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友寄だもんな

作者: はやはや

 友寄広人ともよせひろと。それが奴の名前だ。今、俺の向かい側の席で俺が食べ残した、手のひらサイズの五個入りクリームパンを、幸せそうにむしゃむしゃ食べている。


 大学内にあるコンビニのイートインスペースで講義の中間レポートを考えていたら友寄がどこからともなくやって来たのだった。

 レポートの内容を考えると頭が疲れるだろうから、甘いものが食べたくなるだろうと予想し、席に着く前にコーヒーとクリームパンを買っていたのだ。

 レポートの課題に関係する書籍を読むだけで疲れた。で、早速コーヒーとクリームパンを二個食べた。書籍から得た情報をルーズリーフにまとめていると、友寄が「あ、中邑なかむら」と言って現れたのだった。


「何してんの?」と俺の向かいの席に腰を下ろして友寄が訊く。


「明日、〝都市開発の意義〟の講義、中間レポート提出日だろ? 俺、全然手つけてなくて、今かなり焦ってる」


「え? 何それ。初耳!」


「はぁ? お前大丈夫かよ。授業出てたじゃん」


「前原先生の授業だよね? あの人、何言ってるかわからなくない?」


 友寄が言うように前原は確かにもごもご喋るから、何を言っているのか聞き取りづらい。でも、中間レポートはさすがにわかるだろ! とツッコみかけてそうだコイツだもんな、と思った。友寄だもんな。


 ≪


 友寄は地方の島出身だ。彫が深いけれど可愛いらしい顔立ちをしている。女友達曰く「ほっとけない愛らしいさ、というかペットみたいな?」気持ちになったり「勝手に母性本能くすぐってきやがる」といったりする傾向があるらしい。

 この大学はこの辺りでは馬鹿だと揶揄されているけれど、そんな学校の中でも友寄は勉強ができない。忘れ物も多いし遅刻もしょっちゅうだ。四年で卒業できるのかも怪しい。


 親から必要最低限の生活費の仕送りはもらっているようだけれど、「小遣いは自分で稼ぐ!」と言ってバイトをしていた。でも、遅刻魔だしシフト忘れるしで、どこもすぐクビになっていた。そんなこんなでいつも「金がない」と言っている。

 でも、そこには絶望感も悲壮感も漂っていない。あっけらかんとしている。だって友寄だもんな。



 それに昼飯を持って来ない。自分で判断して持って来ないのだから、そこは意思を固めて食べない、を維持するべきだと思うのだが、「あ、それいいな。ちょうだい」と平気で言う。何ならこちらから「いる?」「ちょっと食べる?」とあげてしまう。他の奴なら絶対そうはならないはずだ。

 なぜなのかわからない。だからみんなが出した回答は「だって友寄だもんな」になった。それが一番しっくりくる。


 ≪


 今から二ヶ月前。

 街の歴史をグループに分かれて調べる演習授業があった。この大学がある街の歴史や成り立ちを調べてパワポを作りグループごとに発表するものだった。俺は友寄を含め計五人でグループを組んだ。


「この街を調べるとなったらN商店街と駅前とH電鉄から伸びてるM線は外せないよな」

「それと一駅向こうにある昔遊園地だった場所も調べる?」

「なら団地がある海手のエリアも調べた方がいいかも」


 と俺たちがどこを調査すべきか議論している間、友寄は何の発言をすることもなく、にこにこと笑っていた。


「友寄、お前も何か考えろよ」


 とグループの一人が詰め寄ったが、にこにこしている友寄を見ると怒る気が失せたらしく「まぁ、お前なら仕方ない……」と一人ごちた。こんなだから友寄は明らかに俺たちのグループのお荷物だ。しかし、奴を外すそうとは誰も思わない。恐るべし友寄パワー。


 その後、誰がどこを調査するかくじ引きで決めた。友寄はN商店街担当になった。友寄自身普段から通い慣れている商店街らしかった。一人暮らしのアパートから歩いて五分で行けるからよく買い物するんだと友寄が以前話していた。

 そんなに好条件ならさすがの友寄だって、ちゃんと商店街のことを調べてくるだろうと思っていた。


 五日後。みんなで再度集まった。その日はそれぞれ集めた情報を元にパワポを作ることになっていた。相変わらず友寄は二十分遅刻してやって来た。


「今日って何するんだっけ?」開口一番そう言った友寄に「お前さぁ、っていうか友寄だもんな」と全員の声が揃う。


「N商店街についてどこかの店の人から話聞けた?」


 駅前について調べた白山しらやまが尋ねる。その言葉を聞いて友寄は「あっ」と声をもらした。コイツ何かやらかしたな、と全員が思う。


「商店街には行ったよ。でも、肉屋のトミタさんのおばあちゃんと話してるうちに演習のことすっかり忘れて、コロッケ五個もらって帰って来た」


―― とー もー よー せー !!


 みんな心の中で叫んだだろう。


「行こう。今からN商店街」


H電鉄から伸びてるM線を調べた田所たどころが立ち上がる。今日パワポを仕上げないと明後日の発表に間に合わない。というわけで、団地がある海手のエリアを調べ、かつパソコン作業が早い山本にN商店街以外についてまとめておいてもらうことにして、俺たち四人は連れ立ってN商店街へと向かった。


 ≪


 肉屋のトミタさんは友寄の顔馴染みらしく、店番をしていたおばあちゃんは俺たちに喜んで商店街の話をしてくれ商店街組合の会長さんまで連れて来てくれた。


「アンタ、たしか友寄って名前だったねぇ。本当に友達寄せてるねぇ」


 とにこにこしながらコロッケを揚げてくれた。


「おばあちゃん五個揚げてくれない? 大学にもう一人友達が待ってるんだ」


 どの立場で言ってんだ? と思ったけれど、友寄だもんな〜と思うと納得できた。俺以外の全員もそうだろう。

 代金を支払うと言ったけれどトミタさんのおばあちゃんは、「最後の油で揚げたから持って行きな」と言って代金を受け取らなかった。そのままありがたくコロッケを五個頂戴し、大学に戻りそれを食べ、N商店街のことをパワポに打ち込み、無事、発表を終えたのだった。


 何でか友寄は面倒なことを持ってくるけど、小さな幸せも持って来る。やるな友寄。


 ≪


 で、中間レポートを初耳だとのたまった友寄は、今、俺の目の前で最後のクリームパンを口に放り込んだ。例の如く「これちょうだい」と言われたからやった。


「レポートできる気がしない」


 クリームパンを飲み込んだ友寄が言う。


「一緒にやろう。というか写させて」


 全く悪気なく言う。「一緒に考えて」とか「教えて」じゃなく「写させて」。それでこそ友寄だ、と妙に腑に落ちる。16時を過ぎて構内のコンビニのイートインスペースは閉店になるので、それぞれパソコンを取りに帰って駅前のLバーガーというファーストフード店で再度待ち合わせることにした。


 俺が店に着いた時、既に友寄は来ていた。やればできるんじゃん。テーブルの上にはLサイズと思われるストローが刺さった飲み物とパソコンがあった。隣の席にリュックサックを置き、席をキープしてくれている。友寄がリュックサックをのけた席に座った。


「たぶんこの本の第一章の五十七ページと第二章の八十二ページを打ち込めば、それなりの形になるとは思うんだけど」


「そっか、でも全く同じ文章になったら前原先生気づくかな。語尾変えたらいけるか。俺、ですます口調で打ち込む」


「いや、お前このまま打ち込めよ。俺ちょっとプラスで加筆するから」


 俺がそう言うと「いいの! ありがとう」と友寄は目を丸くして言った。二人の見やすい位置に本を置き作業を始める。

 店に入ったものの何も注文していなかったことに気がついてスマホで注文した。


『コーラLサイズ フライドポテトLサイズ』


 フライドポテトLサイズを注文しながら、友寄に「食えよ」と言っている自分を思い浮かべる。

 友寄広人。世界で一番愛されている人間だ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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