第三章 アマツキ
ソコが実験場となったのは、ソレにとって都合の良い条件を満たしていたからだ。
人類が生存可能な環境を有し、かつ人類からの干渉は少なく、だが無干渉という程に離れていない。
ソコを見つけた瞬間、ソレは即座に所有手続きを済ませ、すぐさま実験を開始した。
幸いな事に、ソコにはアレの元となっただろう素体が四百ほど存在していた。
調査団。
データから分かったその事実は、ソレにとってあまりにも好都合な事実だった。
四百人分の知識。蓄えられたデータ。
ソレは彼らが現実に存在したという事実を消し去ると同時に、関係した者達には死んだと分かるように様々なデータを改竄し、同時にソコを魅力無い準惑星と認識されるようにデータを弄った。
もし最初に出会ったのがその四百人でなければ、ソレはそこまでの知識を得る事はなかっただろう。
研究者であり、事務員であり、オペレーターであり、艦長であり、料理人であり、医者でもあった彼ら。現実世界におけるその知識と在り方は、ソレに様々な刺激を与えた。
与えてしまったのだ。
アレの抹殺を義務だと捉えるソレは、その刺激により複数の可能性を見いだした。
その一つとして始めた行動は、非常に地味なモノだった。
食料に、コードを混ぜる。
永く観測していたからこそ、それはアレ等の元となるコードをハッキリと覚えていた。
そのコードを、流し込む。
水に、食料に。
知識を得る片手間に、試しとして始めたその行為は、ソレの予想に反して結果を出し始めた。
純粋なコードならば、現実に影響は及ぼせない。
だが、電波やジャミングと言った形でならば、現実でも存在しうる。
ならばそれを人に与えたらどうなるか――そんな、思いつき。
人を知ったからこそ芽生えた興味と言う感情が、電脳世界でのみ存在しうる生物を顕現させる。
調査団にしてみれば、一年という長さだけが問題の、非常に楽な仕事の筈だった。
だがソレは、数ヶ月と経たずに阿鼻叫喚の坩堝と化した。
体調を崩しただけと思われた者が、次々とその姿を変え始めたのだ。
魔物へと。
互いに、生きる為の殺し合いが始まる。
ナイフを手に、銃を手に。
逃げる為に、発進シークエンスを起動した者もいる。
だが、全ては手遅れだった。
調査艦は既にソレの手の内にあり、それ以前に誰もがコードに蝕まれていたのだから。
ソレは、始めて抱く感情に困惑しつつも、満たされていた。
実験が成功したという充足感。
だが同時に、虚無感も覚えていた。
観測者。
ソレの本来の役割は、ただそれだけなのだ。
観測者としての存在から逸脱したソレは、だが根底にある職務を全うする為に構築を始める。
人を知ろうとしなければ。
ソレは、自身の行為の矛盾に気付いただろう。
アレの抹殺にはほど遠い、第六層に似た世界の構築。
それこそが、アレを抹殺する為に必要な行為なのだと――そう、自分に言い聞かせて。
ソレは、存在理由である観測者としての役割もこなすべく、自身が観測すべき世界を構築し始めたのだった。
▼△▼△▼△▼△
結局、準惑星アマツキに辿り着くまでに二回襲撃があった。
十機、十五機とボールの数は増えたものの、別段交戦内容に変化はなく、一戦の時間が延びただけだった。
なのでまぁ、問題は無かったと言えるだろう。
本当にその二回しか連絡が来なかった事を、喜ぶべきか悲しむべきか難しい所だけど。
「ん~、やはり素晴らしい」
「ノってきた……っ」
暇を持て余した二人は、落書家になっていた。
本人達にとっては芸術なんだろう。大人が描いているから、実際に芸術なのかもしんない。
メインモニターに映し出されているのは、そんな二人の絵。
一方は、センセーショナルを前面に押し出した鮮烈な色使いに、線ではなく重さで縁取りを描いたかの様な作風。
もう一方は、黒く太い縁取りに現実からはほど遠い色合いを斬新に配置する事でアヴァンギャルドな作風となっている。
まぁ要するに。
園児が塗りたくってももうちょっとマシだろう、って言うような何かだ。
「出来たっ!」
「素晴らしい女神像だっ! アユさんは天才だなっ!」
うん。
これは、遠回しに馬鹿にされてるんだろうか。
スクリーン越しに女神像だという金色ののたくったミミズを眺めて、私は頭痛と共に首を振った。
『えーっと……私は、そろそろ大気圏に突入するって、呼ばれたと思うんだけど』
「はい姫様っ!」
「カナメ様っ! 頑張り、ましたっ!」
目を輝かせるアユちゃんに頰を引きつらせつつもどうにか笑顔を返す。
レグだけなら怒鳴ってお終いなんだけど、さすがにアユちゃん相手に現実を突きつけるのは気が引ける。
『ま、まぁ兎に角、データはとっといてあげるから、降下準備』
「「はいっ!」」
この三日で憂鬱になるかと思いきや、二人とも嫌に元気だ。
相性が良かったんだろうか。
と、機体に落ちるという感覚が混ざり始めた。
機体を制御している私としては、引っ張られるって感覚の方が近いけど。
『……ん?』
ザッと、視界にノイズが走る。
カメラの異常?
違う。
カトレアちゃんと会った時みたいな――
『レグ、シールド最大出力っ! アユちゃんはメインプログラムの保護をっ!』
地上まで百キロほどだろうか。
コードの層が、そこにはあった。
「ちっ! 降下シークエンスを手動で行いますっ!」
「そんな……プログラムが、壊れる……っ」
二人の声は聞こえているけど、私に対応してあげるだけの余裕はなかった。
まぁ、余裕がないってのとはちょっと違うけど。
存在が、蝕まれる。
私という意識で隔絶してはいるけど、電脳世界でなら姿形を維持できるように、私の存在はどっちかと言えば電脳世界、コード寄りなのだ。
だから、纏わり付かれているような、徐々に肌から中に入ってこようとしているかのような、そんな感じを受ける。
けど、それだけって言えばそれだけだ。
問題は、そのせいで機体に干渉しにくくなってるって方。
プログラムへのアクセスがコードを介しているせいか、なだれ込んでくるコードのせいで何も操作できない。
『あ、抜けた』
「姫様っ! 操縦がっ!」
「メインプログラムが、四割も、損傷っ!」
『あー、大丈夫大丈夫。手動操作のマニュアルを表示するから』
今どきの機体は、大体自動操作だ。
アユちゃんパパが奮発してくれなければヤバかったかもしんない。
「あ、あのっ! 自分は、手動操作なんて、初めてなんですけどっ!?」
『手順通りやれば大丈夫だって。ほらボタン押してー、操縦桿出してー』
「ボタン……あ、これかっ」
『五月蠅いからアラート切るわよ? しっかし、妙な層があるもんね』
「姫様姫様っ! ど、どうすればっ!」
『だから表示されてる通りだって。真っ逆さまに落ちてるから、まずは平行に。操縦桿は重いだろうけど、ちょっとずつ引けば良いわよ』
「あの……基板は、無事、です?」
『電磁波どうこうじゃなくて、コードの澱って感じだからね。主要な部分は私がいたからか無事だけど……うん。色々とプログラムがぐちゃぐちゃになってる』
「……酷い、です」
スクリーンを起動したアユちゃんが顔を顰める。
綺麗に並んでいたプログラムが、今や文字だけを一度箱に入れて、ぐしゃぐしゃっとしてから広げたようになっているのだ。直す手間も考えれば顰めっ面にもなるだろう。
ちなみにレグだが、アユちゃんが普通に話せたように、既に機体を安定させている。
あんな落下をしたってのに、機体自体に損傷は殆ど無い。
ホント、良い機体を買い与えてくれたもんである。
「アユさん、飛びますよ」
「うん」
アユちゃんが頷くのを確認してから、レグがエンジンに火を入れる。
ちょっと踏んだだけのつもりなんだろうけど、そこはオーダーメイドの最新機。
横がかりの重力に二人は椅子へと押しつけられて、顔が歪む。
ただ、それも一分足らずの事。
落ち着いた機内で呆然とする二人に、私は苦笑して速度をもう少し落とした。
多分、私が速度に干渉してなかったら二人とも骨折ぐらいはしていたことだろう。
それだけ大気とか重力って存在は厄介なのだ。まぁ、加速に関して一番厄介だったのは≪クレッシェント≫の機体性能なんだろうけど。
『注意しなさいよね。抑制装置機能してないんだから』
「は、はい。……あの、姫様。もしかして、着陸も?」
『当然でしょ?』
「と、当然……」
『でも、ホントアユちゃんパパに感謝ね。大気圏内の着陸シークエンスなんて普通手動化されてないわよ?』
大気圏内専用の飛行機ならまだしも、≪クレッシェント≫は空、宇宙両用の機体だ。
高性能な分、普通なら高性能なプログラムだけで済ませてしまう部分を、ちゃんと非常時用に手動での操作まで可能になっているのだ。
ほんと、幾らしたのやら。
『着陸は……あ、町があるじゃん。あそこの塔の前の広場使えば良いわよ』
「町って……あ、ホントですね。でも、あんな狭い所に?」
『高い所から見てるからそー見えるってだけ。ちゃんと止めればこの機体三機ぐらいは入るわよ?』
「た、たった三機分ですか……」
『悩むのは良いけど、時間かけると面倒な事になりそう』
そう告げて私がメインモニターに映し出したのは、翼の有るトカゲ。
「なんですか? あれ」
「ど、ドラゴン……?」
画面一杯に映るサイズにしてるからかなり巨大に見えるけど、全長は二メートル程度。アユちゃんの呟き通り確かにドラゴンっぽいけど、その胴体は随分とスリムだ。
どちらかと言えば、ある惑星に生息しているフライリザードを大きくした感じに近い。まぁ、フライリザードは精々二十センチ程度だし、それと比べても翼の比率がかなり大きいけども。
『ちなみに、二十匹ぐらいかな?』
そうは言うけどこの映像、落下中に撮影したものだ。
うじうじもたもたされても困るし、この惑星の生態を知るのにも丁度いいと思って表示した。
なので、実際にあいつらが向かってきているかどうかは分からない。
惑星サイズが小さい事もあり、地平線が近い。ぶっちゃけて言えば、現在の高度からだと、彼らがいた場所はもう見えないわけだ。
ま、急かすには良い材料になったと感謝しとくべきだろう。
出来ればもうちょっと生態とか飛行速度とか観測したかったけど。
「お、降りますっ!」
『はいよ。と言っても、降下自体はアユちゃんの仕事だから』
「わたし、ですか?」
『機体下部のスラスターで反発かけて着地ってだけだから、そんな気にしなくても大丈夫よ。レグは機体の制御、後は行動を確認して十メートル切るぐらいで着陸脚出せば良いから』
「姫様っ! お願いしますっ!」
「お願いしますっ!」
『操縦できるならやってるっての。タイミングは指示するから、それに会わせて操縦するだけ。以上』
そう告げて、私は外部カメラへと意識を移した。
落下中は海も見えたが、今はもう見えず、一面の森だ。高い山はその限りではないとは言え、随分と自然豊かな惑星である。
でもって、報告書には生物がいないって書いてあったのに、普通に存在してた。
眼下にも、カラフルな鳥だったり、森を背負っているような巨大な亀が動いていたりと、データベースで見た事もない動物が多い。
だからこそ秘匿されてたのかも知れないけど、それならそれでコードの層が気になる。
≪クレッシェント≫ですらプログラムにかなりのダメージを被ったのだ。普通の機体なら入れるはずもなく、あんな報告書が上がってくるとも思えない。
そもそも、ポラリス製の航行機がどうやってこの惑星に人を下ろしているのか。
……まぁ、いっか。
コードの層は問題だけど、プログラムさえ元に戻せば脱出ぐらいは出来る。
そもそもがアユちゃんの友達捜しだし、そんな深く考えなくてもいいだろう。
「あの、人が……」
『大丈夫よ、アユちゃん。吹き飛ぶし、最悪でも焦げて吹き飛ぶから』
「さすがです姫様っ!」
「褒めるとこじゃないし、大丈夫でもないよっ!?」
珍しい、アユちゃんが突っ込んだ。
それだけ緊張してるってことだろう。
もの凄くゆっくりな降下速度、ガチガチに強ばった身体からもその辺りは窺える。
≪クレッシェント≫自体が高性能だから、そこまで緊張しなくても落下死の危険性はもう殆ど無いんだけど。
まぁ、安全第一は良い事だ。
着陸を急ぐ必要はないので、のんびり町を観察する。
着陸しようとしているのは、塔の前に広がった広場。降下地点だと判断してくれたのか、住民達は端へと寄ってくれている。
その住民の割合だが、獸人種の特徴がある者が七割、その他の人種が三割って感じだ。惑星系ポラリスの人種割合と同じぐらいと言えるだろう。
子供はいない。赤ちゃんを抱えた母親や父親が少しいるぐらいだ。
でもって老人も少ない。日中になるはずだけど、若者から中年に当たるような外見の人ばかり。
不自然な人口比である。
「着陸脚、出すぞ」
「うん、おね、がい」
そんな会話がされる頃には、地上がすぐそこ。
展開した三脚の着陸脚が地面につき、キュッと僅かな音を立てて≪クレッシェント≫の着陸は終了した。
「……ふぅ」
「お疲れ、アユさん」
「レグさん、も」
何か良い雰囲気だけど、茶化しはしない。
レビ達の一件で、もう懲りた。
あれは政治的な面で必要だと思ったから勧めただけで、私信者をくっつけても良い事は無いと学んだのだ。
どういう関係になろうとも、本人に任せるに限る。
「姫様。何か、人が集まってきますけど……」
『この中にアユちゃんの友達いるかも知れないし、友好的にね? あ、アユちゃんのMBに入れされて』
「是非私のにっ!」
『あんたのしょぼいから、嫌』
MBの正式名称はマルチブレスレット、多機能腕輪だ。
生体管理機能に時計、通話にカメラ、録画録音にテレビを見れたり等々。持ち歩ける系の電化製品を全部一個に纏めちゃいましたって感じだ。
現代では一人一個が基本になってるけど、だからこそピンキリ。レグは元がスラム出身だからか、安くて通話性能だけがしっかりしてるって言うポンコツ。容量も少ないし、わざわざ入りたいとは思わない。
「ぐぅ。帰ったら、良いのに変えなくては……」
「カナメさ……ん、どうぞ」
『はい。お邪魔します』
差し出された腕。
そのMBに、私は意識を入れた。
≪クレッシェント≫と比べれば閉塞感はあるけど、MBにしては多すぎる容量だ。機能も多いし、視界もかなり広い。
と、メインモニターの映像が消え、キャノピーとなってスライドした。
風が入り込み、差し込んできた日差しが機内を照らす。
レグがスイッチを押すと、機体側面の装甲が剥がれて、コックピットから地面までの階段を形成する。
量産型の機体だと自分でハシゴをかけるんだけど……高い航行機には高いなりの細やかさまであるらしい。
「じゃ、行くぞ」
先にレグが席を立ち、階段を降り始める。
それに続いてアユちゃんが。
広場には二百人ほどだろうか。遠目にこちらを見ていて、近付いてくる様子はない。
と思いきや、
「アユっ!?」
悲鳴じみた声と共に、一人の女性が四足で駆け寄ってくると、階段下で両手を広げた。
「アユっ!」
「ニャムっ!」
「うなななっ!?」
ネコっ子が驚きの声を上げたのも当然で、アユちゃんは笑顔と共に階段から飛び降りたのだ。
三メートルはあると言うのに、ネコっ子に向かって一直線。
ネコっ子はネコっ子で、驚きながらもジャンプしてアユちゃんを抱き留め、着地と同時にゴロゴロ転がって勢いを殺した。
「無茶するにゃっ!」
「ニャム、こそっ!」
覆い被さる形でアユちゃんはニャムを見つめると、その胸をぽかぽかと叩き始めた。
「心配、させないでっ!」
「なぁーっ! こっちのセリフにゃーっ!」
お返しとばかりに、ぐにぐにと肉球のついた手でアユちゃんの頰をもみ上げるニャム。
こういうの、嫌いじゃないんだけど……うあ~、ぐらんぐらんする。
《アユちゃん、待て》
「はい」
「なっ!? アユの中から声がしたにゃっ!」
「……神様が、いるの」
「にゃーっ! アユが遂に聖女になったにゃっ!」
「楽しそうな所悪いんだが。ニャム、知り合いか?」
そう声をかけてきたのは、ニャムちゃん同様獣の顔をした、虎の獸人種だった。
体毛越しでも分かるほどのガチムチで、ピキニパンツ一枚。確度的にモッコリを見せつけられて、ちょいと体調が悪くなりそうだ。
ちなみに、人間なら通報モノだが、惑星系ポラリスでは合法だったりする。
体毛は人で言う服と同じだし、着ない方が普通ではあるのだ。人としてのモラル的に、性的な部分を隠すのも普通なんだけど。
「ガブにゃ。アユは友達にゃっ!」
「アユ、です」
立ち上がり、ぺこりと頭を下げるアユちゃん。
その姿にガブと呼ばれた虎顔は驚いたように目を見開き、ニッと頰を歪めた。
「おう。俺はガブルヴィレディンズ。結局呼んで貰った覚えはないが、ガブで良いぜ」
「……?」
「まぁ、だろうな。ギルドで何回か会ってんだけど」
「パーティー組もうぜーってしつこかった、全身鎧にゃ」
「あぁっ」
「しつこいって……そこまで粘らなかっただろ?」
「会う度に声をかけてきた時点でしつこいにゃ」
そんな身内ネタを始めた三人に、レグが堂々と声をかけた。
「失礼します。私も自己紹介をよろしいですか?」
「お、おう。お前も六層からか?」
「いえ。私は第十層で筆頭執事を任されております、レグです。よろしくお願いします」
「……第十層。執事?」
恭しく礼をしたレグは、黒いスーツと言う事もあり見るからに執事だ。
だがガブは不思議そうに首を傾げ、そんな様子にニャムがけらけらと笑った。
「ガブにゃは遅れてるにゃ。今の第十層はかなり変わったんにゃよ」
「ほう、そうにゃのか」
「そうにゃんよ、何か神様が降り立ったとかどーとかで、移住者も増えてるにゃ」
どうやら他の階層でも噂になっていたらしい。
頑張ってお仕事の斡旋とかしてあげてるのに、人が減らないわけだよチクショウ。
……だから増えてるんだろうか? けど、無職とかに入り浸られてもアレだから、仕事無いって人に斡旋しないわけにもいかないんだけど。
「あー、兎に角レグさんだったか。その戦闘機、動かせないか?」
「……その、動かす、ですか?」
「あぁ。さすがにここはちょっとな」
《引っ張って貰えば良いんじゃない? 獸人がこんなにいるんだし》
私の言葉に、ピクンと獣耳を動かした二人がアユちゃんを見た。
MBからの骨伝導だからアユちゃん以外には聞こえない筈なんだけど、随分と耳が良い事である。
「え、えっと……邪魔に、ならないところ、まで、引っ張って欲しい、です」
「お、おう。動かして良いなら構わない。おいっ! 誰か手ぇ空いてる奴手伝えっ! こいつを西側まで運ぶぞっ!」
ガブの呼びかけに、ゾロゾロと男達が寄ってくる。
ビキニパンツオンリーは少数派で、上半身裸すら少数。人に近い獸人の人も多く、三分の一ほどが私服ではなく鎧系を装備していたりする。
何というか、第六層チックだ。
「町長。前輪に結んで引っ張りゃ良いのか?」
「ロープならあるぜ」
「西って、あの置き場だろ? 入んのかこれ」
「全然余裕だって」
「行ける行ける」
「車輪ある分こっちの方が楽だな、たぶん」
そんな話をしつつ三本の着陸脚にロープを結んだ男達は、『よいしょーっ!』と声を合わせて一引き。
タイヤが動き出すと、そのまま慣れた様子で西へと延びる道へと引っ張り始めた。
「ありがとうございます」
「気にするな。で、基板をやられたのか? 着陸自体は普通に出来てた様だが」
「基板は大丈夫なのですが、プログラムが」
「プログラムが? ……良く分からんが、そう言う事もあるか。二度とこの惑星からは出られないって話だしな」
「……二度と出られない、ですか?」
訝しげなレグの問いかけに、ガブは一つ頷いた。
「お前達のおおあげで実感できたってとこだがな。俺たちは、こっちに来る前にそう伝えられてるんだよ」
「誰に?」
「分からん。案内人も全身ロープ姿で、性別も分からなかったしな。ただ、二度と帰れないって条件でここに来てるんだ」
「……全員、それを承諾した上で来てるんですか?」
驚くレグにガブが苦笑混じりに頷く横で、アユちゃんもまた驚きの表情をニャムへと剥けていた。
「にゃはは」
「何で、黙って……」
「にゃー、正直信じてなかったにゃ。交通費支給、財産は全部現地の物資に交換で、現実でファンタジーライフとか……まぁ、詐欺の一種だと思ってたにゃ」
「だからって」
「もしかしたら。そう思ったら、アユには声をかけられなかったにゃ。……ニャムにはアユ以外大切な人にゃんていないけど、アユは違うから」
「……ばか」
ギュッと抱きつくアユちゃんに、ゴロゴロ喉を鳴らしつつ頰を擦り付けるニャム。
うん、良い友情である。
「つまり、帰る気のない人達ばかりの町、ですか?」
「そう言う事だな。実際には肌に合わなくて引きこもってる奴もいるが、基本的には天涯孤独。あっちでもニュースになっちゃいねぇんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「経歴やら生まれやらで、あっちにいても並以上には成れない奴らばっかだからな。その点、こっちはいいぞ? 生きてるって実感できる」
「……何をしてるんですか?」
「分かりやすく言えば冒険者だな。ま、俺は初期に連れてこられたせいで町長なんて役柄もやる羽目になってるが、これはこれで面白いぜ?」
「はぁ」
「詳しく説明してやるよ。ギルド……は東だし、まずは船をどこに置くか確認しときたいだろうから、ドリルドのとこでいいか」
「よろしくお願いします」
「じゃ、ニャムもいくにゃ」
「お前、仕事はいいのか?」
「目標数は午前で済ましてるにゃ」
ビシッと短い親指を立てるニャムに、ガブは苦笑すると足を踏み出した。
新参者より乗ってきた機体の方が気になるようで、視線はまばら。
そんな中を、レグとアユちゃんも歩き出したのだった。
基本的に木造建築なのだが、西に行くほどにレンガ的な石造りの家が増えてくる。
ガブが足を止めたのは、そんな家並みの端にある家だった。
町の端で人通りも少ないのか、道の真ん中に引っ張ってこられた機体がドンと置かれ、その横にある空き地には何十機という脱出ポッドが並べられている。
「おーい、ドリルドっ!」
ガブが雑に扉を叩くと、中から『うるせぇっ!』と声が響き、乱暴に扉が開かれた。
そこから姿を現したのは、青年。
ガブと違って頭から生えたうさ耳ぐらいしか獸人としての特徴はないものの、上半身裸でムキムキ。その上人相まで悪かったりする。
何というか、うさ耳が可哀想になるほどに悪党っぽい顔である。
「うっせぇぞこらっ! 何の為のチャイムだっ!」
「一緒だろ」
「ちげぇよ馬鹿野郎っ! ……そいつら新人か? って、何だあの機体っ!」
「こいつらが乗ってきたんだよ。で、新人には新人だから町の説明するのに場所借りたいんだが」
「……ま、構わねぇよ。俺は奥で仕事してっから、邪魔すんな」
「分かってる。悪いな」
そんな会話だけで家に入れて貰え、家主は奥の部屋へと消えていった。
代わりにガブが勝手知ったる他人の家とばかりに椅子を勧め、飲み物を用意してくれる。
「あの、先程の彼は?」
「ドリルドにゃ。ガブにゃと同じ頃に来た人で、鍛冶ギルドのお偉いさんでもあるにゃ」
「鍛冶ギルド、ですか」
「第六層の人が殆どにゃから、それぞれの仕事ごとにギルドになってるにゃ。本当なら土木ギルドになるはずだったんにゃけど、ダサいからで鍛冶ギルドになったって聞いたにゃ」
「残念だが事実だな」
ドンと来客用らしい丸テーブルにジョッキを四つ置いて、レグの正面に腰を下ろしたガブが言葉を続ける。
「鍛冶ギルド、商人ギルド、冒険者ギルド。この町はこの三つで成り立ってる」
「町の運営はどうなってるんですか?」
「それぞれのギルマスと俺で大体の方針を決めて、ギルドが仕事を受け持つって感じだ。土地とか建物は鍛冶、戸籍云々は商人、魔物相手は冒険者ってとこか」
「……その、魔物ってのは?」
「ちょいと強めな動物ってとこだ。第六層じゃ普通だっただろ?」
「自分は、六層をよく知らないので……」
「マジかよ。あ、飲んでくれて良いぞ。果実水だ」
そう勧めつつ真っ先に飲み干して、ガブは大きく息を吐いた。
「酒が良かったけどなぁ。……あ、それで魔物だが、第六層に出るような奴が多いから魔物って呼んでる。ゴブリンやオークもいるからな。違いと言えば魔石が出ない事ぐらいか」
「剥ぎ取りも面倒にゃ。ゴブリンなんて、死体の処理しないといけにゃいし」
「だな。ま、残さず使える魔物も多いし、ありがたい面もあるじゃねぇか」
「確かに。物欲センサー関係ないのはいいんにゃけど」
「やっぱよぉ、骨が残るってのはいいよな」
「同感にゃ。肉は美味しいし、骨も素敵にゃ」
腕を組んでうんうんと頷く二人。
この惑星を満喫しているようである。
「……元気で、良かった」
ほっとした様子で、ぽつりと呟くアユちゃん。
出来た子だ。
いきなりいなくなってこんな風に楽しんでたなら、私なら数日は怒ってる所だ。
「そーいえば、私達って失踪って事になってるにゃ?」
「存在が、消されてる」
「存在が?」
コテンと首を傾げるニャムに、レグが口を開いた。
「産れたと言う事実から、生きていたという事実まで、全てです。なのでアユさんは心配して、どうにかここまで辿り着いたのですが……杞憂だったようで、何よりですね」
その言葉にニャムは金色の瞳を見開くと、席を立ってアユちゃんへと歩み寄り、その身体をギュッと抱いた。
「ありがと」
「……心配、した」
「凄く嬉しいにゃ。ごめんね?」
「ニャムの、勝手は、いつも」
「にゃはは……。現実で会うのは初めてにゃのに、やっぱりアユにゃ」
「ニャム、も」
アユちゃんは不満を示すようにぷくっと膨れているけれど、頰の端が緩んでて逆に可愛い。
苦労に見合わない結果だけど、アユちゃんが安心できたんだから十分ではある。
《じゃ、後は帰るだけね》
「にゃっ! またあの音にゃっ!」
「カナメ様、だよ?」
「カナメ……。あのっ!?」
「うん」
アユちゃんがMBを付けた右腕を伸ばし、ニャムが目を輝かせて私を見つめる。
うん、機能は付いてるけど姿は見せないよ?
あのとか言われてわざわざ姿を現したいとか思わない。
たぶん、また女神やら何やら言われてるんだろうなぁ。アユちゃん相手には、普通に接してるつもりなんだけど。
《アユちゃん。そんな事より、プログラムの確認。あの破損率だと、直すのにかなりかかるんじゃない?》
「うっ」
《私は専門外だからね?》
電脳世界では無敵なチートだけど、それとプログラムを直せるからどうかは別なのだ。
何というか、英語は読めるけど喋れないし書けない、みたいな感じだ。
「……はい」
《あと、様じゃなくてさんね》
「分かり、ました」
しょぼんとするアユちゃんだけど、プログラムを直せるのなんて多分ここには彼女しかいない。
後回しでも良いけど、困るのは彼女たちだ。
まぁ、私もコードの層があるから帰りにくいんだけど。
あのコードのせいで大気圏外まで電波が届かない。でもって近場に中継器も無かったから、私だけ帰るにしてもちょと工夫が必要だ。
「あの。少し、機体の状態を、見て、きます」
「ついてくにゃっ!」
「はい。では、自分はガブさんと話してますね」
「おう、何でも聞いてくれや」
男チームと女チームに分かれ、アユちゃん達は外へ。
大通りには、置かれたままの機体。それなりに人が集まっているものの、マナーを理解してるのか触るような真似はしていない。
≪クレッシェント≫へと向かう途中、右手の着陸ポッドが並べられた広大な空き地が目に入り、私は《待って》と声をかけた。
家側の壁に並べられていたのは、四機のロボット。
下半身が三角形のキャタピラになっていて、上半身は人型だが、頭部にはカメラが取り付けられ半円の強化ガラスで覆われている。
《あれ、借りれる?》
「ニャム。あれ……」
「充電中の荷運びロボットにゃ。備え付けのソーラーパネルで充電するしか無いから、二機ずつ貸し出してるにゃ」
「借りれる?」
「……予約が一杯にゃ。アレがあると稼ぎが倍は違うから、当然にゃけど」
《なら、充電はこっちでやるって事で良いんじゃ無い?》
私の提案に、アユちゃんはぽんと手を打つと、その案を口にした。
≪クレッシェント≫はカオスエンジンを搭載している。
響きだけはヤバいっぽいけど、気体があればそれを燃料として取り込み、自動で選別して燃焼させるという高性能エンジン。
要するに、大気圏内なら無尽蔵でエネルギーを作り出せるのだ。
元々が宇宙ガスを想定して作られているので、過剰供給に気をつける必要はあるけども。
「ちょ、ちょっとドリルドに聞いて来るにゃっ!」
そう言うなり駆け足で戻ってゆくニャムを見送って、私はぽつりと言葉を伝える。
《そういえば、誰もMB付けてないわね》
「室内も、ランプ、でした」
家屋とかも現代にしては原始的に見えるのも、電気が無いからなんだろう。
風車なりなんなりで発電ぐらいは出来そうだけど、調べる道具が無ければ分かんないってのが普通なのかもしんない。
「おいっ! 充電できるってマジかっ!?」
「は、はい」
「是非頼むっ! 半日でフル充電まで持ってけるなら、二台貰ってくれていいぞっ!」
「そ、その……先に、確認、しないと」
「そりゃそうだな。頼むわ。そこに置いてある道具使って良いからよ」
「はい」
ペコッと頭を下げるアユちゃんに、ドリルドの後ろから出てきたニャムが苦笑した。
「ごめんにゃー。ドリるんは雑なのにゃ」
「うっせぇぞネコっ子」
「むっ! ニャムは歴としたフェアリーテイル種なのにゃっ! そこらのネコっ子と一緒にされるのは心外だにゃっ!」
「はいはい」
そんな二人を尻目に、アユちゃんはロボットの所まで行くと整備道具を手に取った。
ぱっと見は雑な作りだ。皿頭ネジで取り外し可能ってのも、現代ではあまり見かけない。
ただ、内部はしっかりしていた。
人型である以上当然なのだが、配線が多い。背面の外した部分以外は装甲が二重になっていて衝撃吸収剤(しょうげききゅうしゅうざい}もちゃんと入っている。見た目よりかなり高性能なようだ。
「これなら……両肩の、ソーラーパネル外して……」
「アユ、どうにゃ?」
「うん。この配線、接触型に、してくれれば」
「って事みたいにゃ」
「おう、若いの呼んで日があるウチに片付けちまうわ。銅合金で良いよな?」
「はい」
アユちゃんが頷くと、ドリルドは「集まれっ!」と大声を上げた。
それだけでワラワラと体格の良い男達が集まってくる。
中には女性もいたが、いかにも武闘派って感じで鍛えられている。そんな彼ら彼女らの共通点は、人に近い手があると言う点だ。
と言うか、ニャムやガブの様な獣に近い獸人だと、手の形状的に鍛冶とかは難しいんだろう。軟体系の人種で整備士をやってる人も多いけど、あれは現代の道具があればこそだ。
「おし、ちゃっちゃとやるぞーっ!」
『おうっ!』
「で、何やんだ?」
「あの機体触りてぇな」
「俺はニャムちゃんとのんびりしてーわー」
「あの子、案外可愛くね?」
返事までは纏まりがあるように見えたけど、案外自由な奴らである。
「にゃ。じゃあアユ、機体見るにゃ。……乗って良い?」
「うん」
「やったにゃっ! アレ絶対高い機体にゃっ!」
アユちゃんの手を引っ張って走り出すニャム。
そんな二人を、オッサン達は微笑ましいモノを見るように頰を緩ませていた。
「尊い」
「ここに来る前なら、普通に見れた光景なんだよなぁ……」
「失って気付くとか……俺の馬鹿っ」
「おい、泣くな。俺だってああいう青春が欲しかった」
「あたしも、あんな感じの友達が一人いれば、良かったんだけどな」
何というか、色々と拗らせてる人が多いらしい。
まぁ、今に不満があるわけじゃ無さそうだし、それだけは救いだろう。
「早くっ! 早くっ!」
「ちょっと、待ってっ。あれ、鍵が……」
「にゃーっ! もったいつけすぎにゃーっ!」
「ち、違う。ホントに、鍵が」
そんな二人を見上げつつ、私も脳だけになる前の人生を思い出して、頰を緩めたのだった。