第09話 女神さまは有名人
「うん、感じるよ。ウエストとシャツが緩くなった。
受験シーズンのストレスや運動不足も相まってかなり太ってたみたい……」
シルエットラインを崩さずに、パンツラインを調節する方法を教えて貰ってよかった。
「もともとパーツはそんなに悪い訳じゃないし、努力すれば十分モテると思うわ。最強属性の『私のきょうだい』って女子にとってもメリットなんだよ?」
「僕にとっては嫌なメリットだな……」
「どうして?」
春姫さんは少し悲しそうな顔をする。
「僕個人を見られていないような気がするからだよ……」
「それは仕方がないわよ。短い時間で内面まで判断できるわけないでしょ? それにそういうのは付き合ってみると考えなくなるものよ。人間は世の中を単純化するのが好きなんだから」
「『女神さま』が言うと説得力がある話だ」
「外面を取り繕ったとしてもキチンと女の子をエスコートできない駄目だけどね」
「なるほど……」
「まずは洋服を買うわよ。中学生男子ファッションの中ではマトモでも正直言って女の子から見ればダサイもの……」
「うっ! 質問なんだけどどういったところがダメなんだ? 自分の基準だとまともなのを選んだつもりなんだけど……」
「そうね~楽をしたいからかなんだろうけど、だぼっとした服をやめるとかマジックテープの靴は卒業するとかかな? それに白いから泥や汚れが目立つし靴紐もボロボロだし、ビジネスシーンでは靴が重要だと言うわ、それは男女関係でも変わらないものよ。『神は細部宿る』という言葉があるように、洋服と髪にだけ気を使えばいいというような単純なものじゃないのよ」
「せっかくだから靴も新調することにするよ……とは言っても高校の指定はローファーだけど……」
「私は学生っぽくていいとおもうけど。勇気くんそう言うザ・青春みたいな服装好きでしょ?」
「否定はできないなぁ~」
「この制服フェチめ……」
「あはははは……それでデートプランなんだけど、春姫さんはどこか行きたいところある? なければ映画なんてどうかな? 昨日調べたらハリウッド映画がやっているらしくて……評判もいいみたいだよ?」
とスマホで映画のホームページを見せながら話す。
「多少なりともプランを練ってあるのは高評価よ。だけど彼女や友達といるのにスマホを弄るのは、相手との会話を拒否しているように見えてしまうから、控えたほうがいいと思うわ」
「……」
「まあ行先や予定を立てるためには仕方がない部分もあるから……」
「フォローありがとう」
「まあ買い物だけだと時間も潰せないし、映画やカラオケで時間を潰すのは十分な選択肢にはいるわね」
今日二人で家を空けたのは、再婚間もない両親をデートに行かせると言う目的もあるのだ。
「先に買い物を済ませてからにしても……」
二人で会話をしていると、周囲から春姫さんを知っていると思われる男女の声が聞えてきた。
「あれって……春姫?」
「春姫って清中の? うっわマジかよ……」
みたいなやり取りを、こちらをチラチラと見ながら花足ている声が聞こえて来る。
確かに芸能人やモデルみたいとは思ったけど本当にモデルや芸能人でもあるまいし……
「私も有名になったものね」
「え?」
「昔は奇異の者を見る目を向けられたりしたのに、今じゃ有名よ」
「……見られたかたが変ったのは春姫の努力の結果だろ? 卑屈になる必要はないんじゃないか?」
「……ええ、その通りね。ふふふふ、勇気くんに励まされてばっかり」
「そんなことないだろ?」
「教えてばっかりの私が君に励まされるなんてね」
「確かに僕は教わる側だが同い年の姉弟なんだけど……」
「ふふふふ確かにそうね」
初めて見る彼女お洒落着は、今の僕では隣を歩くことが気が引けるような服装で肩身が狭い。
僕はズンズンと前を進んで行く彼女の背を追いかける。
中学生ながら一七〇センチメートルを優に超える僕からすれば一五、六〇センチ代の身長は大きくない。
女の子にこんなことを言うのは失礼かもしれないけれど、僕にはその背中は大きく、逞しく見える。
なぜなら僕が変わる後押しをしてくれたのも、手助けをしてくれているのも全て彼女の功績だとおもう。
彼女をまだ “家族” としては見られない。けれど “尊敬できる人” と感じるんだ。
「あ! いつもは結構しっかりセットしてるのに……今日は一段と上手くセット出来てるわ。練習の成果が出てるわね」
まるで照れ隠しでもするみたいに話題を変え、僕の髪型を褒める。
春姫さん曰く「美容室でも理髪店でも意図を伝え切って貰えば、十分お洒落な髪型になる」らしい。
眉毛なんかも美容室、床屋のどちらでもやってもらえるとのことで行きつけの床屋でやって貰った。
「日々の成果が出て良かった。今日は髪型がきまらないとさえ思ったけど褒めて貰えて嬉しいよ」
「髪型が決まらないって女の子みたいwwww」
カラカラと鈴のような声で笑う。
「私背は高いほうだけど170㎝超えの頭をしっかり見れるほど身長高くないの! 自信がないなら直してあげるから良く見せて、ホラしゃがんだ。しゃがんだ」
彼女の言う通りにしゃがむと、胸と顔のが近づいた。
柔軟剤? いや、香水だろうか? 兎に角、魅力的で甘い匂いが鼻腔を擽る。
「ふ~ん。へぇ~ほ~」
そして左右を見るように動くせいで、巨乳が頬を掠めるどころか窒息させる勢いで顔を埋めれば、先ほどとは違いフェロモンと汗、体臭がフワリと香る。
収まりつつあった俺の愚息が再びヤる気を取り戻しはじめた。
「……へっ、変かな?」
自分でも分かった。
顔から火が出そうになるぐらい、耳まで赤くなっていることが。
「全然むしろ良くなってるよ。ただもう少し……」
そう言って髪の毛を弄る。
「よし、バッチリね。先ずは勇気くんの立てた予定をこなしてから洋服を買いましょうか、あ、でも映画は私に合わせてもらっていい?」
「別にいいけど……」
俺達は映画館に向かった。