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なりそこない侯爵  作者: 加上汐


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15/19

エピローグ

 復讐は何も生まないというが、だいたい真実だと思う。


 母の墓前には、いまだ誰一人訪れない。まあ、処刑された前シャール侯爵夫妻には弔うための墓すらないのだから、それよりはマシなのかもしれないけどね。

 結局報われることなどなかったのだ。僕は嫡男として生まれ、そのまま当主になった。結果だけ見れば当然だ。母の生家が役に立ったかというと足を引っ張っただけだし、ベアリー侯爵家の長女として生まれた意味は何にもなかった。


「エルドル様」

 呼ばれて振り向く。ダルクが立っていた。

 ダルクの手には、花束がある。色鮮やかなそれが、曇り空の下でいやに目立った。

「なにそれ」

「エルドラ様へ手向ける花です」

「……そういう派手なの、好きじゃないと思うけど?」

「そうでしょうね。だから自己満足です」

 あっそう、と僕は墓の前から退いた。ダルクは本当に花束を墓に置いた。それ、なんて言って花屋から買ったのかな。墓参りですって言われてそんなの包むやつがいるだろうか。

「これでようやく終わりましたね」

「何が?」

「復讐が、です」

 ダルクは清々しいと言わんばかりの顔をしている。え、そんなに復讐したかったんだ?僕を献身的に支えてはくれていたけど、そんな素振りは見せていなかったから、少し意外だった。

「ダルクはしたかったの?復讐」

「もちろんですとも。私はお嬢様の騎士でございますから」

「じゃあ僕がいなかったら一人でしていた?」

「ええ。お嬢様にあなたを任されていなかったら、あの日、私はシャール侯爵を斬っていました」

 ダルクが視線を墓から僕に移す。今の言葉が嘘であるとは、思えないまなざしだった。

「そしてあの子爵家の女も殺していた。エディーラ様も斬っていましたね。あとは旦那様と奥様も」

「それはいくらなんでも無理があるよ。不意打ちでシャール侯爵を殺すのがせいぜいじゃない?」

「でしょうね。あなたがいなければ、私も――あの日、死んでいたと思います」

 ダルクには昔から世話になっていたから、そんなふうに言われると心がざわつく。


 ――でも、それは自己満足だろう。

「間違えているよ、お前は……」

「エルドル様?」

「だったら逃がしてくれればよかったのに!あんな家から、あんな男から、逃がしてくれれば惨めに死ぬこともなかった!」

 みっともなく叫ぶつもりなんてなかった。なのに、言葉が口をついて止まらない。

 そうだ。誰か一人でも、私の手を取ってくれる人がいたのなら。

「逃がしてって、言えばよかった……」

 そうしたら。



 指の先から冷たくなる。感覚がなくなる。

 頭がぐらぐらと揺れる。吐き気がする。鼓動の音だけが強く響く。


 ――逃してって、言っていたら。


 私の子。

 名前も考えていたの。

 あなたのために生きていたの。

 男でも女でもよかったの。あなたのために、すべてを捧げてもいいと思っていたの。

 なのに、私の子、顔も見なかった。産声を上げるより前に、首を絞められた。息すら許されなかった。


 意識が遠のく。もうおしまいだとわかった。

 生きた意味が。最後に抱くことを許されたはずの、たった一つの意味が、踏みにじられる。


 ――あなたを、死なせることなどしなかったのに。



「え……エルドラ、さま……?」

 ダルクが幽霊を見たかのようなまなざしを向けてくる。エディーラと一緒だ。シャール侯爵と同じだ。瓜二つのエルドルは、死んだ女を背負っているから。あの子が生きていたら、こんな顔をしていなかったと思う。

 ――しっかりしないと。()はエルドルだ。エルドル・シャール。シャール侯爵家の、当主となるために生きている男だ。

「ああ、ごめんねダルク。少し取り乱してしまったね」

「エルドラ様……」

「違うよ。エルドルだ。そんなに似ている?」

 ダルクは、彼女は呆然と首を横に振った。そうだろう。似ているのは、顔だけだ。


 エルドラ・ベアリーは逃げることもできなかった、搾取されるだけだった、何も成せなかった、傷つけられるだけのつまらない女だ。エルドラがもし生きていたとしても、復讐なんて成し遂げられなかったに違いない。

 まあ、死んでも治らない馬鹿じゃなかったのが救いだね。


 ……大丈夫、二度と踏みにじらせはしない。うまくやるし、うまくやれる。

 何者にもなりそこなった女は墓の下にいる。シャール侯爵(ぼく)はここにいる。

 弔いの花が風に揺れ、花弁が散っていくのを見つめる。復讐が何も生まなくとも、決別にはなるに違いなかった。

本編はこれで完結です。

何話か番外編を予定しています。

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― 新着の感想 ―
学校の成績はともかく王太子妃(元)や侯爵家の内情(過去のこととか)に詳しすぎて、「あれ?主人公って転生して前世のある人とか?」と途中から怪しんでましたが、まさかの実母とか…。エルドルは死んだ(殺された…
ダルク女性だったんか…!色々衝撃あったけど、ぶっ飛びました。すいません。 こんな風に、読者に任せる感じの終わり方凄く好きです。母親の事を『何も無せなかった女』と一歩引いていたのはその為だったのかなと…
おおお?! 匂わせはあったけど、ここにきて答え合わせはゾゾゾっと来ました!面白い!
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