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5 体育館に近い校舎のトイレ

 「もう、良いよね?」

突然の静江の問い掛けに、香奈は身体をビクッっとさせた。

さっきまでの緊張感が緩みかけてた香奈は、少しウトウトとしてたのだ。

「なに?寝てたの?」静江は驚くと同時に、少し笑ってしまった。

「びっくりしたぁ・・・ごめん・・・。」そう言って、香奈もつられて笑った。

静江は先に立ち上がり、制服のスカートの尻の辺りを手でポンポンと払いながら、そんな香奈に少し安堵(あんど)した。

静江は実は、ずっと緊張してたからだ。

だから無言になってしまってたのだった。

香奈も立ち上がり、静江と同じく尻の辺りを手で払った。

すると静江は、直ぐにトイレの方へと向かったので、香奈も後に続いた。

ペンライトを持たされてた香奈は、早速スイッチを入れた。

暗がりに合わせて瞳孔が開いてた二人は、その白い光に一瞬、目が眩んだ。

しかし、ほんの数秒すると、その明るさに目は慣れて辺りが見易くなった。

既に教師は帰ったので、ペンライトの明かりを手で覆う必要は無くなったので、その明かりは白く強く、そして広い範囲を照らしてると二人は感じた。

問題のトイレのドアの前に立つと、そのドアは大きくて重たそうに二人には見えた。そんな事は無いのは知ってるのに、である・・・。

トイレのドア前の床の端には、静江が(ほど)いた白いロープが置かれてあった。

香奈は、全ての噂を確かめたら、静江はそのロープを元の様にトイレのドアノブに縛って、何事も無かった様に戻すつもりなのだろうと思ってたのだが、そのロープを改めて見ると『静江は、元の縛り方をちゃんと憶えてるのかな・・・?』と、思ったのだが・・・しかし、それも今更だったので、何も言わなかった。

香奈が明かりを照らす役となってたので、必然的に静江がトイレのドアの前に立った。

静江の姿を少し後ろから見てる香奈は、自分の持つ明かりに因って作り出される静江の影が動くのを不気味に感じた。

「トイレの明かり、点けようか?」香奈が言うと「そうだね。もう、私達しか居ないから。」と、静江はそう答えて、トイレの明かりのスイッチを入れた。

すると直ぐに、ドアの向こうのトイレの方が明るくなり、そこの上下から漏れた明かりに因って二人が立って居る場所も、間接的に照らされていた。

この時、香奈はトイレの前が廊下の横の(くぼ)みの様な場所にあるのに、天井に照明器具が付けられて無い事に気が付いた。

そして、男女共用トイレであるのもそうだが、昼間でも少し暗い場所だからこそ、このトイレを利用する女子は少ないのだろうと改めて思った。

「じゃあ。開けるよ。」そう言って静江は、そっとドアノブを回した。

すると『ガチャン!』っと、思いの外、大きな音がしたので、二人はビクッとした。

それは昼間なら生徒達のザワメキに因って掻き消されてた程度の音だったのだが、廊下まで反響し、とても不気味な音となった・・・。

「びっくりしたね・・・。」驚き、動きを固めた香奈が、そう言うと。

「べつに・・・してないよ。」と、振り向きもせずに香奈は答えた。

香奈は後ろから静江の驚いた動きを見てたので、その言葉が嘘だと分かってたが、敢えて何も言わず、もう必要の無くなったペンライトのスイッチを切った。 

静江はドアノブから手を離して、その手でドアを押して開き始めた。

ドアは、少しだけ軋んだ音を蝶番(ちょうつがい)から出しながら、開いていった・・・。

「実は私。二回ぐらい、このトイレを使ったことあるんだ。」

静江は、何かの告白めいた雰囲気でそう言ったように香奈には聞こえた。

「ふぅ~ん・・・。ここって、男女共用だから、女子はみんな嫌がって絶対に使わないと思ってた。」

「何か、一人になりたい時に、ここに入ってた。」

「そうなんだ・・・。」

「うん。ここって。いま開けた個室の前の(この)ドアからカギを掛けられるから。」

「ああ。そっか・・・。」  

「その時、トイレのドアに、リング(そんなの)が取り付けられてるとか。ぜんぜん気が付かなかった。」

「うん・・・。ここ、ちょっと暗かったよね。」

「だからさ。怖いもの見たさもあったけど。また私がここを使うかも知れないから、ちゃんと調べて安心したいって気持ちもあったんだ。」

「そっか・・・。じゃあ。もう少しで安心できるね。」

「それは、鏡を確かめてからだって。」

「そうだったね。」と、香奈は、そう言って笑った。

二人がトイレに入ると、右手側にはドアの閉まってるトイレの個室があり、左手側には問題の洗面台と鏡があった。

さっき迄は鏡に何かが有る訳も無いと笑った香奈だったが、いざ噂の鏡を目の当たりにすると、その前に立つ事に腰が引けた。

しかし、静江はそのまま、洗面台の前に立ち鏡を覗き込む様にして見た。

すると、そこには少し緊張した自分の顔が映り、その後ろにはドアの閉じられたトイレの個室が見えるだけだった。

すると、恐る恐る覗き込む香奈の顔が、鏡の中に入って来て、静江と香奈は鏡を通して目が合った。

思わず笑った静江は「なに~その顔ぉ~!」と、体を揺すって脚をバタつかせた。

「え?だって。」怖かったからと、香奈は言いたかったのだが、静江が余りに笑うので、少し不機嫌になってしまった。

そんな香奈をよそに、笑いのツボに入ってしまった静江は「今の顔ぉ~おもしろ~い~!」と、言いながら、尚も鏡越しの香奈を見ては笑いを止められずに居た。

そんな静江の様子に「はぁ~・・・。」っと溜め息をついた香奈は、さっきまでの緊張感から急に解放された事で、自分の体に起きた生理現象に気が付いた。

「笑ってるところ、悪いんだけど。私、おしっこ・・・したくなっちゃったんだけど・・・。」

アハハハっと笑ってた静江は、急に落ち着いて「はぁ~・・・。」っと息を吐いた。そして。

「え?おしっこ?」

「うん。ずっと行ってなかったし。今、ちょうどトイレだから・・・。」

「あ。あぁ・・・それって、今、ここのトイレに入るってこと?」

「うん。」

「まあ。女どうしだし・・・香奈が恥ずかしく無いなら、私はべつに良いけど。」

静江の言う[恥ずかしく無いなら]とは、それは矢張、こんな静かな夜の学校のトイレに二人っきりなのだから、排尿の音とかが聞かれる事に抵抗は無いのか?と、言う意味だった。

「え?・・・ああ。だってもう!我慢できないし!」

そう言うと香奈は「ちょっと、ごめん!」っと言って前に立つ静江を押し退ける様にしてトイレの個室のドアを開けた。

「そんなに?!」静江は鏡から視線を外し、振り返って、慌てる香奈の横顔を見た。

至近距離なのに駆け込むようにして個室に入った香奈は、直ぐにガチャン!っと内側からロックしてしまった。

そのトイレのロックは『スライドラッチ』と言われる構造で、ドアの内側に指で摘まみやすい程度の大きさの直方体の金具が取り付けられ、それを横方向にスライドする(うごか)し、ドアの周りの壁に取り付けられた金具の穴に通す事で、ドアを施錠する方式だった。

鏡の前に残された静江は「しょうがないなぁ。」と、個室に入った香奈を見送るしか無かった。

そして、その視線は個室の仕切りと天井とに空いてる隙間を見上げて居た。

個室の中からは、下着を下ろしてるらしい音が聞こえたので、その直後には放尿の音が聞こえて来るのだろうと静江は思ったのだが、それは一向に聞こえて来なかった。

静江はそれを不信に思ったが香奈に『おしっこ出てるの?』等と聞くのは気が引けたので出来なかった。

すると「ごめん!緊張してるのか・・・なんか、うまく出ない!」と、香奈の申し訳なさそうな声がした。

「ああ・・・。それなら私。廊下に一回出ようか?」

「それは怖いからやめて!」

「ん~・・・じゃあ、ここに居るよ?」

「ごめん!」

「う~ん・・・わかった。」

会話中も、静江はトイレの仕切りと天井との隙間を見上げてたが、仕方なくそう言うと、洗面台の鏡の方へと向き直った。

するとだった・・・。

静江は鏡の中に自分の顔が映って無い事に驚いた!

それどころか、今居る自分の周りも、香奈が入ってる筈のトイレの個室の扉や囲いも何も映って無いのだ・・・。

「か・・・か・・な?」

静江の声は震え掠れていた。

だからその声は、懸命に、おしっこを出そうとしてる香奈には届いて無かった。

鏡の中には灰色の(もや)のようなものが映って見えて、それが不規則な模様を写し出して(うごめ)いてる様に静江には見えた!

「何が・・・映ってるの・・・これ?」

鏡の周囲には無い景色・・・。

それが今、鏡の中に映っている・・・!!



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