5.外界の敵意
日が傾く時間に呼ばれている部屋へ向かう。
食事会の日にエリレアから祭事の準備を見に来てと誘われていた。邪魔になるんじゃないかと一度は断ったけれど、嫁いで王宮を出たらもう見ることはできないんだからとシオネにも強く誘われた。
普段近づくこともない場所は興味深い。
祭事のために使用されている部屋に近づくと賑やかな楽の音が聞こえてきた。
「エリレア」
「アクアオーラ、来たのね」
声を掛けて部屋に入ると色とりどりの衣装をまとった女性たちの舞が目に入った。
ひらりひらりと舞う動きを目の端に捕らえながらエリレアと言葉を交わす。
今練習をしているのは多人数で踊るもののようで、とても華やかだった。
初めて見た他人の舞に感動する。
アクアオーラが見たことがあるのはエリレアやシオネ、教えてくれた教師や母のものだけ。それも随分幼い頃の話だ。
集団で舞うことがこんなに美しいなんて知らなかった。
音が止み、はっと我に返る。
「すっかり見惚れてたわね」
「ごめんなさいエリレア。
揃って舞う姿が美しくて、つい。
本番ではこの舞をはじめに次に二人の代表者と最後にシオネの舞で終わるのよね」
「そうよ、今年は私は裏方に徹するつもりだから」
「エリレアがそういうから仕方なくよ、私本当は楽師で参加したかったのにー」
シオネは舞よりも楽の方で参加したかったと口を尖らせている。
最後の舞は王族に連なる者が行うのが慣例だからエリレアが辞退すればシオネがやるしかない。
不満そうだけどシオネだってエリレアと一緒に子供の頃から祭事に参加していたから不安なんかは全くないみたいだった。
「楽師は他になり手がいるけれど女神様に舞を捧げるのは他にいないでしょう」
エリレアが苦言を呈するとわかってると言いたげにシオネは肩をすくめた。
「でしたらアクアオーラ様が出ればよろしいのではありませんか」
するりと艶やかな声が割り込んできた。
声の方を見ると先ほどの舞で一番目立っていた女性が進み出る。
年の頃はエリレアと同じくらい。
太陽の光を集めたような明るい金の髪、深い青と浅い碧の入り混じる印象的な瞳をしている。
張りのある褐色の肌や肉厚の赤い唇などが色香を感じさせる女性だった。
「アクアオーラ様も王女ではあるのですから資格はおありでしょう?」
「アクアオーラは……」
アクアオーラが陽の光に弱く、外に出られないのは周知の事実。
それなのに日の下で行われる祭事に出ろとは言えないと、誰もその役目をアクアオーラに望んでこなかった。
「陽の光の問題でしたら天幕で舞台を覆えばいいのではないですか?」
それなら舞が拙くても諸侯の前で恥をかかずにすみますね、と追随する誰かの嘲笑。
疎いアクアオーラにはそれが誰だかもわからなかったけど、エリレアは声のした方を睨んでいた。
「その発言はどういうつもり?」
シオネも険しい顔で意図を質す。
「他意はありませんわ。
ただ、アクアオーラ様は遠くないうちに嫁ぐのでしょう?
王女でありながら祭事に一度も参加しなかった妻を迎えるなんて、……お気の毒だと思って」
笑いを含んだ声で告げられた内容にちりっと胸が焼かれる。
アイオルドが役立たずの王女を押し付けられた可哀想な人間だと言われていることは知っていたけれど、こんな公の場でそんな発言を許すほど侮られているとは思わなかった。
『本当、幼き頃の小さな瑕疵で将来が決まってしまうなんてお可哀想』
『太陽に嫌われた姫なんて嫁しても迷惑ではなくて?』
『本来でしたら未来の王の選考に名乗りを上げられるくらいのお立場ですのに……、ねえ?』
笑いさざめく空間で最初に話しかけてきた女性の目を見つめ返す。
海の色だというブラックオパールのような瞳に浮かぶ感情の色は侮りや嘲り、それよりも強く焼け焦げるような負の感情を覗かせていた。
それが何か掴めなくて瞳の奥を見通すように首を傾ける。
苛立ったように視線を鋭くした女性に返事をしていなかったことを思い出す。
「そうね……。
確かに参加を一度も検討しないというのもよろしくないことだったわね」
できる可能性を全く考慮しないで関わることを避けていたのは王女として酷く情けなく不甲斐ないことだと反省する。
「アクアオーラっ!?
本当にやるつもりなのっ?!」
焦った顔でエリレアが手を握る。
シオネも心配そうな顔でこちらを見ていた。
「いえ、できると確定しているわけではないけれど。
何か方法がないかアイオルドに相談してみるわ」
魔道具や魔晶石に詳しいアイオルドなら打開策が見つかるかもしれない。
そうでなくてもアイオルドが作ってくれた腕輪をしていれば多少の時間なら舞うことができるかもしれない。
真昼の外というアクアオーラにとって最悪の条件をカバーする方法はきっと何かあるはず。
すっかりやる気のアクアオーラにエリレアとシオネは不安そうな顔をしていた。
現段階ではアクアオーラが役目を果たせるか未知なのでその場にいた者には他言しないように言い渡し退出を促す。
連れ立って去っていく中、一人だけ振り返って強い視線でアクアオーラを睨んだ。
敵意の宿った海色の瞳を黙って見送る。
その中にある感情の欠片が何かなんとなく見えた気がした。