1話「彼なりの愛情なのだと思っていました」
私ラスティナは少し上の家柄の青年オフィティと婚約していた。
最初の頃は良かった。
まるで友人であるかのように関われていたから。
しかしいつからか過激ないじりが目立つようになり、それはやがて侮辱行為へと移り変わってゆく。
彼はいつも軽いノリで私を「馬鹿だ」とか「野蛮な低階級女」とか言った。
でも私はそれを彼なりの愛情なのだと思っていた――その晩、彼が浮気していることを知るまでは。
「いいの? オフィティ。今は婚約者がいるんでしょ? 他の女と会ってて揉めたりしない?」
「いいんだ。それにあいつ馬鹿だから、ぜってぇ気づかねぇって」
「本当に?」
「そりゃそうだろ! あいつ、俺のことを信じてやがる。だからいいんだ、気づくはずがないんだ」
「そう、ならいいわ。でも気をつけるのよ? いつ何時おかしなこと言って突っかかってこられるか分からないんだから」
その日私はたまたまいつもより遅い時間にオフィティの家へ行った。彼の家に忘れ物をしてしまったことに気がついたからだ。そして、幸か不幸か、私は彼の裏切りを目にすることとなってしまったのである。
窓越しに、だが。
「それにしても、お前は今日も美しいなぁ……ほれぼれするよ」
オフィティは二人きりになっている女性の長い金髪を手ですくい上げると溶けるような声でこぼす。
二人の顔は今にもキスしてしまえそうなほどに近づいている。
「ガーディア、たとえ結婚しても、俺はお前だけを愛しているからな」
「奥さんに聞かれないようにしなさいよ?」
ガーディアは忠告するがオフィティは真剣に受け止めていない様子。
「誰を愛するかなんて自分が決めることだ。あいつに聞かれるくらいどうってことはない。何ならはっきりと言ってやりたいくらいさ――俺はガーディアだけを愛している、って」
オフィティがガーディアの首に唇を落とせば、ガーディアはとろけるように目を細めた。
長い睫毛がぴんと背を伸ばす。
「もう……酷いんだから……」
「事実なんだから仕方ないだろ」
二人は互いの息がかかるような距離でじっと見つめ合う。
これは一体何を見せられているのだろう……? なんて段々思ってきてしまう。
「駄目よ、形だけだとしても結婚するのに……」
「だからこそだよ。今はただ、お前に溺れていたい。忘れさせてほしい、あんな女と結婚しなくてはならないというこの辛すぎる現実を」
ここで引き返す? 忘れ物を取りに行くのは今日でなくても問題ない。溶けてなくなってしまうような物ではないから。回収するのは明日だって問題ないのだ。だって、今から予定通りこのまま取りに行くなら、あそこへ割って入ることになるのだ。気まずすぎないか? さすがにそれは。いや、でも、せっかくここまで来たのに帰るというのも切ないし。
悩む……。
――散々悩んだ結果、私はこのまま取りに行くことにした。