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地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした  作者: 雪うさこ
▶︎▶︎▶︎05 独奏ヴァイオリンのための組曲 Op.123 Ⅳ chaconne
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第8話 台風一過


「な、なに? どういうこと?」


「だから。そのままの意味だよ」


 床に指を着いて頭を下げていた関口は申し訳なさそうな顔をして頭を上げた。


「僕は無収入になるんだよね。東京のプロオケからの収入と、ヴァイオリン協会からの収入で生活しているんだよ。それがなくなると。収入源が絶たれる。蒼は、公務員だろう? 給料いいんでしょう?」


「い、いいわけないでしょう。まだ新人だよ? あのねえ。言っておきますけど、民間企業の初任給よりもずーっと安いんですからね!」


(養うってどういうこと? 意味わからないし)


 確かに。これは由々しき事態だ。実家暮らしでもない。無収入は困る。だが、自分は一体どうしたらいいのだろうか。蒼は「おれはどうればいいの?」と関口に尋ねた。


「食事の差し入れすればいいの?」


「食費もそうだけど。蒼がここに越してくれると助かる。生活費を折半できたら、僕は助かる。少しくらいは貯蓄していたし。それを切り崩せば、コンクールまでは持つかな……」


「一緒に暮らすってこと!?」


「そのほうが効率的だと思わないか? 家事だって手間が半分になるし。コンクール前って、生活が乱れがちになる。蒼にはそんなサポートをしてもらえると、助かるんだけどな。ルームシェアって感じだよ。どう? 悪い話じゃないだろう?」


 確かに。公務員の安月給でアパートを借りての一人暮らしは余裕があるとは言い難い。ここにいられるなら、少しは生活に余裕が出るかも知れないという誘惑が蒼を揺さぶった。


「で、でも。引っ越しは」


「そんなに荷物ないんだろ? 業者を頼まなくてもなんとかなるんじゃないのか? 蒼、なんでもできることはしてくれるんだろう?」


 こんなところで、つけいられるなんて思ってもみなかった。蒼は「本当にお金ないの?」と尋ねる。すると、蒼が言い終わらない内に関口は通帳を出した。


「残高20万って! ねぇ。さすがのおれも呆れて物も言えないよ。あのねぇ、北海道のお取り寄せとかしている場合じゃないですっ」


(コンクール出られないのは、資金の問題が大きいんじゃないの!?)


 関口は閉口した。しかしよく考えてみれば、音楽で生計を立てるのは難しいのだろう。とくに関口の場合はまだまだ駆け出しだ。ヴァイオリン協会の収入だって安いだろうし、プロオケの給料だってそれだけで食べていくのには厳しいのかも知れない。


 瞬時に彼の置かれている状況を把握すると、彼の申し出はごもっともであると理解した。


 沈黙してしまった蒼を見て、様子を伺っていた関口はこれ見よがしに声を上げた。


「言いたいことはそれだけ? 全部吐き出した? よし! じゃあ、さっそく部屋を片づけよう」


「あ、あのねえ。関口」


「いつ来る? 今度の休みにしようか」


「だから——」


 もう反論する余地もない。蒼は黙り込んで朝食をかき込んだ。



 結局、関口に送ってもらい、蒼が職場に行くと、自宅の鍵は職員玄関のすぐそばに落ちていたようだ。


 蒼よりも先に出勤してきていた星野が拾ってくれていた。いつも精気もなく、仕事に対してもやる気が見られない星野なのに、台風の後、職場の様子が気になったようでいつもよりも早く出勤してきたようだった。そのおかげで、関口と一緒に鍵を探そうとしていた蒼は彼と鉢合わせになった。


「なんだよ。お前ら。もう一夜を共にする関係になっちゃったの?」


 おどけたようにからかってくる星野に「違います」とだけ言って、関口は帰っていった。蒼にはどういう意味なのかわからない会話だった。


「昨日、あの雨の中。鍵を失くしたんですよ。それで家に入れなくなって関口の家に泊めてもらっただけです」


「ふ~ん」


「なんですか。それ」


「別に」


 星野はにやにやとしながら蒼に拾った鍵を手渡す。それからふと動きを止めて蒼の顔を覗き込んだ。


「お前、大丈夫?」


「え?」


「なんだか——風邪?」


 じっと息を潜めているというのに、星野は鋭いものだ。蒼の体調の不調に関口は気がついていなかったいうのに。


「すみません。喘息持ちなんですよ。昨日濡れたから、少し調子が悪いみたいです」


「休めばいいじゃん。遅番でもないんだし」


「大丈夫です」


「ならいいけど。無理すんなよ。バカ蒼」


「その『バカ』って余計です」


 蒼は星野よりも先に中に入り込むと、朝の準備を始める。寝不足のせいばかりではない。確実に喘息が悪さをしているようだ。


(またあれ……か。嫌だな)


 そんなことを考えながらポットを準備していると、星野は中庭で鳥小屋のチェックをしているようだった。夏に彼が中庭に設置したものだ。


「心配なのは鳥小屋か」


(関口がコンクールに出るって聞いたら、星野さん。喜んでくれるかな?)


 蒼は台風一過で青い空が広がる外に視線を向けた。


 これからのことを考えると、不安も大きい。けれども、清々しい気持ちになっていた。


 




— 第五曲 了 —

とうとう二人暮らしスタートです!

ウハウハ。

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