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第3話 転校生と愉快な仲間たち




 職員駐車場から、水野谷は慣れた足取りで、石造りの敷地内を歩いた。蒼ははぐれないようにと、その後ろを忠実にたどった。近くで見てみると、壁面には亀裂が入ったり、雨が流れた跡があったり。随分と老朽化しているのが見て取れた。


「見た感じからわかる通り、建物自体は古くなってきています。中の設備も、あちこち修繕が必要でしてね。色々とやらなくてはいけない仕事が山積みなのですよ」


 木漏れ日がキラキラと眩しい。星音堂は木々に囲まれて静かにそこにある。目を細めてから、視線を前に戻すと、黒い人影が見えた。人影は、蒼たちに気がつくと、転がるように走り出した。


「へ?」


 蒼はきょとんとして水野谷を見つめる。彼は愉快そうな笑みを浮かべていた。


「また、()()()()。小学校に転校生が来るのとはわけが違うんだけど。多分、あれでうまく見つからないように様子を見に来つもりなのだよ。見え見えだね。蒼。うちの職員は、ちょっと変わっているよ。まあ驚かないで仲良くしてやってね」


「は、はあ……」


(今の人影は職員? 小学校の転校生ってなに?)


 蒼は小首を傾げた。

 水野谷に続いて、自動ドアを潜ってから建物の中に入る。そこはひんやりとした薄暗い場所だった。


 一瞬——。昼間だったのか、夜だったのか失念するくらい、別世界に誘われたような気分に陥り、それから我に返った。


 蒼の眼前には、彼の身長よりも高く、横幅は四メートルくらいあるガラス張りの窓が視界に飛び込んできたからだ。事務所前の廊下の壁面はガラス張り。そこからは、灰色の壁に囲まれた中庭が見えた。中庭の中心には一本シンボルツリーが見える。更にその下に少女と鳩のブロンズ像が静かに座していた。

 息を飲み、それを眺めていると、ふと水野谷が振り返った。


「いい眺めでしょう? ここを見ながら仕事できるのって最高だよねっ」


 なんとも軽い口調に、蒼は思わず笑ってしまった。


「そんなに笑わなくてもいいと思うんだけどね」と水野谷は少し気恥ずかしそうに視線を逸らしてから、蒼を事務室に招き入れた。

 中にはそこには5名の男性職員がいた。水野谷の登場に、一斉に視線を寄越す。蒼はドキドキと心臓が高鳴るのを覚えた。


「おい。誰だ。覗いていた奴は。結構なぽっちゃり体型だったな」


 水野谷の言葉に、その中で一番太っている男がぺろりと舌を出した。


「ちぇ、見られてましたか」


「尾形。偵察部隊には、お前が一番、向いていないぞ」


 尾形と呼ばれた男は「はーい」と明るく手を上げる。まったくもって、反省の色は見られない。しかし。蒼はそれどころではなかった。挨拶をしなくてはいけないという義務感に駆られていた。その緊張の糸はぷっつりと途切れる。蒼は「熊谷蒼ですっ!」と言って頭を下げた。


 一瞬。事務所内がしんと静まり返る。


(しまった! やらかした!)


 蒼は耳まで熱くなった。目の前にいた水野谷はきょとんとした顔をしてから笑いだす。


「自己紹介は僕が紹介してからです。蒼」


「す、すみません……」


 最初からの失態——。耳まで熱くなったまま、周囲に視線を戻すと、それぞれが面白そうに笑みを浮かべていた。


「それじゃ仕切り直し。——本日付けで配属になった熊谷蒼だ。()()()()()()()()()だ。みんな優しくしてやって」


「熊谷蒼? 変な名前」


 無精髭の男が顎を撫でながら蒼をじろじろと見つめた。その隣にいた若いひょろりとしたやせ型の男は「星野さん」と嗜めた。


「失礼ですよ。初対面から」


「ああ? お前さ。おれに文句つける訳? 生意気になったんじゃねーか? よ、し、だぁ」


「違いますよ。そういうんじゃ」


「先輩面してよぉ~」


 ずいぶんと柄の悪い人だ、と蒼は思う。水野谷は二人のやり取りを遮って、職員紹介を始めた。


「僕の席に一番近いところにいる人が氏家さん。課長補佐だ。僕がいないときは、氏家さんの指示に従うこと」


 氏家は水野谷よりも年配に見えた。だから、水野谷は彼には敬語を使うらしい。黒いスーツに藤色のネクタイ。白髪と皺の目立つ風貌は、退職が近い様子がうかがえた。


「よろしくね。蒼くん~。中年で()()()()()()()


 蒼はぺこっと頭を下げたが、「へ?」と目を瞬かせて氏家を見る。彼は「テヘヘ」と笑っていた。


「ちょっと。氏家さん。蒼はわかっていませんよ。氏家さんの渾身の親父ギャグ。しかもそれ、ギャグじゃないですから。強いて言うなら『中年だっちゅうねん』でしょ?」


 水野谷の突っ込みに他の職員たちは肩を震わせて笑っているが、蒼には意味がわからない。瞬きを繰り返していると、水野谷は次の職員を紹介してくれた。


「氏家さんの目の前に座っているのは、主任の高田たかたさん。僕と氏家さんがいない場合は高田さんの指示に従うこと」


「よう。高田だ。よろしくな」


 彼は氏家とは対照的に、少し猫背で顔色が悪い。痩せているというわけではないが、どこか鋭い眼光は彼を狡猾に見せている。蒼は再び頭を下げた。


「高田さんの隣——つまり君の隣に座っているのが、星野。彼は副主任。見てくれはだらしがないが、仕事は出来るから、わからないことがあったら聞いてみるといい。音楽のことも詳しい」


 先ほどの無精髭の男は、意地悪な瞳の色で蒼を物色している様子だ。頭のてっぺんから足先まで視線を往復させて「ふん」と口元を歪ませた。




やばいおじさんたちの登場です。

濃いよ。この職場! さっそく引き気味の蒼。この場所に馴染めるでしょうか。作者も心配です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはかなり濃いですねぇ。喋り方が苛つく……まあ、わざとそういった口調にしてる気もしますが(*_*)
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