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なりそこない侯爵  作者: 加上汐


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 案内された部屋にはさすがに王弟夫妻はいなかったが、セリリアとベアリー侯爵、ヴィルテ伯爵夫妻が揃っていた。セリリアもさすがにあのやり取りで婚約者のすげ替えが認められないのがわかったのか、顔色が悪い。

「ひ、ひどいですわ!もう傷の一つも残っていないのにわたくしを騙していたなんて!」

 そして責任を僕に擦り付けようとしてきた。えー、せめて僕にすり寄って媚びるとかすればいいのにね。それすらも嫌な相手らしい。

「僕の傷の治りが早かったのはとある機密に触れるからね。愚かな婚約者が衆目の面前で傷をあげつらって婚約を破棄するまで言わなければ隠すつもりだったんだよ」

「え、エルドル……!」

「ああ、ベアリー侯爵。最初の予定通りで構いませんよ。でも婚約は彼女の望み通り破棄にしてあげないといけませんね」

 ヴィルテ伯爵夫妻ががっくりと肩を落とす。僕は貴族のたしなみとして微笑みを崩さなかった。

「ですが、これで我が家と叔父上の関係が悪くなったと思われてはいけませんからね。セリリアはマティアと結婚させます」

「な……?!」

 普通に考えればわけのわからない提案だ。でもまあ、マティアを継承者争いから脱落させるにはいい案じゃない?ベアリー侯爵が疑問を口に出す前に、セリリアが声を上げた。

「ま、待ってちょうだい。予定通りというのは何ですの?!」

「ああ、君との婚約は以前からなくすつもりだったからね。だってほら、最近は婚約者としての交流もなく、マティアにベッタリだったでしょう?わざわざ君と結婚する理由がない」

「エルドル様がわたくしと婚約したのは、後ろ盾のためで……!」

「それは君でなくても構わない」

 ばっさりと切り捨てると、セリリアは顔面蒼白になった。ようやく気づいたかな?

「ベアリー侯爵家が僕の後ろ盾になるから君と婚約が結ばれたけど、君でなければ僕の後ろ盾にならないわけではないよ。さらに言えば、マティアはすでに当主になるつもりはない。僕に婚姻での後ろ盾は不要だ」

「エルドル……しかしだね、年若い君が当主になるのなら」

「叔父上。それはセリリアを御してから言ってください。……いいえ、セリリアではありませんね。王太子妃をどうにかしてから言うことです」

 ベアリー侯爵は自分の派閥から僕の婚約者をつけたい。でももはや、それは僕にとって利益ではないからね。だって僕にはエディールという後ろ盾がいるし、王子に重用される僕と縁づくベアリー侯爵の方がメリットが大きい。

 つくづくエディールが味方になってくれてよかった。こんな簡単にベアリー侯爵家を切り捨てられるんだから。母を見殺しにして、甘い蜜だけ吸おうとする、甘っちょろい無能どもを。


 ベアリー侯爵も、流石にセリリアを唆し僕を排除しようとした王太子妃については言い訳がないのだろう。唸るように息をついた。これで、彼も王太子妃を見捨てる覚悟ができたことだろう。

「マティア、君はセリリアを娶りエナン男爵家を継ぎなさい。あそこはいい土地だから、苦労しないはずだ」

「……かしこまりました、兄上」

「なっ!?エナン男爵家……?!」

「ええ。あれはもう僕のものです。何か問題でも?」

 あんな自己満足の償いに意味はない。母を見殺しにして、男爵位一つで贖罪など馬鹿にした話だ。ならば意味のないものと打ち捨ててやろう。

「話は以上です。マティアとセリリアの結婚はすぐに済ませますから、セリリアは退学手続きを。マティアは卒業まで通わせます」

「お待ちくださいエルドル様、すぐに結婚とは……?!学園を卒業した後ではいけないのですか?!」

 ヴィルテ夫人の方が食い下がってくるけど、僕は小首を傾げて返した。

「今日の失態の後でセリリアが学園に通うと言うのなら構いませんが。どんな目に遭うか想像つきませんか?」

「そ、それは」

「成人はしているのだから結婚は可能です。式などはしなくてよいでしょう。誰に祝福されると言うのです?」

 ベアリー侯爵の派閥からしてもやらかしで、そしてシャール侯爵家の後継争いからこんな形で降りるマティアの結婚式にわざわざ駆けつける物好きもいない。

 ヴィルテ夫人が「一生に一度の結婚式ですのに……」と言うが、それを自分の手でめちゃくちゃにしたのはセリリア自身だ。

「ヴィルテ夫人、あなたは娘のしでかしたことを理解していないようですね」

「っ、申し訳ないエルドルくん、妻にはよく言い聞かせる……!」

「はは、娘のようにはならないことを期待していますよ」

 暗にセリリアさえ御せなかったくせにと告げると、ヴィルテ伯爵は額に脂汗を滲ませた。やれやれ。

「好きな相手と結婚して男爵夫人になるのですから、僕は寛大だと思いますがね。それ以下になりたいのならいつでもご相談ください」

 王子殿下の成人祝賀パーティーであそこまでやらかして、他に嫁の貰い手があるはずもない。高い金を払って修道院にやるのが関の山なんだから、グズグズ言わないでほしいよね。



 結局、話はそれでまとまった。

 とはいえ、対外的には終わったけど、問題はまだ残っている。

「兄上、父上にはどう説明されるのですか?」

 そう、シャール侯爵の説得だね。

 僕は後継ではあるけどまだ当主にはなっていない。なので実際のところは自分の婚約の破棄とかマティアの結婚とか、決める権限はないのだ。

「ああ、大丈夫だよ。手札はいくらでもあるからね」

 もちろん、真っ向から説得する気は皆無である。それを悟ったのか、マティアは顔を青くしてがくがくと頷いた。


 さて。シャール侯爵を脅す手札のうち、今回切るのは僕の暗殺未遂事件だ。マティアがきっちり夫人の仕業だと調べ上げてきたからね。

 僕はさっそくマティアを連れてタウンハウスに乗り込み、執務室でボケっとしていたシャール侯爵を早々に締め上げていた。

「ここで頷くなら、あなたが関わっていないと王子殿下にとりなしても構いませんよ。そうでないならもちろん、あなたは爆発物を用い息子を殺そうとした罪に問われて処刑されますが」

「ど、どうもこうも私は関係ない……!」

「その言い訳が通るといいですねえ。あくまで侯爵家の当主が妻の所業を把握していないなどありえないでしょうに。だいたい、僕を殺そうとしたのは事実だ。この件に関わらず、何度も何度も何度も何度も」

 覚えていないのかな?思い出させてあげてもいい。

 別邸に送り込まれた刺客のこと?シャール侯爵領で盛られた毒のこと?馬車で移動している間に妙に身なりの整った賊に襲われたこと?それとも、生まれてすぐ息の根を止められたこと?

「今なら僕を殺そうとした罪には問わないと言っているんです。選べないなら僕が選んであげますよ?毒杯と絞首台と断頭台、どれがいいかな」

「エルドル……!」

「早く選べ。別にここで死体になってもらっても構いませんが」

 ダルクが僕の後ろで剣を抜くのを見て、シャール侯爵はガクガクと「わかった!お前に爵位を譲る!」と叫んだ。あーあーみっともない。

「お前?誰に口を聞いている」

「ヒッ!」

「まあいいか。じゃあ隠居ね。イルリスに連絡してあるから、お前は何も持たずとっととここから出ていってね。あ、夫人は尋問するから置いていって。マティア、夫人を部屋に監禁しておいて」

「承知しました」

「マティアはお利口だね。ではごきげんよう、役立たず」

 この男の顔など長いこと見るものではない。僕が執務室を出ると、執事が青い顔をして待っていた。

「父は心身の不調で領地に戻る。今後は僕が当主を務めるから、そのつもりで」

「は、はっ、かしこまりました……」

 執事にしてはなんかイマイチなんだよね、これも。フィディスでも雇おうかな?でもあいつはやかましいか。領地の執事でも連れてくるかな。


 そんなわけで、僕はさっくり当主の座を手に入れた。一応、対外的には当主代行としておくことにする。成人したから正式に当主になるのは法的に可能なんだけど、王太子妃大騒ぎのすぐ後にまた注目されるようなことをしたら勘繰られそうだからね。卒業する半年後までは寝かせておこう。

 権限を得たところでマティアとセリリアの婚約も正式に届け出る――その前に、マティアとサザルク嬢の婚約を白紙にしなくてはならない。サザルク公爵家とやり合うのめんどくさそうだなあと思いながら婚約証明を取り寄せようとしたところ、執事が「実は、正式なご婚約ではないのです」とか言い始めた。

「旦那様がサザルク公爵家と結んだのは、デルカ・サザルク様を次期当主となる者の婚約者とするという契約のみでして……」

 馬鹿なのか、あれは。馬鹿か。

 その契約書を見せてもらうと、本当にそう書いてあった。僕はこれまで二重婚約してたわけだね。反故にした場合の違約金が天文学的なんだけど、もしかしてこれを盾に僕を当主から下ろそうとしてたのかあれは。

「……それじゃあ、デルカ・サザルク嬢を僕の婚約者としよう。これなら問題ないね」

「はっ、はい!」

 サザルク嬢を後ろ盾のないまま放り出す気はなかったけど、考えてみれば婚約とか結婚でも構わないか。彼女ならそう面倒なことにはならないだろう。


 

さて。マティアに命じた夫人の監禁には、侍女長が反対したらしいのでその女は早々に解雇した。夫人の従妹かなんかなんだって。使えないので実家に送り返しておいて、いい加減ベアリー侯爵家から僕に寝返った母の侍女たちを配置しておく。彼女たちも聡いからね、今から失脚する王太子妃の実家よりシャール侯爵の方が寄生するには旨みがあるとわかっているはず。

 僕の行いには戦々恐々とする使用人たちだったけど、そもそもこの家の使用人のレベルが低いのは事実だ。侯爵家レベルではない、子爵家と同等だ。まだ侯爵領の屋敷の使用人の方が質がいい。

 まあ、女主人がああではね。そんなわけで僕はある人を引っ張ってきました。じゃん。

「老体を働かせるなんて、エルドルも手厳しいわね」

「何をおっしゃる。息子の不始末くらいどうにかなさってください」

 そうです、シャール家の祖母、前侯爵夫人です。

 先代である祖父はもともと体が強くなく、爵位を今のシャール侯爵に譲った後に早々に病を得て他界してしまった。祖母は貴族の華やかさよりも田舎でのんびり暮らすのが性に合ったらしく、シャール侯爵領の片隅のカントリーハウスで暮らしていた。


 どれだけのんびりしていたかというと、母が死にあの女が後妻になってもなーんも言ってこなかったくらい。喪中だったとしても何とかしろって話だよね。母親が反対していたらシャール侯爵も子爵令嬢を後妻になんて迎えなかったかもしれないのに。

 過干渉も無関心も、等しく罪だ。というわけで、祖母にはこの家の弛んだ使用人たちをビシバシ鍛え直してもらいます。

「はあ、こうなるとわかっていたからベアリー侯爵家の娘をもらったというのに……」

「はは、自分の教育の不出来をよその家の娘に押し付けて死なせておいてよく言えますね。息子が息子なら母親も母親だ、立派な面の皮をお持ちなことで」

「なっ!あの娘が死んだのはわたくしのせいでは――」

「あの男が殺したんですよ。わかりませんか?産後の手当を一つとされず放置されれば死ぬのも当然ですよねえ」

 祖母が唖然とした顔をする。何をしないことは、責任を果たさないということだ。素知らぬ顔でぬくぬくと暮らせると思ったかな?

 シャール侯爵を侯爵領にぶち込むにあたって、祖母を引っ張り出したのはこの息子にクソ甘い老体が余計なことをしないよう見張るためでもある。カントリーハウスで二人揃って優雅な引退生活なんて笑えないからね。

「出来損ないを当主にするならイルリスにでも継がせればよかったんです」

「そっ……あんな妾の子を当主になど!笑わせるわ!」

 血筋だけ立派で何もできない愚図のほうが笑わせる。僕は失笑を漏らし、激昂する祖母を見返した。

「あなたの大好きな息子も同じことをしたではないですか。子爵家の女を妻にし、あまつさえその息子を当主にしたがった。そのことに憤ってもらわなければ道理が通りませんよ」

「エルドル……!」

「痴呆が進んでしまわれましたか?でもあなたの仕事は終わっていません。ああ、下賤な女は僕を殺そうとした罪でそのうち連行されますからお気になさらず」

 多分だけど、この祖母を動かすのに一番効果的なのはシャール侯爵を引き合いに出すことだね。というわけで。

「あなたの大好きな息子のために、しっかりこの家の使用人を躾け直してくださいね。それくらいはできるでしょう?できなければ、この後の暮らしの保証がないだけですがね」

 使えない――責務を果たさない者に払ってやる給金などない。

 そう言い切ると、僕が本気だとようやく悟ったのか、祖母は真っ青な顔をしていた。

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