第3話 ダメ職員宣告!?
蒼は緊張していた。先日、明らかに蒼のことを無視していた関口だ。そんな彼が自分の目の前で立ち止まるということは、ろくな用事ではないと思ったからだ。
「なにか?」
蒼の声は喧騒にかき消されそうなくらい小さかった。関口は蒼を見下ろしていたが「あの」と、声を上げた。蒼は驚いて「は、はい!」と返事をした。彼に対する不満がたまっているというのに、いざこうして面と向かってしまうと、なぜ自分が委縮しなければならないかわからなかった。ただ、なんとなく。この男が怖いと思った。
「関口蛍です。先日は失礼しました」と関口は軽く頭を下げた。
「いえ——」
蒼には関口の意図が全くと言っていいほどわからない。まごまごと言葉に詰まっていると、彼は捲し立てるように声を上げた。
「お名前は、なんとおっしゃいましたか。4月からと聞きましたがお年はいくつですか? 一体ここで、あなたはなにをしようとしているのでしょうか?」
元々、そんなに頭の回転は速くない。目の前がぐらぐらとした。
「え、えっと。熊谷……熊谷蒼です! え、ええっと——歳は23才で……あ、後の質問は……?」
一人で右往左往して、恥ずかしい気持ちになり、ふと視線を上げると、蒼を冷ややかに見つめる関口の視線とぶつかった。彼は深くため息を吐いた。
「あーあ。使えない職員が増えただけですか」
「え?」
「これじゃあ、星野さんたちも苦労するわけだ。まだ安齋さんの方がマシですね。なぜ星音堂に配属されたのですか? まさか、自分で希望したのわけじゃないでしょうね」
「違いますよ。おれは音楽のことはひとつもわからなくて……。だから、ここに来たくて来たわけではなくて」
「音楽のことはわからないから、どうせできなくても仕方がない? 救いようがないですね」
(救いようがないだって!?)
蒼は腹が立った。自分はここで、一人前の職員になろうと努力をしている最中だ。それなのに、なにも知らない男に、勝手なことを言われたくはない、と思ったのだ。
「確かに。おれは市役所職員として就職しただけです。別に、音楽なんて好きでもないし、知らないし。けれど、好きじゃなくたって仕事ですから。一所懸命に取り組みますよ。仕事ですからね!」
蒼の言葉に関口は眉を潜めた。明らかに憤慨している様子だが、彼から売られた喧嘩である。
「仕事と割り切る。そんな程度の心構えなんですね。やっぱり第一印象通りだ。ダメ職員だって感じたおれの勘は当たっているんだ」
「ダメ職員!? ——もう頭にきたっ! 突然現れた輩に評価されるなんて心外だよ!」
お互いにヒートアップして自分では昂った気持ちを抑えることができそうにない。
「おいおい!」
事務室から騒ぎを聞きつけた氏家が飛び出して来た。まだ帰宅していない市民オーケストラのメンバーたちも目を丸くして二人を見ていた。野次馬の山ができていたのだ。
「関口!」
第一練習室から出てきた、市民オーケストラ顧問の柴田が関口を取り押さえ、事務室から飛び出した氏家が蒼を取り押さえた。
「お前たち、いい加減にしないか!」
「どうしたんだ。関口」
二人の制止を受けてもなお、不愉快な気持ちは治らない。
「ともかく! なにがあったか知らないが止めだ、止め」と柴田は叫ぶ。
「離してくださいよ! 先生……!」
「なにもしてませんよ。なんで止められるんですか! 氏家さん!」
「蒼! いい加減にしろよ!」
氏家は蒼の腕を捕まえて頭を下げた。
「すみませんでした。お騒がせして。さあ、9時を過ぎました。みなさん、どうぞお帰りください!」
野次馬を解散させ、玄関へと促す氏家の声に一同は再び移動始める。そんな中、関口もまた、柴田に腕を掴まれて引き摺られるように姿を消した。
利用者が一人もいなくなると、残されるのは遅番担当の蒼と氏家だけだ。静まり返った星音堂は事務室以外は消灯された。