6 鏡の中の別世界
あり得ない光景に静江の脳は混乱し、そこから逃げ出したいのに、視線は鏡から引き剥がせなくなってしまっていた!
静江は混乱する思考の中で思った。
(鏡に映っている景色は、ここでは無い・・・!?)
「か・・・香奈。出て・・・!」
「ごめん・・・出ない・・・。」
「はやく・・・早くして!」
「ええ!?そんなの無理だよ・・・」
鏡を見詰めてる静江は更に恐怖した!
鏡の中の灰色の靄が薄れていき、その向こうに奥行きがあるのが見え始めたからだ・・・!
そこには灰色の床のようなものが何処までも続いて見えたが、その先は先程からの靄がモワモワと動きながら覆ってるので見えなかった。
恐怖に取り憑かれてる筈の静江なのに、彼女は、この鏡の中に何が写し出されてるのか確かめようとし、目が離せなくなった。
静江は足はそのままにして、上半身だけを動かすようにして鏡の中の見える角度を変えて見た。
(ひ・・・人!?)それも、数人・・・いや。
(3人居る!)静江がそう思ったのと同時に「ひと・・・人だ・・・。」と、鏡の中からは、聞いたことの無い男の子の声がした。
すると続けて「え?」「ひと・・・!?」っと、2人の女の子の声がした。
鏡の奥には、[この中学校の制服]を着た男女3人が、膝を抱えて座って居たが、最初の男の子の声に合わせ皆が静江の方を見た。
「なに?・・・幽霊?」驚き、そう言った静江の声はとても小さかった。
殆ど掠れてて、唇だけが動いてるといって良い程だった。
だからその声は、トイレの個室でおしっこが出なくて焦ってる香奈には届かなかった。
静江のその声が届いたのは、鏡の中に居る見知らぬ男の子と2人の女の子・・・それと静江の耳にだけだった・・・。
「僕が幽霊?」
鏡の中の男の子は疲れた声でそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
そして「僕は死んでなんか無いよ・・・!」と、ハッキリと言った。
その声に香奈が反応しないのが静江には不可解だったが、目の前の鏡の中に見える不気味な生徒達から目が離せず、振り向く事が出来なかった。
それから残りの女の子2人も立ち上がり「生きてる。」「私達も生きてる!」と、そう言って、ショートカットとロングヘアーの2人の女子生徒も静江の方へと近付いて来た。
「やっぱり、私達は鏡の中に閉じ込められたんだ・・・!」と、ショートカットの女の子が大きな声で言った。
「閉じ込め・・・られた?」と、小さな声で静江は聞いた。
すると男の子は「そう・・・そうだ。体育館の近くのトイレの鏡の中に・・・深夜になると別の世界が見えるって噂が学校にあって・・・それで・・・一人でそれを調べてる時に・・・鏡の中に、なんか暗い場所が見えて・・・ここに居る二人の女の子が見えて・・・それをスマホで動画を撮ろうとして・・・鏡に近付いたら・・・。」と、そう言って、寂しげに肩を落とした・・・。
(鏡の中に閉じ込められたってこと・・・?)男の子の話を聞いてた静江はそう思った。そして「じゃあ。あ・・・あなたの名前は・・・?」と、勇気を振り絞っ
て聞いた。
「僕の名前は・・・さわだ・・・沢田ともあき。」
聞きたくない名前だった・・・!
この異常事態でも、静江はそう思った・・・。
続けてショートカットの女の子が「私は、堂島まき。」と名乗り、ロングヘアーの女の子が「私は・・・水間ひろこ。」と名乗った。
『最初から答えを知ってたのに!』と、静江は強く後悔した!
ネットで調べて3人の名前を知ってた事で、静江の恐怖心は更に増した!
「君・・・僕と同じ学校の制服だよね?それに、そっちの風景・・・やっぱり学校のトイレの中だよね!?」
来た!っと静江は思った!
そして「そ・・・そうだよ・・・。」と、今さら隠せはしない自分の制服姿を呪った!
「じゃあ・・・僕の事は知ってる?」
「あ・・・あなたは・・・!」
「知ってるんだね!そっちでは僕は今、どうなってるの!?」
「あなたは・・・6年前に・・・。」
「6年・・・ま・・・え?」
「6年前に・・・行方不明に、なってる。」
「ちょっとまって・・・それじゃ・・・僕がトイレの鏡の噂を調べに行った日から・・・6年も経ってるってこと・・・!?」
静江は無言で頷いた。
「それじゃ・・・それが本当なら、父さんや母さんは・・・6年も歳をとってて、6年も僕を探してるってこと!?」
「きっと、そう・・・。」
静江は胸が傷んだ・・・。
沢田は深刻な顔をして黙り込んだ。
「それじゃあ!私は!」「私もどうなってるの?」と、堂島と水間も聞いてきた。
「ふ・・・二人の事まで分からない・・・知らない!」
静江はとっさの嘘を言った・・・。
それは、鏡の中の3人が鏡に吸い込まれた時期が全く違うことは、互いに話が出来るのなら、各々が離れた時期に鏡に吸い込まれた事を知ってるのではないのか?と、思い始めたからだった・・・。
そして、そうなると堂島と水間の二人は、今の自分と沢田との会話を聞いた時点で、現実世界では、沢田よりも、ずっと時間が過ぎ去ってる事にも気が付いてるとも思ったのだ。
だから静江は、その事を二人に告げるのは酷に思えるのと同時に・・・それを告げると、なにか恐ろしい事が始まってしまうような恐怖も感じたのだ。
静江と鏡の中の3人が、少し沈黙した時だった。
「静江?さっきから、なに?今度は独り言・・・?」
それは香奈の声だった!
鏡の中の沢田の声は静江にはハッキリと聞こえてるのに、やはり香奈には全く聞こえて無かったのだ・・・!
すると、トイレの個室の中からチョロチョロと水が落ちる様な音がした。
「はぁ・・・良かったぁ・・・。」と、香奈の声がした・・・。
その場違いとも思える状況に、静江は(香奈!早く出て!!)と、心の中で叫んだ!
沢田はうつ向き「ここに居て、1時間ぐらいも過ぎたと思ってたのに・・・6年・・・だって!?」と、声を押し殺す様にして言った。
「そ・・・そうだよ。6年・・・経ってる・・・!」
鏡の中の3人に警戒した静江は、顔を引き吊らせながら、そう言って後退りして、香奈が入って居るトイレの個室のドアの前に立った。
ドアに背を向けたまま、ノックしょうとしたのだ・・・。
沢田は、うつ向いたまま、脚を使って歩いてる訳でも無いのにスッと、こちらに近付いて来た!
それはあまりに異様な動きだった!!
これまで静江は、沢田達3人は『生きたまま鏡の中に閉じ込められて居る』と思って居た。
しかし今の彼の動きを見た瞬間、静江は直感的に『鏡の中の3人は、この世の者では無い!!』と思った!!
一瞬で沢田のうつ向き加減の顔が鏡いっぱいに近付いて居た!
しかし、そんな近いのに表情が見えない・・・!
沢田は「そんなの・・・。」と、声を震わせて言った。
静江はドンっと、トイレのドアに背中をぶつけた!
「そんなの!嫌だ!!!」突然、顔を上げ沢田は叫んだ!!
その顔は、さっき迄の寂しげな少年の面影など微塵も残さない恨みに満ちた表情だった!!
「!!」あまりの恐ろしさに静江はトイレのドアに背中を張り付かせて、沢田との距離を取ろうとした!!
「静江?なに!?出られないよ!」
その声は、トイレの個室から出ようとした香奈だった!
トイレのドアは内開きなので、静江がドアの前に立ってても開く筈だった!
しかし、目の前の沢田に恐怖する静江が身を引こうとし、背中をドアに強く押し付けてる事で、スライド式のロックも金具にガッチリと押し付けたのだ!
その力は尋常ではなく、香奈の指の力では全く動かせなくしてしまった!!
鏡の向こうに張り付いた沢田が「出して!!僕をここから出して!!」と、半狂乱で叫ぶ!!
静江も「むり!そんな・・・出し方なんて解らないし!」と、両足を突っ張らせながら、言い返した!
「そっちは鏡の向こうで、僕が居た学校だろ!!」強迫じみた唸るような沢田の声に「それは、そうだけど!」と、香奈を置いて逃げる事も出来ず、逃げ場を見いだせない静江は、どうして良いか分からなくなって居た!
すると突然「そうだ・・・それなら、僕を引っ張り出してくれ・・・!」と、沢田は態度を一変させた!
「どうやって!?」そう言った静江は、完全に怯え硬直し、その背中からは、香奈がドアを叩く音と振動が伝わっていた・・・。
「たのむ!こっちに手を伸ばして!!」そう叫んだ沢田は、鏡から一度身を引いて、今度は手を差し出した・・・。
だが静江は「そんなの、怖くて出来ないよ!」と、断った!
「私達を見捨てないで!!」「もう、見捨てられるのは嫌!お願い!!」と、沢田の後ろに見えた、堂島と水間も声をあげた!
静江はもう、我慢の限界だった!
だから言った!!
「だって!あなた達はもう死んでるの!!」
恐ろしかったし辛かった!
だが、もう言うしか無かったのだ・・・!
ほんの一瞬の静寂があった気がした・・・。
しかし直後「良いから手を出せ!!出せぇぇぇ!!!」と、狂気に満ちた声で沢田が叫ぶと同時に鏡の中から黒い靄が吹き出し!沢田の両手が鏡から飛び出して伸びて来たのだ!!
逃げようとパニックになった静江は、更にトイレのドアに背中を強く押し付け軋ませた!!
そして驚きのあまりに、両手の平を鏡に向け肘を曲げ、身を守ろうと顔の前に出した!
「静江!開けて!!」と、香奈の声がした!
鏡から伸びた沢田の両手は、静江の両手首を各々掴んだ!!
その強烈な力に驚いた静江は、悲鳴を上げようとしたが、喉が張り付いて声を出せない!!
静江が鏡を見ると、不自然な位置に沢田の顔が迫っていた!!
その表情は、不気味な真剣さに満ちていて、絶対にこの手を放さない!!という意思を感じさせた!!
彼は今、静江の体を藁にも縋る思いで掴んでるのだ!!
沢田の両手は狭い鏡の空間をねじ曲がって飛び出していた!
両腕の出方も不気味に不自然で、鏡の中から静江を睨む顔との距離も異様に近い!!
(離して!!)静江はそう思っても声が出ない!!
ドンドン!!っと、香奈がドアを叩く衝撃が静江の背中に響く!
「開けて!出して静江!!」個室に閉じ込められてる香奈は、何が起きてるか分かず混乱した!
鏡の中からは更に4本の腕が伸びて静江の両手を捕まえた!!
女子生徒の制服のそれは、堂島と水間の腕に違いなかった!!!
鏡の中の3人の声が重なる!
「逃がさない!!」
直後!
静江の両足は急に床から浮いた!!
そして一気に、静江の体は鏡の中に捩じ込まれるようにして引き込まれてしまった!!