第5話 秘めた想い
「お前よお。本当に、下手くそだな」
カウンターに座ると、ウイスキーを飲んでいる野木という男が関口の肩を叩いてきた。
「悪かったですね。いつまでも上達しないで」
嫌味を、返してやるが、野木はさほど気にしないのだろう。「がはは」と嬉しそうに笑った。
「だってよ~。本当に下手じゃん? なにそれ? 学芸会ですか?」
「野木さん」
バー・ラプソディに通うようになって二週間以上が経過した。もう彼からの罵声も慣れたものだ。野木はこの店一番の古株常連客らしく、こうして連日のように同じ場所に座っている。関口は目の前のビールを口にした。
「野木さんは一体どんな演奏したら『いいね~』って言ってくれるんですか?」
「さてな。こう、ハートにぐっとくるやつを頼むぜ。パンチのきいたよう」
「それがよくわからないんですよ」
カウンターの中にいる桜は口元を緩めているばかり。
「桜さん、本気で僕の指導してくれるんですか。本当に柴田先生から頼まれているんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ——」
「あのねえ」
彼女は関口の目の前に人差し指を突き出して言い放った。
「まだまだ教えるレベルじゃないんだよ。この下手クソ坊や」
「ひ、ひどいですよ。本当に。ねえ、ここにいると僕の人格なんて、これっぽっちも尊重されませんよね? 人格否定されているみたいで傷つきますよ」
「傷ついているくせに、こうして毎晩のように来るお前は、相当な変わり者だよな~」
野木はあっけらかんと笑った。
(くそ。ちっとも本戦のバッハが練習できないじゃないか)
ここで依頼される曲は舞曲系ばかり。ノリのいい曲が好みらしい。アイリッシュ音楽ばかり弾かされて、うんざりしていた。それになにより。関口にとって辛いのは蒼と会話をする時間すらないということ。お互い信頼しあっているから問題ないと言えば問題ないのだが。
「僕は、負けませんから。どうしても守りたい奴がいるんです」
野木は「へえ!」と手を叩いた。
「なんだよ。チャラチャラしてんのかと思ったら。一途くんか。いいじゃねーの。なに、そいつ。どんな子? 可愛いの? 名前は?」
関口は咳払いをした。
「蒼です。無茶苦茶可愛いです!」
「蒼ちゃんかー」
黙って聞いていた桜は口元を緩めている。なんだか気恥ずかしくなって、ヴァイオリンを手にカウンターを離れた。
「くそ。薬切れみたいな状態だ」
そう呟いた瞬間、フロアからまたリクエストの声が飛ぶ。ちっとも休まる暇もない。
「ほれほれ。頑張れよ~」
ヒラヒラと手を振る野木を憎々し気に睨みつけてながら、関口はヴァイオリンを弾き始めた。
*
(プレゼントか)
蒼は布団に横になっていた。今日も関口は帰宅が午前様になるであろう。昼間のクリスマスの話題のおかげで、なんだかそのことが頭から離れなかった。
「プレゼントって。関口は、なにが欲しいんだろう」
蒼だったら、最近改訂版が出た辞書をもらったら嬉しい。しかし関口はそうではない。こうして一緒にいるのに、彼の好きなものを一つも知らないということに気がついた。
(北海道の佃煮ってわけにはいかないしな。いつもお世話になっている御礼だもん。用意したって、変じゃないよね?)
そう自分に言い聞かせながら、蒼はスマートフォンを開いて『20代男性へのクリスマスプレゼント』と検索ワードに入れてみた。すると出てくるタイトルは『彼氏へのプレゼント』ばかり。
「彼氏ってなんだよ……」
気恥ずかしい。友達同士ではプレゼント交換なんてしないものだろうか?
昔、小学校の頃、一人百円までという制約がついてプレゼント交換をしたことを思い出す。あの時もどうしたらいいかわからなくて、結局は家政婦さんになにか買ってもらったことを思い出した。
元々、人にプレゼントをしたことがない人生だ。今年は母親が実家に戻っているので、なにかプレゼントしないと。そう思っている矢先のことだった。クリスマスまでそう日数もない。明日は平日の休みだから、街にでもて出て調達しなくては。そう思ったのだ。
蒼はため息を吐いてから、仕方なしに彼氏へのプレゼントランキングを開いてみる。
「ええ~……、これはないよねえ」
1位はアクセサリーだ。それはそうだろう。彼女からのプレゼントと言ったら肌身離さずのものになるに違いない。——まあ、蒼にとったら、そんなプレゼントはもらったこともないから、あくまで妄想の世界だが。
「時計に財布かあ。おれの予算じゃ、ちょっとなあ」
画面をスクロールしてみていくとマフラーが出てくる。
(マフラーか。関口はおしゃれだから色々持っているみたいだけど。もう一つくらい仲間に入るのがあってもいいのかな)
自分は一本しかないが、彼はいくつか持っているようだった。
「よし。これにしよう。一本くらい増えるのは問題ないよね。もし気に入らなくても、他のがあるし」
ほっとしたら、咳が出た。
(明日、通院も行ってこよう)
吸入薬を吸う機会は確実に増えている。震える手を抑えるように両手で握りこんでから布団にもう一度潜る。夜一人で起きているのはいいことがない。早く眠るのだ。そうすればまた朝が来る。そんなことを言い聞かせながら蒼は目を閉じた。




