第二章 惑星系ポラリス
「……ふむ」
アユちゃんといつも利用する喫茶店のテラス席で、私は渡されたデータを眺めていた。
テーブルの上に展開したスクリーンでは、買い物客が精算を行っている。コンビニの監視カメラ映像だ。
十分程度の映像。
それを繰り返し見ているわけだが、見る度に新しい発見があって面白い。
普通の監視映像。けどこれは、とんでもない技術の塊だ。
「カナメさ、ん」
「アユちゃん」
駆け寄ってきたアユちゃんに笑顔を返して、対面の席を勧めつつ店員を呼ぶ。
現実ならスクリーンパネルで勝手に注文ってのが普通だけど、こー言うのもいいものだ。
アユちゃんが注文した紅茶セットが来るまで適当に雑談し、ケーキと紅茶を置いて店員が去ったのを確認してから本題に入る。
「よくあんな映像見つけたわね」
「近くの、コンビニで、夜食買うって、言ってた、ので」
「だからって、普通気付かないわよ。凄いのね」
「そ、そんな……う、うぇへへへへ……」
顔を真っ赤にしてニヤニヤするアユちゃんだけど、実際胸を張って良いぐらいの事だ。
私だって、アユちゃんから送られたデータじゃなければ異常に気付かなかっただろう。
それほど見事に、人一人が消されていた。
自動ドアを開き、空いている椅子に座り、タッチスクリーンで商品の立体映像を見つつ選んで、精算し、出てきた荷物を受け取って自動ドアから出る。
その一連の流れだけが、完璧に消されていた。
コンビニに入る際、すれ違う相手と道を譲り合う所も。
商品を選んでいる最中に、隣のおばちゃんに話しかけられた所も。
全てが存在しなかったように完全に消されている。
「ハッキリ言って、どうやったのか見当も付かないわよ」
「カナメ様、でも、です?」
「さん、ね。……映像加工は完全に管轄外だし、プログラムでここまで精巧に一部分だけを加工するってのも理解できない」
「プログラムで、ですか?」
「映像になった時点で、コードで形成されてるからね。ここまで完璧に映像を加工できるって事は、間違いなくプログラムから干渉してる」
加工したと言う粗が殆ど無いのだ。
この人が他人と関わっていなければ、僅かな粗すら気付けなかっただろう。
「昔風に言えば、一ドット単位で加工してあんのよ。消されたその人以外はほんの少しだけ雑だから、どうにか分かったんだけど」
「じゃあ……やっぱり、いたんです、よね?」
「うん。実在した」
私の断言に、アユちゃんは頰を緩めたものの、すぐに引き締めた。
まぁ、喜べる状況じゃない事は確かだ。知り合いがAIだったと言う事実を否定できただけでも、嬉しいんだろうけど。
「ただ、尚更意味がわかんないのよね。そんな凄い人だったの?」
「普通の、人」
「よねぇ。コンビニ周辺に、そこまでの企業はないし」
瞼を閉じて、データがあったコンビニにリンクする。
映像は確かに加工されてた。
その上、何かを買ったはずなのに、購入履歴すら消えている。カード情報も、振り込まれたという事実も。
唯一の証拠は、在庫数が合わないという点ぐらいか。
正確に言えば合っているのだが、映像データにはないタイミングで一個ずつお弁当と飲み物が減っている。
「アユちゃんレベルのハッカー集団でもなければ無理だと思うんだけど……」
この映像に限らず、他の映像も、データも加工されているんだろう。
一人二人では絶対に無理な仕業だ。
今回は実物が無くなっているから判別はついたけども、精算データすら消されているんじゃ追いようがない。
「アユちゃんは、どうやってこの映像に気付いたの?」
「……違和感?」
「そんなんで十分程度に絞れたんだ……」
とんでもないセンスの持ち主である。
「まぁ兎に角、現実に存在したなら見つけられる要素はある。映像だけだと難しそうだけどね」
「じゃあ、どう、したら」
「映像と比較して、食料の減りとかから経路を辿るしか無いわね。この映像でもそうだけど、買ったタイミングで在庫が減ってるから」
「それ、は……」
「そう、とんでもなくめんどくさい」
表情を曇らせるアユちゃんに、私は苦笑した。
この十分を見つけ出すだけでも相当大変だったんだろう。
見つける手段が分かったのに、探す手間は増えただけ。
何せ、映像を確認しつつ在庫を確認して、一致しないタイミングを見つけないといけないのだ。
監視カメラ映像に、在庫データ。その二つを手に入れるのすら一手間かかる上に、全てちゃんと確認するとなればとんでもない作業量になる。
「だから、当たりを付けるしか無いわね」
「……?」
首を傾げるアユちゃんに肩を竦め、私はスクリーンの映像を切り替えた。
宇宙ステーション。どこの惑星でも最低でも一つは所有している、出入星の為の巨大施設だ。
「現実に存在したって言う痕跡を消されてるのは、多分一人じゃ無い。でもって、案内人がいるって事は、他の惑星に向かった可能性が高い。だから、痕跡が見つけやすいかも知れない」
「……はいっ」
希望を見いだしてくれたらしいアユちゃんは大きく頷いた。
まぁ予想でしか無いんだけど、可能性は十分にある、筈。
「じゃ、アユちゃんは出入港のチェック。私は全体を調べてみるから」
「分かり、ましたっ」
「それじゃあ、明後日、同じ時間にここでいい?」
こくんと頷いたアユちゃんに頷きを返して、私は席を立った。
さて、足取りが掴めると良いんだけど、どうなることやら。
そんな私の不安が嘘のように、簡単に足取りは掴めた。
あえて問題を挙げるとするのなら、それが誰の足取りなのかが分からないという点ぐらいだろう。
一日空けたのでいくつかの宇宙港を当たってみたのだが、映像上消された人が出てくる事出てくる事。
惑星系ポラリスには二つの有人惑星が存在し、一方は惑星フレームドと呼ばれる一般的な惑星で宇宙ステーションは一つ。もう一方は大型惑星デガラで、宇宙ステーションは四つ。
その全ての宇宙ステーションで痕跡が消されている形跡があったのだ。
過去一ヶ月に遡ってみた所、最低でも百人。確認が簡単な自販機のデータと照合しただけなので、十倍は居るかもしんない。
「これで問題にならないってのも凄いわよね……」
「そう、ですか?」
「あー、うん。まぁ、あくまで私の感覚だから気にしないで」
いつから始まっているのかは分からないけど、千人以上が行方不明所で、かつ生きてたって痕跡すら消されてるのに、誰も気付かない。
私的には驚きだけど、アユちゃんが首を傾げたように、現代では別段異常って程でも無い。
何せ、現実だけで無く電脳世界というもう一つの世界まで無限に広がっている。現実世界での繋がりは、私が生きていた時代とは比較にならないほど薄くなっていて、行方不明や孤独死なんてのもザラ。
なので、現代に生きる者として驚く点は、これだけの人数の産まれたと言う情報から今までの全ての痕跡を消し去ったと言う所だろう。
「まぁ兎に角、私としてはこんな感じだけど、そっちは?」
「この船、です」
そう言ってアユちゃんが見せてくれた映像は、そう珍しくは無い航行機だった。
ちなみにだけど、今私達がいるのはいつもの第六層にある喫茶店である。
約束通りの二日後、同じ時間に再び合流したわけだ。
「フツーのボラリス製航行機ね」
機と呼ばれるのは、搭乗人数十人以下の宇宙船。それ以上だと艦と呼ばれる。
でもって航行機と呼ばれるのは、一定以上の出力があって武装が少ない機体。実際表示されているポラリス製航行機は、一応程度にフェザーライフルが一門付いているだけである。
「私が、現地で、撮影しま、した」
「……は?」
「監視カメラ、の、映像は、こっち」
展開した映像、その発着所は空だった。
殆ど同じ位置から撮ってあるってのが、アユちゃんの拘りを感じさせる。
アユちゃんが直接撮ってきた方は、ちゃんと発進のアナウンスが流れ、光で射出コースをナビしているんだけど、監視カメラの方は何一つ映っていない。ただ、静止画というわけでは無く、アユちゃんが撮影した映像同様に作業者とかは映っているのだ。
「って、ポラリスにいるの?」
「惑星フレームド、です。……この前、から、ずっと」
「相当気にしてんのね」
「そんな、こと」
よほど大事な友達なんだろう。
微笑んで告げはしたけど、内心ではビックリだ。
何せ、アユちゃんはガチの引きこもり。現実で外出どころか他の惑星系にまで行ってるなんて、相当な奇跡だろう。
アユちゃんパパ、泣いて喜んだに違いない。
まぁ、普通の家庭なら惑星系移動なんて泣いて悩むような金額なんだけど、大企業幹部の娘さんだからその辺りは気にならないんじゃ無いだろうか。
「そー言えば、その友達の事詳しく知らないんだけど」
「作って、きました」
そう言ってアユちゃんがポラリス製航行機の隣に展開したもう一つの映像は、まるで履歴書みたいな感じだった。
顔写真は、この第六層でもよく見かける獸人種。子猫に茶髪を乗せたような感じで可愛らしいけど、年齢は二十歳だ。身長も百六十五センチと、写真から感じるイメージよりかなり大きい。
「可愛い子ね」
「うるさいん、です。凄く」
ムッと顔を顰めるアユちゃんの様子に、思わず微笑んでしまったのも仕方ないだろう。
それだけ仲が良いって事だ。アユちゃんにそんな友達がいるって事が、私としてはなんか凄く嬉しい。
「普通に学園出て、一年お金貯めて電脳世界、か。……普通の子ね」
身内がいない事も、別段不思議では無い。
惑星フレームドでは少数派にはなるが、大型惑星でガラでは、五歳程まで育てたら野に放つってのが文化として未だに残っているのだ。
この辺り獸人種の特性が大きく関わっているのだが、彼女らは一回で三つ子から五つ子を出産するらしい。別人種との交配では違う結果になるらしいけど、そう言った特性があるからこそ根付いた文化は未だに継続中。
なので、獸人種で身内がいないってのは別に不思議では無いのだ。
厳しい話にはなるけど、人ってのは無尽蔵に増え続ける。それを間引く文明は、世界の為でもある。
まぁ、現代の歴史から見れば、そんな事しなくても結局は大規模が間引きが発生するんだけども。
それが戦争。
負ければ迫害の対象になり得るし、最悪人種ごと消される可能性もある。そこまで大事になる前に調整している彼らの文明は、ある意味では素晴らしいものと言えるんだろう。
たぶん。
「ん~……ただ、やっぱり人種で選ばれてるって訳でもないのよね」
「分かるん、ですか?」
「自動販売機の在庫が減った後、清掃ロボがすぐに通ったのよ」
たまたまではなく、明らかにその何かの後をついて回っているようだった。
「だから、水生系の人種もいる。となると、特別ニュースにもならないって事は家族はいない。でもってあまり人と接触しない仕事をしてるってのが共通点かな」
「はい」
後は、比較的若い人が多いかも、ぐらいかな。
これはアユちゃんの友達が若かったと言うのが理由でしかないから、確定ではない。
けど、こんなに手間暇かけて爺を連れてってどうすんだって話ではある。まぁ、身内がない若い人材を集めている、と見て間違いは無いだろう。
何の為にそんな事してんのかが、さっぱりだけど。
「航行機の、行き先は、不明、です」
「あー。惑星系ポラリスって、中継器少なかったもんね」
惑星系ポラリスのベース人種は獸人種。それが、惑星系ポラリスが未だに探索されきっていない最大の理由である。
獸人種と虫人は、元々機械に頼る必要が無い身体性能がある。自分達で数を調整する特徴もあるので、機械に対しても宇宙に対しても関心が低い傾向にあるのだ。
ポラリス惑星系は元々が獸人種しかいなかった為その傾向が顕著で、惑星系外生命体が干渉しても尚、宇宙へはあまり興味を示していない。
その為、惑星系ポラリスは人類が確認していないエリアが広大に存在している。
中継器が少ないも、そのせいだ。
まぁ、近年では冒険家とかの外からの流入も多いんだけども。
「どっから来てるかも分かんなかった?」
「……往復、で、一週間」
「ずっと往復でその距離を移動してんのね。でも、それなら現地の人達がデータに残ってない事を異常に思うんじゃない?」
私の疑問に、アユちゃんは片手を広げた。
惑星系ポラリスにある五カ所の宇宙ステーションを利用してるって事だろう。
まぁ確かに、月一回の利用程度ならそこまで気にならないかも知れない。
「デガラに、行き、ます」
「フレームドで確認できたって事は、次はそっちになるわよねぇ。……じゃ、次は追跡か。機体は?」
「あり、ます」
「そっか。じゃ、次に航行機が確認取れたら連絡ちょうだい」
「うんっ」
早ければ来週、遅くても一週間後って所だろう。
まぁ、順番に回ってるかどうかも分かんないので、実際どれぐらい待つ羽目になるか分かんないけど・
「えっと、アユちゃんは大丈夫なの?」
「……?」
「家から出てるのよね?」
「……電脳世界が、あるし、カナメ様も、いるから」
嬉しい言葉に、私は立ち上がってアユちゃんの頭を撫でた。
「うぇへへ」と漏れる笑い声もご愛敬。
この子が友達を取り戻す為に、全力を尽くそう。
現実でも、私にしてあげられる事は、多いはずだから。
と言う事で六日後。
ハッキリ言おう。私は、現実では無力だ……っ。
緑色のお肉も食べれないし、金色に輝く果物ジュースも飲めない。
肉体がないってのは、本当に不便だ。食べたいし、飲みたいのに。
まぁ、電脳世界にもあるみたいだから、ちゃんと味のコードを理解する方が先なんだけど。
つい、忘れちゃうんだよなぁ。
何だかんだでやる事があって、味の解析勉強を後回しにしてしまう。
その結果が、見た目だけ違う私が知っている味の数々。
まぁ、困ってないから良いんだけども。
デガラで最も発展した街を監視カメラ経由で観光中、連絡を受けて私は通信を繋いだ。
「あ、アユちゃん?」
「来ま、した」
「はいはーい。じゃあ……あ、この機体ね」
アユちゃんの通信から位置を特定して、その機体のプログラムに入り込む。
中々良い機体だ。
フェザーライフルは二門しかないものの、高出力の有翼型。大気圏内の活動でも問題ないし、武装さえ揃っていれば高機動の戦闘機で通用するような代物だ。
『良い機体ねアユちゃ』
スクリーンを立ち上げた私は、目の前に想定外の人物がいて言葉を止めた。
美青年。
それだけなら「おっ」で済む所なんだけど、「むっ」って感じだ。
『……何でここにいんのよ、レグ』
「姫様の執事ですので」
『アユちゃんっ!?』
「その……手伝って、くれるって……」
『知り合いだったのっ!?』
「当然ではないですか。姫様の知り合いは、全員知ってます」
『こっわっ!』
ヤンデレだっけ?
いや、何かもっと怖い感じがする。こう、粘体状の執着心というか何というか。
まぁ、実害はないから良いんだけど……。いや、いいかなぁ? さすがに、現実を生きる人間として、ヤバいと思うんだけど。
『レグは、なんかちゃんとしたポジションに付いてたんじゃなかったっけ?』
「問題ありません。全て完璧に引き継ぎ、自分がいなくても回るようにしてきましたので、最悪退職という形になってもご迷惑をおかけする事にはなりませんので」
『……あれ? いま、もの凄く忙しいとか言ってなかった? ≪ディアホーム≫』
「はい」
『いや、はいじゃなくて』
「五人現地の人を引き抜いて、自分の給料で二ヶ月分雇用し鍛え上げておきました。総支配人にも許可を貰い正式雇用しましたので、業務に支障はきたさないかと」
『何してんのホントっ!?』
基本的に≪ディアホーム≫は総支配人のルッティに任せているのだが、エリアマネージャーの自腹で新人教育しろなんてブラックな真似はさせていないはずだ。
慌てて確認してみれば、確かにレグが担当していたカムナ統一惑星エリアマネージャーは五人になっていた。
その功績なのか、現在の惑星系フィロリス担当のゼネラルマネージャーとしてレグの名前があるけども、さすがに自腹云々(じばらうんぬん)はおかしい。
『……自腹で育てたって、ルッティに言った?』
「まさかっ! 自分の都合で鍛えたのです。その間は個人的な雇用関係でしたし」
『アホかっ! それでも企業の利益になってんだからちゃんと申請しなさいよっ! ……ったく、後で振り込ませるけど、足りないようならいいなさいよ?』
「必要ありませんっ!」
『企業としての信用問題だってーのっ! 好き放題やりたいなら自分で起業しなさいよっ!』
「嫌ですっ! 姫様の元で働かせて下さいっ!」
『働いてんでしょーがっ!』
懇願するレグに思わず怒鳴って、はぁと息を吐いてみせる。
こんなんでも、ルッティからの評価は上々なのだ。実際仕事は出来るし気配りも上手く、従業員は元より入居者達からの評判も上々らしい。
その気配りを、もうちょっと私にも見せてくれないもんだろうか。
『それで……アユちゃん、こんなのと一緒で大丈夫なの?』
「はいっ。その、話しやすくて……」
「そうです姫様っ! アユさんはホントに素晴らしいっ! 私の話をちゃんと聞いてくれるどころか、私の知らない姫様の事まで詳細にっ!」
『えぇ……』
「レグさん、も。カナメさ……ん、の事、たくさん話して、くれて、嬉しい」
「ですからどうか姫様っ! 私にもナデナデをっ!」
『死ねっ!』
戯言をほざくレグに吐き捨てて、スクリーンをアユちゃんの前へと移す。
この航行機は復座型。声だけはちゃんと拾えていたけど、どうせ見るならアユちゃんの方が良い。
「あぁ姫様っ!」
『もうアレの相手してると疲れるから、問題の対応しよう。どんな感じ?』
「三番の映像、です」
『誰か乗った?』
「来て、すぐに」
「八人搭乗しました。既に発進シークエンスに入っています」
『は? 来ばっかじゃないの?』
「はい。五分経ったかどうか、ですね」
「艦籍……は、ポラリスの、保険会社。艦主、セレネ・マックイーン」
『すんごく丁寧に偽造してあるわね』
私だから偽造だと分かるけど、警察とかでも偽造と突き止めるのは難しいレベルだ。
会社の登記登録は行われているものの、実態がない。要するにダミー会社。でもってセレネに関しても、経歴から住所までハッキリしているし住民票まであるのだが、住んでいる場所は空き家だ。家主自体はセレネでも、もう何十年と人が住んでいないぼろ屋というのは一目で分かる。
まぁ、実際に目にしないと分からない事実ではあるけど。
「レグさん、発進、準備」
「おう。こちら三百二十三番、≪クレッシェント≫、発進許可求む」
「距離、二百を、維持で」
「おう、任せとけ」
映像ではポラリス製の航行機が飛び立ってゆく。
残った映像、データを確認してみれば、既に改竄済み。
私じゃ真似すら出来ない手際だ。世界一位のハッカーがいたとしても、ここまで鮮やかな真似は出来ないんじゃ無いだろうか。
と、ゴッと音が響いて≪クレッシェント≫が闇夜へと飛び立った。
加速は十分。と言うか、普通の戦闘機よりもかなり速い。
武装もアタッチメントを付ければ十分宇宙警察で通用する代物だ。アユちゃんパパがかなり奮発したらしい。
『ふむ、ふむ』
実際目の当たりにしたから間違いないけど、相手の偽装技術は超一流。
でもって、完璧主義者だ。
この短時間で、ポラリス製航行機が着艦したと言う事実すら完全に消し去っている。
艦籍、艦主の情報までしっかり創り上げているし、全てを完璧にこなしたいって言う欲求が見え隠れしているように思える。
……いや、欲求と言うより、そう言う性格と言うべきか。
普通なら、ここまで完璧にはやらない。そう言う性質の存在と言った方がピンと来る。
「ちょっと離れただけで、機影が一気に消えたな」
「こっち、は、探索者、ぐらい」
「あー。行くだけ無駄な方面って事か。それじゃあ宙賊もいないだろうしな」
「うん」
レグの砕けた口調は、何か新鮮だ。
普段もこんな感じで適当に接してくれれば良いのに。
『あ、そうだ二人とも。速度――』
「すみません姫様。機影です」
「そんな、どこから……?」
「わかんねぇ。五機だ、こっちに向かってくる」
「逃げ、る?」
「つっても追わない事にはなぁ」
先を行く航行機へと向かわない所を見れば、そっちの協力者って事だろう。
ただ、距離二百以上。ポラリス製航行機にそこまでのレーダー性能は無い筈なんだけど。
兎に角制御権を奪うかと、その五機へとアクセスしたものの、私は首を傾げる羽目になった。
『……あれ?』
「カナメ様?」
『うん、さんね。レグ、制御権貰うわよ』
「はいっ、姫様っ!」
嬉しそうなレグはほっといて、私はすぐに機体へと意識を落とした。
外部カメラは六基。最初の頃は二つ以上の映像を同時認識するのが難しくて気持ち悪くなってたものだけど、今となっては慣れたもんだ。
敵機の姿はまだ見えないけど、レーダーで近付いてきているのは分かる。
先程アクセスした際に分かったのは、機体がボールだと言う事だけだ。
ボール。そのままの意味で、球体の戦闘機は総じてそう呼ばれている。
宙海戦用の戦闘機としては最も一般的な形状で、球体故に直撃を受けにくいというのが最大のメリットだろう。
接近する速度から考えれば、性能はそれなり。
ただ、わざわざ私が変わったのは、それだけ危険な相手だと認識したからだ。
何せ、この私がアクセスできなかった。
一瞬だけはアクセスできたけど、浅い部分ですぐ弾かれてしまった。
異常、どころの話じゃない。
今までこんな事は無かった。
あまり考えたくはないけど、おそらく相手は――私と同じ次元の存在。
敵機を視認するよりも遙かに速く光が飛来する。
僅かに機体を傾けただけで回避できた五条の光は、≪クレッシェント≫が元いた位置で重なり合うと、光の玉となってから爆ぜた。
正確すぎる射撃だ。
AIによる自律攻撃の可能性も捨てきれないけど、未だにアクセスできないって事は、私みたいな存在が権限を所有している可能性が高い。
さて。
少し気合いを入れて、速度を上げる。
宙海戦における戦闘機の交戦とは。基本的には一瞬だ。
すれ違いざまに墜とすか、墜とされるか。
まぁ、乱戦だったり艦隊戦だったり、追うか追われるかでまた様相は変わってくるんだけども。
最大望遠で敵機を捉える。
撃つ。
距離がある分フェザーライフルでさえ簡単に躱されてしまうけど、その分狙われた敵機は回避行動で速度が落ちる。
牽制で三機速度を落として、最速最短で向かってくるのは二機。
その分的射撃のタイミングがずれてこっちの回避行動も回数が増えるけど、今回の場合必要なのは最高速度じゃない。
グリンと機首を真上に向け。一番近い一機へと加速。
フェザーライフルを躱しきれないと判断したのか、ボールは初弾をシールドで阻み反撃してくる。
けど、相手の動きは止まった。
正確には速度が落ちただけだけど、こっちからしてみれば止まったようなものだ。
回避行動をとりつつ、二発、三発。
回避行動すらままならないボールにフェザーライフルは寸分違わず直撃し、三発目でシールドが剥げると同時に、四発目を撃ち込むまでもなく爆発した。
性能は良いけど、相当脆い。
まぁ、ボールの芯に直撃するように撃ってるってのも大きいだろうけど。
そんな感じで残り四機。
ハッキリ言おう。
この機体、性能が良すぎる。
カムナ統一惑星で最新型の戦闘機を操作したけど、こっちの方が断然上だ。
アユちゃんパパ、どんだけ張り切ったんだ……。
余裕があるのでちょっと確認してみれば、製造されたのはほんの二ヶ月前。それもオーダーメイド。
前の持ち主はよく知らないけど富豪らしい。
多分、アユちゃんが他の惑星に行きたいって言ったから、良い航行機を持ってる人に直接連絡して買い上げたんだろうなぁ。
親馬鹿極めれりって感じだけど、アユちゃんパパは大金持ちの筈なので、お金で解決できる部分はしちゃいたいってとこなんだろう。
そんな事を考えている間にも、私は四機撃破して周囲を窺っていた。
特に機影は無い。
破壊した五機を確認してみるが、爆発のせいでメインプログラムも完全に壊れている。
けど、どこで造られた物かは分かった。
デガラ製だ。
至って普通の量産機で、搭載されているAIも汎用。あそこまで動けるはずもない。
とはいえ、私と同じ次元の存在が操縦していたとしたらお粗末すぎる。
正確な動きではあったけど、凄く優秀なAIと言う印象しか受けなかったのだ。人が操縦しているっぽい挙動がなかったと言うべきか。
実際無人だったし。
ん~、分からん。
「お疲れ様です姫様っ!」
「す、凄かった、ですっ!」
『ありがと』
目を輝かせる二人に愛想笑いを返して、レーダーを確認。
まぁ、当然だけど追跡していた航行機はもういない。
「どうしますか? 姫様」
「カナメさ……ま」
『あー、大丈夫大丈夫。位置は分かってるから』
「「え?」」
ポカンとする二人に苦笑して、私はメインモニターに映像を映した。
準惑星アマツキ。
登録上はそう言う名前の、個人所有の惑星だ。
直径は千キロメートルほど。惑星としてはかなり小さいものの、コアの質が違うのか重力は標準。水も木もあり生命が存在しても不思議はない環境なのだが、探索の結果微生物一匹すら確認されなかったようだ。
一時期は観光地としての利用も考えられたらしいが、惑星系ポラリスの時点でわざわざ来ようとする者は少なく、結局手つかずになっているらしい。
「あの……何故、ですか?」
『所有者が架空の人物。艦主の登録と一緒よ』
艦主とはまた違うオッサンが登録者だけど、ちゃんと調べれば実在しない人物って事は分かった。
ま、調べ方が分かればこうして判断も付く。
何せ、まっすぐ行った先にある人類が生存可能な星ってのがそれだけなのだ。当たりが付いているのなら、確証となる情報を見つけるのも難しくはない。
映像と在庫データを比較するメンドサさに比べれば、雲泥の差だ。
「なる、ほど。……かかる時間、も、妥当、です」
「さすが姫様ですっ!」
『はいはい。まぁそう言うわけだから、敵が攻めてきたら呼んで』
「「はい?」」
『いや、だって片道三日はかかるわよ?』
先を行く航行機も、性能自体は≪クレッシェント≫に劣るだろうけど、加速具合を見てみれば出力自体は似たり寄ったり。
往復一週間なら、まぁ片道三日は妥当だろう。
『でもって、このまま進むと中継器の範囲外に出ちゃうから、当面電脳空間にも来れないでしょうね』
「そんな……」
呆然とするレグに、黙ったまま顔色を変えるアユちゃん。
二人にしてみれば、いきなり携帯を取り上げられたようなもんだろう。私でもそんな感じで絶望すると思う。
『ま、良い機体なだけあって発信性能は高いから、私の方に連絡寄越すぐらいなら問題ないでしょ。だから、敵が攻めてきた時だけ呼んでね?』
どんな機体もそうだが、基本的に受診感度よりも発信性能の方が優れている。救難信号を少しでも遠くまで飛ばせるように、発信性能だけは高めに開発されているのだ。
ちなみに私は、存在自体が電波みたいなものでもあるので、そこそこの距離までなら問題なく電脳空間に行けるし、現実の端末にもアクセスできる。虚空領域や深淵領域みたいな、人間が行ったら帰って来れないような領域出ない限り、大体大丈夫なのだ。
「ひ、姫様ちょっと待って……」
『じゃーねーっ!』
絶望的なレグの表情に笑顔を返して、私は電脳世界の≪廃棄城≫へと戻っていった。
レグは兎も角、アユちゃんに関してはちょっと心配ではある。
何せ引きこもりだったのだ。いきなり外に出て、その上電脳世界断ち。
でもまぁ、自分で選んだ事だからきっと大丈夫。
他人事だから軽くそう判断して、私は執務机に着席した。
「じゃ、ベゼルちゃん。今日のお仕事を」