エピローグ
復讐は何も生まないというが、だいたい真実だと思う。
母の墓前には、いまだ誰一人訪れない。まあ、処刑された前シャール侯爵夫妻には弔うための墓すらないのだから、それよりはマシなのかもしれないけどね。
結局報われることなどなかったのだ。僕は嫡男として生まれ、そのまま当主になった。結果だけ見れば当然だ。母の生家が役に立ったかというと足を引っ張っただけだし、ベアリー侯爵家の長女として生まれた意味は何にもなかった。
「エルドル様」
呼ばれて振り向く。ダルクが立っていた。
ダルクの手には、花束がある。色鮮やかなそれが、曇り空の下でいやに目立った。
「なにそれ」
「エルドラ様へ手向ける花です」
「……そういう派手なの、好きじゃないと思うけど?」
「そうでしょうね。だから自己満足です」
あっそう、と僕は墓の前から退いた。ダルクは本当に花束を墓に置いた。それ、なんて言って花屋から買ったのかな。墓参りですって言われてそんなの包むやつがいるだろうか。
「これでようやく終わりましたね」
「何が?」
「復讐が、です」
ダルクは清々しいと言わんばかりの顔をしている。え、そんなに復讐したかったんだ?僕を献身的に支えてはくれていたけど、そんな素振りは見せていなかったから、少し意外だった。
「ダルクはしたかったの?復讐」
「もちろんですとも。私はお嬢様の騎士でございますから」
「じゃあ僕がいなかったら一人でしていた?」
「ええ。お嬢様にあなたを任されていなかったら、あの日、私はシャール侯爵を斬っていました」
ダルクが視線を墓から僕に移す。今の言葉が嘘であるとは、思えないまなざしだった。
「そしてあの子爵家の女も殺していた。エディーラ様も斬っていましたね。あとは旦那様と奥様も」
「それはいくらなんでも無理があるよ。不意打ちでシャール侯爵を殺すのがせいぜいじゃない?」
「でしょうね。あなたがいなければ、私も――あの日、死んでいたと思います」
ダルクには昔から世話になっていたから、そんなふうに言われると心がざわつく。
――でも、それは自己満足だろう。
「間違えているよ、お前は……」
「エルドル様?」
「だったら逃がしてくれればよかったのに!あんな家から、あんな男から、逃がしてくれれば惨めに死ぬこともなかった!」
みっともなく叫ぶつもりなんてなかった。なのに、言葉が口をついて止まらない。
そうだ。誰か一人でも、私の手を取ってくれる人がいたのなら。
「逃がしてって、言えばよかった……」
そうしたら。
指の先から冷たくなる。感覚がなくなる。
頭がぐらぐらと揺れる。吐き気がする。鼓動の音だけが強く響く。
――逃してって、言っていたら。
私の子。
名前も考えていたの。
あなたのために生きていたの。
男でも女でもよかったの。あなたのために、すべてを捧げてもいいと思っていたの。
なのに、私の子、顔も見なかった。産声を上げるより前に、首を絞められた。息すら許されなかった。
意識が遠のく。もうおしまいだとわかった。
生きた意味が。最後に抱くことを許されたはずの、たった一つの意味が、踏みにじられる。
――あなたを、死なせることなどしなかったのに。
「え……エルドラ、さま……?」
ダルクが幽霊を見たかのようなまなざしを向けてくる。エディーラと一緒だ。シャール侯爵と同じだ。瓜二つのエルドルは、死んだ女を背負っているから。あの子が生きていたら、こんな顔をしていなかったと思う。
――しっかりしないと。僕はエルドルだ。エルドル・シャール。シャール侯爵家の、当主となるために生きている男だ。
「ああ、ごめんねダルク。少し取り乱してしまったね」
「エルドラ様……」
「違うよ。エルドルだ。そんなに似ている?」
ダルクは、彼女は呆然と首を横に振った。そうだろう。似ているのは、顔だけだ。
エルドラ・ベアリーは逃げることもできなかった、搾取されるだけだった、何も成せなかった、傷つけられるだけのつまらない女だ。エルドラがもし生きていたとしても、復讐なんて成し遂げられなかったに違いない。
まあ、死んでも治らない馬鹿じゃなかったのが救いだね。
……大丈夫、二度と踏みにじらせはしない。うまくやるし、うまくやれる。
何者にもなりそこなった女は墓の下にいる。シャール侯爵はここにいる。
弔いの花が風に揺れ、花弁が散っていくのを見つめる。復讐が何も生まなくとも、決別にはなるに違いなかった。
本編はこれで完結です。
何話か番外編を予定しています。




