけど、彼にお断りを伝えておいてほしい」

「え、ええっと」

 セイユ子爵令息は困ったように視線をさまよわせた。そりゃあね、でも言伝なんて簡単に預かっちゃあだめだよ。そんなもの侍従に頼めばいいのに、子爵令息を顎で使う辺境伯令息も悪いんだけども。

「その……」

 言い淀むセイユに僕は微笑んで返答を待つ。すると、隣からにゅっと顔を出した奴がいた。

「エルドル、セイユに頼む必要ないだろ。侍従使えよ」

「カっ、カロン様!」

「セイユもこれくらい断れよ。レスニのやつが勘違いするだろうが」

 長い髪をくくった、エメラルド色の瞳の美少年。彼こそがお隣の伯爵家の次男坊であるフィディス・カロンだ。

 昨年同じクラスになってから仲良くしている。ちなみに学園のクラス分けは成績と家柄を考慮して決められているから学年ごとにクラス替えもあるけれど、大体は同じメンツだ。

「そうだね。こういうのは断るのが正解だよ、セイユくん。それくらいで腹を立てる者は器が知れているからね。関わらないほうがいい」

「あ……、はい」

 なにがなんだかわからない顔をしているセイユはとりあえずおいておこう。フィディスはにやにやしながらこっちを見ている。

「レスニからってことは王子殿下からの呼び出しだぜ。いいのかよ、エルドル」

「当日通知なんて失礼なことをする人に応える必要はない。王子殿下のお名前も出していないのだしね」

「あっそう。お前、そういうところ厳しいよな」

「当たり前のことだよ。セイユくん、巻き込んでしまって悪いね」

 彼の立ち回りに問題があったのは確かだけど、十三の子供に目くじら立てることもない。そして、こうやって言っておけば僕への伝言を受けるクラスメイトもいなくなるだろう。


 そんな出来事があり、当然その日はさっさと帰った。そして一週間ほど経った日、教室でなぜかレスニ家次男が待ち構えていた。

「おい!エルドル・シャール!」

 しかも名前を呼び捨てで叫んでくる。どうしたのかな、自分が礼儀のなっていない人間という自己紹介?

 僕は教室まで送ってくれたダルクを振り向いた。

「不審者をつまみ出して」

「承知いたしました」

「ちょっ……急になんだ!お前、俺を誰だと思ってる?!」

「我が主に不躾に声をかける無礼者を排除するだけです」

 ダルクは淡々とレスニを教室から連れ出してくれた。やれやれ、朝から騒がしいことだ。あとこの時間に二年生の教室にいるってことは、一年生なら確実に遅刻するんだけど、いいのかな。

「やるなー、エルドル」

 フィディスは見せ物を楽しむような顔をしている。彼は趣味が悪い。

「レスニのやつ、ずっとお前を探し回ってたらしいぜ。ご苦労なことだ」

「用があるなら侍従をよこせばいいのに、どうして自分で動こうとするのかな?」

「さあ。頭が回らないんだろ」

 そんなのが側近でいいのかな、王子。マティアもそうだけど最近の子息はどうにも出来が悪いね。


 ダルクは仕事ができるので、きっちりレスニ辺境伯家にも苦情を入れてくれた。今回突撃してきたドルスト・レスニの姉である、辺境伯家の長女が謝りに来たのは驚いたけど。

「ドルストに謝らせなければ謝罪にはなりませんわ。今度は引きずってでも参ります」

 たおやかな令嬢だったけど、言うことは力強い。

 学園の生徒、とくに初等学部の無礼やマナーのなってなさについては、よっぽどのことでないと家は出てこない。当人への指導がなされるだけだ。でもね、王子殿下の側近となると話は違うよね。

 レスニの行いは王子の評価を下げかねない。高位貴族としてもどうかという話で、彼の評判はダダ下がりだろう。マティアも同じことになっていそうだけれど。だから一応長女が謝りに来てくれた。本人を連れてくるつもりもありそうだから、それを待とうかな。

 ――と、のんびり構えていたのが悪かったのだろうか。

「エルドル様、明後日の放課後にお誘いがきております」

「誰?」

「王子殿下からです」

 ダルクに伝えられて、何気なく聞いた答えがこれだ。まさか、王子殿下からじきじきに呼び出しがあるとはね。


 学園の広い敷地の一角にはサロン棟が複数ある。そのうち第一棟というのは、高位貴族専用というのが暗黙の了解だ。

 さらに、王族が在籍している間は王族の貸し切りになる。ここに招かれることが一種のステータスになるということだね。どこぞのご令嬢がお茶会なんて開催したら、その王族公認という扱いにもなる。

 そんな第一棟サロンで待ち構えていたのは、エディール王子とその近しい側近のみなさん。もちろんくだんのレスニもいる。

「やあ、はじめまして、エルドル・シャール侯爵令息。会えてうれしく思う」

 にこにこと笑うエディール王子は歓迎モードだけど、レスニがすごく睨んできている。この子、反省していないね。まいったな。

「初めてお目にかかります、王子殿下。お招きありがとうございます」

「本当はもっと早く会いたかったんだ。なにせ、従兄弟だろう?」

 近しい親族だからね、僕が早々に顔を合わせていたら側近に取り立てられていたかも。それに気づいたらしいレスニ以外の側近たちも少し緊張した面持ちだった。

「名前も似ているだろう?私も母から名前も取られたのだ」

「さようですか」

 母と妹の名前は似ていて、王太子妃の名前はエディーラだ。王子の名前は王弟が溺愛している証とも言われている。実際のところは詳しくないけれど。


 僕は席を勧められて王子の向かいに腰を下ろす。さっとサーブされた紅茶は薫り高く、お菓子も一級品だ。側近たちは後ろで立たされたままで、今回の目的は僕と王子のおしゃべりのようだ。

「まずはそうだな。ドルストに謝る機会をくれるだろうか?」

「謝る、ですか」

「うん。知っているかはわからないが、レスニ辺境伯家のドルスト・レスニだ。君のクラスで迷惑行為を働いたそうだが」

「ああ。誰かと思いましたが、いつぞやの不審者ですね」

 僕が煽るようなことを言うと、レスニは殺気立った。これのどこが謝るつもりなんだろうね。

「昨日、レスニ辺境伯令嬢からもお声がけがありましたよ」

「ドルストが動いたのは僕のためだと言っていたのでな。私が間接的に君に迷惑をかけてしまったと思って、この場にしてもらったのだ」

 わあ、王子も容赦がないね。お前の行動のせいで自分の面子が潰れたんだぞいう脅しだ。レスニは顔を青くしたり赤くしたり忙しい。

「理解しました。どうぞ、謝罪を述べるといいよ」

 レスニに向かって告げると、彼はカッと顔を赤くした。

「貴様っ、なんだその態度は!」

 あーあ、王子の最後通告が伝わらなかったか。

 プライドをズタズタにしてしまったから無理もない。僕はにこやかに王子に向き直った。

「個性的な謝罪でしたね」

「寛大だな、君は。ジョージ、この者を下がらせてくれ」

 王子が呼んだ侍従がずるずるとレスニを連れていく。何か叫んでいたのが途中で聞こえなくなったのは、黙らせたのかな。王族の侍従って優秀じゃないと務まらなさそうだよね。


 僕は黙ったままお茶に手をつけた。それにしても、王子も苦労していそうだ、あんな出来の悪い側近がつけられてしまうなんて。

 理由は想像つく。王弟は以前の王太子、つまり甥を蹴落として王太子の座についた。そのときにもっとも反発していたのは、前王太子の母である王妃だろう。

 王妃の実家は公爵家だ。そして、前王太子の浮気相手の伯爵家も財産があり力が強かった。彼らの影響が強い家から側近を取るわけにはいかず、強固な派閥形成が求められる。

 よって、側近選びはバランスが重視される。出来が悪くても、つながりを求めて辺境伯家から選ばざるを得なかったのがあのドルスト・レスニなんだろう。

 レスニがこの後どうなるかはわからない。まだ些細な失敗だから、更生すればまだ可能性はあるけどね。

「騒がせたな、エルドル。ああ、名前で呼んでもいいかな?私の学年に君の弟もいるだろう?」

「ご随意に」

 王子は少なくとも僕に友好的なようだ。まあ、バランスを考えたらそういう態度になるよね。この王子はその辺を考える頭があるみたいだ。

 その日の呼び出しの残りは雑談だった。レスニが僕をあまりに見つけられないと嘆いていたらしく、何をしているかを主に聞かれたんだけどね。それはまあ、領地のための勉強や人脈形成だとふんわり答えておいた。

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