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第6話 流刑地


 まだ梅雨の時期ではないというのに、雨がしとしと降り続いている。


(こうも太陽の光を感じられないと、人間は腐っていくものなのだろうか?)


 なんとなく浮かない気持ちになっているのは、五月病というよりはこの天候のせいである、と蒼は思っていた。


「蒼〜、大ホールの掃除に行くぞ」


 星野がワイシャツの袖をまくり上げて言い放つ。パソコンと睨めっこをしていた蒼は、「はい」と返事をしてから、腰を上げた。


 やっと、一通りの事務作業を覚えてきているところだ。星音堂職員の業務は多岐にわたる。イベントの企画書作成や予算取り、それから当日の運営。日々の施設管理、備品の管理、広報誌作成、施設内の清掃業務などなどである。新人の彼が一人で任されるような仕事と言えば、朝晩のポットの準備だったり、朝昼のお茶出しだったりといった雑用くらいだ。


 昨日、大ホールの利用が入っていたので、今日は掃除当番が課せられる。掃除は専門業者に頼のむのが間違いない。しかし、地方の財政状況は厳しいものである。毎日のトイレ掃除、施設内の清掃、施設外清掃なども職員の仕事だ。夏は草むしり、秋は落ち葉掃き、冬は除雪もあるぞ——と吉田からは説明を受けている。


 不規則な勤務時間、お役所仕事とはかけ離れた業務内容。


(流刑地と呼ばれる所以はそれか)

 

 初任者研修で同期たちに気の毒そうに見られた理由が、じわじわと実感としてこみあげてくる。気持ちが沈み込んでいるのはそういうこともあった。


(おれだって、本庁で働きたかったのに)


 本庁の仕事がなんであるかもわからぬまま、そんな得体の知れない卑屈な気持ちだけが、心の底に溜まっていくようだった。


「いいか。そっちからモップかけてこいよ。おれは上やるから」


 星野はめんどくさそうな顔をしながら、パイプオルガンを見上げた。


「わかりました。おれ、ステージやります」


 蒼は、星野に倣ってワイシャツ袖をまくり上げてから、モップを握ってステージ上の清掃を始めた。毎日毎日の肉体労働に、もともとからだを動かすのが得意ではない蒼はクタクタだった。慣れるという言葉よりも、日々目まぐるしく時間が過ぎ去って行っているだけ——。


(この部署にずっといて。星野さんはなんとも思わないの? )


 空調が効いていないもホール内で、ギラギラとした照明の光に照らされながらの清掃は辛い。額に汗が滲んだ。


「蒼~。お前さ。仕事どうよ?」


 見上げると、パイプオルガンのところから、星野が顔を出していた。


「どうって、……楽しいですよ」


「嘘つけ」


「本当ですってば」


「あっそ。つまんねー答えだな。じゃあさ。お前、彼女できた?」


「……あのっ」


 蒼はため息を吐いてから、星野を見上げた。


「掃除したくないからって、どうでもいい質問してくるんですよね? ただの暇つぶしにおれを使うの、やめてください」


「うっせー。お前さ、生意気になってきたよな。最初は大人しくて可愛い奴だ、なんて思ったのによー」


「だから。手。止まってます」


「んなことあるか。おれは忙しいんだよ」


 パイプオルガンの奏者席に座り込んで、蒼がモップをかけている様を眺めていた星野は忙しそうに手を動かし始める。サボっているのは一目瞭然だ。


「星野さん」


 蒼が不満そうに声を上げると、吉田が顔を出した。


「まだ終わらないですか。星野さん」


「うるせーな。お前まで」


 星野はぶうぶうと文句を言うが、正直、彼は座って休憩しているだけということは、誰が見ても明らかだったのだから仕方がない。


「おーい。吉田。今日、夕飯食って帰ろうぜ」


「わかりましたよ。わかりましたから、仕事してください」


 吉田はそう言うと、蒼を見た。


「蒼、20分後に本庁に書類出しにいくから。一緒に行くよ。星野さん、それまでに終わらないと蒼を借りちゃいますからね」


「ちぇ~。生意気ばっか言ってよ~。嫌な奴~」


 ホール入り口から吉田の姿が消えると、星野は渋々と腰を上げて、ステージに降りてきた。


「本庁なんてつまんねーぞ。掃除してろ。蒼」


「行ってみたいです」


 蒼の返答に星野は「ちぇ」っと舌を鳴らした。


「あんなつまんねーとこ。時間の無駄だぜ」


「本庁ってつまらないんですか」


「おれは——だ。おれはつまらなかった。星音堂のほうがよっぽどわくわくすんぜ」


 星野の言葉は蒼には届かない。


(星野さんはどうしてそんなこと言うんだろう? こんな流刑地が面白いの?)


 蒼は首を傾げてからモップの拭き掃除を再開した。





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― 新着の感想 ―
[一言] 掃除よりも、やっぱり興味はそっちに向きますよね。それはしょうがない。
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