五話:ひったくり
「あーあ、今日のテストは散々だったよー」
「奈緒、ちゃんと勉強しないからこうなるのよ?」
夕焼けに染まる商店街を、優子と奈緒は二人並んで歩いていた。
ちょうど皆帰宅時なのだろう、多くの人が道を行き交っている。
姿勢良く歩く優子とは対照的に、奈緒はガックリと項垂れながら歩いていた。
「だって、イカちゃんトゥーンが面白すぎて勉強なんか手につかなかったんだもん!こんな時期に発売するなんてひどいよ!」
「やり過ぎないよう、自制してやればいいのに。私だってゲームはしてたけど、ちゃんと時間決めて勉強時間も確保してたわよ?」
優子は呆れたように首を振った。
「そうは言うけど、やめられない止まらない状態になっちゃうんだもん。というわけで、優子もやらない?イカちゃんトゥーン」
奈緒は顔をあげると、優子の方をキラキラした目で見つめた。
「私、アクション系は苦手だから……」
「えー、やろうよー!練習すれば、優子でもちゃんとできるようになるから!」
「はいはい……」
優子は奈緒をあしらいつつ、別のことを考えていた。
優子の鞄には、昨日城戸真理亜から奪った鈴が入っている。鈴の能力は『薄いバリアを貼る』。この鈴の扱いをどうするか、決めかねているのだ。
(いざというときには使えそうだけど、私の場合、そもそもそういう状況になる前に決着してしまいそうなのよね。奉納してしまうか、念のため取っておくか)
「ねーゆーこ!やろーよー!」
「はいはい、気が向いたらね」
とりあえず、考えるのは奈緒と別れてからにしよう。そう考え、優子は奈緒の方へと向き直る。
「そういえば優子、昨日の城戸さんの話って結局なんだったの?」
「ああ、あれ?彼女からの悩み相談よ。内容は言えないわ」
「あー、なるほどねぇ。しかし、交流のない優子に相談するなんて、よほどのことだったんだろうね」
優子も奈緒も、城戸真理亜とは交流が殆どなかった。ただのクラスメイト程度の付き合いだ。
そのような関係性での悩み相談は、たしかに大事だと優子は思い直した。
「まあ、そういうこと。これ以上詮索はしないで……きゃっ!?」
「うわっ!?何!?」
突如、優子と奈緒の間を、二人にぶつかりながら走り抜ける者が現れた。ぶつかられた二人は、それぞれ倒れそうになりながらも、なんとか足を踏ん張った。
「いたた……」
「全く何よ、もう……あれ、私のカバン……あ!」
優子は、自分のカバンがないことに気づいた。慌てて先程ぶつかった人物の方へ目を向けると、優子のカバンを持って駆けていくのが見える。
「ひ、ひったくりだぁ!警察、警察!」
「私、追うわ!奈緒、通報お願い!」
「ちょ、ちょっと優子!?」
静止する奈緒を尻目に、優子は走り出した。
ひったくり犯は、人の隙間を縫うように駆けていく。それを追い、優子も全速力で駆けていく。
(メインの鈴が奪われなかったのは不幸中の幸いだけど、それはそれとして財布とかが!)
考えの中心が鈴になっていることに気づかずに、優子は走り続けるのであった。
※※※
「はぁ……はぁ……」
優子は数分以上追いかけたが、公園に入ったところでひったくり犯を見失ってしまっていた。
そう広くはない公園には、子供が数人いるだけで、ひったくり犯らしき姿は見えない。
「素直に……警察を待つべきかしら……」
そう言いつつも、優子はまだできることはないか、酸素切れの頭で考えていた。そして、自分の体を探った。
手元にあるのは、制服のポケットに入れていたスマートフォンと、鈴三つである。
「鈴……そういえば、この鈴……」
優子が注目したのは、白い紐が結われている鈴であった。巫女になって二日目、三人組のリーダー格から奪った、探知能力の鈴である。
優子はすでに、姿を隠す能力を持った巫女と戦っている。今後その類の能力を持った巫女のとの戦いに役立つと思い、奉納せずに残していたのだ。
「……ダメ元で、使ってみようかしら」
もしかしたら、ひったくり犯は近くに隠れてやり過ごそうとしているのかもしれない。それを見つけるのに役立つかもしれない。その可能性にかけて、鈴を握りしめる。
「とはいえ、初めて使うのよね。何がどんな感じで見えるのかしら」
優子は鈴をポケットに仕舞うと、両目を閉じ、両手で覆った。たしか、鈴の元の持ち主はこうやって使っていた、と思い出しながら。
すると、瞼の裏に、朧気ながら何かが見えてきた。何かは少しずつ鮮明になっていき、丸い地図のようなものとなった。地図の中には、中心に赤い点が三つ付いている。
「……これ、もしかして鈴の位置?」
地図が示す情報の意味に気づく。そして、鞄に仕舞っていた城戸真理亜の鈴のことを思い出した。
地図を見回し、近くで動く点がないかを探す。すると、公園から出たすぐの場所で、ゆっくりと動く赤い点が二つあるのを見つけることができた。
「……二つ?もしかして、そういうこと?」
※※※
「……やってしまった……」
奪った鞄を抱えつつ、成田幸はゆっくりと息を整えつつ、だが警戒もしつつ足を進めていた。
「でも、こうするしかなかったんだ!私のせいじゃない!ろくな能力寄越さなかったあいつが悪いんだ!」
虚空に向かって吠えつつ、幸は鞄の蓋を開け、中を探る。財布、教科書、ノートとかき分け、ついに目的の品である鈴を探し当てた。
「これがどんな能力かわからないけど……でも、私のなんかより絶対にマシよ!何よ、周囲に花を咲かせるって!こんな能力、どう使えばいいのよ!」
幸は自分自身の鈴を取り出すと、地面へと投げ捨てた。チリンと転がる鈴を睨みつけながら、大きく肩を上下させる。
「……いけない、冷静にならなきゃ。まずは、ちゃんと家に帰ろう。警察呼ばれてるだろうし、しばらくは家から出ないで過ごそう……」
幸は鈴を拾うと、奪った鈴とともにポケットに突っ込んだ。そして、盗品の鞄を道の端へと放り投げた。
(……なるほど、そういうこともあるのね)
その様子を、すぐ後ろから堂々と眺める者がいた。能力で姿を消した優子である。
(盗まれたものは鈴以外無事みたいだし、鈴も扱いに困ってたものだら別に盗られてもいいし、でも)
優子はスタスタと、幸の方へと近づいていく。
人の気配に気づいた幸は、すぐさま後ろを振り返った。しかし、そこには誰の姿も見えない。
「……なんだ、気のせいか。そうだよね、こんなことして、平常心でいられるほうがおかしいよね……」
(でも、それはそれとして、普通にムカついたから、これは罰よ)
幸の頬に、突如何か暖かいものが触れた。
※※※
「優子!大丈夫!?」
優子が商店街に戻ろうと歩いていると、公園の中で奈緒に会った。奈緒は肩を上下に揺らし、息を切らしているようだ。
「あら奈緒、私は大丈夫よ。ほら見て、鞄、無事に返ってきたわ」
優子は鞄を見せびらかした。鞄には少し土埃が付いているが、それ以外目立った傷などはない。
「よかったー……もう、いきなり走り出すんだもん!びっくりしたよ!」
「ごめんなさい、焦って追いかけちゃったわ。でもお陰で、こうして取り返すことができたわけだし」
「そっか……警察にはもう既に言ってあるから、交番寄ってから帰らないと」
「そうね、ありがとう、奈緒」
優子は軽く頭を下げると、奈緒の横へとつく。そして、二人は揃って商店街の方へと足を向けた。
(周囲に花を咲かせる能力、か)
優子は歩きながら、再び考え始めるのであった。
(たしかに、使えない能力かもしれないわね。少なくとも、あの人にとっては)
「優子、どうかしたの?ニヤニヤして」
「ふふ、なんでもないわ。ちょっと、奈緒が頼もしいなって思っただけよ」
「な、なによ急にデレちゃって!んもう、そんなこと言っても、駅前のフルーツパフェくらいしか出ないんだからね!」
「それじゃあ、明日にでも頂こうかしら」
二人笑い合いながら、商店街の人混みへと消えていくのであった。