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からっぽのめいろ

作者: けゆの民



 私はぐるぐると同じ場所を回っている。

それは物理的な意味合いではなく、精神的にも迷路に嵌まっている。


 ……はじめはほんのささいな事、ありふれた事だった。


 ある日、私は勉強をしていた。

受験という関門がすぐそこで私を食べようと待ち構えているのだから仕方がない。


「リフュージ、避難所……シェルター、保護する……」


 単語帳を見返して、覚えていなかった単語を口に出しながら歩き回る。


「ワンダリングが……?」


 ふと、視界に違和感が生じた。

視界が一瞬だけ途絶え、次の瞬間には元の景色を切り取る。

それは映画で言うなら、膨大にあるコマの内、一コマだけ抜け落ちたような空虚感。

 何となく心に引っかかり、時計を確認するけれど、その時計はいつも通り規則正しく音を鳴らしている。

秒針も、分針も、時針も、そのどれもが何事もなかったかのように振る舞っていた。


「…………?」


 抜け落ちたコマに一抹の不安を覚えながらも、瞬きか何かだろうと思い直して、再び単語帳へと視線を落とす。



 それが、悪天候の始まりだった。



 それから数日経ったある朝、朝起きて目を開けると猛烈な気持ち悪さに襲われた。

表現し難いその気持ち悪さに耐えるために、目を閉じると、その悪寒は嘘のように消えてしまった。


 急激な感覚の変化に、戸惑いながらもゆっくりと目を開けると……やはり気持ち悪さに襲われて、目を開けることもままなくなり、目を閉じてしまう。


 突然のことに途方に暮れ、どうしたらよいのかわからなくなってしまう。

年末の稼ぎ時の時期だから、と両親は二人ともお店に泊まり込みで仕事をしている。

つまり、家の中には私一人だ。


 スマホも、受験のためにリビングに置いてある以上、何も出来ることはない。


 恐る恐る、片目だけ目を開けると、気持ち悪さには襲われるものの、我慢出来ない程じゃない。


 ふらつきながらも立ち上がり、自室の扉に手をかけ、リビングへと向かう。

確かリビングには常備薬が置いてあったはず。


 ゆっくりと階段を下っていると、ふらつきからか、転落してしまう。

幸いにも、4段分しか落ちなかったから痛くはないものの、落ちるのがもう少し早かったらどうなっていたのだろうか?


 何とも言えない、様々な感情をごちゃごちゃに混ぜた表情で立ち上がる。

するとそのタイミングであれだけ酷かった気持ち悪さが、きれいさっぱりなくなっていることに気づく。


 怪訝には思うけれど、まあどうせ寝不足か低血圧とかそんなところでしょう。

そんなことを思ってありふれた日常に戻り、受験生らしく勉強を始める。


 そういえば、どうやら我が家の電球は劣化しているらしい。

たまにチカチカと光り、寿命を主張してくる。

受験が終わったら両親に言って新しいものに変えて貰おう。

もし部屋の光が変わったことで勉強に支障が出たりしたら問題だからね。



 そして、そんな日常が降り積もり、大きな雪となる。



 更にそこから時は流れ………そして、そして、そして。

 なにが、起きたんだっけ?

 ああ、そう、たしか、えっと……そう。



 私はまたしても、家の中を歩き回っていた。

それは単語帳の確認をすると共に、不足しがちな運動を確保するためだ。

 いよいよ電球の劣化が進んできたのか、チカチカと主張が激しくなってきているけれど、それも後数日の話。

だからそこまで気にすることでもない。


 後数日で終わる、後数日で決まる、後数日で?

 後数日しかないの?後、後……何日?

 私の数年の努力は、私の人生はあんな紙切れ数枚に左右されるの?


 私の時間は、私の経験は、私は、私は…………


 自問に自問を重ね、されど自答が返ってくることはなかった。

 ただひたすらに、目の前にある未知の文字列を頭に入れていった。

 そう、ただがむしゃらに。



 そして、積もり積もった雪は。



 手応え、なんて明確なものはなかった。

 受かった、そんな自信もなかった。

 もしかしたら、なんであそこで、どうして。

 そんな後悔の波が、押し寄せてくることすらもなかった。


 唯、なにもなかった。

 私のこころは空虚で満たされていた。


 将来への展望も、未来への希望も、なにもかもがなかった。

 唯々、「なにもない」であふれていた。



 そして、それを自覚した瞬間に、私の瞳は一切の光を映さなくなってしまった。

それは永劫の暗闇に閉ざされているようで。

それは自身が存在していることもあやふやになってしまうようで。


 一人だけ、空っぽの世界に取り残されてしまったような感覚がした。


 何に向かってか、手を伸ばしたつもりだけれども、私の手が本当に伸びているのかもわからない。

周りで鳴っているはずの規則正しい音も、耳は拾ってくれない。

そこにあるはずの空気の匂いすらも感じられずに、私は空虚を噛み締めていた。


 私は今、どうなっているのだろうか。


「      」


 声を出してみようとするものの、それが果たして本当に発声されているものなのか、確かめる術はない。

 誰が聞いているのかも、どんな状況に置かれているのかもわからない。


「      」


 生きているのか、死んでいるのかもわからない。

 その境界すらも、わたしにはわからない。


 なにも、わからない。


 なにも、わからないのかもわからない。


「      」


「      」


「      」


「     」



 ただひとつ、わたしでもわかることは。


 わたしは、いつまでもこの迷路をさまよいつづけるんだろう、ということ。



「 」










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