2 噂の学校の怪談
3年ほど前・・・。
今の香奈が通う高校がある隣の県内に在る中学校に、香奈は通って居た。
当時の香奈は、学校のとあるクラブに加入してたが、いわゆる幽霊部員で実態は帰宅部であった。
放課後は殆どいつも、同じクラスに居て仲の良い友人であり、それも小学生の頃からの友人である 、 坂井 静江という名の女子と二人でつるんでいた。
二人は校内で少し時間を潰した後、徒歩での下校時わざわざ遠回りして町へ出ては、思い付いたままにブラブラとして遊んでいた。
そうして午後4時頃になると、香奈は静江を連れて自分の家に上がり、2階にある香奈の部屋で、二人でお菓子を食べたりしながらネットの動画を見て笑い合ったり、他愛ないおしゃべりをして過ごしたりしてたのだった。
そんな香奈の家は、実は学校まで徒歩で10分程の場所に在り、対して静江の家から学校迄は20分ほど掛かる場所であった。
だからというのも変だが、静江は自分の家に帰らないで、香奈の家というか、部屋から学校へと向かうことも、月に数回ほどあるのだった・・・。
そうした二人の日々は、静江の家は母子家庭で、母親は地元の飲み屋で働いてたので、夕方に起きては夜に仕事に出掛け、その後は深夜から翌日の早朝まで仕事をしてた事とも関係があった。
それは静江が放課後に真っ直ぐ帰宅すると、母親はまだ寝てる事が多かったという事だった。
それで静江は母親を気遣って、帰宅を遅らせようとしてたからでもあったのだ。
そんな静江を香奈は、1/3は付き合いの良い友人。1/3は人助け。残り1/3は悪友といった感じで付き合ってたのだった・・・。
平日の香奈の日常はそんな感じであったし、休日であっても二人は一緒の事もあったので、香奈は自分の自由時間を割いて静江に付き合ってる状態といえる部分も少なく無かった。
それでも二人の付き合いが続いたのは、学校の宿題を一緒にやったり、授業だけでは良く解らなかった学習内容を、二人でインターネットも使いつつ協力して解いたりしてたからだったのだが・・・二人とも学校での成績は中の上と言った所だったので、いつも答えを見つけ出せた訳では無かった・・・。
そんな何気ないとも言える日々を過ごして居た二人の間に、生涯忘れる事の出来ない出来事が起きたのは、中学2年生の夏だった・・・。
「学校の噂って、知ってる?」
下校途中の静江のそんな質問に、香奈は一瞬、戸惑った。
「そんなの、色々ありすぎて、どの噂の事なのかわからないよ。」
香奈は、学校で起きた珍事や、誰かの恋愛話を聞き出そうとして、静江がそんな質問をしたのかと思い、探りを入れるつもりで、そう答えたのだった。
しかし、静江の質問の意味は、そうした話とは似て非なる事だった。
静江は急に声を潜めて「私が聞きたかったのは、体育館へ続く廊下の校舎側にある[トイレの鏡の話]。」と言った。
意表を突かれた香奈は「なに?・・・それ?」と、言いながら、何となく先が読めた気がした。
静江は「やっぱり知らないんだ・・・。」と、ちょっと得意気に言った。
「なに?もしかしてそれって、学校の怪談とか、そんなやつ?」そう言う香奈の言葉に「そう・・・。」と、静江は急にテンションが下がった感じになった。
「なぁんだ・・・。」と、香奈は自分の予想どうりだった事に苦笑いして言った。静江は少しバカにされた様な気になったが「なぁんだって・・・知ってるの?」と、聞いた。
「知らないけど。そんなの、どこの学校にもありそうな話しじゃない?」と、少し呆れたように言う香奈に、静江は「そうだけどさ・・・。うちの学校のはマジのヤツって言うか、ガチのやつみたいだよ!」っと、今度は盛り返すように言った。
しかし「みたいだよって!それってマジでもガチでも無いみたいに聞こえるよ~!」と、香奈はそう言って笑ってしまった。
だが静江は尚も食い下がり真剣な口調で「今回の話しは、ガチヤバなの!」と、言ったのだ。
そんな静江に一瞬眉をひそめた香奈だったが「なにそれ?何でそんな事が言えるの~!?」と言って、またも笑ってしまった。
すると静江は、さっきまでとは打って変わって、声のトーンを押さえ「だって。先週・・・香奈が用事があるからって言って私を置いて帰った日に・・・私さ・・・。」と、つい先日の出来事を語り始めたのだった・・・。
それは、つい先日の学校での出来事だったと言う。
放課後、香奈に置いていかれた様に思ってた静江は、暫く教室で数人の友達と雑談をして過ごして居た。
放課後も少し遅くなった時間。
静江の他3人の生徒は、自分達の他に誰も居なくなった教室で雑談を楽しんで居た。そうして話が盛り上がった後に、ふと皆が話を止めると、教室の中が不気味な程に静かになる事に気が付いたのだった。
すると突然、その中の一人の女子生徒が、何とも言えない様な奇妙な噂話を始めたのだった・・・。
「体育館へ続く廊下にあるトイレって・・・放課後の遅い時間だと、使えなくなるって知ってた?」そう言ったのは、何かと噂話の好きな藤田という女子だった。
「なに!?それ!?」と、同じく噂好きの小山という女子が、その話しに飛び付いた。
静江はその場所を思い出しながら「あそこって、個室が一つだけの男女共用だからじゃないの?」と、少し冷めた口調で言った。
小山は「何々!?のぞき防止ってこと!?」と、それはそれで強い興味をしめした。
すると藤田は「放課後って言っても、夜の8時過ぎとかって話しだけど・・・。」と、低いテンションで答えた。
「そんな遅い時間なんて。部活してる連中でも居ないんじゃないの?」と、そう言ったのは、三沢という女子で、ちょっとスレた感じで下級生から妙に人気のある背の高い同級生だった。
対して藤田は「まあ。そうなんだけど。」と、[さも当然]と言った感じで答えた。
「じゃあ!?誰の話し!?」と、小山は先を聞きたがった。
しかし藤田は「誰かってのが分かんないから、噂ってやつなんじゃない・・・。」と、この場で噂話をし出した張本人にも関わらず、小山を窘めるように言った。
小山は「まあ。そっか。」っと、それを気にも止めて無い様子だったので、二人を見て居た静江は少し笑ってしまった。
「でも、ただ夜に、あそこのトイレが使えないとか言われても、何にも困んないし、怖くも無いけど。」と、そう言いながら三沢は、腕を組んだ。
静江は「使えなくなるってのは、どうやって?『使用禁止』とかの札が掛かるってこと?」と、話を進めようとしたのだが、そこに間髪を入れず小山が「『掃除中』じゃないの!」と言った。
藤田は「『使用禁止』って札は、そうみたい。」と言った。
小山が直ぐ「な~んだ!」つまらないと言った。
しかし、そんな反応に藤田は少し間を置いてから・・・。
「でも。ドアノブに『使用禁止』って札が掛けられてて・・・更に[ロープでドアノブを縛って開けられないようにしてる]って聞いたら・・・どう?」と言って一同を見渡した。
藤田の言葉を聞いた三人は、一瞬、言葉に詰まった。
しかし、そこから。
「なにそれー?本当なの!?」
「調べて無いから分かんないけど。」
「何時からそうなの?」
「何年も前からだって話。」
「何年も前から・・・?」
「何年も前からって・・・何年前から・・・?」
「そんなの分かんないよ・・・。」
誰が誰やら分からない様な三人の矢継ぎ早の質問が済んだ教室の中は、また急に静かになった・・・。
それは、噂話を始めたの藤田を含めた全員が、噂について思案してたからだったが、教室には薄気味悪い空気が漂ってる感じがした・・・。
「でも。何で使えなくするんだろう?そんな遅い時間なら、部活も終わってるし、元から誰も使わないんじゃない?」
暫しの沈黙を破ったのは、さっきから腕組みを崩さない三沢だった。
その質問に藤田は「そうだけど、あそこのトイレには実は、もう一つ噂があって・・・。」と、今度は溜めを作るというよりは、躊躇ってる様子を見せた・・・。
それで、それは何かと三人が待って居ると・・・藤田は「トイレの洗面台の鏡がヤバイんだって・・・。」と、自分で言ったにも関わらず、ブルッと身震いして、自分で自分を抱き締めるように前から手を回して、掴んだ両腕を擦った。
静江と小山は、その様子に眉をひそめ、先を聞くのに戸惑った。
しかし三沢は「どう、ヤバイの?」と、藤田の話は曖昧過ぎると言った。
すると一人で怖がってた藤田は、身体を擦るのを止め「それは・・・洗面台の鏡から声が聞こえてくるんだって・・・。」と言って真剣な顔をした。
直後「怖い!」と言って、今度は小山が自分の身体を両手で擦った。
さらに藤田は「それで、声を確かめようと鏡の中を覗くと、映ってる筈の自分の顔が映って無くて・・・そこには数人の、この学校の生徒が映ってて・・・たすけて・・・って・・・」
「こわ!」と静江が言うと「怖い!怖い~!」と、小山は泣きそうな声を出した。
しかし三沢は「なんで?うちの生徒が?」と、至って冷静に質問した。
すると藤田は「それは、夜に鏡を覗くと、吸い込まれるんだって・・・!その吸い込まれた生徒が、鏡の中に閉じ込められてて・・・夜に鏡の前に人が来ると・・・。たすけて・・・だして・・・って・・・」
静江が「ええー!?」と、驚きと怖さと疑問をが混ざった声をあげると「怖い~!もう!怖いよぉー!!」と、小山は半泣きになって居た。
三沢は「なにそれ・・・本当なの!?」と、噂の真相よりも、噂の出所を知りたい様子だった。
しかし藤田は「そんなの・・・噂だから分かんないよ。」と、自分が知ってるのは、ここまでと言った。
その言葉で少しほっとした小山だったが「ん~!でも怖いぃー!」と、またも泣きそうな声を出した。
これで、この話は終わったと、全員が静まった時だった。
「そうだ!!」
突然、大きな声を出したのは静江だった。
「うわ!!」っと、今まで周りを脅かしてた藤田が驚きの声を上げた。
小山は「なに~!?なに、なに!?」と、またも怖がりながら静江に聞いた。
静江は「思い出した・・・。」と、視線を斜め上に合わせながら、更に記憶を辿た・・・。
三沢は「何を?」と、静江に訪ねた。
静江は天井を睨み「5年ぐらい前にさぁ・・・。この学校の生徒が行方不明になったよね・・・?」と、言いながら、最後は同意を求める様に友人達を見た。
藤田も「そう・・・だった?」と、答えを求め、友人達を見た。
静江は思い出した。何年前かはハッキリと思い出せないが、確かにそんな事件があったのを・・・。
三沢は組んでた腕を解いて「そうだ・・・聞いたことある・・・。」と言って、一人頷いた。
三沢を見た小山は「本当・・・?」と、藤田に聞いた。
「うーん・・・どうだろう・・・。」と、藤田は分からないと答えた。
「あったよね?」と、静江が三沢に言うと、三沢は「うん・・・。確かにあったよね。」と、答えた。
小山は「怖い!怖い~!!」と、これ以上は聞きたく無い様子だった。
藤田は、こんな話題を提供した張本人なのに、今になって、そんな小山を気遣って話を逸らそうと思い。それで「でも、それってさぁ。これまで何か変な事に使った人が居たから、夜はトイレを使えなくしてるんじゃ無いの?」と、意味深な事を言った。
すると涙目の小山が「変な事って?」と、聞いた。
「分かるじゃん。」そう言った藤田の顔は、これまた意味深にニヤケてた。
すると、その意味に気が付いた小山は「え?・・・ああ・・・。」と、涙目のまま笑顔になった。
そんな二人を見た三沢は「しょうの無い・・・。」と呆れた様に言って、又も腕組みした。
すると藤田が「もちろん、それが誰とか、何時なのかは、分からないけどさ!」と、これ見よがしに言ったのをきっかけに、教室の中に全員の笑い声が響いた。
それがまるでオチとなったので、静江達はそこで解散したのだった・・・。
そうして話が終わった後、一緒に帰る人も無かった静江は、最後に教室から出たのだが、彼女は、その日の内にその噂を確かめようという好奇心から、体育館に通じる廊下の手前にあるトイレの前まで行ったのだった。
体育館の方からは、バスケットボール部や、バレーボール部が練習してる音や掛け声が聞こえてきた。
静江には、それが『まだ、人が大勢居る』という安心感となった。
それで、問題のトイレの方へと入って行けたのだった・・・。