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煉獄を望む巫女  作者: 一乗寺らびり
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六話:花の鈴

「……よし、こんなところかしら」


 夕方の校舎裏、優子は一人額の汗を拭った。

 先日に奪った『周囲に花を咲かせる能力』の鈴の実験と、既存の鈴と組み合わせる特訓を行っていたのである。


「たしかに、扱いづらい能力ね。でも、前の持ち主よりもちゃんと使ってあげるわ」


 制服のポケットから鈴を取り出すと、優子はニッコリと笑みを浮かべる。

 優子は、願いを叶えることは当然大事だが、それと同じくらいに、戦神楽そのものを楽しもうとしていた。


「せっかくの今だけの非日常なんだもの、存分に楽しまなきゃね」


 再び、鈴を制服のポケットに仕舞う。それと同時に、同じところに入れていたスマートフォンが振動した。


「あら、メッセージね。送り主は……奈緒か」


 通知を確認した優子は指紋認証センサーに親指を当て、スマートフォンのロックを解除した。そして、送られてきたメッセージの中身を確認する。


『愛しの優子ちゃんへ♡学校の用事お疲れちゃん♡駅前のいつもの喫茶店で待ってるわよん♡』

「奈緒……おじさんじゃないんだから……」


 奈緒からのメッセージに呆れつつ、優子はスマートフォンをポケットに仕舞うと、地面においていた鞄を拾い上げた。


※※※


「あら?何かしら?」


 駅前通りを歩く優子の前に、何やら人だかりができていた。人々の視線の先は、一棟のオフィスビルだ。周りにはパトカーや救急車も停まっている。

 優子はそっと人だかりに近づき、皆と同じ方向に目を向ける。しかし、人の数が多すぎて、前の方を見ることができない。


「何か事件でもあったのかしら」

「女の子が倒れていたんだってさ」


 優子の独り言に答えるかのように、声が聞こえてきた。優子が声の方へと顔を向けると、すぐ隣にセーラー服姿の女性が立っていた。女性は優子の方を見ずに、皆と同じくビルの方へ顔を向けている。


「……今、私に話しかけました?」

「女の子が一人、ビルの三階の空きスペースで倒れていたんだって。施錠されていたはずの場所の中で」


 優子の問いかけを無視し、女性は言葉を続けていく。


「そして、警察に匿名の通報があったんだって。女の子が倒れているって」

「あの……」

「多分倒れていた女の子、この後に警察とかにいろいろと聞かれるんだろうな。一体何があったのか、どうしてあの場所に倒れていたのか、匿名の通報に心当たりはないのか」


 優子が怪訝に思っていると、女性はようやく優子の方へと顔を向けた。


「でも、きっと彼女は答えられないんだろうなぁ。だって、何も覚えていないはずだもの」


 何も覚えていない。優子はその言葉に気づくと、少しばかり後ずさった。


「さて問題です。女の子は何者で、何故倒れていたのでしょうか?通報した匿名の人間は誰でしょうか?」


 女性はニヤリと口角を上げると、更に言葉を続ける。


「そして、女の子はある持ち物を失っていました。それは何でしょう?」

「あなた、まさか……」

「場所を変えようか。流石に同じ場所で騒ぎを起こすほど、私も馬鹿じゃないし」


 女性の胸には、鈴の付いたブローチが付けられていた。


「……はぁ、奈緒との約束はまた明日ね」


※※※


 町外れの廃ビルの中で、優子と女性は対峙していた。ガラスの割れた窓から、夕焼けの茜色が差している。


「戦い始める前に聞きたいのだけれど、どうして私が巫女だと分かったの?」


 優子はこの女性とは初対面であった。その上、鈴も外から見えないところに仕舞ってある。


「実はあんたのこと、数日前に神社の近くで見てるんだよね。まあ、あの時は鈴売りが一緒だったから襲うのやめておいたけど」


 鈴売りとは、あの鈴鹿美波という巫女のことだろう。あの場面を見られていたのか、優子は、そう思い返しながら、女性への警戒を解かずに睨みつける。


「よかったわ。私が知らない、巫女とそうじゃない人の見分け方があるのだと思ってたわ」

「そんなのあったら苦労しないわよ。そういう能力もあるのかもしれないけど」

「それもそうね。簡単に探すことができたら、願いなんてすぐに叶っちゃうものね」


 一応優子はそういう能力を持っているが、それは黙っておいた。

 二人は互いに睨み合い、それぞれ動くタイミングを見計らう。


「……これから戦い始めるわけだけど、その前にもう一つ、聞いてもいいかしら?」

「あーら、何を聞くの?答えられるものなら何でも答えてあげるけど」


 女性はニヤニヤと笑っている。よほど自身の能力に自信があるのだろう。


「あなたの、願いは何?鈴に込めた願いは」

「私の願い?なんだ、そんなことか」


 女性は呆れたかのように、ふうとため息をついた。


「私、嫌いなやつがいてね。そいつの存在抹消してもらおうと思ってるのよ」

「存在を、抹消?」

「そう、抹消。私の記憶からも、この世に存在する痕跡すべて、消し去ってやりたいの」


 優子は、睨みつけてくる女性の目に、深い憎しみが浮かんだように見た。


「そのためだったら私、なんだってするわ。この能力を使って、他の巫女を殺したっていい」

「そう言う割には、さっきは自分で通報したのね」

「ま、まだ決心がついていなかったんだよ!でも、もう違う!今度は、あんたは仕留めてやる!」


 女性が動揺し始めた。その様子を見て、優子はクスッと笑うと、警戒を解いた。


「なんだ、ただの臆病者じゃない。物騒な願いだから、そういう人かと思っちゃった」

「な、なんだと!?」

「よく考えたら、そういう思い切った人なら、鈴売りの人と一緒にいるところでも襲ってきてたか。期待して損しちゃった」


 そう言うと、優子はおもむろにしゃがみ、床に手をついた。


「な、何をする気だよ!」

「もういいわ。さようなら」


 優子の言葉が終わると同時に、その周囲に緑色の長い物体が複数生えてくる。長い物体は優子を覆い隠すように伸びると、その先端から白く大きな花を咲かせた。


「な、花!?そういう能力か!」


 優子を覆った花は、ユリである。大きな茎と葉で、優子の体をすっかりと隠してしまった。


「そうやって隠れる気か!逃さないよ!」


 女性は、花の群れに向かって人差し指を向ける。そして、破裂音とともに指先から、小指くらいの大きさの鉄球が射出された。

 鉄球はユリの群生へと到達すると、茎達をなぎ倒し、その反対側へと飛んでいく。


「え、いない!?どこに行った!?」


 女性は優子がいなくなっていることに気づくと、慌てて周囲を見回した。しかし、優子の姿はどこにもない。


「くそっ!複数能力持ってるやつだったか!」


 慌てながらあちこちへ指を向ける女性。その少し後方で、優子は女性を観察していた。


(なるほど、指から鉄球を飛ばす能力ね。自分の能力に自信があったみたいだけど、そこまで大したものじゃないじゃないの)


 音を立てないようゆっくりと、優子は女性に近づいていく。


(しかし、花で身を隠した上で姿を消す作戦、いきなり消えるよりかはいいかなと思ったけど、ちょっと微妙かしら)


 のんきにそんなことを考えつつ、女性の直ぐ側まで近づくと、その頬に手を添えた。


「え……」

(姿を消す能力だけでも十分かもね、これは)


※※※


「うーん……これは流石に使いたくないわね。奉納してしまいましょう」


 廃ビルからの帰り道、優子は一人で歩いていた。その手には、女性から奪った鈴が二つ乗せられている。


「もう一個の方は……いや、確かめなくてもいいか。姿を消す能力があればいいし」


 ふと、優子は足を止める。早くも強すぎる能力を手にしたことで、戦神楽に対する飽きが来始めていることに気づいたのだ。


「……いや、そんなことないよね。そんな、こんな早くに」


 頭を振り否定しつつ、優子は再び歩き始める。


「……花の鈴をどう使うか考えていたときは楽しかったのに、なんでだろうなぁ」


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