エピローグ
「えっと……これは……」
場所は≪廃棄城≫。
いつもの執務机には、いつもと違って書類が高層ビルのように積まれていた。
比喩では無く、ガチで。
「あのー……ベザルさん?」
「丸一週間分溜まっていますので」
「……セバスさん?」
「この一週間、様々な部署でトラブルが発生いたしまして」
ベザルちゃんは無表情で、セバスチャンは微笑んでそう告げてくる。
いやでも、天井で挟んでる感じにまで積まれても困るんですけど。
どうやって一枚確認しろと。
……ジェンガか? 一人ジェンガみたいに引き抜いてくのか?
「データ化すればいい」
「ウィっちゃん。あのね、それじゃ風情がないじゃない」
「風情?」
「そりゃあデータ化しちゃえばこれぐらいの仕事一瞬だけど、それじゃあ仕事したって感じが無いじゃない。……まぁ、今回はさすがに無理っぽいけど」
こんな量、一日で終わるはずが無い。
でもって、明日になれば更に増えるわけだ。基本ハンコを押すだけだけど、無理無理終わらない。
「あの、姫様。それは困るのですが」
「え?」
私が首を傾げると、ベザルちゃんは苦笑するセバスと顔を見合わせ、小さく息をついた。
「セキュリティ上の問題です」
「でも、既にデータよ?」
「現実と同じく、紙ベースで管理する事で、不正アクセスへの対抗となるんです。電脳世界とはいえ、その辺りは現実に程近いので」
「あー。まぁ、確かに」
紙ベースで保管しておけば、盗まれない限りは書類の中身を知られる事も無い。
まぁ、私やウィっちゃんなら問題なくアクセスできるんだけど。
「けど、そんな重要な書類、ある?」
「決裁書類とかがそうです。……姫様にとっては目に見えないほどの羽虫かも知れませんが、この十層には≪廃棄城≫と並ぶ組織や街があります。諜報員等も入ってきていますので、知られないように手を尽くすのは道理かと」
「そういえば、他にも組織があるんだったわね」
「財政等なら見られても問題ありませんが、住民台帳やそれに関わる書類も多いので」
「ならしゃーないわね」
最悪一回データ化して、処理した後に再構築すれば良いだけだ。
なのでさほど気にせず、私は隣に立つウィっちゃんの腰を叩いた。
「じゃ、遅くなったけど紹介するわね。彼女はウィっちゃん。私と同列の存在よ」
「ウィットだ。そして、同列では無い」
「……似たり寄ったりでしょ?」
「それなら、殺せてた」
うん、派に衣を着せない物言いは好きなんだけど、ベザルの目付きが剣呑になるから止めようか。
「ま、まぁそんな感じだから、ウィっちゃんに部屋を用意してくれるかな?」
「大丈夫なのですか?」
「うん。でしょ?」
「無駄な事はしない」
私の投げかけに、ベゼルちゃんの目を真っ直ぐ見てそう言い切るウィっちゃん。
個人的には無駄な事して人間らしさを学んで欲しいけど、そこはウィっちゃん次第。あれやこれやと口を出す必要は無いだろう。
そう思った端から口を挟む気は無いんだけど……何でこの二人、ジッと見つめ合ってるんだろう。
互いに瞬き一つせず、ベザルちゃんとウィっちゃんがジーッと見つめ合う。
と、二人共に足を踏み出し距離を詰めると、ベザルちゃんが右手を差し出した。
その手を暫く見つめて、右手で握るウィっちゃん。
「こうか?」
「はい。……貴女とは、良い関係を築けそうです」
「そうか」
「よろしければ、経緯を聞きたいのですが?」
「いいだろう」
「ありがとうございます。では、部屋に案内致します」
「任せる」
二人とも無表情のまま、執務室を出て行く。
けど、なんだろう。
足取りが軽いように見えたのは、気のせいだろうか。
「ベザルさんは落ち着かれたようですね」
「……落ち着いた? なんか、機嫌良さそうだったけど」
「はは……。えぇ、それに越した事はありません」
私の横に小さな机を設置して、紅茶を入れてくれるセバスチャン。
なんか、かなり疲れてるような。
「どうかしたの?」
「それなりに、色々と。……姫様、貴女は皆の拠り所なのです。どうかご自愛を」
「ご自愛って……別に、私が死ぬ事ってないだろうしなぁ」
差し出された紅茶を受け取って、傾ける。
元の脳が機能を停止しちゃったら死ぬだろうけど、それ以外に死ぬ可能性ってない気がする。
深く考えたら気持ち悪くなりそうだから、考えないけど。
「姫様の姿が一週間も確認できないと言う事が今までに無かったので……色々とあったのです」
「ん~、それじゃ困るんだけどなぁ」
「困る、ですか?」
「そりゃあね。そうならない為のシステムなんだし」
現実で経営している≪ディアホーム≫の方は、私がいなくても問題なく運営されている。
現実だからと言えばそれまでだけど、≪廃棄城≫も同じようになって欲しいから、≪ディアホーム≫同様最初以外は運営にあまり手を出していないのだ。
まぁ、第十層って時点で現実でも犯罪者だったり落ちこぼれだった利が多くて、手を出す場面も多いんだけど。
「姫様は……」
「ん?」
「……いえ、何でもありません。今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそ。手始めに、書類崩すの手伝ってくんない?」
「かしこまりました」
「あ、床に置いちゃって良いから」
「はい」
私の言葉に応じて、手早く書類を崩し始めるセバスチャン。
……まさか、お前が積んだんじゃないだろうな?
そう疑いたくなるほどに無駄なく床へと書類を積んでゆくセバスチャンを半眼で見つめ、ふと思い付いた疑問を口にする。
「そーいえば、レビは?」
「……現実が、忙しいのでしょうなぁ」
何故か遠い目をして、そう零すセバスチャン。
まぁ、現実優先ってのは私がいつも言っている事だ。現実が忙しくて電脳世界に来られないってのは、喜ばしい事である。
さて。それじゃあ≪廃棄城≫の明日の為に。
「じゃ、やりますかっ」