二話:友情
「優子、かえろー!」
午後のホームルームが終わり、生徒が皆慌ただしく変え支度を進める中、いち早く準備を終えた奈緒は、優子の元に駆けていった。
「ごめんなさいね、奈緒。今日は用事があるの」
「えー!?ま、まさか、私以外に男が!?」
「奈緒……あなたは女の子でしょ……」
優子は呆れつつも鞄を持ち、教室の外へと向かおうとしていた。
「で、本当はなんなの?」
「ふふっ、内緒よ。また明日ね」
「や、やっぱり男だ……」
立ち尽くす奈緒を尻目に、優子は教室の外へと歩き出した。そんな優子の耳に、生徒同士の話し声が聞こえてきた。
「ねえ、昨晩の事件知ってる?」
「北高の女生徒が倒れていた話でしょ?本人は事件時の記憶がないって言うし、こわいよねー」
「ねー。ついこの間も、隣町で殺人事件があったばっかりだしね」
生徒同士の話を聞きつつも、優子は足早に学校の外へと向かった。自分の身に起きている事について、相談するために。
※※※
「なるほど、改めて規則確認をしたいってわけだね」
茜色に染まる神社の軒下に、優子と銀髪の少年が腰掛けている。二人は缶のお茶を飲みながら、袋入りのせんべいをかじっていた。優子が差し入れにと持ってきたものだ。
昨日消えていた神社への道は、再び現れていた。
「ええ、念のためね。昨日は興奮していて、ちゃんと理解できていたか怪しいし」
「了解。それじゃあもう一度、説明させてもらうよ」
少年はぐいっとお茶を飲み干すと、立ち上がって優子の方へと向き直る。
「まず、君たちにしてもらうのは『戦神楽』というものだ。君たちには巫女となってもらい、舞の代わりに鈴を奪い合う戦いを納めてもらう」
「戦うための力は奪い合う鈴が授けてくれて、その鈴を身に着けている限り、特殊な能力を使うことができるのよね?」
「その通り。能力の内容は様々だけど、大抵はその人自身や、願いに見合った内容になるよ。ただし、この神社付近では能力が封じられることには注意してね」
「そして、他人の鈴を身につけることで、他人の能力を使うこともできる、と」
「鈴はいくつでも持ち歩くことができる。つまり、鈴を奪えば奪うほど、使える特殊能力の数も増えていくわけさ」
なるほどね、と、優子は所持している二つの鈴を手に取った。片方は優子が元々所持している『素肌に触れた相手に、毒を流し込む』鈴、そしてもう一つは、前日に他の巫女から奪った『姿を透明にする』鈴だ。
「集めれば集めるほど有利になっていく、ってわけね」
「その通りさ。えーと、デメリットとかペナルティって言うんだったかな?そういったものは無いから、集められるだけ集めるといいよ」
この二つだけあれば十分かも、優子はそのようなことを考えていた。
「まああるとしたら、鈴が多すぎるとどれがどれだかわからなくなることと、付け過ぎたら歩く時にうるさい、ってところかな」
「そこで聞きたかったんだけど、途中奉納はありかしら?鈴が多すぎて管理しきれない時、途中である程度は神社に納めてしまうのは」
「ありだよ。最終的に、累計で規定数の鈴さえ集まっていればいいからね。ただ、さっきも言ったように、多すぎると自分自身の鈴もわからなくなってしまうから、誤って納めないようにだけはしないとね」
少年の言葉に、優子は首をかしげた。
「自分自身の鈴を納めてしまうと、どうなるの?昨日そこは聞いてなかったわ」
「戦神楽を放棄したとみなされて、鈴を奪われてしまった場合と同じになるんだ。願いも能力も、巫女であった時の記憶も全て失うんだ」
「なるほどね……そこは気をつけないとね」
優子は改めて、自分自身の毒の鈴を見た。透明化の鈴とは紐の色が違うため、今は見分けができるが、将来的に鈴が増えてきたらどうなるかわからない。
「自分の鈴には目印を付けて、使わない鈴は適宜奉納してしまうのが良いかしらね」
「そうだね、整理整頓は大事だよ。で、願い事に見合った数の鈴を神社に奉納した瞬間、願い事が叶うってわけさ」
「その数は、どうやったらわかるの?」
「自分の鈴に念を込めると、それとなくわかるはずさ」
優子は即座に、自分の鈴を握りしめ、目を閉じて念じてみた。すると、はっきりとではないが、頭の中に二つの数字が浮かんできた。
「零と百、か。これは鈴を奉納した数と、必要な数かしら?」
「お、察しが良いね。そのとおりさ。君の願い的に、百は妥当だろうね」
鈴を百個も集めるのは骨が折れそうだが、その分楽しむ期間も長くなりそうだ。優子はそう考えながら、空になった缶と袋を手に持ち立ち上がった。
「なるほど、ありがとう。聞きたかったことは十分よ」
「いえいえ、こちらこそお菓子とお茶をありがとう。こういった物を持ってきてくれる人は少ないから、とてもうれしいよ」
少年はニッコリと笑い、再び軒下に腰掛けた。
「それじゃあ、今日はこの辺で帰るわね……そうだ、もう一つ聞いてもいいかしら?」
「おや、なんだい? まだ規則に聞き漏らしがあったかい?」
「いいえ、規則のことじゃないんだけど……あなたの名前、まだ聞いていなかったわね」
優子は、昨日は興奮で、今日は確認事項で頭が一杯になっており、少年の名前を聞くことをすっかり忘れていたのだ。
「僕の名前か……そうだな、好きに呼ぶと良いよ。特に決まった名前もないし」
「そう、それじゃあ『シロガネさん』って呼ばせてもらうわね」
「お、かっこよくていいねぇ。それじゃあ君からは、今日からシロガネだ」
少年、シロガネのクスクスと笑う姿に、優子も思わず微笑んだ。
※※※
「あんた、巫女だろ?ちょっと顔貸しな」
「……どちら様?」
優子が神社への横道を抜けると、突如見知らぬ三人組に囲まれた。全員女性で、同じセーラー服を着ている。優子はその服には見覚えがあった。
「えーと、たぶん東高の方ですよね?私に何の用ですか?」
「とぼけんじゃねえよ。あんた、今はないけど横道から出てきただろ?つまり、鈴持ってる巫女だろ?」
三人組の内、ロングヘアーの女性が強気に優子へ話しかけてくる。どうやらリーダー格のようで、他の二人はニヤつきながら優子を見ている。
「あたしらはさ、ここあまりで荒事したくないんだよ。だから場所変えようって言ってんだよ。まあ、どうしてもって言うなら、ここでやってもいいけどさ」
「あんた、おとなしく従ったほうが良いよ? 痛い目見たくないんならさ」
「そうそう、多勢に無勢ってやつじゃん?」
三人同時に、優子へ揺さぶりをかけてくる。優子は考えるふりをしつつも、頭の中では答えは決まっていた。
(昨日みたいに、戦った形跡を見えやすい場所に残すの、あまり良くないわよね)
昨日は唐突であったため、この神社への横道すぐ側で事を起こしてしまった。しかし、この場所に人が集まってくる事を懸念し、優子は毒で気絶している女性をこっそり別場所へ運んでおいたのだ。おかげでこの場所は、普段通り優子たち以外は誰もいない。
「……いいわ、場所を移しましょう。ただし、移動中に何かしてきたらタダじゃおきませんからね?」
「お、素直じゃん。よし、じゃあ着いてきな」
リーダー格の女性はニヤリと笑うと、踵を返し歩き始めた。
※※※
町外れにある、廃ビルの中。優子を囲み、三人の女性が立っている。
「それじゃあ、あんたの持ってる鈴を全部よこせ」
「……嫌だと言ったら?」
「あんた、この状況わかってるの?」
三人はニヤニヤと笑いながら、優子を見つめている。こうやって圧をかけて鈴を集めているのだと、優子は最初に取り囲まれた段階で気づいていた。しかし、だからといってあの場で動いても、争った形跡を残すことになり、それだけは避けたかったのだ。
「嫌だってんなら、いっぺん痛い目見てもらうしか無いわ。レナ、やりな」
レナと呼ばれたポニーテールの女性は頷くと、右手に何かを握っているようなポーズを取った。瞬間、その手に一丁の拳銃が現れた。
「……なるほど、それがあなたの能力か」
「まずは逃げられないようにしてやるよ。レナ、足を撃ちな」
レナはニヤつきながら、銃口を優子の右足へと向ける。そして、引き金に指をかけた。
「聞いてもいいかしら?あなた達の願いは何かしら?」
「願い?この状況で、そんなの聞いてどうすんだよ」
リーダー格の女は呆れたように首を振ると、再び優子をニヤけながら見つめた。
「金だよ金。三人で生涯使い切れないような、莫大な金を願ったんだよ。金さえありゃ何でもできるだろ?」
「……なんだ、聞いて損したわ。所詮その程度か」
「あ?なんだと?」
リーダー格の顔が、怒りの表情に変わった。優子の呆れたような言葉が癪に障ったようだった。
「リンカ、こいつすごい生意気ね。やっちゃう?」
「そうだな、やっちまうか。レナ、両足とも撃っちまいな。その後はあたしがやるわ」
リーダー格の女、リンカの言葉に、レナが頷いた。改めて優子の右足に銃口が向けられ、引き金に力が込められ始める。
「願いは単純、威張るだけの能無しと、従うだけの人形か。さようなら」
瞬間、優子の姿が消える。昨日奪った、透明化の能力を発動したのだ。
「ちっ、こういう能力か!レナ、そのへん撃ちな!」
「オッケー!!」
レナが三発、優子がいた場所へと発泡する。しかし、手応えはなく、弾は明後日の方向へと飛んでいった。
「外したか!だがな、あんたみたいな卑怯なやつは対処できるんだよ!」
リンカが両目を瞑り、両手で目を覆った。
「姿を消しても、あたしにはあんたがどこにいるかわかるんだよ!あんたは今……」
言い終わる前に、リンカは前のめりに倒れた。すぐ後ろには、優子が立っている。
「り、リンカ!?お前何を!?」
「なるほど、司令塔だからと先に無力化したけど、正解だったわね」
泡を吹いて倒れているリンカを探り、優子は鈴を一つ取り上げた。
「他のはあるとしたら、鞄の中かしら」
「て、てめえ!!よくもリンカを!!」
レナが銃口を優子に向ける。が、すぐ側にリンカが倒れており、引き金を引くことに躊躇していた。
「あら、そんな能力だからてっきり腕に覚えがあるのかと思ったけど、そうでもないのね。もしかして、他の人から奪った能力?」
「なんだと!?」
優子はレナを牽制しながらも、もう一人、ショートカットの女性にも目を配っていた。ショートカットの女性は狼狽えており、脅威には思えなかった。
「交渉しましょうか。あなた達が持っている鈴を全部くれたら、リンカさんだったかしら、彼女から離れてあげる」
「な、なんだと!?」
「私の能力、こんな感じで受けるとこんなに苦しいの。この人みたいになりたくなかったら、降参するのが懸命だと思うわよ」
レナとショートカットの女性は、二人してリンカを見た。リンカは口から白い泡を吹き、白目をむいて苦悶の表情を浮かべている。その姿は、とても苦しそうで、また滑稽にも見えた。
「だ、だけど、鈴を渡したら……」
「ごめんなさい!鈴は全部渡すから、リンカを返して下さい!」
「お、おい!アリサ何を!?」
アリサと呼ばれた女性は急いで鞄を漁り、沢山の鈴を取り出した。その数は十個以上はあった。
「鈴は私が十三個、リンカとレナが四個ずつもってます!全部あげますから、リンカを」
「アリサてめぇ!裏切るのか!」
レナの銃口が、アリサへと向けられる。
「だって、そうしないとリンカが」
「だからって私達の願いまで諦めることはないだろ!リンカは撃ちたくないけど、鈴だって渡したくない!」
「じゃ、じゃあどうするのよ!このままだと、リンカに更に何かされるかもしれないし!」
「知らねえよ!というか、お前がちゃんとリンカのサポートに回ってれば、こんな……」
言い終える前に、レナはその場に崩れ落ちた。そのすぐ側に、優子が立っている。
「れ、レナ……」
「なんというか、恐ろしいものね」
優子はゆっくりと、アリサの方へと歩み寄る。アリサが倒れているレナを見ると、レナも苦しそうに口から泡を吹いている。
「あ、あの、私達の鈴は全部渡すから、私だけは……」
「……ふふっ」
優子はそっと、アリサの頬に手を添えた。
「人間って、醜いわね」