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第四章   イヌヌワン起動


 案外、人っての便利に出来ているようである。

『寝れた……』

 脳だけの私にとって、唯一必要なのが睡眠だ。

 脳に戻って、その夢の中で眠る。

 それだけは絶対に必要な行為で、この惑星から出られないとどうなるのかも分からなかったんだけど、眠る事が出来た。

 こう、脳に戻って眠ったって感じじゃ無くて、今ここにいる私が消えたって感じだ。

『ん~……≪クレッシェント≫にいるって事は、リスポーン地点がここになってんのかな?』

 ゲーム的な考え方だけど、多分それであってる気がする。

 コードの層でも、私と脳の接続リンクは切れない。けど簡単には戻れないから、眠ろうと思うといつもの夢の中に行くんじゃ無くて、接続が最小にまで弱まって脳を休めるって形になる……のかもしんない。

 で、リスポーン地点がここ。≪クレッシェント≫のメモリに、惑星に来てからの私の記憶とかを保存してるんだろう。

 たぶん、だけど。

『ま、問題なく活動できそうだからいっかな』

 やっと面白くなってきたってのに活動できないなんて事にならなくて、本当に良かった。

 昨日あの後、私用のロボットって事で鍛冶士かじしたちが色々と改造してくれたのだ。

 普通に楽しみである。

 と言う事で、早速移動。

 ロボットを起動し周囲を確認すると、『おぉ』とどよめきが起こった。

『えっと……まだ日の出前、よね?』

「マジでしゃべったっ!」

「どういう理屈だっ!? ここまで精巧せいこうな音声は出ないはずだぞっ!?」

「すっげっ!」

「か、カナメ様ですよねっ!?」

『様はいらないんだけど、何? 何なの?」

 視界が悪い。

 ぐるっと首を回して確認してみれば、十人ぐらいの鍛冶士達かじしたち。女性も二人いて、きゃいきゃい騒いでいたりする。

「感激だっ!」

「う゛ぉーすげーっ! ≪イヌヌワン≫が動いてるっ!」

「手上げてっ! 手ぇ上げて下さいっ!」

『こ、こう?』

 言われるがままに右腕を上げてみれば稼働音かどうおんすら無く、視界に入ったその腕はもじゃもじゃだった。

「うおーっ!」

「我らが大作≪イヌヌワン≫一号が……」

「命を、宿やどした」

「動いてっ! 動いてっ!」

 いや、外の世界じゃ別に自律型ロボットなんて珍しくなかったと思うんですけど。

 狂乱きょうらんする面々を前にちょっと引きながらも、私は性能を確認する。

 両腕は油圧ポンプ式だが、かなりスムーズに動く。指も同様、五本の指は開く時にわずかな遅さを感じるも、許容内きょようない。両腕には巻き上げ式のフックワイヤーも搭載とうさいされていて、一晩で仕上げたとは思えないほどに良く出来ている。

 一晩でパーツをばらして綺麗にもしてくれたんだろう。動きに違和感が少ないのは、普通にありがたい。

 前進を始めると、キュラキュラと音を立ててキャタピラが動く。

 うん、悪くない。

『えっと、鏡……は、いらないか』

 横を見れば、猫系の頭部を取り付けられたロボットがあった。

 中々丁寧に取り付けたらしく、獸人の上半身に見えなくもない。目の部分にレンズが入っているので、顔だけなら猫そのものだ。

 だから視界が悪いんだろうけど。

『うん。ありがとね』

 私の感謝に、『うおおおおっ!』と歓声が上がる。

 うん、頑張ってくれた事は分かるんだ。けど、まだ早朝だからね?

「うっせぇぞテメェ等っ!」

 バガンッ! と扉をを蹴破り、ハンマーを担いで出てきたのはドリルド。

 まぁ、こーなる。

「ぎ、ギルマス……」

「すいやせん」

『まぁ、許してやって。このボディ改造してて今になったみたいだし』

「あ、あんたは……カナメさん、か?」

 驚きの表情を見せるドリルドに、私は一つ頷いた。

 レグと話してたわけだし、ある事無い事吹き込まれてるんだろう。

『単なるAIだと思ってくれればいいわよ。朝っぱらからごめんね?』

「いや、気にしないでくれ。……本当に、人なんだな。触っても良いか?」

『別に感覚は無いし、彼らが作ったまんまの身体だけど』

「ここまで自然だとは思って無くてな」

 呟くようにそう言って、ロボットの頭とか頰とかをグニグニと触るドリルド。

 「ギルマスずるいっ!」とか声は上がったものの、当のドリルドが見せる目付きは真剣そのものだ。

 一頻ひとしきり触って満足したのか、ドリルドは一歩下がって息をいたものの、上げた目付きはそのままだった。

「テメェ等、何雑な仕事してやがるっ!」

「えーっ!」

「そりゃねぇっすよっ!」

「好きにやれって言ったのギルマスじゃんっ!」

「おおそうだっ! だがなぁ、こんだけちゃんとした人が入るんだ。表情ぐらい動かせねぇでどうする」

「知ってりゃやってるわっ!」

巫山戯ふざけんな馬鹿っ!」

「パーツの分解洗浄ぶんかいせんじょうだけでどんだけかかったと思ってやがるっ!」

「先に言えやボケっ!」

「うっ」

 罵詈雑言ばりぞうごんびて思わずと言った様子で息をんだドリルドは、首を振ると素直に頭を下げた。

「すまん。確かに、その通りだ。ちょっと、珍しく興奮した」

「そりゃ分かる」

「分かる」

「深く同意する」

「おう、悪いな。……じゃ、そこにあるもう一機を仕上げようや」

 彼ら、徹夜てつやしてると思うんですけど。

 それを理解してだろう意見に再び罵詈雑言が飛び交うかと思いきや、職人達は『おおっ!』と声を上げて拳を突き上げた。

「やってやろうじゃねぇかっ!」

「こんなん見せられて妥協だきょうできるかっ!」

「あぁやってやるっ! 二三日寝なくたって死にゃあしないさっ!」

「アンドロイド造んのがこんなに楽しいなんて、何で今更気付くんだよチクショウっ! チクショウっ!」

「カナメさんがいればこそだろうがっ!」

「人工筋肉ねぇけどどうするっ!?」

「他で対応するしかねぇだろうがっ! 兎に角人集めろっ!」

「ドリルだっ!」

「いいやロケットパンチだねっ!」

 何か喧嘩になりそうな勢いで怒鳴り合う面々。

 もう、いいのかな?

 いても役に立てそうにはないので、キャリキャリとキャタピラを動かして進み出す。

 この騒ぎで職人達が起き出して更に騒がしくなってゆくけど、職人街を抜ければ――……もっと騒がしくなった。

「何だあれっ!」

「かっけーっ!」

「下半身キャタピラとか、何のロマンだおい……」

 そりゃ目立つよね。

 この惑星が有人になってから数年しか経ってないってのは幸いだった。

 もし子供がいたら、大変な事になっていただろう。

 酷いガキは酷いからなぁ……。

 そんな事を思いつつ、キャリキャリとキャタピラを進めてある建物の前へ。

 ≪冒険者ギルド≫

 非常に分かりやすい看板である。

『あ、ねぇ。この足で入っていいと思う?』

「えぇ? いや、え、人なのか?」

『一応ね。で、キャタピラってオッケーだと思う?』

「……まぁ、アウトだろうな」

『よねぇ』

 ひまだし冒険者やろうと思って来たんだけど、予想外のつまづきだ。

 と、ギルドの扉が開き、笑顔のレグが姿を現した。

「姫様っ!」

『なんでいるのよ』

「はい。昨日の時点で鍛冶士達が仕事を成し遂げるだろうと判断しまして、お優しい姫様の事ですから真っ先に乗って確かめてあげるかと。電脳世界にいけない現状ですと、そのまま冒険者として業務を行うと思い、こうして依頼を確認しておりました」

『……アユちゃんは?』

「おそらく姫様と魔物狩りに出る、と伝えておきました」

『むぅ』

 何か認めたくないけど、完璧である。

『……パーフェクトよ、レグ。えてるわね』

「全ては姫様の御心みこころのままに」

『人前でそれは止めなさいな』

 おかげで遠巻きに見てる人達が「姫様?」「偉いのか?」などと話し出す始末。

 ちゃっちゃと出発しよう、そうしよう。

『それで、引き受けた依頼は?』

「基本退治系で常駐依頼じょうちゅういらいばかりでしたので、あえて引き受けてはいません。登録はしましたので、仕留めて持ってくれば仲介してくれるかと」

『冒険者ギルドって、そんなもんなの?』

「雑用系は多いですね。後、特定の魔物の討伐、草や木の実の採取などありますが、地理にうとい我々では困難かと」

『うん、確かに』

「ですので初日は気ままに狩るくらいの方向でいかがでしょうか?」

『いいんじゃない? それよりあんた、装備は?』

「その辺りは抜かりなく」

 そう言ってレグが背広を開くと、そこにはフェザーガンと一本のナイフがあった。

 この惑星では銃が無い。持ち込みが禁止されているらしいけど、それ以上にコードの層によってエネルギー兵器が駄目になってしまうらしい。

 なので、作動するなら銃の存在はかなりのアドバンテージだ。

「動作確認済みです」

『そ。なら行きましょうか』

「はいっ!」

 もの凄く嬉しそうに頷いて、隣に並ぶレグ。

 そう言われてみれば、レグとはそこそこ長い付き合いだけど、二人でお出かけは始めてかもしんない。

 まぁ、魔物退治だけど。

『じゃ、レグに任せた』

「いいんですか?」

『道が分からないのは一緒だしね。帰り道だけは忘れないように』

「はいっ!」

 嬉しそうなレグに内心で苦笑して、キャタピラを進める。

 初めての冒険者ギルドなんだからもうちょっと何かイベントがあると思ったんだけど、そもそも入ってないし、入ったとしてもまぁ何も無かっただろう。

 『おいこいつキャタピラじゃねぇか』『やっちゃう? やっちゃいましょうよー』見たいなテンプレは、存在しないのだ。

 ここは、ぼっちだったり現実諦めたぜいが集まる惑星。

 自分から話しかけるなんて勇気ある真似が出来る人は、そんなにいないのだ。

「姫様、なんか嬉しそうですね」

『……表情変わんないのに、良く分かるわね』 

「姫様の執事ですから」

『答えになってないけど、まぁいいわよ。……こうやって現実で動くのって、初めてかなって思ってさ』

 キャタピラではあるけど、ちゃんと地面に足を着いて行動している。

 両手もあるし、人間みたいな視界もある。

 何か、もの凄く新鮮しんせんだ。

『折角だから、この休暇を楽しみましょ』

「はいっ!」

 『姫様の御心のままに』なんてうやうやしく返事をするかと思ったら、良い笑顔だ。

 私としても、こー言う方が付き合いやすい。

 電脳空間に戻る事も出来ない、本当の休暇。

 それを全力で楽しむべく、私はレグの後に続いたのだった。


 うむっ! 血生臭いっ!

 まぁ嗅覚きゅうかく触覚しょっかくも無いから視覚情報だけなんだけど、やっぱり生き物が死ぬってのはそれなりにグロいものだ。

 食用にそれを解体するってなると、もう、ね。

『そこそこ狩ったし、討伐証明部位とうばつしょうめいぶいだけで良いんじゃ無いの?』

「何言ってるんですか姫様。そんなの、勿体もったいないです」

『……勿体もったいないって概念あるんだ』

「ありますよ? 自分はスラム出身ですからね。尚更なおさらです」

 そう言いつつも、大きめの猪の腹をかっさばいてゆくレグ。

 最初に比べれば随分ずいぶん慣れたもので、手早く臓器を取り除いてゆく。

 グロいんですけども。

 臓器を取り除いたら、脚に太いつたを縛り付けて、川に流す。頭部は既に切断済みだ。

 これでもう五匹目。ゴブリンとかの食べられない魔物を含めれば、もう二桁は仕留めていたりする。

「大量ですね、姫様っ」

『ホントにね。って言うか、私なんもやってないんだけど』

「姫様がいてくれればこその収穫しゅうかくですっ!」

『精々魔物の位置を教えたぐらいじゃない』

 後はワイヤーで狩った魔物を川に流しているだけだ。

 あんまりにも暇だったものだから、平行して釣りをしてたりする。

 釣果ちょうかは上々。触覚がないから、釣り竿の先をちゃんと見てないといけないけど、それがまたおもむきがあって面白い。

「では、どうしましょうか」

『今日の狩り、終わりってんなら川にでも入ったら? 血でぐしゃぐしゃじゃない』

「……そう、ですね」

『あ、そこから入っちゃって良いわよ? 血で魚寄ってくるし』

「はい。では失礼します」

 スーツのまま川に入るレグを見て、私は釣り竿を固定。キャタピラを動かして森へと向かう。 

 目的は枯れ枝だ。

 さほど探すまでも無く必要量を集めて、川辺に。適当に石で囲いを作って、たき火を始める。

 有り余るパワーのおかげで、火をおこすのも楽だ。

 戦闘に使えなかったのが残念でならない。

 下処理しておいた魚を枝をぶっさし、遠火であぶる。

 自分で食べれたら最高だったんだろうけど、まぁ嗅覚も無いからそこまで気にならないってのが幸いかな。

「姫様」

『湿度は低いし、そこそこで乾くでしょ。あ、その魚食べちゃって良いわよ』

「ありがとうございます」

 上着を脱ぎ、火に当たり始めたレグに頷いて、ワイヤーを引き戻す。

 どれくらい血抜きすれば良いのか分からないけど、最初の二匹はもう四時間は経っている。十分過ぎるぐらい血抜きできたはずだ。

 二匹合わせれば一トンを超えるほどの重量。それでも楽々と引き寄せて、荷台に載せる。

 最後の一匹は血抜きが一時間に満たないぐらいになりそうだけど、私の口には絶対入らないし、まぁいいかな。

 結局かかってなかった釣り竿を引き上げて、荷台の端に。ついでに三匹目も引き上げて、荷台に。

 かなり大きいと思った荷台だけど、三匹乗せただけでもう十分満杯。後二匹乗せたら山になりそうだ。

『気温も湿度もデータでしか分かんないけど、過ごしやすい惑星ね』

「気温の変化が少ないらしいです。惑星の小ささも関わっているとかで」

『一日が三十時間ってのも、関係してるかもね』

 惑星毎に一日の長さは異なる。

 ただ、宇宙警察が接触したような一定以上の文明水準を持った惑星だと、基本的に一年は同じになっている。一日の時間が違おうと一秒という感覚は変わらないので、一年という基準だけは共通しているのだ。

 まぁ、惑星によっては一年が夜で一年が昼だったりで、寿命やら生体やらが大きく異なってその限りでも無かったりするんだけど。

「姫様。川魚って、美味しいんですね」

『始めて食べたの?』

「魚なら食べた事あるんですけど、どこで捕れてるか知らないので」

『あぁ』

 レグはスラム出身。更にいえば、食にこだわりを見せた事も無い。

 好き嫌いはあるんだろうけど、そこまで意識した事も無いんだろう。

『ま、これから色々食べてけば良いわよ』

「はい」

 パチパチと、火が爆ぜる。

「姫様。俺、きっと、この味を忘れません」

 震える声に視線を向ければ、レグが魚を食べながら泣いていた。

 出会ってからもう三年になるだろうか。

 三年とは思えないぐらいちゃんと仕事が出来るし、それに応じてお金も稼いでいる筈なんだけど……あんま良い物食べてないのかもしんない。

『忘れられるように、幸せになれば良いわよ』

 初めて会った時、この子も餓死寸前だった。

 現実世界で点滴を受けて、目が覚めて。

 始めて与えられたご飯を、泣きながらずっと咀嚼していたと報告を受けた覚えがある。

 その日の事も、覚えているんだろうか?

 忘れても良い。

 忘れられるぐらい、忙しくて楽しい日々を遅れれば良いと、そう思う。


「物々交換、なんですね」

C(クレジット)の総量が少ないので、基本的にはそうなってしまいます。申し訳ありません」

「いえ、事前に確認していなかったこちらの落ち度ですので、気になさらず」

 レグがそう言って微笑むと、出てきたギルドの担当は頰を染めてその顔を見つめる。

 レグが冒険者ギルドから出てきてから担当が出てくるまで時間がかかったけど、誰が担当するかでめてたんだろう。

 人種は違えど美形は美形。獸人なら余裕で通じるって訳だ。

 道歩く獸人の中でも、『お、イケメン』と思うオオカミ顔の男性とかいるし、逆説的ぎゃくせつてきに獸人の感性も近いって事になるんだろう。

「えっと、今回のをC(クレジット)にするとこの額になるので、この札を商人か鍛冶ギルドでお見せいただいて、今日中に物品と交換していただければ」

「今日中、ですか」

「不正対策もねてますので。明日発行にすれば、明日一日有効ですけど」

「発行をずっと先にする事とかは?」

「申し訳ありませんが」

「そうですか……」

「一年以内に硬貨の生産に着手する予定ではあるようなのですが、今のところはこのようなルールでして」

 どおりで屋台とかも少ないわけである。

 ただ、お店自体はあったので、商品券なり何なりの流通はあるんだろう。

「では、部屋を借りたいんですけど」

「……あの、昨日はどちらに?」

「ドリルドさんのところに」

「つまり、説明を受けていないんですね。それぞれに一部屋はご用意していますので、選んでいただきたいのですが……ギルドの中で、よろしいですか?」

 女性の言葉にレグが顔を向けてきたので、一つ頷いてあげる。

 私の場合、≪クレッシェント≫が宿だ。生身の二人とは違うので、その辺りは優先的にこなしてほしい。

「分かりました。もう一人連れがいるのですが」

「あの方、ですか?」

「いえ、自分と同じ人間です」

「そうですか。でしたら後で選んでいただいても構いませんが、よろしければ説明だけでも」

「お願いします。では、姫様」

 ぺこりと頭を下げるレグに、私は手を振って返した。

 女性がいぶかしげな視線を向けてくるけど、当然である。姫様とか呼ばれてるのにロボット、それも性別すら分からない獣顔だし。

 キャタピラを進めて、ドリルドの家へ。

 職人街は殆ど人通りが無かったのだが、ドリルドの家周辺だけはとんでもなく混雑していた。

「お、来たぞっ」

「アレがメガっさんか」

「朝も見たけど、カッケェなぁ」

 どうやら鍛冶士達には好評こうひょうなようである。

 けど、メガっさんって……。

「お、帰ってきたかっ! 問題は無かったかっ!?」

『あぁ、ドリルド。……メガっさんって何?』

「おう。女神でメカだろ? だからメガっさんだ」

 なんて分かりやすいっ!

 そう、呼び名ってのはこー言うのでいいのだ。野良猫にノラっちゃんと名付けたら、もの凄く冷たい眼差しを向けてきたむかーしの友人にもこの事実を教えて上げたい。

「で、どうだった?」

『収穫は十分ね。この機体に関して言うなら……まぁ、元が荷運びロボットだし、そう考えれば十分な性能だとは思うけど』

「どの辺が不満だ?」

『一番は機動性ね。この足だから仕方ないけど、旋回性能せんかいせいのうがね。ワイヤーがもうちょっとあれば違うんだけど』

「ワイヤー?」

『何なら明日、着いてきて。今日は試せなかったけど、理論上出来る動きがあるから』

「おう、分かった」

 そんな話をしつつ広場に向かうと、二十人以上がそれぞれに作業をしていた。

 皮をなめしたり金属を叩いてたり。図面を中心に怒鳴り合っている人達もいる。

「お前のおかげで、全員やる気が凄い事になっててな」

『仕事はいいの?』

「よかぁねぇが、優先順位の問題だな」

『いや、作業用ロボットの改造なんて空いた時間にやるもんでしょ』

 それも、私の予備らしいもう一機に対してだけあれやこれやとやっているのだ。

 他四機は貸し出しているらしく見当たらないけど、日常的に使う奴から改造してやんなさいな、と。

『ん? あそこの水たまりは?』

「俺達が乗ってきたポッドをバラしたら、毎回出てくるんだよ。良く分からんが、触れただけでどうこうって事もねぇし、基本放置してる」

『ふ~ん』

 もしかしたら、程度ではあるけども、聞き覚えがあったのでバラされていない着陸ポッドへと向かう。

 二十人ぐらいは乗れそうなサイズで、駒を逆さまにした形状になっている。

 たぶん、初期の人達はこの着陸ポッドでここに来たんだろう。小型は大体バラされているらしく、一機だけが端っこに置かれていたりする。

『これ、毎週増えるの?』

「毎週って訳でもないが、返す必要も無いみたいなんでバラして使ってる。初期はここまで運んでくれてたんだけどな」

『そなの?』

「あぁ。最初はデカい輸送艦で、一回に四百人ぐらい来てたんだよ。途中から投下されるようになって、同時に人数も減ってるって感じだな」

『ふ~ん。……じゃあ、一個駄目にしてもいい?』

「そりゃ構わないが」

 許可を貰えたので、着陸ポッドを横倒しに。転がして邪魔にならない位置まで運ぶ。

「どうすんだ?」

『私が聞いた話だと、あの液体って一定以上の衝撃で変形するのよね』

「ん?」

『つまり、こう』

 着陸艇の底をぶん殴ると、ガゴオンッ! ととんでもない音が響いた。

 さすが作業用ロボット。パワーだけなら一級品だ。

 同時に着陸ポッドの装甲ががれ始め、大量の泡があふれ出てきた。

「お、おい……?」

『当たり、ね』

「何だよこの泡。……いや、綿わた?」

『熱じゃ無くて圧力でこうなるみたい。ただ、二百度以上の高温で石みたいになるから、使いにくいとかなんとか』

「いや、これは……凄いな」

「ドリルドさん何やってんッスか」

「とんでもねぇ音響かせたと思ったら……何だよこの綿わた。スゲェ良いじゃねぇか」

 わいわいと集まってきた人達が、綿わたを触ったり抱きついたりして楽しみ始める。

 私も、触覚があれば飛び込んでる所なんだけど。

「……なぁ。この綿わた、使って良いか?」

『元々そっちの物でしょ?』

「そりゃそうかもだが、売れるぞこれ。あの鉱石とは大違いだ」

『鉱石?』

「あぁ。熱でふくらんで、更に質量まで増えるって言う変な鉱石があってな。何かに使えるかと思ったんだが、硬度がそこまで高いわけでもねぇし、結局ゴミでなぁ」

『そんな物質、始めて聞くわね』

「だよなぁ。面白いとは思うんだが、使い道がなぁ……」

「カナメ様っ!」

 そこそこの勢いで抱きついてきたアユちゃん。

 うん、でもごめん。毛皮で柔らかそうに見えても、鋼の身体なんだ私。

 胸を押さえて、私の膝、と言うかキャタピラの上にうずくまるアユちゃん。

『大丈夫?』

 苦笑交じりにアユちゃんの頭をでる。

 だが、アユちゃんはじとっとした半眼を上げてきた。

でれて、ない、です」

『力加減もそうだけど、遠近感がね』

 私の苦笑に、アユちゃんは自分から首を伸ばして手のひらに頭を擦り付けた。

 まぁ、感覚が無いから見て分かるって感じだ。

 電脳世界と同じように、撫でる感触ぐらいあればこっちも撫でてる感があって頰がゆるむんだけど。

「カメラ二つだと不具合があるのか?」

『元々レーダーありきで認識してるから、人間の目と同じような距離のカメラ二基だけだと、ちょっとね』

「そんなもんか」

『まだ慣れてないってのが一番の理由だから、気にしないで』

 二つのカメラ映像は、二つのカメラ映像でしか無いのだ。若干じゃっかん角度が違うから立体的に認識できはするけど、眼球を通して見る景色と違って遠近感がイマイチハッキリしない。

 ただ、告げた通り慣れの問題だ。

 力加減の問題もあって、人相手だとちょっと怖い。

 釣りでそこそこ慣れたつもりだけど、初日だとこんなもんだ。

『あ、そういえばドリルド。今レグが話聞いてるけど、アユちゃんにも部屋貰えるの?』

「へや?」

『昨日はドリルドの所に泊まったでしょ? でも本当は一人一部屋貰えるみたいでね』

「……あんの馬鹿、説明してなかったのかよ。あ、いや丁度良いわ」

『丁度良い』

「あぁ。ウチの裏にある一軒家いっけんやいててな。三人で住みゃあいいさ」

『三人って……私が入っても大丈夫なの?』

「あぁ。ウチと同じ石造りだから、キャタピラだって問題ねぇさ。おいお前等、ベッド作んぞっ!」

 ドリルドの声に、綿わたわたむれていた者や作業を行っていた者達が集まってくる。

「何だよベッドって」

「メガっさん用か? さすがにいらんだろ」

「メガっさん用はなぁ……」

「ちげぇよっ! 新入り二人分だっ! 裏の家に住ませるっ!」

「おぉ。ドリルド兄貴の目にかなったか」

「そー言う事なら仕方ねぇな」

「でもって見てた通り、メガっさんのおかげでふかふかベッドが新入荷だっ!」

 ドリルドの言葉にしばしの沈黙が落ち、ワッと地面が揺れるほどの歓声が上がった。

「やったっ! 毛皮からおさらばだっ!」

「じょーだんだろっ!? この前やっと羽毛で新調出来たばっかだってのにっ!」

「ガチガチスプリングとおさらばだーっ!」

「おいっ、商人ギルド呼んでこいっ!」

「私は枕っ! 枕の予約してっ!」

 どうやら随分と人気らしい。

「やー、悪いな。それで取り分なんだが……」

『私は叩いただけでしょ?』

「そうは言うが、発案者だ。でもって、こんだけ見てた奴がいる」

『関係ないわよ。……あ、でもこの二人のベッドは優先してくれる? そうしてくれれば、後はこの地に住んでる人で好きにしちゃってくれて良いから』

「……なんだ、マジモンの女神なのか?」

『この程度でなんでそうなんのよ』

 ただぶっ叩いただけで女神扱いは、さすがに難易度低すぎだ。

 そう考えると、レグ達には命救ってやったり就職先斡旋してあげたりと色々やってあげてはいるので、まだマシなのかもしんない。

 女神教にまで発展してる時点で、どっちもどっちだと思うけど。

『じゃあアユちゃん、レグを迎えに冒険者ギルドまで行こっか』

「うんっ」

「いや、この程度ってお前、全員に行き渡るまで売れるの確定なんだが……」

 ドリルドが何か言っていたけど、無視してキャタピラを進める。

 家が貰えるってんなら、今日から自炊じすいだ。

 設備の問題もあるから、今日は外食でも良いかもしんない。

 幸か不幸か私は食事をとれないけど、二人には必須。料理できるかどうかとか色々問題はあるけれど、さいわい今日は十分な収入があった。

 日は落ちかかっているけど、まだ店はやっている。

「ついでに食べれる所とか探そっか。服屋とか、あるなら見て回っても良いし」

 私の言葉に、見上げてくるアユちゃんの目が輝いた。

 折角だから、地形を確認がてら色々と冷やかして回るのだ。


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