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8 鏡界《きょうかい》の向こう側

 あれから3年が過ぎた今年の夏。

香奈の居たあの中学校で、また一人の中学生が行方不明となったという噂を、今日、高校への通学途中の道すがら、クラスメイトから聞いた香奈は、授業に全く身が入らなかった・・・。

噂話をした友人は「香奈って、そこの県に住んでたらしいって、誰だったから聞いた事があったんだけど?なんか、知らない?」と、香奈に聞いた。

あれだけ転校先の中学校で、その事を隠し通したにも関わらず、誰かが香奈の過去を知ってたのだ・・・。

香奈は[あの日]から3年間、静江との事は一日も忘れた事など無かった・・・。

だからと言うわけでも無いが、今の香奈にとっては、転校前の中学校がどこなのかを今更誰かに知られるのは、どうでも良い事の様に思えていた・・・。

ただ、そんな事よりも。

あそこで、また犠牲者が出たのかも知れないと思うと、何ともし(がた)い気持ちになって、胸が締め付けられたのだった・・・。

だから香奈は、放課後になってから『[意識]して記憶から消し去った母校』へと向かったのだった・・・。


 香奈は、下校してから公共交通機関を乗り継ぎ1時間半程かけ、3年前まで静江と通っていた中学校の校門近くへと着いた。

そこからは、校舎の正面にあるグランドで、野球部や陸上部がまだ練習をして居る姿が見えた。

彼らは一生懸命に身体を動かして汗を流し、大きな声を出したりして居た。

それは端から見ると、活気と長閑(のどか)さが同居したような、懐かしくて落ち着く風景に見えた・・・。

しかし、この中学校では数日前に学生が一人、行方不明になってるらしい。

だからなのだろうか?

香奈がここまで歩いて来る時には、すれ違う中学生達は3人以上の集団になってるのが殆どだった。

もしかしたら、学校側から同じ方向に帰る生徒は成るべく集団で行動するようにと言われてるのかも知れないと、香奈は思った。

香奈は暫く、遠目から校舎を見て居た。

その目は、校舎と体育館を繋ぐ廊下へと注がれていた。

(あの廊下の・・・校舎側のトイレの鏡の中に・・・もしかしたら、行方不明になったっていう生徒が・・・そして・・・きっと、あの時の三人と・・・静江も・・・。)

香奈はそう思い、手に持った学生鞄の持ち手を握り締めた。

「静江・・・。」

静江が鏡の中に閉じ込められた日。

それが彼女が[失踪した日]とされた。

あの夜。恐怖と混乱の中で帰宅した香奈は一晩中、自分と静江の身に起きた事を理解しようとした。

しかし、自分でも理解できない事実を話しても、誰も信じてくれないと思えた・・・。

それに、どんなに不可解な出来事であっても、自分が静江を見捨てて逃げた事には変わり無いと思えた・・・。 

そうして一睡も出来ずに一夜を明かした香奈は、思い切って・・・と、言うようも(せき)を切ったように泣きながら、両親に事情を話した。

香奈の両親も、この時は、そんな話を信じた訳では無かったが、娘の取り乱してる姿を目の当たりにして何もせずには居られなかった。

それでも父親はいつもどうりに会社に行く事にして、母親は仕事を休んで香奈に寄り添う事にした。

それから直ぐに香奈の母親は、娘の話の内容を信じては無かったが、とにかく娘とその友人の静江は、深夜の学校に忍び込み、そこで何かの事件が起きたのではないのかと思って、その話を学校側に伝えたのだった。

すると事態は、驚くべき速さで香奈や香奈の両親が思うのとは、全く想像も出来ない方向で[解決]される事になった。


『全てが隠蔽される事』になったのだ・・・。


その時から香奈も、静江との事は絶対に他言しては成らないと学校側から言われ、転校する事になったのだ。

だから、一人残された静江の母親も、(いまだ)に本当の事を知らされて無いのだった・・・。

それでも香奈は静江の事を・・・いや・・・静江との事を、何度も静江の母親に話そうかと思った・・・。しかし、先のとおり、(いまだ)に話して無いからこそ、静江の母親は、娘がどうなったのか・・・どうなってるのかを知らずに、いつの日か娘が帰ると信じて待って居るのだろうと思っていた・・・。


「だって・・・。世の中の誰が信じるというの・・・鏡の中に人が引き込まれて、今でも閉じ込められてるなんて・・・。」

香奈は独りそう言うと、自分の中学校生活から抹消された母校に背を向けた。


ゆっくりと歩きながら、香奈は考えていた・・・。


あの時、両親は本当に自分の話を信じてくれたのだろうか?

教師は?

本当に信じてくれてたのだろうか?

それとも、全ては隠蔽(いんぺい)のためだったのだろうか・・・?

その隠蔽とは、静江が行方不明になった事だろうか?

それとも香奈(わたし)が、精神不安定だと判断されたからだろうか?


或いは、それとも本当に・・・『あの鏡が人を引き込む』と知ってたからだろうか・・・? 


香奈はそこまで思った時、ハッとして立ち止まった!

あの時、鏡の中の人を引っ張り出せるなら、静江が引っ張り出してたのではないだろうか?

しかし、本当は鏡に閉じ込められた人は、二度と外に出る事は出来ないのではないのだろうか・・・。

静江は、そんな鏡の中の人を助けようとして、その中に引き込まれてしまったのではないだろうかと。

そして、思い出したく無くても、思い出してしまう、あの時・・・。

静江の後ろから現れた女子中学生が言った言葉を・・・。

それは「もう、見捨てられるのは嫌・・・」と、言ってたことだった。

そう。

香奈は気付いてしまったのだ・・・。

引き込まれたら二度と出られない所なら、誰かを巻き添えにする事が出来る者が『もう見捨てられるのは嫌』と言うのはおかしいのではないのか・・・と。

それは、鏡の中の彼女が最初に鏡に吸い込まれ閉じ込められた時に『別の誰かが一緒に居た』という事なのだろうと。


「自分の他にも、過去に鏡の中に友人(ともだち)を見捨てた人が居る・・・。」

香奈は、そう無感情に呟いた。


だから『鏡の中に吸い込まれる』という噂も残ったのだろうと思った。


香奈は振り返ると、一度は後にしようとした中学校の校舎を見た。

そして、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を見て、その校舎側にある筈の、あのトイレのある場所を目を細めて、じっと見つめた・・・。


夏の夕暮れ前の生暖かい風が吹き、汗で湿った香奈の髪を揺らした・・・。


 香奈は思った。

あのトイレに、あの鏡が在る限り、きっといつかまた、誰かが消えるのだろうと・・・。

それは、もしかしたら異世界に行くという事なのかも知れない。

しかしそれは、けして今流行りの様な異世界では無い。

暗くて寂しい異世界・・・。

ほんの入り口しか見てない香奈だったが、あそこはどう見ても、明るい場所では無かった。

何よりも、鏡の中の四人は、こちらの世界に戻りたがっていた。

そして、きっともう戻れないから・・・それが寂しくて、悲しくて、悔しかったからこそ、その慰めにと、香奈を引き込もうとしたのだろうと・・・。

それでまた、今回も犠牲者が出たのかも知れないと・・・。 


あちらの世界・・・。

そこは、こちらの世界では『死』と言うのだ・・・。

それは、宗教的な意味かどうかは香奈には分からなかったが、少なくとも、現実には『死した者』として扱われる事に変わりは無いのだ。


何故なら。

あの鏡からは、誰一人として、こちらの世界に戻って無いのだから・・・。



 お わ り



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