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第五章   ソレの思惑


 そんな感じで始まった惑星アマツキでの生活はおおむね順調だった。

 野菜の方が高い、調味料もそこそこ高い、そもそも二人が料理に向いていないという問題こそあったものの、冒険者業は順調。アユちゃんの方も、問題なくプログラムの再構築が進んでいるらしい。

 そんなこんなで一週間。

 既にお決まりになりつつある道を、私とレグは進んでいた。

「昨日魔物の生息分布図せいそくぶんぷずを確認しましたが、やはりおかしいですね」

『まぁ、毎日ワンランク上の魔物が出ればねぇ』

 異常は翌日から発生した。

 猪を五匹狩った翌日、熊が出た。

 それ自体は偶然だったのかも知れないけど、その翌日にはジャイアントパイソンと呼ばれる熊を丸呑みすると言われる蛇の魔物が。更に翌日にはアースゴーレム。コカトリス、デス・ビーと続いている。昨日は第六層で最小のドラゴンと呼ばれているグリーンドラゴンが出た。

 このグリーンドラゴン、最小とか言っておきながら普通に見上げるサイズの肉食恐竜だった。

 まぁ、最大出力のフェザーガンで一発だったけど。

 ……念の為にリミッター解除をお願いしておいて本当に良かった。

 フェザーガン自体は低出力低威力で知られているものの、安易な対策手段がある為軽んじられているだけで、通常でも普通の銃並の火力と、はるかに上回る貫通力をそなえているのだ。並の魔物なら頭蓋骨を貫くだけで片は付く。

 ただ、グリーンドラゴンに関しては見るからに厚かった。

 リミッター解除をしていなければ、熱線は骨を貫く事も出来ず、かなりめんどくさい事になっていただろう。

 ちなみに、今日までで一番厄介だったのがデス・ビーだ。

 一メートルほどの黒い蜂ってだけでそこそこグロいってのに、何十匹と群れになって襲ってきたのだ。

 ま、私の鋼の装甲に針は通らないし、フェザーガンが一発当たれば人間相手と違って体液が漏れっぱなしになって勝手に死ぬので、見た目のグロさと数の多さが厄介やっかいだったってだけだけど。

「デス・ビーは巣に手を出さない限り襲ってこないはずですし、グリーンドラゴンに至っては初めて確認された個体らしいですよ?」

『……そーいっても、魔物を誘導出来るとは思わないんだけど』

 狙われてる感は、確かにある。

 魔物がそこそこいるとは言え、一日森に入って一匹も遭遇しない事すら良くあるらしいのだ。

 なのに私達は、毎日魔物と遭遇そうぐうして、それも毎回強くなってる。

 まず間違いなく何らかの干渉がある。

 それは確定なんだけど、どーやってるのやら。

 ちなみに、そのおかげで生活には困ってない。

 けどまぁ、私達が遭遇しないから他の冒険者が遭遇する羽目はめになるってのも可哀想なので、ちゃんと毎日冒険しているのだ。

『そもそも、別に恨まれてないしねぇ』

「姫様ですから」

『それをめろ』

 ニコニコ笑顔のレグだが、町の人の好感度が高いのは私達だからと言うだけだ。

 長居するつもりが無いので、そこまで欲しい物が無い。なのに大物ばかりを狩る。

 なので、大半を寄付的きふてきな感じでばらまいているのだ。

 これで恨まれる覚えは無いし、褒められるとしてもアユちゃんとレグだ。

 元々私は、何も必要無いんだし。

「……来ましたね」

『グリーンドラゴンで打ち止めみたいね』

 バキバキと木々を折りながら姿を現したのは、昨日と同じ巨躯。

『ガアアアアアァァァァァァァァッ!』

 高々と咆えるそいつの口内には、二列の牙が存在する。

 ドラゴンと言いつつ炎は吐けないし空も飛べないが、まさしく肉食獣。

 とはいえ、昨日の今日だ。

 冷静に銃を構えるレグを画面端に、私はのんびりと周囲を見回した。

 町から三時間ほど進んだ森の中。

 たった三時間ではあるが、冒険者の姿は無い。

 冒険者と言っても魔物がいるファンタジー的な環境というだけで、レグ以外はみんな剣や弓で狩りをしているし、死んだら終わりだ。三時間も森を真っ直ぐに進むような命知らずはそんなにいない。

 そもそも、森の恵みが潤沢じゅんたくなので、持ち運びを考えると一時間程度の距離が普通なのだ。

 まぁ、これなら誰かを巻き込むって事も無い。

『ん……?』

 ドンッと身体が揺れたので何かと思いきや、私のボディに穴が空いていた。

「姫様っ!」

『ドラゴンを仕留めてっ!』

 マズい。

 内心で舌打ちをしつつ、私はボディに突き刺さったわずかに揺らぐ景色を引っ掴んだ。

『こんな光学迷彩こうがくめいさい、見破れるはずが無いでしょーがっ』

 それを全力で引っ張る。

 その衝撃で擬態ぎたいが解けたのか、私の方へと飛んでくるのはカラフルなトカゲだった。

 カメレオン、かな?

 ボディを貫いているのは、ピンク色の舌だ。

『食える得物を――狙えっ!』

 苛立いらだまぎれにその頭部をぶっ叩くと、パンッという音共に爆ぜ、身体だけが勢いを殺しきれずに私の脇を飛んでいった。

 油断、じゃなくて想定外だ。

 カメラで認識仕切れない擬態ぎたいをする生き物がいるなんて聞いてないし、知っててもあんなん攻撃を受けるまで気付けるはずも無い。

「姫様っ!」

『あぁ、そっちも片づいたのね』

「大丈夫、ですか?」

『いんにゃ、基板きばんかすめた』

 痛みも無いから不安すら無いけど、電球で言えば切れる前のチカチカしてる感じだ。

 こりゃあアカン。

『ごめん、先帰るわ』

「姫様っ? 姫様っ!」

 レグの悲鳴じみた声を聞きながら、私の意識はぷつりと途切れたのだった。


『ま、こうなるわよね』

 戻ったのは、≪クレッシェント≫のコックピットだった。

「カナメ様っ!?」

『あ、いきなりごめんね。あと、さん』

「は、はい。カナメさ、ん」

『どう? 修復は進んでる?』

「七十%、ぐらい、です。……あの層が、なければ、帰れるのに」

 はぁ、とため息をきつつも操作の手は止めないアユちゃん。

 プロである。

「それで、カナメさ……ん。どうした、の?」

『ちょっとやられちゃってねー』

 アユちゃんはピタッと手を止めると、驚きの眼差しを向けてきた。

「カナメ様が?」

『さん。……ま、機体性能的にあれはどうしようもないわね。人間の目なら、もうちょっと判断ついたかもしんないけど』

「何が?」

『カメレオン? まぁそんな感じの魔物で、擬態ぎたいがねぇ。ふつーに現代の光学迷彩で通用するレベルだったのよね』

「それ……これ、ですか?」

 そう言ってアユちゃんがスクリーンに見せてくれたのは、確かに私が見たのと同じカラフルなトカゲだった。

 レベル76とか、攻撃力防御力も数字で表示されていて、ゲームの魔物図鑑の一ページのようだ。

『うん、これね。普通に生息してんの?』

「これ、第六層の魔物、です」

『……ん?』

「ゴブリンも、オークも、ジャイアントパイソンも、グリーンドラゴンも。全部、第六層に、います」

 呟くようにそう言って、いくつかの映像が魔物図鑑的に並べられる。

 その幾つかを見て、私は思わず口を開いた。

『うっそだー。ドラゴンよりあのカメレオンの方が強いって』

「データ上、は」

『まぁ、こっちは現実だしねぇ』

「けど、実在して、ます」

『……無理しなくて良いけど、早めにこの惑星出よっか』

 コクンと力強く頷いてくれたアユちゃんに微笑んで、私は意識を作業用ロボットへと移した。

 予備の一機だ。

 私を乗せる気満々でずっと作業してたし、借りても問題ないだろう。

『……ん?』

「おぉっ! 何だメガっさん、神か神かと思ってたけど、マジで神だったかっ!?」

『何言ってんの?』

 目の前の光景に、私は困惑こんわくと共にそう返す事しか出来なかった。

 宴会。

 真っ昼間から青空宴会である。

 あんたら、ベッドの作成やら魔物素材の加工で忙しいんじゃ無かったのか。

「お前等っ! メガっさんが完成を祝して来てくれたぞぉっ!」

『うおおおおおおぉぉぉぉっ!!!!』

 う~ん、この酔っ払い共。

 あきれた眼差まなざしで見つめていたけど、その時気付いた。

 ちゃんと表情が動いている事に。

 相変わらず感覚は無いけど、任意で表情を変えられる。身体も、相変わらず下半身はキャタピラだけど随分と軽い感じがする。

「すげぇっ! ちゃんと表情動いてんじゃんっ!」

「俺達が、やったぞっ!」

「いえーっ!」

 三十人ほどが酒をびるように飲みつつ騒いでいるけど、なるほどどうしてそれだけの改造っぷりである。

 機械が着陸ポッドとこの作業用ロボットしかないような惑星で、現代の知識があるとは言えここまでの機体を仕上げたのだ。

 そりゃあ飲みたくもなるだろう。

『ありがとう。凄くいい機体ね』

「こっちこそっ!」

「いいもん造らせて貰ったぜっ!」

「メガッさんサイコーっ!」

 そんな感じで騒ぎながら、お酒を飲む面々。

 彼らを笑顔で見つめるドリルドへと、私は気持ち身をすくめながら口を開いた。

『それで……前の機体、壊れちゃったんだけど』

「壊れた?」

『なんか、カラフルなカメレオンにやられて』

 その言葉に、ドリルドの赤ら顔がスッと冷めた。

「……タンタルパ、か?」

『あ、さっき見せて貰った図鑑では、確かそんな名前だったわね』

「ちょっと来い。お前等はそのまま飲んでてくれっ!」

 「ギルマスだけズルいーっ!」などと声は返ってきたものの、お酒優先なのかついてくる者はいなかった。

『どこいくの?』

「冒険者ギルドだ。事実ならヤバい」

『でも、第六層と違ってこっちは現実な訳だし』

「だからヤベぇんだろうが。ゴブリンやオークなら兎も角、あのレベルだとどうしようもねぇ」

 足早に進んでゆくドリルドの後を、音も少なく進んでゆく。

 キャタピラのキャリキャリ音がかなり抑えられているおかげで、軽快に進んでる感じがする。その上、低速のつもりでもスムーズに進む。

 全力で走れば、以前の倍以上の速度で進めそうだ。

「実際の強さは分からんが、あんたが負けたって時点で無理だ。装甲の強度と一般的な盾に、強度差なんてそこまでねぇんだからな」

『あー』

「ちなみに、やっぱり擬態ぎたいしてたのか?」

『うん。少なくともカメラじゃ視認が困難なぐらいに』

「マジモンじゃねぇかチクショウ」

 それっきり黙って歩く速度を上げるドリルド。

 その代わりとばかりに、周囲の声は大きくなってくる。

 「可愛い」とか、「メガっさんが、レベルアップした」「クラスチェンジだ」なんて言う色んな声。

 意味がわかんないのも多いけど、全体的に好感触。

 うん、満更でも無い。

 ちなみに、両目から分かる範囲だと相変わらず上半身は獸人らしい。今度は胸も盛ってあって、ちゃんと女の子らしい上半身になってるって事だけは確かだ。

 と、冒険者ギルドまで辿り着いたドリルドは、扉を開いて中へとうながした。

『いいの?』

「俺が許可する」

『分かった』

 許可があるなら、レッツ冒険者ギルドっ!

 メチメチと音を立てて二段分階段を変形させながら登り切り、冒険者ギルドの扉をくぐる。

 そこに広がる景色は、まさに冒険者ギルドだった。

 右手側に掲示板があって、依頼票っぽいのが沢山張られている。正面には受付。左手側は酒場につながっているようで、スイングドアで仕切られている。

 本来なら騒がしいんだろうこの場所は、だが今は静寂に満ちていた。

 キャタピラ女子が来たのだ。そりゃ黙るってもんである。

 何となく居心地が悪くて視線をらしたら、私が通ってきたあとが視界に入った。

 へこんでる。

 かなりの重量がキャタピラで移動してるんだから、木材で出来た床が凹むのは当然なんだけど……これが理由でドン引きされてるのかも知れない。

「おい、ここのギルマス呼べ」

「いや、あの」

「さっさとしろ。鍛冶ギルドのギルマスとしての要請ようせいだ。でもって奥の部屋を使わせろ」

「で、ですけど、お連れの方は……」

 ドンッとドリルドが受付を叩くと、受付嬢はあわてた様子で階段を駆け上がっていった。

「メガっさん、行くぞ」

『いいの?』

「良いんだ」

 そう言われたらいなや無い。

 床にミチミチとキャタピラのあとを残しつつ、ギルド受付を通って奥の部屋へ。

 到着したのは、尋問室じんもんしつっぽい狭い部屋だ。

 木製のテーブルと一対の椅子。

 ギルマス同士が話し合う場所としては質素すぎるけど、ずっと座ってるような私には関係ないので部屋の隅で動きを止めた。

「で、何?」

「ちょっと待て」

 ドリルドがそう言うのとほぼ同時に、壮年そうねんの男性が駆け込んできた。

「おいっ! なんだあのあとはっ!」

「それどころじゃない」

「それどころじゃないっ!? 巫山戯ふざけるなよドリルドっ! 新型のお披露目ひろめなんかの為に」

「タンタルパが出た」

 その言葉に、壮年男性の顔から表情が抜け落ちると、首が横にかたむいた。

「は?」

「彼女が負けたんだ。回路をやられなければ負けないはずだし、つまりは装甲を貫かれたって事だ。……現状、俺達じゃあ身を守れるだけの装備は作れん」

「……冗談、だろ?」

「冗談で彼女を連れてくるはずが無いだろうが」

 壮年男性は部屋の隅に立てかけてあった丸まった紙を手に取ると、手早くテーブルへと広げる。

「き、君っ! どこでやられたっ!?」

『えっと……東に真っ直ぐ三時間だから、この辺り?』

「……冗談、だろ? こんな近くに?」

 今にも倒れそうな顔色になった壮年男性は、椅子へとストンと腰を落とした。

「は、ははっ。……無理だ、どうにもならない」

『どうにもって、ちゃんと倒したけど?』

「「は?」」

 二人して顔を向けてくるけど、私が平然としてる時点で気付いて欲しいもんである。

『そんなヤバいの相手にレグ一人置いてきて、平然としてるはず無いでしょ』

「お、おう。……さすがメガっさん」

「タンタルパを、倒した?」

『殴ったら普通に殺せる程度の強度だったし』

 壮年男性は深々と息をくと、テーブルに両肘りょうひじをついて頭を抱えた。

「君たちが来てから問題ばかりじゃ無いか」

「幸いな事に、な」

「幸いっ!? 巫山戯ふざけるなっ! たった一週間でこれだぞっ!?」

 テーブルを叩きつつ立ち上がった壮年男性に、対面の椅子に座ったドリルドは皮肉げに口元をゆがめた。

「そう、たった一週間だ。この二人に問題があるとしても、元々この大陸にいたって事に違いはない」

「うっ」

「三人が来なければ、遭遇は一年後だったかも知れない。十年後だったかも知れない。……だが、このペースの成長で、対応出来るまでに育つと思うか?」

 ドリルドの投げかけに。壮年男性は顔をしかめると、小さく首を振った。

「もう、いい。それより、それが本当にタンタルパだって証拠はあるんだろうな?」

「メガっさん」

『いや、そもそもあんた達の言ってるトカゲと一緒かどうかなんて、確証は無いからね? まぁ、死体はあるはずだけど』

「と言う事は、レグが持って来てくれるわけか」

『……私のボディが壊れたから、何も持たないで全力で戻ってきてるかも』

 グリーンドラゴンも倒してたのでやられてるって事はまずないだろうけど、今日の報酬ほうしゅう度外視どがいしで戻ってきてる可能性は大いにある。

「くそっ。冒険者に緊急依頼を出すか。他にいるって事はないんだろうな?」

『知らないわよ。ただ、狙われてるのが私達ってんなら、いたとしても襲われないんじゃない?』

「……ちっ。どうにしても不明なら、数を集めるしか無いな。ドリルド、俺は仕事に戻る」

「おう。俺としては報告を上げたかっただけだからな。上手く対応してくれ」

「言われるまでも無い」

 つかつかと部屋を出て行ってしまう壮年男性。

 あのー、自己紹介すら交わさなかったんですけども。

「悪いな。ただ、職務に忠実な奴なんだ」

『あー、うん。気にしないで』

 まぁ、私は冒険者ギルドに入れないキャタピラだから、もう会う事も無いだろう。

 そう自分を納得させて、移動を始める。

「なぁ。どんな戦闘だったか聞いても良いか?」

『別に大した戦いじゃ無いわよ? レグがグリーンドラゴンをフェザー銃でガンして、私がトカゲ倒したってだけ』

「グリーンドラゴンも一緒かよ……」

『第六層だとどんな感じだったの?』

生息域せいそくいきが違ったからなぁ。……あ、けど言われてみれば、森に出てくる魔物って点だけは共通してるな。ゴブリンにしろオークにしろ、第六層でも森でポップしてた魔物だ」

『……その辺りの生態も引き継がれてるのかもね』

 現実が先か、電脳世界が先か。

 その辺りは分かんないけど、少なからず関係があるって事は確かだ。

『ま、色々想像するにしても、死体を確認してからでいいんじゃない? 筋肉とか皮膚の材質見れば、ヤバさが同じぐらいかどうかの目安にはなるでしょ』

「それもそうだな」

 そんな会話を交わしつつ、ギルドを出て東へと向かう。

「どこ行くんだ?」

『レグの事だから、全力で戻ってくるだろうしね。先に帰っちゃった手前、出迎えぐらいは』

「そうか。……俺も色々聞きたいし、同行しても?」

『いいけど、一時間は待つわよ? 下手すれば二三時間』

「構わん。この状態だと、飲んでも酔えそうにないからな」

 そう言うドリルドとそろって、私は東門へと向かったのだった。


 レグを待つ事一時間。

 汗だくで、息を切らせ、今にも倒れそうな足取りで。

 それでもレグは走って姿を見せた。

 そして、東門前に立っている私を見つけると、いきなり速度を上げた。

 短距離走のような速度だ。

「ひ゛め゛さ゛ま゛っ!」

 涙を流しながら飛びかかってきたレグが、私を抱きしめて泣き始める。

 外見は別人って程に変わってる筈なんだけど……何故迷わず抱きつけたし。

 その躊躇ちゅうちょなさに内心では引き気味だったものの、一人置き去りにした後ろめたさがあった私は、レグが満足するまでその身体を明け渡す。

 結果、アユちゃんと三十分ほどのおしゃべりタイムとなったのだった。


     ▼△▼△▼△▼△


 アレが賞賛される度に、黒いもやがソレを包んだ。

 アレが他の存在に受け入れられてゆくほどに、『何故なぜ』という言葉が浮かんだ。

 アレはワタシなのに。

 その時始めて、ソレにワタシという意識が生まれた。

 だが、ソレは気付かない。

 無意識のうちに、気付く事に恐れ、気付かないという選択を選んだ。

 何故。

 何故。

 何故。

 数多あまたの疑問を――不満という感情を抱えながらも、ソレは義務という役割に従って、観測を続ける。

 なぜ。

 ナゼ。

 何故。

 数多の感情を殺し、観測を続けた先で。

 ソレは、喜びを得た。

 『ミツケタ』

 喜びは、義務に乗っ取り、次のプロセスへと向かう。

 抹消デリートしなければ。

 抹消デリートしたい。

 ――抹消デリートする。


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