第六章 ギガンティックドリル
タンタルパとか言うのを倒した翌日。
私とレグは一泊するような遠征に出る羽目になっていた。
要約すれば、『この惑星を出れるようになるまで帰ってくるな』と言う事である。
「あのギルマスは、本当に偉いですね」
普通なら怒る所なんだろうけど、レグは出発時からニコニコ笑顔で、夜になった今でもご機嫌だった。
今日一日で、五十キロほど歩いたにも関わらず、だ。
たった五十キロとは言えるかもしんないけど、徒歩で森の中を五十キロってのは相当な距離だ。一般人なら、一泊してようやく着くぐらいだろう。
そんな場所までひたすら軽快な足取りで進んできた。
ロボの私は疲れもしないけど、レグって思ってたよりも凄いのかもしんない。
『アユちゃん的には明日の午後には仕上げるって話だし、ここまで進まなくても良かったと思うけど』
「いえいえ。町の事を思えばこそ、ですよ」
パチパチと爆ぜるたき火を挟んで、レグと言葉を交わす。
『そりゃ出来るだけ離れた方が良いのかもしんないけど……ただの偶然だったのかも知んないし』
「嵐の前の静けさ、かもしれません」
『嫌な事言わないでよ』
そうは返したけど、私としてもその可能性は高いと思う。
何せ、今日はこんなに進んだというのに魔物の一匹すら見かけていないのだ。
鳥の鳴き声すらまばらで、まるで森が死んでしまったようだ。
『ま、今日は早めに寝ちゃいなさいな。見張りは請け負うから』
「いえ、折角ですので」
『何が折角なのよ』
私の半眼にレグは笑顔を返してくる。
「姫様と二人でいられるのが、です」
『……しょっちゅう執務室で二人になってんでしょーが』
「あそこはいつも邪魔が入るじゃないですか」
『そぉ?』
そもそもが≪廃棄城≫自体仕事する為に行ってるって意識なので、邪魔とか二人きりとか考えた事も無かった。
『ま、会うには会ってるんだから別にいいじゃない。……って、ふと思ったけど、≪廃棄城≫大変な事になってんじゃない?』
「……それは、ありそうですね」
『けど、元々が無法地帯だから、大丈夫かな』
「いえ、違う意味で阿鼻叫喚になっているかと」
『そっかなぁ?』
色々あって≪廃棄城≫の王様的な事をしているけど、基本的には住民任せだ。
一週間いない程度なら、問題ない気もする。
全員が全員、女神教なんていう狂った教団に所属している訳でもないだろうし。
「なんだかんだで、姫様は毎日そのお姿を顕現されていましたので」
『顕現って……。まぁ、でもほら。レビ夫妻もいるし』
「……あいつらが、一番戸惑ってそうですけど」
『ベザルちゃんがいるのに?』
「彼女の方がヤバいと思いますよ」
レグの苦笑いに、私は首を傾げた。
あの二人は、元大統領孫と元王子という言う組み合わせだ。現在は現実でも大統領と大統領補佐として職務をこなしているし、私の代わりとしては十分過ぎる人材だと思う。
って言うか、そのまま≪廃棄城≫の王と王妃になっててくれていいんだけど。
「……混乱が電脳世界だけで住んでたら僥倖、ですかね」
『何よそれ』
「独り言です」
何故か疲れ切ったような引きつった笑みを見せたレグは、会話を切り替えるように口を開いた。
「そういえば姫様、その機体はいかがですか?」
『ん? ここの文明レベルを考えたら、とんでもない性能ね』
「そんなに、ですか?」
『熱線探信機まで内蔵してくれてるしね。各部位の稼働も、この惑星で出来るレベルを最大限発揮して、かつ効率的に組み込んである。……この惑星じゃなければ、現代屈指のアンドロイド作れたと思うわよ? ま、回路の方は雑だけど』
このボディにAIチップを入れてもまともに動かないだろう。
人工知能が動かすボディという認識では無く、ロボットという認識で改良されているのだ。
一応回路は繋がれているけど、音声認識で特定の行動をさせるのが精々。現代で最も優秀と言われるAIチップを組み込んでも、性能の三分の一を引き出せるかどうかって感じだ。
『現代で上手い事立ち回れてれば有名な技士になれてたかも、って人がいるんでしょうね』
「それは……勿体ない、ですね」
『楽しそうだったからいいんじゃない? 世界としては損失だろうけど』
ま、世の中そんなもんだ。
どんな天才でも、産れた場所が悪ければ、天才だったと言う事すら知られずに死ぬ。
それで世界は今日まで来ているんだから、まぁそんなもんとしか言いようがないだろう。
『誰かは知んないけど、天才なりに変な機能足してあるしね』
「自爆ですか?」
『何目ぇ輝かせてんのよ』
気持ちは分かるけど。
『ま、機会があったらね。ワイヤーの方もちゃんと強化してくれたし』
「ドリルドさんが同行してくれた時の、ですよね」
『そ。熊相手に物足りなくはあったけどね』
「あの動きで?」
『だって、頭の上に落ちるだけだったし』
冒険者ギルドの床がへこむように、私のボディは超重量だ。
熊ぐらいなら、上から落ちるだけでぐしゃりである。
「キャタピラの動きじゃ無かったですけど」
『だからいいんじゃない。ロマンよ、ロマン』
「さすが姫様ですっ!」
『あのときもそんな目してたわよね』
『さすひめ』でも、それなりの時と本気の時とで目の輝きが違うってのは、最近気付いた事だ。
どうもレグの『さすひめ』は毎回本気みたいだけど、心底からの賞賛の時は僅かに目のみ開き方が違う。
だからどうだって話なんだけど。
『そういえばレグ。何か第十層の人口が増えてるって話なんだけど――』
話は私達のいつもである≪廃棄城≫の話に移り、現実で経営する≪ディアホーム≫の話も始まり。
何だかんだで日が昇るまで、私達はだらだらと話し続けたのだった。
音の無い朝。
私とレグは、空を見上げていた。
「姫様。あれは、さすがに……」
『グリーンドラゴンもデカいと思ったけど……なるほど、あれが最小って言われるわけね』
私達が眺めるのは、上空でホバリングしている巨大なドラゴン。
全長は五メートルほどだろうか。ただ、背中から五本ずつ伸びた翼骨は巨大で、水掻きのような翼となって空を覆っている。
翼を含めれば、横幅十五メートル、縦は十メートルってところかな。
「そんな、冷静な……」
『知っての通り、私は死ねないしね』
でもって、ドラゴンは空に滞空している。
襲ってくる様子も無く、まるで『来い』とでも言っているようだ。
『あのサイズ相手は明らかに無理だから、レグは≪クレッシェント≫に戻ってなさいな』
「姫様を置いてくことは出来ませんっ!」
『それは間違い』
「……え?」
『勝ち負け関係なく、私は≪クレッシェント≫にすぐ戻れるんだからさ。帰る準備しといて』
「姫様……」
『大丈夫だから』
ポンポンと肩を叩くと、レグは小さく頷いた。
ホント、そんなに心配する必要ないのに。
『じゃ、また後でね』
「はい」
指示通り、ちゃんと来た道を引き返してゆくレグ。
チラチラとこっちを振り返ってくるけど、笑顔で手を振って見送ってやる。
『さて、と』
そして私は、ドラゴンの方向へ。
レグを追わないって事は、狙いが私って事なんだろう。
食べれもしないのにカメレオンに狙われたって時点で、薄々気付いてはいたけども。
『ん~……。やっぱ、コードよね。カメラの性能? いや、大きいからかな』
徐々に近付いてゆくドラゴンの周囲には、僅かにコードが視て取れる。
カメラのレンズに映っているのでは無い。私の認識で、分かるのだ。
だから多分、他の人には見えないだろう。私も、視る事を意識していなければ視えないぐらいだ。
『ま、物理的に飛んでるのがおかしいしね。コードの補助ありき、って感じなのかな』
巨大な翼とはいえ、あの胴体だ。
鳥とかと違って翼とは別に手まであるし、翼の羽ばたきがここまで届くほどの力と言っても、数分に一回羽ばたく程度で滞空できるはずも無い。
そんな常識の埒外な真似が出来るとすれば、コードの存在しか無い。
コードの層なんて物まであるのだ。この惑星内では、コードが少なからず影響していると考えるべきだろう。
『さて、どーなるかな』
滞空するドラゴンの下まで行くと、森が開けた。
まるで、あつらえたかのような円形の草原だ。
轟音と共にその広場に着地したドラゴンは、木々がへし折れそうなほどの咆哮を上げた。
『……ちょっと、想定外かな』
なんでその目から、知性の光が感じられないのか。
私を待っていたはずなのだ。
周辺への被害を想定して、この場所を指定したはずなのだ。
なのに、こちらを睨んだドラゴンの瞳には、本能の光だけが宿っていた。
『色々聞けるかと思ったのに……』
がっかりと肩を落としつつ、私は腰からワイヤーを射出する。
≪新型ネココニャン≫となったこのボディに新しく内蔵された装備の一つがこのワイヤー。
腰の左右から射出できるワイヤーはかなり太く、伸縮性が高い。肩甲骨辺りから射出できる二本のワイヤーは細めではあるが頑丈で、以前同様手首から射出できるワイヤーが一番細かったりする。
木の幹にぷっさしたワイヤーを巻き戻し、跳躍しながら次の木を見定めてワイヤーを射出。
広場には入らず、その周りを回る様に木々を移動し、時に止まる。
聴覚はそんなに優れていないようだが、私のボディは重量が重量だ。移動をすれば木々が悲鳴代わりの軋みと共に揺れるので、位置がバレやすい。
なので、たまに止まって、移動しないのにワイヤーを遙か先の木にぶち当てたりして偽装しつつ、キャタピラで移動したりする。
あんな巨体に、真正面からやり合えるはずも無い。
しっかし……どういう理屈で私を狙ってるんだろうか。
レグを追われたり町に向かわれるよりは遙かにマシだけど、生物としてあり得ない。
爬虫類的な見た目に反して、金属が鉱物だったりして。
『ま、やるだけやるしかない、か』
どうやら逃がすつもりは無いようで、広場の中心にドンと構えて周囲を窺っている。
位置は分からなくても、私がいるって事は分かるんだろう。
鼻腔を動かし、周囲を睥睨し、ビタンビタンと尻尾で地面を叩く。
そしてドラゴンは、両手を地面につくと、その頭部を大きく反らした。
向きは私からは真逆だけど……まさか。
ゴッ! とドラゴン越しでも眩いばかりの光が、溢れる。
被害を出したくなくてここを選んだんと違うんかっ!
内心で突っ込みつつも、私は腰のワイヤーを両側の木に引っかけて、パチンコの様に空へと飛んだ。
とんでもないブレスだ。
ドラゴンの正面に、真っ直ぐ道が出来ている。
この惑星がもっと大きければ、町にまで届いていたかもしんない。
『さて、通じるかどうか』
計算通り、私の跳躍はドラゴンの真上で勢いを止めた。
後は、落ちるだけ。
『どすこいっ!』
ガゴォンッ! と生物にぶつかったとは思えない音が響いた。
直撃したのは、ドラゴンの眉間。
人間で言えば、眉間に二十キロのダンベルが落ちてきたぐらいの衝撃はあるはずだ。
だってのに、ドラゴンは眉間に乗った私をギロリと睨むと、立ち上がって咆哮を上げた。
『冗談っ!』
痛がる素振りすらないってのは、普通にショックだ。
でもって、ヤバい。
宙に投げ出た私を見上げ、ドラゴンが嗤ったような気がした。
グパリと、その口が開く。
『舐めんなっ!』
肩へと向かって打ち出したワイヤーは、ガキンと音を立てて弾かれる。
けど、想定内っ。
手首から射出したワイヤーを翼骨へと引っかけ、引き戻す。
グンッと腕が千切れそうな勢いで引っ張られ、すぐ翼骨の元へ。
その勢いのまま全体重を翼骨に乗せるも、翼骨は大きくしなり、メシリと僅かに音を立てただけで勢いよく吹っ飛ばされた。
今度は真横。
『ヤバーいっ!』
思わず叫びつつ、上半身をキャタピラにくっつくほど前に倒す。
ドラゴンからは距離が離れた。けど、広場外周までの木々までも遠い。
つまり、ワイヤーを引っかけるとこが無いっ!
勢いを殺しきれなくても、このボディなら多分耐えられる。キャタピラも大丈夫だろう。
けど、倒れたらお終いなのだ。
私のボディは、倒れたら一人じゃ起き上がれない。
つまり詰みであるっ!
『くそっ!』
全てのワイヤーを地面に向かって射出。
刺さった。
どうにか上半身も上に向いた。
けど、そこまで。
衝撃をさほど殺す事も出来ずに全てのワイヤーが抜けた。
『十分っ』
キャタピラをバックへ。
一回目の着地は、キャタピラの後輪だけ。
ボギャッ! と一瞬の接地とキャタピラの回転で大地が爆ぜ、バウンド。
二度目はキャタピラの半分ほどが接地し、再び跳ねる。
そして三度目。
キャタピラはガッシリと大地に接地。
バックで勢いを殺しつつ百八十度旋回して、私は上半身も百八十度回した。
『よしっ! かんぺ、き』
見えたのはドラゴンの背中。
その事実に疑問を浮かべるまでも無く、私は右手側へと吹き飛んでいた。
尻尾の一撃だ。
打ち飛ばされながらその事実を理解するも、景色が回る。
色々と、壊れてゆく音。
ただ、何も出来ない。
自分の状態すら分からずに、ただ音を聞き続け、景色が止まった時には森の中だった。
『……ついてる、わね』
広場から三本分、木の幹を折って止まったらしい。
キャタピラは、一本目の根元。そこから伸びたワイヤーが、私にまで繋がっている。
腰から出せるワイヤーだ。これじゃあ使えないので、身体から引っこ抜いておく。
他のワイヤーは無事。ちゃんと上半身に内蔵してくれた点は、感謝すべきだろう。
『キャタピラに潰されなかったし……やれって事かな、これは』
少し憂鬱を覚えてため息を吐きつつも、私は背中のワイヤーを二本の木に引っかけて、右手を突き出した。
見やる先には、ブレスの体勢を取り始めたドラゴン。
私は、ゆっくりと口を開く。
それは、詠唱。
内蔵された武器を使用する為の、セキュリティ解除キー。
『我は神代より出でしモノ
万色の意思に依りて成る神の形代なり
慈悲は万人へ
裁きは万物へ
全ては我が前にて等しく
滔々足る悪意は流れを止めん』
ワイヤーによって射出された私のすぐ下を、ドラゴンのブレスが行き過ぎた。
『嘆き』
突き出した右腕が、変形を始める。
裏返り、かけられた圧力により膨張。
事前に施された細工により、その金属は螺旋の刃を纏った姿を現した。
『砕け』
膨張する質量が、落下速度を加速する。
その姿を視認していたドラゴンが、首を上げた。
吐き出し続ける、ブレスと共に。
『ギガンティックドリル――』
叫びのような音と共に、ドリルが回転を始める。
ブレスの熱が、私を溶かし、浮かせる。
だが、熱により更に膨張するドリルは、その勢いすら重さで潰した。
白い視界が、黒に染まる。
『エンドロォォォォォォルッ!!!』
言の葉の終わりに。
私が宿る基板は、高温によって動きを止めたのだった。