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9.女神様の祝福

 

 舞を終え、静かに膝をついて礼を取る。

 静まりかえった空間にわずかの後、万雷の拍手が鳴り響く。

 瞳を閉じたまま拍手を受け入れていたアクアオーラが目を開ける寸前、どこからか声が聞こえてきた。



 ――良い舞だったわ――



 直接頭に響くような不思議な女性の声。

 それほど大きくない声なのに鳴り止まない拍手の中でもはっきりと聞こえる。



 女神()への深い感謝と己を支え続けた存在への愛情はしっかりと伝わったわ――


 ――夏の民らしく情熱に満ち真っ直ぐに注がれる愛は美しい――


 ――良い祈りだったわ、あなたに祝福を――



 ぱさ、と耳に響いた軽い音に目を開ける。

 飛び込んできたのは女神様が愛する花として知られ、祭事では必ず捧げられる花。

 この国の国花でもあるその花がアクアオーラの目の前にある。

 アクアオーラはまだ舞台の上におり、薄い幕に覆われた舞台は閉ざされた空間。

 誰かがこの花を投げ込むことは不可能であり、そもそもこんな軽い花を離れた舞台へ投げ込めるわけがない。

 突如現れた女神の花に周囲のざわめきが大きくなる。


「女神様の祝福だ……」


 観衆の誰かが呟いた。

 一人が言葉を発すると次から次へと興奮が伝播していく。


「女神様の祝福だよ!」


「何もない空間から突然花が現れたんだ!」


 奇跡だ祝福だと観衆が騒ぎだす。

 周囲の空気の変わりように戸惑い辺りを見回すと好奇や嫉妬を孕んだ視線が突き刺さり、それらを遮るようにアイオルドが進み出た。

 呆然と見つめるアクアオーラの前まで来たアイオルドが幕を開け、花を恭しく捧げ持つ。


「アクアオーラ、素晴らしい舞だったよ」


 琥珀色の瞳が嘘偽りのない賞賛を伝えてくれる。


「この花は女神様から君への祝福だろう。

 君の舞がそれだけ祈りの込められた素晴らしいものだったという証だ」


 さあ受け取ってと差し出された花を振るえそうな手でそっと受け取った。

 沸き起こる歓声に観衆を見やると叫んでいる者や手を叩き続けている者、感極まったのか跪いて祈りを捧げている者もいた。


 退出を促すアイオルドに続いて舞台を降り、女官の差しかけてくれる傘に隠れ王宮へ下がった。

 廊下で幾人かとすれ違ったが、話をしたそうな彼らをアイオルドが遠ざけて歩みを進める。

 人影が無くなったところで気が抜けたのかため息が漏れる。


「アクアオーラ、ちょっとごめん」


「え? きゃっ!」


 アイオルドが屈んだかと思ったら逞しい腕に抱き上げられていた。

 女神様の花を落とさないように胸にしっかり抱え込む。


「早く部屋に戻ろう」


 そう言って足を速める。

 身長も高く足も長いアイオルドが早足で歩くので、アクアオーラが歩く速度の何倍も速い。


「速いわ。

 アイオルドはいつもこんな景色を見ているのね」


 代り映えのしない景色も視点や流れる速さが変わるだけで違って見え、なんだか楽しくなってくる。


「あの頃は君が倒れても抱えることもできない子供だったけど、今なら軽いものだ」


 アイオルドの声が近くて心臓が落ち着かない。

 肩に触れる体温だってちょっと高くてアクアオーラの体温まで上がってしまいそうだ。

 なのに不思議と離れがたい。

 複雑なアクアオーラの心を余所に、早足のアイオルドはあっという間に部屋に着いてしまう。

 アクアオーラの体調を心配してのことなので文句なんて言えなかった。


 そっとソファに降ろされて運んでくれたお礼を言う。


「ありがとう、アイオルド。

 あなたのおかげで初めて祭事で舞を捧げられたわ」


 強い日光を遮り一定の温度に保たれた舞台なんてアクアオーラ以外に需要があるとは思えない。

 アイオルドの発明はアクアオーラを慮って作られた物ばかりで、その気遣いに深く感謝している。


「いや、俺のわがままだから」


 思わぬ返答を聞いて目を瞬く。

 他に必要とされない舞台を人知れず開発していて今回の祭事のために快く貸してくれた行動とわがままが結びつかない。


「アクアオーラがしたいことは全部俺が叶えてあげたい。

 太陽の下で女神様に舞を捧げるのは王女として最高の誉れだけど、それが成せないことを悲しんでいただろう?

 アクアオーラは舞の練習だって真剣だったし、今でも鍛錬を欠かさない。

 舞台さえ整えば国一番の舞を見せられるって思ってたからさ」


 そのために開発に取り掛かったとなんでもないことのようにアイオルドは笑う。

 誰もアクアオーラが祭事に出ることなんて考えていなかったし無駄になる可能性の方が高かったのにそれでも開発を進め完成させてくれた。


「それに、もし王宮にいるときに使わなくてもいつか俺の下に嫁いできたときに使えばいいと思ったから」


 あれを使えば外でピクニックとかもできるだろうと楽しそうに使い道を挙げる。


「日中だけでなくても夜の庭で月を見ながら語り合ったり、星空の下で楽器を演奏したりもできそうだ」


「演奏会を開くには小さいわ」


 踊るための舞台とはいえ一人用の空間だから入れる人は少ない。

 アクアオーラの言葉におかしそうにアイオルドが笑う。


「違うよ、俺と君の二人だけでだよ。

 屋敷の庭で風や花の香りを感じながら二人きりで空を見て共に楽器を奏で歌う、楽しそうだろ」


 そよそよと涼しい夜の風が吹く庭園が目に浮かぶ。

 明るい星が昇る空を見ながらアイオルドと二人。

 アクアオーラが奏でる楽の音に重なるアイオルドの歌声。

 胸を躍らせる提案にアクアオーラの口が笑みを描く。


「演奏に疲れたら夜の庭を散歩するのも良い。

 屋敷には夜に映えるような花も多いから、きっと君の目を楽しませる」


 風に流れる場所なら芳香の華やかさも楽しめるかもしれない。

 部屋に籠っている今は香りが残り続ける花はあまり側に置かないから。

 アイオルドもそれに気づいていて、いつかアクアオーラが嫁ぐ日のために準備をしていたなんて。

 うれしい。

 苦しいほどに幸せが溢れてくる。


「早く、あなたに嫁ぎたいわ」


 きっと笑顔に満ちた楽しい日々が待っている。

 どくどくと暴れる心臓の動きを隠しながら微笑む。


「アクアオーラ……、俺もだ。

 君が俺の下に来てくれる日をずっとずっと心待ちにしている。

 同じ気持ちだなんて、すごく嬉しい」


 二人座るソファの背もたれに肘を乗せたアイオルドの距離が近づく。

 さらりと掬い上げた髪がくすぐったい。

 アイオルドの琥珀色の瞳がすぐ近くできらめいている。

 様々な角度で色を変える琥珀のようなアイオルドの瞳に呑まれそうになる。

 目を逸らせないでいるとアイオルドの唇が目の端を掠め、こめかみに口づけを落とした。

 軽く触れただけなのに全身が震えた。


「アイオルド……」


 名前を呼んだだけで胸を甘やかなものが満たす。

 これまで何度となく呼んだのにこんな感覚になったことはない。

 初めての恋人のような触れ合いは酷く魅力的で、抗いがたかった。


「アクアオーラ、そんな顔をしないで……」


 至近距離から覗き込む琥珀色がぎらりと輝きを増す。

 髪を掬い上げていた指がゆっくりと降り、ソファに落ちたアクアオーラの髪を弄ぶ。


「今すぐに連れ帰りたくなる」


 婚姻を早められないか相談してみるかと微笑むアイオルドの瞳は真剣で、アクアオーラも異を唱えることはなかった。






 アイオルドが側にいる楽しい日々がこれからも続く。

 それを疑うことはなかった。





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