第7話 養ってください
台風は朝方には通り過ぎた。一晩中窓ガラス戸を叩いていた雨風のおかげで、よく眠れなかった。
玄関からまっすぐに伸びた廊下を突き当りまでいくと、それは右手に折れている。建物自体がL字型なのだ。蒼はその一番奥の部屋で一晩を過ごした。
そこは、関口の祖父母のものらしき荷物が段ボールに入れられていくつか重ねられている、いわゆる物置部屋のような場所だった。目を擦りながら重い頭を抱えて居間に顔を出すと、味噌汁のいい匂いがした。
「おはよう。よく眠れ……なかったようだな」
関口は蒼の様子を見て苦笑いを見せた。
「朝ごはんまで作ってくれたの?」
「僕も食べるものだから気にする必要はないよ。それに、まさか人を泊めるなんて想定外だったから、大したものはないよ」
「ううん。美味しそうじゃない」
白米に、わかめと豆腐の味噌汁、ハムエッグの脇にはトマトが添えられている。昆布の佃煮も置いてあった。
「これ美味しいんだよ。北海道からお取り寄せで」
「え?」
「なに?」
「お取り寄せなんてするの? 関口が?」
蒼の言葉の意味を理解したのか、関口は顔を赤くした。
「あのねえ。僕だって美味しいものを取り寄せたりするんだけど」
「え~。なんか生活感ない人なのに、変なの」
蒼は冗談を言っているものの、内心は嬉しい。人との食事は滅多にしない。星野たちと外食をすることはある。だが手作りの朝食を食べるのは久しぶりだった。
熊谷の家は海が入院してしまうと、男ばかり残された。そのおかげで父親が頼んでおいた家政婦協会の人が来ては食事の準備や身の回りのことをしてくれた。
とてもいい人たちだったことには違いないが、彼女たちは仕事としてそれをこなしているだけの話だ。味も素っ気もない物だった。
「いただきます」
箸を持って挨拶をしてから食事を始めると、目の前に座っていた関口は「あのさ」と声を上げた。
「昨晩の話」
蒼は不安になる。ふと息を吸うとなにかが喉に突っかかるような感触に息を潜めた。一度出始めたら止まらないのだ。咳が——。じっと堪えていると、関口は気がついていないようで、話を続けた。
「コンクールまでは、日程的にかなり差し迫っていてね。本気で準備していかないと間に合わないんだよ」
蒼は箸を置いてから、関口を見据えた。
「おれが言い出したことでもあるし。関口がベストな状態でコンクールに臨めるように、できることは、なんでも手伝う」
彼は蒼の言葉を聞いて、それから「じゃあ」と切り出した。
「多分、準備期間中は練習に専念したい。東京のオケは一時休団させてもらって。市民オケは今度の定期演奏会さえ終われば、融通してくれると思うんだ。柴田先生が」
「うん」
「で、ヴァイオリン協会だけど、こっちは講師が何人かいて、それぞれで都合つけてやっているところもあるから、抜けても大丈夫だと思う」
「じゃあ、いいじゃないの」
「ただね。問題が一つ」
関口はそういうと蒼に頭を下げた。
「ごめん! 蒼。僕を養ってください!」
「は!? はあ!?」
蒼は大きな声を出したおかげでむせりそうになり、慌てて口元を押さえた。
養ってください、だと!?
同棲なるか!?




