四話:薄くも遠い壁
「うーん、意外といるものなのね」
学校の昼休み、優子は辺りをさり気なく、かつ注意深く見回した。クラスメイトの中にも、鈴を身につけている人間が数人いることに気づいたのだ。優子は外から見えない位置に隠しているが、同じように隠している者も含めると、もっといるのかもしれない。
「自分が選ばれた特殊な人間かと思ったけど、案外そうでも無いのかもなぁ」
優子は少しだけ落胆した。登下校中にも、他の人間を確認していたのだが、鈴を見える位置に身に着けている人を何人か見つけたのだ。思った以上に、特殊能力を持った巫女がいるのかもしれないと考えると、そこまで個性のあるものではないように感じたのだ。
「まあ、そうじゃないと百個も集めるのは難しいか。ここは前向きに考えましょ」
「優子さんや、なにブツブツ独り言を言ってるのじゃ」
奈緒にチョップされ、優子は我に返った。巫女探しに集中しすぎて、奈緒と一緒に昼食を食べていたことを忘れていたのだ。
「あら、ごめんね奈緒。いたの?」
「ひっど!? さすがの鋼メンタル奈緒ちゃんも、今の一言には致命傷だわ!!」
「ごめんごめん、ついね」
優子は笑ってごまかすも、頭では別のことを考えていた。
(校内で行動を起こすのは控えたほうが良いかもね。狙い時は放課後、校外に出てからか)
「さ、佐藤さん! きょ、今日の放課後、時間もらってもいいですか!?」
奈緒をあしらいつつ考えを巡らせていた優子に、突如声をかける者が現れた。優子が声の主の方を見ると、クラスメイトの城戸真理亜が立っている。
「あら城戸さん、何か用かしら?」
「おっと! これは愛の告白か!? しかし残念! 優子には私という女がムグっ!?」
「奈緒はちょっと黙っててね」
優子は奈緒の口を抑えつつ、真理亜の方へと向き直った。
「それで、何か用なのかしら?」
「ほ、放課後、屋上に来て下さい! 大事なお話が有ります!」
真理亜は緊張しつつも、優子へと要件を伝えた。
「……別に構わないわ。帰りのホームルームが終わったら、一緒に行きましょうか」
「よ、よろしくお願いします!」
真理亜は頭を深々と下げると、慌てて自分の席へと戻っていった。
「大事な話だって!? 優子、行っちゃだめよ!!」
「あら、なんでかしら?」
「だってこんなの、愛の告白以外何者でもないじゃん!! 私と言う女がいながら、他の女のところに行っちゃだめよ!!」
「……奈緒、あなたねぇ……」
優子はやれやれと、深いため息をついた。同時に、自分の席で緊張し続けている真理亜の、胸元に目をやった。
その胸には、一つの鈴が下げられていた。
※※※
「で、大事な話というのは何かしら?」
放課後、優子と真理亜は屋上にいた。日は沈み始め、空は茜色に染まっている。
「そ、率直に言います! あなたの持っている鈴を、私に下さい!」
相変わらず緊張した口調で、真理亜はまくし立てた。
「……鈴? なんのことかしら?」
優子はわざと、首をかしげた。優子は鈴を見えるところに身に着けておらず、制服のポケットの中に隠している。優子が鈴を持っていることは、周りの人間からはわからないはずだ。
「と、とぼけないで下さい! あなたが私や他の人の鈴をチラチラ見ているの、気づいていたのですよ!そんなの、鈴を持った巫女以外やりません!」
「いやあれは、みんな似たようなつけてるし流行ってるのかなって……いや、とぼけるのはやめましょうか」
もう少し気をつけなければと、優子は後悔と反省をした。
「で、こうやってわざわざ呼び出したってことは、勝てる算段があるからでしょ?」
「そ、そのとおりです! あなたは私に勝てません!!」
そう言うと、突如真理亜はしゃがみこんだ。同時に、真理亜の周りに薄いガラスの壁のようなものが現れた。
「これが私の能力です! あなたは私に指一本、触れることはできません!」
「なるほど。それで?」
「それだけです!」
「……え?」
優子は思わず戸惑った。真理亜を囲っている壁がどのようなものかわからないが、確かにこのままでは近寄ることはできない。しかし、それは真理亜自体も同じように感じた。
「……確かに私からは何もできないけど、それはあなたも一緒じゃ……」
「そのとおりです! 私もこのままじゃ何もできません!」
「……えぇ?」
この娘はアホなのか、優子はさらに呆れ返った。お互い何もできないのでは、場は全く動かないのではないか。
「……あなた、何がしたいの?」
「あなたから鈴を奪いたい!その一心です!」
「そ、そう……それじゃあ私は……」
このまま帰るから、そう言いかけて、優子は言葉を止めた。
(いや、これはあからさま過ぎる。こんなことされたら、誰だって呆れて背を向けて帰る。背を向けた瞬間、何かしてくる?)
「……真理亜さん、何か企んでいない?」
「そ、そんなことありません! これが私の全力です!!」
真理亜はいつも、このような緊張しているような喋り方であるため、優子は真理亜を揺さぶれているのかを判断できなかった。
(言葉での揺さぶりは意味ないかしら。それならば)
優子は、真理亜の方へと歩き始める。そのような優子の行動に、真理亜は一瞬、ビクッと肩をすくめた。
「そう、それが全力なのね。それじゃあ、私も全力で挑んであげるわ」
「え、え」
優子は真理亜のすぐ目の前まで移動すると、その場に仁王立ちした。
「実は私の能力、近接戦向けなの。だから、あなたの能力とは相性が悪くてね。あなたがその能力を解かない限り何もできないのよ」
「……」
「だから、あなたのその能力が解けるまで、ずっとここにいてあげる。何分でも、何時間でも」
「ちょ、ちょっと待って下さい!! そんなことし続けても……」
あからさまに、真理亜は慌てだした。そんな真理亜の様子を、優子は見逃さなかった。
(やはり、背を向けた瞬間に何かする考えだったのね)
「あなたの能力、きっとその姿勢じゃないと発動しないんでしょ? それ、いつまでできるかしらね」
真理亜のしゃがみ込むような姿勢は、とても長時間続けられるようなものでは無かった。それを見越して、優子は前に立ち尽くしたのだ。
「足が痛くなるかも知れない。トイレに行きたくなるかも知れないし、お腹も空くかも知れない。それでも、あなたはその姿勢を続けることはできるかしら?」
「そ、それはあなたも同じじゃ」
「同じじゃないわよ」
優子はスマートフォンを取り出すと、その画面を真理亜に見せた。画面には、メッセージアプリが表示されており、そこには奈緒の名前が表示されている。
「私はいざとなったら、奈緒を呼んで助けてもらうことができる。なんなら交代したって良い」
「え……まさか村田さんも……」
これは優子のブラフだった。奈緒は巫女ではない。しかし、真理亜にそれを確かめる術がないため、仲間であるかのように振る舞ったのだ。
「これから私と奈緒で、あなたをずっと見張り続ける。あなたがその壁を貼り続ける限り。あなたは、それにいつまで耐えられるかしら?」
「……」
※※※
「なんというか、よくわからない子だったわね」
屋上からの階段を降りつつ、優子は新たに手に入れた鈴を眺めた。
結局、真理亜はすぐに根負けし、持っている鈴を渡してきたのだ。
「儲けものではあったけど、色々と不可解ではあったわね」
真理亜は、鈴を一つしか持っていなかった。わざと壁の能力を見せて、呆れて背を向けた瞬間に他の能力で襲いかかるとばかり考えていた優子であったが、その考えは外れていた。
「どういった考えであの戦法を取っていたのかわからないけど……まあ、もう聞くこともできないし、考えるだけ無駄かな」
鈴を手放したものは、巫女であったことの記憶を失う。少しだけそのルールを残念に思いつつ、優子は階段を下っていった。
「……なるほどね」
そんな優子のを後ろ姿を、密かに見つめる影に気づかずに。