5話「貴い人でも嫌な感じではありません」
倒れていたところを助けた金髪青年の名はローゼット・オイゼルという王子であった。
――まさか王子だったなんて。
本人から聞いてもなお信じられなかった。
「けど、大変ですね。呪いだなんて。発作で倒れてしまうだなんて」
「そうですね……周囲を驚かせてしまいがちなので少々気を遣います。けど、まぁ、発作自体には慣れていますよ。幼い頃からですし」
「もうずっと、ですものね。慣れますよね。でも、慣れたとしても大変そうです」
彼は病院内のベッドの上にいる。
そして私はそのすぐ横にちょこんと置かれた黒い椅子に腰掛けている。
診察室とは少し離れたここには医師はずっとはおらず、それゆえ、今は彼と二人きりだ。
でも彼は怖そうな感じではないし不審でもないのでこうして安心して会話をしていられる。
「実はですね、今日はこっそりこの街へ来ていたのです」
「お忍びで?」
「そうです。たまには自由に行動してみたいではないですか、王子という身分だとしても」
「そんなことを思われることもあるのですね」
「ありのままの世界を垣間見ることができる、という意味でも、社会勉強になりますしね」
そうか、彼の場合、接する相手は皆彼を王子だと思って接する。その状況で彼を雑に扱ったり感じの悪い態度を取ったりする者は稀だろう。でも、だからこそ、世や人々のありのままの姿を目にするというのは難しい。彼が王子であるという認識を剥ぎ取った状態で世の中と関わるにはお忍びが適している、ということだろう。
「それはそうですね。でも、気をつけてくださいね。倒れる可能性があるのに一人で出掛けるだなんて危険ですから」
言えば、ローゼットは握り拳で口もとを隠しながらふふっと笑った。
「貴女は母親のような女性ですね」
彼はそんなことを言う。
「あ……す、すみません、無礼を」
一瞬、やってしまった、と焦るが。
「いえいいんです。何も悪い意味で言ったのではないのですよ。ただ、何だかとても懐かしくて」
そこから続いて流れてきたのは想像とは異なる言葉だった。
今のローゼットはどこか純粋な子どものような表情を面に浮かべている。
……そこにあるのは良い思い出だろうか。
「懐かしい?」
「子どもの頃、母に良く同じことを注意されていました」
「あ、そうなんですか」
「だからとても懐かしくて。つい笑ってしまいました、すみません」
「いえ……」
でも、ローゼットが楽しそうにしてくれていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
「失礼でしたら謝罪しますよ」
「い、いえ! そんな! 謝罪なんて! 必要ありません」
彼は王子。
国王の血を引く者。
それはこの国において最も貴いとされる一族だ。
それゆえ本来私みたいな女が好きに会話できるような人ではない。
……そういうところもお忍びの良いところ?
いや、彼にとって私との時間が良いものかどうかなんてどうやっても分かりはしないのだが。
でも、できれば、少しでも良い思い出として彼に残ってくれればいいな――なんてそんなことをちらりと思ったりして。
「それで、ええと……ラスティナさんはこの辺りにお住みなのでしたっけ」
「少し離れたところですが」
「地域としてはこの辺り、ということですね?」
「あ、はい。そうですね。徒歩で来られるくらいの距離です」
「分かりました」
え? 何? 分かりました、って……その反応はどういう?