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第二話

 放課後の教室は、学園祭の準備で騒がしく賑わっていた。千尋は割り振られた作業リストを眺め、ふと溜め息をつく。


「先輩、今日はよろしくお願いしますね」


 明るい声とともに、玲奈が隣に座る。二人は装飾係としてペアになったのだ。


「はいはい、ちゃんと手伝いなさいよ」


「もう、信用ないなぁ。ちゃんと働きますって」


 玲奈は笑いながら、カラフルな紙を千尋の前に並べる。二人でポスターを貼り、ガーランドを作りながら、自然とふざけ合う。


「先輩、このリボン、似合いますよ?」


 玲奈が悪戯っぽく千尋の髪にリボンを結ぶ。千尋は呆れながらも、それを外す代わりに玲奈の髪を軽く引っ張った。


「お返し。まったく、子供みたい」


「えへへ、でも先輩、ちょっと楽しそうですよ?」


 その言葉に千尋はむっとしながらも、言い返せなかった。


 ふと、玲奈の髪に紙くずが絡まっているのに気づく。


「じっとしてて」


 千尋はそっと玲奈の髪に触れ、絡まった紙を取る。玲奈は動かず、そのまま千尋の顔をじっと見つめた。


 その視線が、一瞬だけ千尋の唇に落ちる。


 ……何かを伝えたそうな、玲奈の静かな眼差し。


「……はい、取れた」


 千尋は何事もなかったように言い、手を離す。玲奈は小さく微笑み、


「ありがとう、先輩」


 その声が、妙に耳に残った。


 放課後の廊下、窓から差し込む夕陽が柔らかく床を染めていた。千尋は生徒会の書類を抱えながら、ふと足を止める。


 遠くの教室で、玲奈が誰かと話しているのが見えた。


「へえ、玲奈ちゃん、器用なんだね」


「そんなことないですよ。ただ、ちょっとだけ手先が器用なだけで」


 玲奈が微笑みながら話している相手は、同級生の男子生徒だった。親しげに顔を近づけて、楽しそうに笑っている。


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるような感覚。


(……何よ、別に普通の会話じゃない)


 そう思おうとしても、妙なざわつきが消えない。


「千尋?」


 後輩が話しかけてきたが、千尋は反応できなかった。つい視線が玲奈の方へと引き寄せられる。


 玲奈が男子生徒の腕を軽く叩いて笑う。その仕草に、心の奥で何かが弾けた。


(……私はただ、後輩が心配なだけ)


 強く自分に言い聞かせる。それでも、喉の奥に引っかかる違和感は消えなかった。


 玲奈がこちらに気づき、ふと目が合った。


「先輩?」


 その無邪気な瞳が、余計に千尋の胸を締めつけた。


 放課後の図書室には、誰もいなかった。木漏れ日が窓から差し込み、静かな空気が漂う。


 千尋は机に広げた書類に目を落としながら、隣に座る玲奈の気配を意識していた。書類をめくる音、静かに息をする音——それだけが、静寂の中に溶け込んでいる。


 ふいに、玲奈の手が止まった。


「先輩は、私が好きですか?」


 唐突な問いかけに、千尋の指が書類の上で止まる。


「……どうして?」


 やっと絞り出した言葉は、それだけだった。


 玲奈は千尋をまっすぐ見つめる。琥珀色の瞳に、ほんの少しの不安が揺れていた。


「ただ、知りたくなったんです」


 千尋は答えられず、視線を落とす。答えを出せないまま、静寂がふたりを包む。


 玲奈は小さく息を吐いた。そして、そっと微笑みながら、


「私は、先輩が好きです」


 その言葉は、まるで風に溶けるように静かだった。


 千尋の胸がざわめく。何かを言わなくてはいけないのに、言葉にならない。


 玲奈は微笑んだまま、ゆっくりと立ち上がる。


「……忘れてください、今の」


 そう言い残し、玲奈は静かに去っていく。


 千尋は動けなかった。ただ、玲奈の背中を見つめることしかできなかった。


 千尋は、玲奈の告白が頭から離れなかった。


 「私は、先輩が好きです」


 その言葉が心にこびりつき、何度も反響する。考えれば考えるほど、胸がざわついた。どうして玲奈はあんなことを言ったのか——そして、自分はなぜ答えられなかったのか。


 翌日、玲奈はいつもと変わらず明るく振る舞っていた。友達と笑い合い、いつものように冗談を言う。けれど、千尋と目が合った瞬間、その笑顔がふっと陰るのを千尋は見逃さなかった。


 放課後、玲奈は千尋を屋上へと呼び出した。


 「先輩、最近避けてませんか?」


 玲奈の声はいつになく静かだった。


 「そんなこと……」


 言いかけて、言葉が詰まる。確かに、無意識に距離を取っていた。


 玲奈は少し俯き、ぽつりと言う。


 「嘘でもいいから、嫌いって言ってください」


 千尋の心臓が跳ねた。


 「それなら、ちゃんと諦められるから」


 玲奈が寂しそうに微笑む。その笑顔が、胸を締めつける。


 「……嫌いじゃない」


 千尋はそう呟くのが精一杯だった。


 玲奈はしばらく千尋を見つめ、それから目を細めて微笑んだ。


 「じゃあ、もう少しだけ……先輩のそばにいてもいいですか?」


 千尋は何も言えなかった。ただ、玲奈の言葉が冷たい風に溶けていくのを感じていた。

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