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煉獄を望む巫女  作者: 一乗寺らびり
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一話:茜色の中の神社

 青い空、眩しい太陽、そして、いつもと変わらぬ街並み。

 朝、人は忙しそうに道を駆け、目的地への足を早める。

 昼、暖かな日差しに包まれながら、友と談笑し昼ごはんを口に運ぶ。

 夕、赤く染まった世界を背に、皆家への帰路を歩く。

 夜、暗く静かな、そしてきらびやかな世界。

 いつも、いつまでも変わらずに過ぎゆく日常。


 そんな日常を、私は。


※※※


「優子、かえろー!」


 午後のホームルームが終わり、生徒が皆慌ただしく変え支度を進める中、いち早く準備を終えた村田奈緒は友人、佐藤優子の元に駆けていった。


「ええ、いいわよ。今日は用事もないし、まっすぐ帰りましょうか」


 優子は微笑むと、カバンの蓋を閉めた。優子もまた、人よりも早く帰り支度を終えていた。


「それじゃあさ、駅前のクレープ屋寄ってもいい?最近、いちごをふんだんに使った新メニューができたんだってさ!」

「あらあら、おいしそうね。それじゃあ、食べていきましょうかね」


 優子と奈緒は談笑しながら、教室を後にした。そのような日常に、別の感情を抱きながら。


※※※


「それじゃ、また明日ねー!」

「また明日、気をつけてね」


 住宅街のT字路で、優子は奈緒と別れた。奈緒は元気に手を振ると、自宅の方へと駆けていった。


「全く、いつも元気な娘ね」


 奈緒の元気さに微笑むと、優子も自宅へと足を進めた。

 辺りは夕焼けで茜色に染まっており、いつも見る景色でも、幻想的に見えた。


「……あれ?」


 ふと、優子は足を止める。いつもの帰り道に、見慣れない横道を見つけたのだ。


「ここ、確か空き家があったはずだけど……」


 その横道がある場所は、人がいなくなって何年も経っているような、廃屋が建っているはずの場所である。しかし、今はその廃屋はなく、ブロック塀で囲われた細い真っ直ぐな道が続いている。


「……なにかしら、ここ」


 優子は、奇妙な好奇心に襲われた。その道が気になって仕方なくなってしまったのだ。


「少し、確認してみようかな。ほんの少しだけ」


 好奇心に負けた優子は、見慣れない小道へと足を踏み入れた。まるで、何かに誘われるように。

 横道は薄暗く、車一台分くらいの狭さである。左右は高い塀に囲まれているが、途中に玄関や裏口などが一切ない、一本道がずっと続いている。終わりの見えない道を歩きながら、優子は不安と期待を膨らませていた。


「この道、あの世にでも続いているのかしら」


 非日常的な状況にワクワクの止まらない優子は、足を早めた。ふと腕時計を見ると、時計の針は止まっている。スマートフォンを取り出してみると、電波は圏外になっており、デジタル時計も『99:99』と異常な数字を表示していた。

 いよいよ異常事態だと、興奮が止まらくなってきた優子は、さらに足を早める。気づくと狭かった道は、二車線はありそうなほどの広さになっていた。緩やかな八の字にでもなっていたのだろうか。


「面白い場所ね……あら?」


 いつの間にか、右側の塀が途切れ、さらなる横道が現れていた。道を覗いてみると、数段ばかりの石造りの昇り階段が続いており、その先には大きな赤い、しかし古ぼけた鳥居が設置されている。更にその先には、これまた古ぼけた小さい神社が建っている。


「なんというか、本当に不思議な場所ね」


 不思議な道の先に現れた、不思議な神社。その結果に、優子の興奮は最高潮に達していた。せっかくだし、お賽銭でも入れていこうか、そう考えた優子は、神社への階段を登り始めた。

 鳥居をくぐり、神社へと近づくと、遠目で見た以上に老朽化の激しい神社であった。障子には穴が空いており、柱や壁も黒ずんでいる。


「お賽銭いれても、取りに来る人いるのかしら……まあいいか」


 優子は鞄から財布を取り出すと、小銭を漁り始めた。五円玉と十円玉、どちらのほうが良いのか、そんなことを考えながら。


「金額は関係ないよ。お賽銭をした、その事実と心が重要なんだ」


 不意に、後ろから声が聞こえた。優子が振り向くと、子供が一人、立っている。巫女のような紅白の和服を着ており、少し長めの銀色の髪の毛が輝いている。顔つきはきれいで、女の子のように見える。


「おっと、こう見えても男だよ。自分で言うのもおかしいけど、きれいな顔でしょ?」


 まるで心を見透かしているかのように、男の子は優子に語りかける。優子は一瞬で、この子が只者ではないことを悟った。


「神様かしら、それとも使いの方?どちらにせよ、無礼な事を考えてごめんなさいね」

「いいよいいよ、好きでこの顔してるんだし。ところで君、何か願い事でもあるのかい?」


 願い事、その言葉に、優子は少し考えた。しかし、とっさには出てこなかった。


「いいえ、特に無いわ。ここには偶然たどり着いただけだし、お賽銭も記念にしていこうと考えていただけだもの」

「そんなことないよ。ここには、心の奥底から願いを抱えている人だけがたどり着けるんだ」


 心の奥底の願い。そう聞いた優子は、たしかに心当たりを思い出した。


「……ええ、たしかにあるわ。でも、それは叶わぬ願いよ」

「そんなこと無いよ。ここはどんな願い事でも叶う神社、君の願いも叶えることができるよ」


 本来であれば、優子は決してその言葉を信じることは無かっただろう。しかし、状況が状況だけに、優子はその言葉を強く信じた。


「……なるほどね。それじゃあ、私の長年の願い、叶えてもらおうかしら」

「了解だよ。ただし、当然タダではできないよ。願いを叶えるために、君にしてほしいことがあるんだ」

「してほしいこと?」

「『戦神楽』って知ってるかい?」


 神楽という言葉を、優子は知っていた。神を祭るための舞のことだったはずだ。しかし、戦神楽という言葉を、優子は知らなかった。


「なに、簡単なものだよ。踊りの代わりに戦いを納めるのが、戦神楽だ。君には巫女として戦ってもらい、勝つことができれば、願い事を叶えてあげよう」

「戦い、ねぇ……私、空手も剣道もやったこと無いのだけれど、大丈夫かしら?」

「大丈夫、君自身の身体能力はそこまで重要ではない。戦う力は、こちらから授けてあげるよ」


 男の子は懐を探ると、鈴を一つ取り出した。赤い紐の先に取り付けられた小さな鈴は、チリンときれいな音を鳴らした。


「この鈴に願いを込めると、その願いに見合った力を鈴が授けてくれるよ。鈴を身に着けている間、その力を使うことができるようになるんだ」


 優子は手を出し、男の子から鈴を受け取った。鈴は冷たく、だが不思議な感触がした。


「この町には、君のように願いを持った巫女が沢山いる。その巫女から、鈴を奪うんだ。願いに見合った数の鈴を集めてここに納めてくれれば、君の願いは現実のものとなる」

「なるほど、まるで漫画のような話ね……」


 そう言いつつも、優子は胸の高鳴りを抑えきれなかった。己の憧れているような展開に、悦びが隠せなかった。


「ふふ、ずいぶんと乗り気だね。さあ、鈴に願うんだ。君の心に眠る、強い願望を」

「私の願い、それは」


 優子は、強く鈴を握り、胸の中を解き放った。


※※※


「あら、道が……」


 優子が神社離れ、元の帰り道に戻ると、神社への横道はいつの間には消えていた。そこにはいつもどおり、今にも崩れそうな廃屋があるのみだった。


「ふふっ、これからが楽しみね」


 優子は笑顔を浮かべ、手の中の鈴を見つめた。鈴は鈍い輝きを放っている。


「願いもだけど、この戦神楽そのものが……」


 ふと、優子は不穏な違和感に気づいた。誰かに見られているような、そんな気配を感じたのだ。しかし、辺りを見回しても、誰もいない。優子は強く、鈴を握りしめる。


「……誰かいるの?」


 問いかけても、何も返ってこない。しかし、気のせいではない。足を止め、辺りを警戒する。


『……ジャリッ』


 不意に物音がし、優子は音の方へと振り向いた。そこには何もいない。が、道路からかすかに砂埃が舞っている。


「そこにいるのね……!?」


『ザッザッザッ』


 突如、砂埃と物音が、優子に迫ってきた。それはまるで、人が駆けているようでもあった。


「しまった!すでに!?」


 優子は頭をフル回転し、状況を把握した。巫女の目的は、他の巫女から鈴を奪うことだ。だから、神社の出入り口であるこの場所で待ち伏せし、いわゆる初心者狩りのような事をするものがいてもおかしくない。おそらく、ここにいるのは鈴に透明化する能力を授かった者だろう。

 優子は更に強く、鈴を握りしめた。せっかく手に入れたチャンスを、奪われてなるものか、と。

 砂埃と足音が優子のすぐ側まで迫ると、突如優子の手に、別の人間の手の感触が伝わってきた。手の中の鈴を奪おうとしたのだろう。手を強く捕まれ、優子の鈴を握る手は、更に力を増した。

 しかし、鈴を奪おうとする人間の手の感触は、すぐに弱くなった。直後、ドサっと、何か柔らかく重いものが倒れる音が聞こえ、すぐ側に大きな砂埃が上がった。そしてその場所に、女性の姿が現れた。


「……びっくりした……なるほど、これが私の……」


 心臓の鼓動が早いままの優子は、大きく一つ深呼吸をすると、倒れている女性に目をやった。女性は優子とは異なるデザインのブレザーを着ている。おそらく、他校の女生徒であろう。その口からは泡を吹いており、白目を向いて、小刻みに震えている。


「……今回はうまく発動したけど、これは使いどころが難しそうね。でも……」


 優子は倒れている女性の体を探り、首に掛けられていた鈴を取り上げた。他の荷物も探ってみるも、他には鈴は見当たらない。おそらく、優子の直前あたりに巫女になった者なのだろう。


「あまりにできすぎだけど、これは天からの賜物ね」


 優子は女性から奪った鈴を優子の鈴に結ぶと、鞄の奥深くへと仕舞った。そして、倒れている女性を背負うと、町の方へと足を向けた。

 優子は、己が授かった能力を理解していた。しかし、それは強いものの、あまりに扱いづらいものでもあった。


「『素肌に触れた相手に、毒を流し込む』、か。でも、この娘のおかげで、格段に扱いやすくなったわね」


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