3 静江の好奇心と噂の調査
校舎と体育館を結ぶ渡り廊下は屋根も壁もある屋内の廊下で、廊下の壁にはいくつもの窓があったので、噂を確かめようと静江がここに来た放課後4時には、廊下には西陽が丁度入らない位置関係になってて、少し薄暗かった。
そして、その廊下の校舎側の付け根にある噂のトイレのドアの前は、少し奥まってる事もあり、更に暗く見えた・・・。
ただ、廊下の向こうから、体育館でクラブ活動をしてる生徒達のざわめきが聞こえて来るせいもあり、不気味な程では無かった。
帰宅部である静江は、夕方にこのトイレを利用する事は無かったが、体育館で部活をしてる生徒達は、普通に使ってる筈のトイレだろうと思うと、少し拍子抜けした気になった。
(そうだよね・・・。寄りによってって思ったけど。自分の通う学校に本当に怪談になるような事があるとかって・・・。)
『無いよね。』っと、トイレの出入口の灰色のドアを見ながら、静江が心の中で言葉にしかけた時だった。
「え?なに・・・?」
静江は、急に怖くなる物を発見した。
トイレのドアノブと同じ高さで、ドアノブから横に50センチほど離れた板壁に、金属の輪が付けられてたからだった。
それは、形は丸いタオル掛けの様な構造だが、もっと頑丈な造りだった。
リングの直径は5センチ程度で、直方体の金具に有る穴に通されて止められ、その金具の根元は金属の板と2本のボルトで固定されていた。
「これって・・・。」そう、静江が独り言を呟きながら思い出してたのは『夜8時を過ぎると、ドアノブをロープで固定されてるらしい・・・。』と言う話しだった。
だから静江は、そのリングとドアノブの間の木製の壁を見た。
そこには、確かにロープで擦られた様な擦り傷と汚れがあったのだ・・・。
しかも、近寄ってよく見ると、リングからドアノブまでの部分だけが、回りとの色が微妙に違って、少し明るい色になってたのだった・・・。
「キズを隠す為に、後で・・・また色を塗った・・・?」
静江は、そう言った自分の呟きを聞いた瞬間、背筋が急に寒くなるのを感じた。
この跡は、1年や2年の間で付けられたものでは無い。
もっと長い年月を掛けて付けられ・・・しかも、その傷跡を隠してると感じたからだ。
直後、静江は慌てて、トイレの前から飛び出した!
そして、体育館へと続く廊下を全力で走り抜け体育館へ飛び込んだ!
天井からの照明に照らされた体育館に入ると、視界が一気に明るくなり、静江は立ち止まった・・・!
少し暗い廊下から明るい体育館に飛び込んだにも関わらず、静江は目を見開いて居た。
突然、部外者が体育館に入って来た事に、体育館の端で運動後の整体をしてた数人のバスケットボール部員が気付き、立ち止まって固まった静江に向かって『何かあったのか?』と、少し驚き、動きを止めた部活が数人居た。
静江は部活をしてる生徒達の光景を目の当たりにした事でホッとした。
それで一度、その場にしゃがみ込んだ。
しかし、直ぐに立ち上がり、そして、体育館の横のドアを開けてると上履きのまま外に出たのだった。
それは、玄関に戻って外靴に履き替えるのには、もう一度、あの廊下を戻らなくては成らなかったが、それが怖くて出来なかったので、体育館のドアから一度、外に出て、それから玄関に戻って靴を履き替える事にしたからだった・・・。
足早に学校の玄関へと戻った静江は、靴箱の前で上履きから外靴へと履き替える時。はっきりと『何か』を見た訳でも無いのに、背中に冷や汗が流れている事に気が付いた・・・。
「何も起きて無いのに・・・嫌な感じ。」
そう、呟いた静江は、この噂の真相を一人で確かめるのは怖いと思い、そのまま下校したのだった・・・。
静江は[噂話からの、そうした出来事]を、香奈に事細かく話した。
話を聞いた香奈は「静江がそこまで気になるなら、これから一緒に家に来て、ネットで検索してみようよ。」と、静江を家に誘った。
それで二人は香奈の家に行き、香奈の部屋の床に二人並んで座ってタブレット端末を使い、自分達の通う中学校の生徒が行方不明になったと言う事件を検索したのだった。
すると、そこには、6年前であったが、確かに男子生徒が1人、行方不明になってる事が書かれてたのだ・・・。
その内容としては、こうだった。
6年前の7月始め。
中学2年生の 沢田ともあき という男子生徒が、放課後に校内で見掛けられたのを最後に行方不明となった。
彼はオカルト好きで、普段からそうした話しを友人に話して居たそうで。行方不明になったこの日も「学校に面白い場所を見つけたから、それをスマホで撮影するから楽しみにしてくれ。」と言って放課後の17時過ぎに中学校のどこかを1人で撮影しに向かったらしいとの同級生の証言があった。
そして、それを最後に、沢田さんは行方不明となったとの事だった。
しかし、それが何処なのかは分からないし、校内で行方不明になるのは不自然なので、彼は、学校周辺で何かを撮影しようとして、何らかのトラブルに巻き込まれたのではないか?
との、内容であった。
そして、当然だが、沢田さんの家族は今でも彼の行方を探してるので、何か手掛かりになるような事があれば、警察に届けて欲しいとの事も書かれてたのだった・・・。
そこまで調べて、驚きを持ちながら読んだ香奈と静江だったが、そこから更に検索を続けると、驚くべき内容が書かれてあったのだ。
それは、この学校では、過去40年程で、沢田という生徒の他に、遡ること22年前に中学1年生の 堂島まき。更に遡ること38年前には中学3年生の 水間ひろこ。
合計3名もの生徒の行方不明者が出ていたのだった・・・。
警察では、一応それらの事件に何か関連性があるのかを調べたが、不明であると・・・。
それで、個々の行方不明事件は、それぞれが全く違う形で起きたものと推測されるとも、書かれてたのだった・・・。
しかし同時に、これは学校に関係する呪いか何かだとの憶測も、いくつか書き込まれてあった。
それは良くある『この中学校が建てられる以前は、この場所は墓地だった』とか、『校舎の裏の奥には大戦時に掘られた防空壕が今でも残ってて、そこに近付くと亡霊に取り憑かれて、防空壕の中に迷い込んで出られなくなり死ぬ』とか『放課後に1人で学校の階段を1階まで下りると、更に下まで続く階段が現れる。それは、あの世へと続く階段で・・・。』とかだったのだが、そうした噂話の中に『夜に学校の渡り廊下横のトイレの鏡を覗くと引き込まれる』というのが、確かに、あったのだった・・・。
それらを読んだ香奈は「静江が学校で聞いた噂も書き込まれてるね・・・。」と、言った。
静江は「うん・・・。」と頷いた後に「それもそうだけど・・・過去40年・・・40年前から3人も行方不明になってて、それがどうして起きたのか全く分からないって事・・・?」と言った。
香奈は「そうだね・・・。」と、手に持ったタブレットの画面を見詰めて居た。
すると静江は「確か・・・内の学校って築40年ぐらいじゃなかった?」と、香奈に言った。
「そうだった?・・・でも、だからって、それと、あそこのトイレは関係は無いんじゃない?」
「普通に考えれば、そうだよね・・・。」
「普通に考えなければどうなの?」
「やっぱり。あの体育館近くのトイレが怪しい・・・。」
「嘘でしょ?そんな事があるわけ無いじゃない。」
「だって。噂じゃ、あそこのトイレの鏡に人が吸い込まれて、閉じ込められてるって話だし、それにネットにも、そう書いてある。」
「それこそ、誰かが何かと見間違ったんじゃないの?」
「何をどんなにしたら見間違うの?」
「それは解らないけど・・・そんな事が起こるわけがない。それに『吸い込まれる』って言うのも・・・なんか変じゃない?」
「どうして?」
「だって。吸い込まれるのを見たとか、鏡の中の人を知ってるのなら『吸い込まれる』と言うのも解るけど、知らない人が写って見えたのなら『閉じ込められてる』とかって言うだけで良いと思う。」
「う~ん・・・。でも、そこは見た人か聞いた人が、勝手に付け加えて面白くしたんじゃない?」
「そうかな・・・。そんな、どこの学校にでもあるような怪談なんて、実際には学生を怖がらせるだけの作り話だと思うけど。」
「香奈は本気で、そう思う?」
「もちろん。」
「ふぅ~ん。ほんとかなぁ?」
「あたりまえでしょ。」
「じゃあ。怖く無いって事だよね?」
「何が?」
「深夜の学校の体育館の近くのトイレ。」
そんな会話の流れで、静江に上手く誘導されてしまった香奈は、半ば強引に『学校の噂』を調査する事になってしまったのだった・・・。