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地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした  作者: 雪うさこ
▶︎▶︎▶︎05 独奏ヴァイオリンのための組曲 Op.123 Ⅳ chaconne
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第1話 暗闇の中


けいくん、お変わりありませんか」


 関口は、歯切れのよい声に「変わりませんよ」と答える。受話器の向こうの男は苦笑いをしているようだった。


「そう邪見にしないでください。心配しておられますから」


「心配なんてしてもらう筋合いはないって言っておいてよ。有田さん」


「私が伝えられるわけないでしょう? ご自分でお話されたらいかがでしょうか」


「その言葉、そのままあいつに返しておいてください」


 電話口の有田は軽くため息を吐いた。有田には申し訳ないと思っている。彼は自分たちには関係のない他人だ。しかし、元はと言えば、あの男が悪い。自分で連絡を寄越さないで、有田に代替えをさせているのだから。間に入っている彼が辛い立場にいることはわかっていても、優しく対応できるはずもなかった。


「東京に戻ります。お時間取れませんか」


「無理だよ。忙しいんだ。市民オケの定期演奏会、来週だから」


「そうでしたか。——残念ですね」


「僕はラッキーだ。有田さん、いつもありがとうございます。感謝しているんですよ。どうか、あいつをよろしく」


 関口は黒電話の受話器を置いた。「チン」と金属の音が鳴る。祖父母が使っていた電話だ。通話が終わると一気に周囲は静まり返った。


 嫌な気持ちになった。モヤモヤとした気持ちのまま、近くの座布団を引っ張り出して二つ折りにし、そこに頭をつけて横になった。


「くそ。気分が悪い」


 独り言で悪態を吐き、目を閉じる。視界が暗闇に閉ざされると、思い出すのは熊谷蒼という男のことだ。 最初は喧嘩ばかりだったはずなのに。いつしか二人の距離は近づいていた。


 初めてだった。他人に対して、素の自分をさらけ出したのは。蒼と話す時は遠慮などいらない。思っていることを口にする。それは「許される」とわかっていたからだ。蒼もそうなのかも知れない。星音堂の職員たちに見せる顔とは違った表情を見せてくれた。あの日。蒼の笑顔に見惚れた。いや。もしかしたら初めて出会った時から。蒼という存在に、取りつかれていたのかも知れない。


(僕にとって、蒼という人は大切な人みたいだ。おかしな話だ。出会って間もないというのに。こんなにも他人のことばかり考えたことはない)


 周囲にいる人間は、関口を関口蛍として見てはくれない。必ず『あの関口先生の息子』という尾びれがつく。音楽の世界で生きていくということは、父親の支配から逃れることはできない。嫌ならやめればいい。けれど、関口は、それ以外の世界に足を踏み出す勇気など一つもなかった。そんな半分諦めの気持ちを抱えたまま、ここに戻ってきた時に出会ったのが彼だった。

 

 蒼は音楽のことはひとつも知らなかった。だからこそ、等身大の関口と付き合ってくれる。変に飾らなくていい時間は、関口にとったら生まれて初めて感じる心地のいい時間だったのだ。彼と一緒にいると、歩んできた人生の中で背負い込んだ重たい荷物が少し軽くなる気がしたのだ。けれど。不甲斐ない自分の存在価値は決して変わらない。


(僕よりも若いヴァイオリニストは世界に飛び出している。いつまでもアマチュアオーケストラでいいのか? ヴァイオリン教室の講師でいいのか?)


 どこに行ったって同じだ。コンクールで実績もないのだから。誰も相手にしてくれるわけがなかった。


(いつまでもいつまでも。親の脛をかじって。一人立ちも出来ずに年ばかり重ねるつもりか)


 関口はいつも出口のないトンネルを歩いているようだった。先は見えない。光も見えない。自由に生きている蒼は、関口には眩しすぎるお日様だった。








新しい章が始まりますー。

関口にスポットを当てていきたいと思います。

明日も更新しますので、よろしくお願いしますー!

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