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バイオリン弾きのピエロ

作者: 青岬
掲載日:2009/09/22

 彼は一番の人気者だった。


 一輪車で綱渡り、ってのは朝飯前。

 長刀でジャグリング。

 直径二メートルもあるピンク色の大玉で玉乗り。

 いきなり体が爆発したと思ったら、次の瞬間には観客席で仁王立ちしてる。

 あ、ちなみに最後のが彼の十八番。


 彼はサーカスのピエロだった。




 今日の公演はとっくに終わった。

 暗い舞台裏の中で、彼は檻の中に手を伸ばして、虎の顎を優しく撫でていた。

 彼にかかれば、虎だって可愛い盛りの子猫だ。

 ごろごろと喉を鳴らして身を委ねている。

 猛獣使いの私も、少し面食らう。


 悔しい。

「ねぇ。」

 声をかけると、彼はゆっくりこちらを向いた。

「あぁ、おつかれさま。」

 右目には涙、左目には星。

 黄色い服にオレンジ色の水玉模様。

 彼は公演が終わってもピエロのままだった。

「お互いにね。」

 クククと笑う声がした。

 でも仮面だけを見せられている私には、彼が本当に笑っているかどうかなんて分からない。

「ねぇ。バイオリン、弾いてよ。」



 彼がバイオリンを持っていると知ったのは、バイオリンを弾けると知ったのは、そう最近ではない。

 私が今より頭一つぶん背が低かった頃、眠れずにテントの中を歩き回っていたら、音が耳に届いて。

 楽しそうで悲しそうで寂しそうで怒ってそうで、あぁまるで歌ってるみたいだなぁって思った。

 そして深紅のカーテンを開けたら、このピエロがいて。


 目を開けて、演奏者を見た。

 なんてミスマッチな光景。

 下品な原色だらけの派手な色と、上品な深い茶色。


 透明感のある音。

 そして無機質な音。

 狭い空間に、空しく響いた。

 舞台側に移動しても、きっとこの音は聞き取れる。


 私は、実はちょっと踊り子に憧れている。

 踊るんなら、彼に曲を演奏してもらいたい。

 お願いしたら、どんな顔をするだろう。

 驚くのか。

 眉間に皺を寄せるのか。


 いや、彼はピエロだから。

 きっと、笑ってこの頼みをきいてくれるのだろう。


 胸糞悪い。




 音が止まった。

 ここで終わり?

 今日は随分と早い。


 演奏の終わりは、彼の気分次第。

 ここで唯一感情を出してくれる。

 終わってしまったら、いくら頼んでも二度とバイオリンを肩に置いてくれない。

 逆にもういいと言っても、無視するように、というか無視なのだろうけど、絶対に音を途切れさせない。


 天邪鬼?

 それとも満足するまで弾きたいだけで、私がいようといまいと関係の無いこと?

「おやすみ。明日も頑張ろう。」

 あぁ、きっと最後の言葉は社交辞令。

「ピエロ。」

 私は彼の名を呼んだ。

 名前は知っているのだけれど、もしかしたら偽名かもしれない。

 こっちのほうが確か。

「何だい?」

 バイオリンをゆっくりとケースにしまいながら、彼は答える。

 私はわざわざ呼んだくせに、次の言葉を紡ぐのを躊躇った。

 ピエロがこちらに頭を動かす。

 私と彼は、しばらく向かい合った。


 言葉はもうこないと思ったのだろう。

 少しして彼は後ろへ足を向けた。

 私を置いて、闇の中に消えていこうとする。

「ピエロ!」

 再び彼を呼んだ。

 彼は立ち止まって、こちらを振り向く。

 迷惑なことをしているのは、重々理解している。

 口角を上げながら、言った。

「誰かに見せる顔が見つからなかったら、探しに行けばいいのよ。」

 彼は動かない。


 あぁ、きっと愚かな女、と思われているんだろう。

 まぁ、それでもいい。

「───おやすみ。」

 彼は、また足を進める。

 こつん、こつんという足音がどんどん遠ざかっていく。

 そして、彼は完全に闇の中へ消えた。






 私は、堪えきれず、大声で笑った。

 少しだけ泣いた。



近づきたいけど、近づけない。

分厚い壁があるから。

それだけでも十分悲しいのに、その壁を作っているのが、相手と自分自身だったら。

そんなに笑えて、そんなに悲しいことはちょっとない。

そう思って書いただけのお話。

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― 新着の感想 ―
[一言] 僕に感動されても嬉しくないと思いますが、感動しました。 自分の仕事に自信を失うほどに笑☆ 僕も、いつかこんな小説を書けたらいいなと思いました! 頑張ります♪ 是非、僕の「一人と一匹」とい…
[一言] 拝読いたしました。 なるほど。テーマを聞いて、そう感じました。 コミュニケーションとは本当に難しいものです。 自分がこれでいいと思っていたものが相手には当てはまらなくて、自分ではなんて事…
[一言] はじめまして。 ちょっと非日常なサーカスに、入り込んだ物語。 こういうの大好きです。 特に音や雰囲気といった、目に見えない描写が綺麗で見惚れました。
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