1 また、あそこに誰かが・・・。
もう少しで夏休みになる、とある県内の高校に通う2年生の女子生徒 吉川 香奈 は、隣の県内の中学校の男子生徒が行方不明になったと言う噂話を、同じ学級の友人である二人の女生徒との通学途中の会話の中で聞いた。
その話が出た途端、香奈は一人、表情を強張らせ無言になった。
しかし、そんな香奈の表情に気が付かなかった友人二人は、歩くのが少し遅くなった香奈の歩調に合わせながら、高校へと続く住宅街の歩道を、同じ高校へと向かう生徒達に追い抜かれながら、ゆっくりと進み、その事件の噂話を続けたのだが、その噂話というのを知ってたのは二人の友人の内の一人だけだったので、香奈ともう一人は聞き手となって居た・・・。
[噂を知る友人]が話すには、それはテレビや新聞では扱われてない、奇妙な事件なのだと言う。
噂話なのだから、事の信憑性は疑わしいのは確かだから、テレビや新聞で扱われてないと言うのも不思議では無いし、そもそも作り話だとしたなら、それは当然とも言えた。
しかし、そうした事を踏まえても尚、興味本意で話す他の二人とは、香奈は違った。
それは以前、香奈はその友人が話してる中学校に通って居たからだった・・・。
香奈が、その中学校から、こちらの県内の中学校に転校したのは、3年前の夏・・・。
丁度、今頃の季節・・・。
それは突然の転校・・・[特別な理由]があって転校したのだった。
香奈は[その事]を殆ど誰にも話さなかった。
恐ろしさと辛さのあまり、一人で抱える事が出来なかった末に、事の事情を震えながら吐き出す様にして話したのは両親だけだった・・・。
[それ]が理由で、香奈が隣の県内の中学校に転校する時には、前の中学校の制服を使わずに転校先の制服を親が用意してくれた。
それで転校先の教師らに、香奈の両親をはじめ、通ってた中学校の教職員や、他の教育関係者が『香奈が通ってた学校名を隠すように』と協力を依頼したのだった。
そうした裏工作の末、香奈は、転校前の中学校の名を隠し、そことは違う中学校から転校して来た事にしてもらい、新たな学校生活を始めたのだった。
だから香奈が本当は何処の中学校から転校して来たのかは、香奈の両親や、香奈が話さなければ知られる事は無い筈だった・・・。
しかし、隠すにしても、実際には通った事の無い中学校の作り話を、香奈は、そう多く出来る筈も無かった・・・。
話す程に、辻褄が合わなくなる可能性が高いからだ。
香奈のそうした雰囲気は、当時の同級生にとっては、初めは少し奇妙で不可解なだけであった。しかし転校生と言うだけで注目を集める存在で有るのに、香奈は周囲の好奇心からくる質問に対して[事前に親と取り決めた架空の設定]以外は、曖昧な返答しかしなかったのだった。
その結果、香奈は月日が経つにつれ、周囲からは不愉快な転校生として映ったのだった・・・。
それは香奈にとって、長くて辛い中学校生活となったのだが。
そんな事よりも、香奈が抱える本当の辛さや苦しさは、やはり、その事の発端となる、転校前の中学校での出来事にあったのだった・・・。
「確か・・・香奈って、そこの県に住んでたらしいって、誰だったから聞いた事があったんだけど?なんか、知らない?」
興奮気味に噂話を続けてた友人が、突然放ったその言葉に、香奈は凍り付いた。
いきなり立ち止まってしまった香奈に少し驚いた二人の友人も立ち止まった。
そして、どうしたのだろうか?と、二人は香奈の顔を見て驚いた・・・!
その顔は蒼白となり・・・その目は、見えない何かを見てるような感じがしたからだった・・・。
夏の日差しのせいとは思えない汗が、香奈の額に滲んでいった・・・。