三話:鈴売の美波
「随分と早くに集めるね。これなら、すぐにでも願いは叶うんじゃないかな」
茜色に染まる神社で、優子はシロガネに鈴を渡していた。その数は二十もある。
「偶然、大量に所持してる人たちに勝ててね。今後はここまでうまくいかないだろうけど」
優子は鞄から、三つの鈴を取り出した。そのうち一つには、赤い紐に白く小さいリボンが取り付けられている。
「とりあえず、この三つの鈴があれば問題ないかしら。あまりに能力を持ちすぎて強くなってしまうと、それはそれでつまらないし」
「ははは、君みたいな人は珍しいな。大抵は強さを求めて、大量に持ち歩く人が多いと言うのに」
それもそうよね、と、優子は頷いた。
「……あら、先客がいたのね」
不意の声に、優子は鳥居の方へと向いた。そこには、長い黒髪を先端で結った、セーラー服姿の女性が一人立っている。
「おや、恵果じゃないか。久しぶりだね」
「お久しぶりです、銀様」
恵果と呼ばれた女性は、シロガネに向かって一礼をした。
「へえ、ここで他の巫女さんに会うのは初めてね。はじめまして、私は佐藤優子と申します」
「……黒野恵果です」
ニッコリと挨拶をする優子に対し、恵果は強く警戒しているような目を向けた。
「……ここは神社ですので、戦うことは不可能です。ですが、外で会っていたなら、私達は敵同士です。そのことはお忘れないよう」
「あらあら、随分と嫌われているのね」
優子は残念そうに言うと、鳥居の方へと歩き始めた。
「それじゃあ、今日はこの辺りで帰るわね。シロガネさん、またね」
「さようなら、優子」
優子は恵果とすれ違いざま、軽く会釈をすると、そのまま階段を下っていった。
「……銀様、あの人は最近巫女になったばかりの人?」
「そうだよ、ほんの一昨日さ。だから、君が探している巫女ではないと言っておくよ」
「そう……」
恵果は不服そうにうつむいた。
「で、今日はなんでまたここに来たの? ずいぶんと久しぶりだけど」
「美波に呼び出されたの。伝えたい情報があるって」
「美波か。彼女だったら、今日はまだ来てないよ。呼び出されたってことは、例の件かい?」
「えぇ……大きな情報掴んだから、情報料と引き換えですって」
恵果は神社の軒下に腰を下ろすと、鞄から封筒を一つ取り出した。
「あはは、美波らしいや」
「……出せるものはいくらでも出すわ。これが、あの娘の復讐に繋がるなら……」
※※※
「……ここ、やっぱり待ち伏せポイントなのかしら。三日連続で巫女に遭遇するなんて」
「まあまあ、そう言いなさんな。ウチはあんたと争う気はないで」
神社への横道を出てすぐ、優子は一人の女性と対峙していた。女性はセミロングの茶髪で、優子と同じブレザーを着ている。その背には、大きめの赤いリュックが背負われている。女性はニッコリと笑いながら、優子の方を見つめている。
「自己紹介しとこか。ウチの名前は鈴鹿美波いうてな、見ての通り巫女やってんねん」
「見ての通り……?私は佐藤優子と申します。その関西弁っぽいの、本場の人が聞いたら怒るんじゃないかしら?」
「堪忍な。関西好きやから勉強中なんやけど、うまく喋れんくてな」
美波はケラケラと笑っている。敵意がなさそうな雰囲気に、優子は少しばかり警戒を解いた。
「まず言うておくけど、ここで会うたんは偶然や。ウチは神社に用事があって、たまたま通りかかっただけやで」
「あら、そうだったの。てっきり、いつもの待ち伏せかと思ったわ」
「ここで張っとれば、巫女になりたてのやつはすぐに襲えるからなぁ。今日はおらんみたいやけど、ここは常に見張られていると思うとったほうがええで。ところで……」
美波は背中からリュックを下ろすと、その蓋を開ける。
「優子はん、鈴買わへんか? 一つ安いのだと三千、高いのだと一万やけど、初回やし半額に負けたるで」
リュックの中には、大量の鈴が詰め込まれていた。その数は、数え切れないほどだ。
「鈴の、販売?」
「そうそう。ウチの願いは自分の会社を持つことなんやけど、この鈴自体が商売の道具に使えることに気づいてな、鈴の売買しとんねん。とっくに願いが叶う数は揃うてんけど、おかげでかなり儲からせてもらっとるで」
美波はニコニコしながら、鈴を数個取り出した。鈴一つ一つに付箋のような紙が付けられており、それぞれに何か書いてある。
「鈴売りの美波言うたら、巫女の間ではちょいとばかし名も広まってきてな、優子はんもどや?」
「なるほど、考えたわねぇ……」
優子は感心しつつ、美波の側にしゃがみ込み、美波の手の中の鈴を見つめた。付箋には『炎をまとう』『宙を歩く』など、鈴が持つ能力が書いてあるようだ。
「でも、それだけの鈴を持ち歩いたら、他の巫女に狙われるんじゃないかしら?」
優子はそのような疑問を投げかけたが、すぐに自己解決していた。
「そう思うやろ?考えてみ、これだけの鈴を所持できる人間が、そう簡単にやられると思うか?」
「それもそうね。その分沢山の修羅場を抜けてきた証拠でもあるものね」
「その通り!まあ、たまにそれも判らずに襲いかかってくる阿呆もおるから、困ったもんやけどなぁ」
優子が鈴から美波の方へ向き直ると、美波はニコニコと、優子の顔を見つめている。その様子に、優子は違和感を覚えた。
「で、優子はんはどないする?戦力増強に使って良し、願いの足しにするんも良し!悪い話やないと思うけど、どや!?」
「……そうね、今は特にいらないかしら」
「なーんや、そかそか……」
美波は露骨にガックリと肩を下ろす。だが、またすぐに優子へと詰め寄った。
「そうそう、ウチ不要な鈴の買い取りも行っとるで」
「買い取り?」
興味を示した優子を他所に、美波はスマートフォンを取り出し、電卓アプリを開いた。
「願いが現金に負ける人間や、戦神楽を放棄するなら金に変えたい人間って結構おってな」
「よくまあ、そういうこと思いつくわね……」
「今なら生物探知系の能力の鈴が高いけど、どないする?」
美波の言葉に、優子は違和感の正体に気づいた。
「……あいにくだけど、遠慮しておくわ。鈴は売るよりも奉納したいわ」
優子は立ち上がると、美波に背を向けた。そして、自分の家の方へと歩き始めた。
「なんや、そかそか。まあ、気が向いたら声かけてや。結構な頻度で神社にはおるし、なんなら連絡先の交換してもええで」
「気が向いたら、ね。そうそう、一つ言っておくけど、美波さん」
優子は美波の方へと向き直ると、満面の笑みを浮かべた。
「そうやって目をじっと見られると、恥ずかしいから止めてほしいわ。まるで、心の中を見透かされてるようでね」
言い切ると、優子は再び振り返り、歩き始めた。
数秒の沈黙の後、固まったまま動けなかった美波はようやく我に返り、手に持ったままのスマートフォンをポケットに仕舞った。
「……マジか、見破ったんか。末恐ろしい女や。佐藤優子はん、覚えておこ」
リュックを閉め背負うと、美波は神社の方へと歩き始めた。
※※※
「おおきに恵果はん!儲かってまっか!?」
「……美波、遅いわよ。あなたにしては珍しいわね」
神社への階段を登りきると、美波は恵果の方へと手を振った。
「ごめんな、ちょっと商売になりそうでな。失敗してしもたが」
「それで、わざわざ呼び出して伝えたいことって何?頼んでいた情報でもわかったの」
「その通りや。ただ、恵果はん、落ち着いて聞いてや」
「!?」
美波の言葉に、恵果は前のめりになる。対して美波は、落ち着いて、恵果の目をしっかりと見据えていた。
「あんさんの友達を殺した巫女、わかったんやけどな、昨日鈴を奪われておったんや」
「え……?」
「しかもな、偶然今日、その鈴を奪った巫女に会うたんや。名前は……」