12
うろうろと落ち着きなく視線をさまよわせるサザルク嬢――いや、今はただのデルカは、ようやく口を開いた。
「そ、その、お……お断りすることはできますか?」
そして僕はフラれた。
エディール王子および王太子妃の暗殺未遂にサザルク公爵家が関わっているというスキャンダルは瞬く間に広まり、公爵家の縁者は片っ端から捕えられた。王妃ですら謹慎処分を課せられている。
その唯一の例外がデルカ・サザルク嬢だ。
彼女の身柄を我が家で確保することはエディールと合意していたからね。デルカは何も知らなかったということにされている。彼女の密告がこの騒動の発端になったと知られればどんな目に遭うかわからないからね。
それに、サザルク公爵家は一族まとめて処刑される。なのでデルカの籍はサザルク公爵家からすでに抜かれていた。表向きの理由は彼女が公爵令嬢として扱われていなかったから、エディールの温情だ。
しかしデルカがこのまま学園に通うのは、情報が錯綜している今の段階では危険だ。サザルク公爵家の縁者であるというだけで攻撃されかねない。上手く言いくるめてシャール侯爵家のタウンハウスに保護させてもらった。
で、デルカの今後の扱いとして、僕は前侯爵とサザルク公爵の間で結ばれた契約を持ち出して婚約しないかと言ったわけだけど。
フラれてしまいました。ちょっと予想外。
「断る理由は?」
「わ、私には、侯爵夫人は務まりません……」
確かにそうだ。デルカは社交ができない。侯爵夫人は重荷だろう。
「それでも構わないと言っても?」
「……、な、なぜ、私に頼むのですか?シャール侯爵ならば、ど、どんな令嬢でも選べると思います」
それも間違っていない。
僕は今やシャール侯爵だし――対外的にはまだ代理だけど――王太子として立つエディールと親しい。優秀な貴族令嬢を選ぶ余地はある。まあ、今の代だと大体売り切れているから、もう少し下からになるけどね。
「そうだね、僕としてはデルカに借りがあるからね。どちらにせよ君を自由にすることはできないから、相応の地位を与えようかと思って」
「じ、自由にできない?」
「そうだよ。君は優秀な技術者だ。僕の手元に置かなければならない。もしかして、平民にでもなるつもりだった?それは無理な話かな」
平民として一人で暮らすとか、あるいはどこぞに嫁入りするとか、もはやデルカ一人で決められることじゃないんだよね。僕の領地の研究員?そうだね、それはできる。でもその場合は監視付きで、自由に暮らさせることなんてできないとも。
彼女単体で権力を持たせられない。サザルク公爵家の血を引くし、何か良からぬことを考えられたら困るから。彼女自身ではなく、周りを含めてね。だからいち研究員として雇うなら、ほぼ軟禁だよ。彼女の名前を表に出すことは二度とない。
そう説明すると、デルカは顔を青くして絶句した。
「そ、そんな……」
「君の価値はそれほどだ。上からの物言いになるけど、君を守るためでもある。なので、一番穏便な手がシャール侯爵夫人という僕の家の付属物になることなんだよ。わかってくれたかな?」
婚約者候補を脅すのは僕も気が引ける。とはいえ、初手で頷いてくれないなら説明するしかない。誠意みたいなものだ。我ながら、勝手に決めておいて笑える話だ。
デルカは自覚がなさすぎる。彼女の中で、自分が開発した時限式機構と暗殺未遂事件は紐付いていないのだろうか?これを聞いたら墓穴で、いよいよ逃がせないから聞かないけどさ。
デルカはしばらく黙り込んで、僕も何も言わずに次の言葉を待った。できれば今決めてほしいな、誰かに相談されたくないし。
「……あ、あの」
おそるおそる顔をあげて、デルカは唇を震わせた。
「仮にですが、シャール侯爵の妻となった、ば、場合……出産は義務、でしょうか?」
思わぬ方向からの発言に目を瞬かせてしまう。
まあ、そりゃ普通はね。後継を産むのは貴族当主の妻の仕事だね。
「つまり、出産したくないということ?」
で、わざわざ聞くということはそういうこと。
えー、考えられる理由は二つだね。一つは、彼女に想い人がいて、その人以外に体を許したくない。あとは僕のことが生理的に受け付けないパターンもこっちか。
二つ目は、単純に出産するという行為が嫌であるというパターン。言い方的にこっちな気がするけど。
「はい。しゅ、出産ならびに子作りに値する行為を免除していただくのであれば、結婚しても構いません」
「免除しよう」
僕が即答したのが予想外だったのか、デルカは目を丸くした。
「な、なぜ?」
「その前に君の理由が聞きたいな。出産したくないのはなぜ?」
「し、身体的リスクが大きいです。ならびに、その、我が子というものを得たくないので……」
確かに妊娠出産は女性の負担が大きい。出産して体を悪くするというのもよく聞くし、健康であっても妊婦なんてなかなか苦痛が伴うからね。
「我が子というものを得たくない、というのは君の実体験からの発言かな?」
「はい。子を顧みない親、というものになりたくはないのです」
一種のトラウマだね。
まあ、そういう気持ちは僕にもあるからわかる。親がろくでもないと、自分もそうなるんじゃないかって思うよね。兄弟の誰かを贔屓するとか、あるいは勝手に価値をつけて無価値になった者を切り捨てるとか。
そうであってほしくないと願ったことがあるから、そうなってしまうことを恐れている。親からの無償の愛情を信じたからこそ、自分が与えられないことに絶望する。そんな恐怖を持つならば、最初から子供なんて持たないほうがいい。
「僕には弟がいるからね。あそこから養子をとればいい。跡継ぎなんて大した問題じゃないよ」
「ですが……」
「僕も他人同士の集合体のほうが気楽なんでね。だから、僕に何かを期待するような人とは結婚できないってわけだ」
夢見るうら若いお嬢さんなんて、論外ってこと。その点、デルカは僕に夫としての情をかけないでほしいとすら言うのだから、感情的に言えばとっても都合がいい。
僕はね、婚約者と碌な関係を築けない欠陥品だから。だったら、利害関係で結ばれた方がずっと建設的だよ。
「一応確認ですが、しゃ、シャール侯爵は、私に対して恋愛的な感情を持っていませんよね?」
「一切ないよ」
「では、お受けします」
デルカがようやく首を縦に振ってくれて助かった。まあ、ここから大変なのは僕だけど。デルカに侯爵夫人としての役割を求めないなら、ほら、僕が二倍働かなきゃいけないからね?
マティアには早めに子供を頼まないと。次期当主として使い物にしないと、僕も楽できないというわけ。
サザルク家の粛清が終わり、デルカの今後の身の振り方も決定した。ああ、彼女は一度ヴィルテ伯爵家に養女には入ってもらうことにしたよ。デルカ・ヴィルテの誕生だ。ベアリー侯爵も、自派閥から僕の婚約者を出せて嬉しいね。うんうん、いい解決策だった。
とはいえ、ベアリー侯爵が使い物にならないのは周知の事実。デルカの事実上の後見は、エディール――にしたいところだけど、王家がしゃしゃり出すぎるとアレなので、エディールの婚約者の実家、レクサム公爵家だ。
実は、デルカが所属していた研究室のユーストス先生はこのレクサム公爵家の出身だ。なんと元公子様である。
偏屈研究者のユーストス先生は、実家とのパイプを持っており、優秀だが後ろ盾のない生徒たちの面倒を見ていた。デルカはその前に僕とエディールが後見についたわけだけど、今回の件でデルカに養子になるかという誘いすらしていたらしい。僕との婚約が先だから良かったけど、ユーストス先生の養女になってたら面倒なことになっていたよ。あー助かった。
とはいえ、デルカがそれだけ気に入られているのは事実。貴族界隈では、ユーストス先生が目をかけているというのがステータスになるほどだから、その効果は絶大だ。サザルク公爵家を名乗っていた彼女がなぜ無事なのか?という疑問は、そこでも払拭された。
ユーストス先生も礼儀やマナーを放り投げるタイプだから、社交の教育がされていないデルカと気が合うのだろうか。まあ、元公子だから許されているところはある。
これで僕の将来は安泰、マティアに子供を三人ほどよろしくと言うとなんともいえない顔をされたけど、生かしている理由は血族の確保があるんだから当然だよね。前シャール侯爵は一人っ子だったから、できれば複数ほしいな。領地の隅々まで目を届かせるには人手が必要だ。
でも安心するにはまだ一つだけ、懸念材料があるね。
――そう、田舎にぶち込んだ前シャール侯爵だ。




