8話「別室へ移動します」
別室へ移動して、ようやくほっと一息つくことができた。
あの広間にはあらゆる女の黒い部分が漂っている。それは息をしているだけでも心を濁すようで、何となく心地よくない。あそこにいる限りは本当の意味での安堵など手に入れられはしないだろう。
「料理はどうでした?」
「美味しかったです」
今はローゼットと二人――と言っても二人きりではないけれど。
扉のところには侍女と思われる女性が立って見張っている。
ただ、他人の目があるにしても、複数でないだけ広間よりずっと良い。それに、そもそも侍女は敵意を向けてきてはいない。ただそこにじっと佇んでいるだけ、つまりその視線は害のない視線である。
私とて、敵意のない人の視線にまで過剰反応したりはしない。
薄暗い間接照明の部屋でソファに腰掛けると眠くなってしまいそう――そのくらい良い雰囲気の部屋である。
壁にはいくつか花の絵画が横並びに掛けられていて、室内の空気は甘くも爽やかな柑橘系の香りで満たされている。
「とっても、素敵な料理でした」
二人になれば微笑みだって浮かべられる。
心がほぐれると顔の筋肉も自然とそれに従うのだ。
「参加者に色々言われたのでは? 申し訳ありませんでした……あのような目に遭わせてしまって」
「いえ、大丈夫です」
「本当ですか?」
「はい。それはもちろん戸惑いはしますけど、でも、ローゼットさんに会えて嬉しいので平気です」
ここでは彼が唯一のオアシス。
彼の存在だけに救われる。
「食事会の間はどこかへ行っていらっしゃったのですか?」
「裏でたまに休んだりとか、色々していましたね」
何の気なしに尋ねたのだけれど、返答を耳にしてからハッとした――そうだ彼にはあれがあったのだ、と、思い出したのだ。
「もしかして発作?」
急に思い出した『あれ』はそのまま口から出てしまった。
吟味して言葉を発するべきだったな、と、密かに後悔。
「それもありますね。急に倒れることもあるのであまり長時間は表には出づらいのです」
「そうですか……大変ですね……」
彼がグラスに注いでくれた透明な水を飲む。
ごくりと呑み込む直前、微かにレモンのような匂いを感じた。
「心配お掛けてしてすみません。基本的には問題ないのですよ、気を失うところ以外は健康そのものですし」
「呪い、ですよね」
「ええそうです。……信じられます? そのような話」
「嘘みたいな話ですよね。でも、ローゼットさんが嘘をついているとは思えませんし。だから今は信じています。それに、辛いことですけど、たまに気を失われるということは事実ですしね……」