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第一章   第六層で人捜し


 結論から言えば、何も無かった。

 湖はあった。

 村もあった。

 ただ何というか、農村だった。

 人口は百人程度。

 第六層で最も有名な迷宮、その内部にある中継地点なんだからもっと凄いかと思っていたんだけど、拍子抜けだ。

 ちなみに、何故この程度の人口かと言えば、大体アイテムボックスのせいだ。

 ゲームとかでもあったアイテムらん。第六層ではそれが自由に使える為、所持枠に上限があると言えどわざわざ十階の中継地点で店を構える者がいないのだ。

 上を目指せる者ならば、アイテムボックスの食料にも余裕がある距離。初心者だと、お金を落とさない。

 そんな理由で発展はせず、税金を払うのが嫌だって人達が集まっているだけらしい。

 まぁ、そのおかげで案内人らしい人物がここにはいないって言う確証かくしょうをすぐに得る事が出来たんだけども。

「どーしよっかなぁー」

 十階で三日、その案内人とやらを探してはみたのだが、痕跡こんせきは無し。

 アユちゃんも頑張って探していた。

 けど、何の痕跡こんせきも無かったのだ。

 一応現実の方も調べてみたのだが、そもそもその人物が存在しなかった。

 その事実に関してはアユちゃんにとっても驚きだったらしく、調べてみると言ってから連絡は無い。

「お悩みですか?」

「アユちゃんの件でちょっとね。……妙な失踪事件とか、聞いた事ある?」

「妙な、ですか」

 私の質問に、レグは整った顔にしわを作ると、わずかにうつむいた。

 今いるのは電脳世界第十層の≪廃棄城はいきじょう≫。

 第十層自体が電脳空間の掃き溜め的な存在と言う事もあり、失踪しっそうに関しては事欠かなかったりする。

 なのでまぁ、妙なと言われても困るだろう。

 私が知ってる最近の妙な失踪と言えば、『十二才の女の子に道を教えたら捕まった』というナイスミドルな老人の話だ。相当そうとうほうが厳しいらしく、それだけで前科者になってしまったと落ち込んでいた。

 第十層にいるのが珍しいぐらいの人格者なので、一ヶ月の失踪はそこそこの騒ぎになったものだ。

「……ジャバーニさんの」

「そー言うのじゃ無い」

「あ、はい。姫様も知っていましたもんね」

 最近の出来事だから、思い付くのは一緒らしい。

 と、レグは首をかしげてから口を開いた。

「少し違いますが、信徒がAIだったという話を耳にしました」

「だいぶ違うわね」

「えぇ。ですが、その者は確かに実在したらしいんですよ。AIにしてはあまりにも人間的で、住んでいる場所の話もしていた、と。……ですが、いきなり消えたんです」

戸籍こせきとか調べたの?」

「えぇ。その上でその人物が存在しなかったので、AIだったんだろうと」

「現実に存在しない、か」

 その点は共通してるのかもしんない。

 現在のAIはかなり賢い。特定の言語から会話を予測して自然に話したり出来るのだ。それ故に変な会話になったりもするので、三十分も話せばAIかどうかの区別は付くはずなんだけど。

「その人が住んでた場所とか分かる?」

「後で資料を上げます。もしかしたら他にもいるかも知れませんし」

「ん、お願い」

「お任せ下さい」

 さわやかな笑顔を見せ、うやうやしく頭を垂れるレグ。

 イケメンだし、仕事も出来るのだ。単に、私に対する尊敬というか熱意というか信仰というか、そんなのが異常だというだけで。

「では、聞き取り調査も行いますので、明日の昼に提出いたします」

「任せる。ま、ちょっと気になったってだけだから、ほどほどで良いわよ?」

「かしこまりました」

 レグはニコニコだ。

 明日の昼ってんならそんなに時間は無いはずだけど、がっつり調べ上げてくる事だろう。

 私としては現実を優先して欲しいから、本当にほどほどで良いんだけど。

「まぁ、うん。頼んだ」

 言った所で聞かないだろうから、私はレグの判断に任せる事にしたのだった。


 翌日。

 受け取った資料は薄いながらも、かなり濃い内容だった。

「二十人も?」

「信徒に関しては確実な情報です。周辺に住んでいる者に関しては確証がありませんので、もう一枚の資料に」

「あー。名前以外特徴しか書いてないのがそうなのか……」

「足取りなどがつかめませんでしたので」

「いや、十分よ。……十分過ぎる」

 申し訳なさそうなレグをフォローした訳では無く、心底からの言葉だ。

 ハッキリ言って、二十四時間と経っていないのにまとめた情報としては異常とも言えるほどに十分な内容だ。

 失踪し、更に現実で戸籍が無い者二十人。彼らの共通点は一つ。

 第六層への入層権にゅうそうけんを持っていたという点だ。

 戸籍が無い為現実ではどういう境遇きょうぐうなのか調べられなかったようだが、その事実が身寄りの無い一人暮らしだったと言う証拠だろう。

 だから戸籍が無くなっただけで、現実で存在していなかったと誤認された。

「ふむ……」

 性別、人種、年齢共に共通点は無い。

 残る共通点と言えば、証言のある者に限れば惑星系ポラリスのどこかに住んでいたと言う事ぐらいか。

 ただ、その点に関してはたったの五人だ。偶然の可能性は十分にある。

「ポラリスの失踪事件とかは?」

「惑星系全体となると、調べようがありません」

「そうなるわよね」

「ただ、そこに記した五名に関しては、住んでいたと思われる場所を確認して、監視カメラの映像と照合いたしました」

 やはり出来る男だ。

「結果は、ヒット無し。若干の整形ならヒットするはずですので……証言が嘘だったか、そもそも実在しなかった可能性の方が高いかと」

「ヒット無し、ねぇ」

 やっぱ、AIだったと言う可能性が高いのかもしんない。

 けど、アユちゃんはプログラム方面に関しては超一流だ。有人かAIかの区別ぐらいはすぐに付くはず。

「……仕方ない。足で探してみようかな」

「足、ですか?」

「第六層を、ね。失踪にしろAIにしろ、第六層が関係してるのは確定だろうし」

 人と区別が付かないようなAIなんてのにも、興味はある。

 それが、人と違うのか否か。

 それが、私と違うのか否か。

 私は脳だけの存在だ。

 人と私の違いを挙げるなら、肉体があるか否か程度でしか無い。

 なら、脳すら無く、だが人と呼べる者が存在するのなら。

 俄然がぜん、興味深い。

 そんな事を考えつつ一人うんうんと頷いていると、真っ直ぐに見つけてくるレグと目が合った。

 言いたい事は分かる。

 けど、自業自得だ。

「あんた、第十層以外の入層権持ってないでしょ」

「ですけど、姫様」

「今はアクセス権無いから無理。って言うか、第六層だけセキュリティが強化されてたのよね。私が余剰分よじょうぶんばらまいちゃったからかもしれないけど」

 元々は犯罪者の温床おんしょうだった≪廃棄城≫。

 アユちゃんからの依頼を受けて、そのついでに選別を行った際、不運や騙された結果第十層まで落ちてきたという人がそれなりにいたのだ。

 なので、前科が無くてまともだと判断した人には、五層までのアクセス権を戻してあげた。

 これだけ広い電脳世界で、管理者も見当たらなかったので、完全に私の独断である。

 で、最近確認したらかなり余ってたアクセス権が無くなっていたのだ。

 私が原因なんだろうけど……特に文句を言われる事も無いし、セキュリティ強化に協力してあげたって事にしとこう。うん。

「姫様……」

「そんな目をしても無駄。ってことで、じゃあね」

 今日の仕事は終わっているので、サクッと第六層へと移動する。

 私が≪廃棄城≫を襲撃しゅうげきして、姫様なんて呼ばれるようになってからそれなりに過ぎているので、今やお仕事も少なめだ。

 現実の方も、先程のレグを含めて大体は他人に任せちゃっているので、そこまですることも無い。

 そろそろ第十層の領域を広げてもいいかもしんない。

「おう嬢ちゃん」

「はぁい。いつもお疲れ様。……ってか、ホントいっつもいるわね」

 迷宮都市ビエーゴ入り口。

 いつもどおり門番をやっているおっちゃんに、軽く返事を返した私は思わず足を止めていた。

 このおっちゃん、本当にいつもここに立っているのだ。そこまで頻繁ひんぱんに訪れないとは言え、ここに始めて来た時から二年以上。髭を剃ってるか剃ってないかぐらいの違いしか無く、私が来た時は常にここにいるってのは凄いと思う。

「いやぁ、最初は冒険者やってたんだけどな。これ以上死んだら不味いってんで始めたんだが、所帯持っちまって」

「おめでと。けど、子供出来ないんだからそこまで頑張らなくても良いんじゃない?」

「それがなぁ。現実でもそいつと結婚しちまってよ」

「おまでとうっ!」

 思わず声を上げたのは、それだけ珍しい事だったからだ。

 電脳世界は、全てのネットワークと繋がっている。

 友人が違う国の人なんてのは当然で、違う惑星、違う銀河系の人って事すら普通。

 大宙海時代だいちゅうかいじだい、なんて言われてはいるけど、惑星をまたぐ移動をする者すらまれなのだ。だと言うのに、現実で知り合えて結婚。

 とんでもない事だと思う。

 仮に同じ国に住んでいた相手だとしても、それはそれで奇跡だ。

「ありがとな。だからまぁ、ガキがここに来るまでに下の階層に落ちる訳にもいかねぇってんで、こうして働いてるってわけだ」

「……あれ? でもこの前、戦争あったわよね?」

「あぁ。ま、さぱっと死ねばお役御免やくごめんだからな」

「ペナルティは?」

 階層ごとにアクセス権剥奪の条件は異なり、第六層ではいくつかある条件の一つが死亡回数十階というものだ。

「二十四時間アクセス禁止ってぐらい、どーってことねぇよ。あいつも付き合ってくれたしな」

「いや、そうじゃなくて死亡回数」

 私の疑問に、おっさんは不思議そうに首を傾げた。

「チュートリアルで言ってただろ?」

「ちゅーとりある?」

「ん? 俺の時はスキップできなかったんだが、今は違うのか?」

 そう首を傾げつつも、おっさんはちゃんと説明してくれる。

「分かってると思うが、十層以外はちゃんとその階層について説明してくれるんだよ。で、この階層ルールの一つに、国家に所属した状態での徴兵ちょうへいに限り、死亡した回数がカウントされないってのがあるんだ」

「へぇ」

「ま、代わりに犯罪行為に対する罰則は厳しいがな」

 苦笑するおっさんに、私は肩をすくめてから軽く手を上げて別れた。

 チュートリアル。

 階層ごとにルールがあるので、あっても不思議は無い。

 けど、私は知らない。

 この電脳世界のどこかにその為の領域があるんだろうけど、見つけるのは無理だ。

 それぞれの階層ですら果てが見えないのだ。どこにあるかも分からないチュートリアル用の領域なんて、見つけられるはずも無い。

 まぁ、興味はあるんだけど。

「よぉセーラー服の嬢ちゃんっ!」

「やっほ。今日はいてるわね」

「昼を過ぎたらこんなもんだ。一本食ってくか?」

「おごり?」

「ははっ。あぁ、もう閉めっからやるよ。ただし冷えてっからな?」

「十分十分。タダより美味うまい物は無いってね」

「はっはっはっ! じゃ、味わって食ってくれや」

 屋台の兄ちゃんから受け取った串を、ジッと見る。

 肉に緑色の液体がかかった串焼き。見た目だけなら不味そうだ。

 けど、私は味が分からない。

 味音痴あじおんちなんじゃなくて、コードで構成された食べ物の味を理解できないのだ。

 従来とは違う方法でアクセスしている弊害へいがいだろう。

 なので、味をイメージ。

 アルゼンチンだかのソースが緑色で美味しかったのを思い出す。

 そして一口。

 うん、美味しい。ほどほどに温かく、柔らかく、そこにパセリとニンニクの風味が混ざって、ご飯のおかずにもなりそうだ。

「……器用な魔術使うな、嬢ちゃん」

「そう?」

あっためるだけの魔術ってのは初めて見たぜ」

「こんな装備なんだからこれぐらいできないとね」

「そりゃそうだな。良い防具屋紹介するぜ?」

「ありがと。でもこの服で問題ないから」

「そっかぁ?」

「うん。じゃ、ごちそうさま」

「おうよ。今度は買ってくれよな」

「ん。いてたらね」

 残った串を屋台脇のゴミ箱へ。

 気の良い兄ちゃんに手を振って別れ、大通りを進む。

 屋台がある場所は限られていて、ちょっと進んだだけで店舗型ばかりが並んでいる。

 武器屋に防具屋、服屋とアクセ屋、食事処に本屋など。

 屋台の兄ちゃんが言っていたように人通りは少なめだけど、あくまでピーク時に比べたらの話。

 昼を過ぎたこの時間帯は、殆ど観光地と化していると言う事もあり、私服姿の通行人が多い。

 人混みと言うほどでも無いので、一番良い時間帯と言えるだろう。

「ん~、案内人かぁ……」

 そいつを見つければどーとでもなる気はするんだけど、その為の手がかりがなさ過ぎる。

 と、頭の中で着信音が響いた。

 一人でしゃべりながら歩いている人はいるけど、私は路地裏へ。

 あー言うのを見ると、大声で独り言を言っているようで、なんかあわれな気持ちになるのだ。

 だから私は、そー言う所を出来るだけ人に見せないようにしている。

「どーしたの? アユちゃん」

『カナメ様。少し、気になるデータを、見つけ、ました』

「様はいらないから」

『あ、はい』

「で、どーする? 私がそっちに行く?」

『まず、データだけ、送り、ます。話は、いつもの、で』

「はいはい。じゃ、先に行って待ってるわね」

 短めの会話で通信を終えて、私は近付いてくる男達へと顔を向けた。

「何か用?」

「こんな所で会うんだ。何の用かは分かるだろ?」

「ごめんなさい。せめてもう二十歳若返ってから声かけてください。それでも好みじゃないんで無理ですけど」

 私が頭を下げると、皮鎧をまとったもじゃもじゃなオッサンは、みるみるうちに顔を赤く変えてゆく。

 その横では、ひょろっとしたオッサンが吹き出し、盛大に笑い始めた。

「ひ、ひぃ~。ふ、振られてやんのぉっ!」

「うっせえぞブローノっ! ならテメェが声かけろやっ!」

「いえ、リーダーはギガさんなんで」

「都合の良い時ばっかり人をリーダー扱いしてんじゃねぇっ!」

 ヘッドロックでヒョロオッサンを締め上げるモジャオッサン。

 中々愉快な三人組である。

 ちなみにもう一人は、大通りへの道を塞ぐように立っている太っちょオッサン。うらやましそうに二人のやりとりを眺めていたりする。

「で? こんな所で誘拐だなんて、ペナルティ怖くないの?」

「て、テメェも分かってんじゃねぇかっ! 何でフルのっ!?」

「生理的に無理なので」

「ぶふーっ!」

「あ、そっちの人も無理です」

「がっはっはっ! サマァッ! じゃねーよ何調子乗ってんだっ!?」

 怒鳴るもじゃオッサンを無視するように、私の後ろにいるフトオッサンが「はいっ!」と手を上げた。

「ボクはっ!?」

「あ、興味ないです」

「ぶひっ」

 ズンと音を立てて、その場に崩れ落ちるフトオッサン。

 でもって、その様子に笑う二人。

 まぁ、根っからの悪党じゃないからこんな感じなんだろう。

 彼らのアクセスを辿たどった結果、三人ともちゃんとしたサラリーマン。要するに今は、悪党プレイ中って事だ。

「で? こんなとこで誘拐なんてしたら、一発でアクセス権剥奪なんじゃないの?」

「何言ってんだ。路地裏は監視の対象外だぞ?」

「そうなの?」

「最初に説明あっただろうが。だから山賊とかだって立派な役割ロールだ。まぁ、強姦ごうかんは一発で十層落ちみたいだけどな」

「強盗とかは?」

「返り討ちの危険性ありきだからなぁ。犯罪だからっていうペナルティは特になかったよな?」

「そっすね。セーフエリア外ならはずかしめる以外の犯罪は大体オッケーっす」

「ふ~ん。路地裏ってだけでセーフエリアじゃないんだ」

「と言うか、大通りと家屋の中だけがセーフエリアって感じっすね。街の外にある石碑せきひもそうっすけど、基本的にはスポーン地点に設定できる場所っすよ」

なに丁寧ていねいに教えてんだテメェっ!」

 ゴツンとぶん殴られ、頭を抱えて悶絶するホソッサン。

「それで、スポーン地点の設定ってどうやんの?」

「テメェも普通に質問続けてんじゃねぇっ!」

「メニュー画面から設定できるでふよ」

「だーかーらーっ! 教えてんじゃねぇよデブっ!」

「デブって言う方がデブでふっ!」

「デブはデブだろうがこの豚っ!」

「ぶひいいいぃぃぃぃっ!」

 顔を真っ赤にしたフトッサンが突撃し、モジャッサンが受け止める。

 そこから始まったのは、みにくい喧嘩だ。

 オッサンがそんな事で喧嘩するなよ……。

「やー、申し訳ない」

「あんたら、なんで誘拐犯なんてやってんの?」

「金っすよ。誘拐の方がもうかるっすからね」

「けど、プレイヤーなんて誘拐してどーすんのよ」

 任意でログアウト出来るプレイヤーなんて、誘拐した所で意味は無い。

「まぁ確かに、ログアウトしないでくれても精々一週間。現実の方で第三者が接続切ってもアウトだから、買う方はリスキーっすけどね」

 そう言ってヒョロオッサンが見せたのは黒い腕輪だった。

「こういうのがあるんっすよ。試してみる?」

「へー」

 コードの意味はイマイチ分からないけど、要するに呪いの品だ。

 試しに左腕へとはめてみると、腕にきゅっとフィットする。

 と、喧嘩していた二人が動きを止めた。

「やったかっ!」

「さすがでふっ!」

「ま、こんなもんっすよ」

 どうやら、私にこれをはめさせるための演技だったらしい。

「……なんで?」

「何がっすか?」

「私って、そんな強そうに見える?」

 どっちかと言えば、あなどられる外見の筈だ。

 だと言うのにオッサンが演技してまで私をだますなんて、普通に意外だ。

「あぁ。あの二人に関しては、ガチ喧嘩っすよ。ただ、一発ずつ攻撃したら落としどころを探る程度の性格ってだけで」

「なーんだ」

 ホソッサンの小声に、私はわずかに抱いていた警戒を解いた。

 単なる偶然ってわけだ。

 私の素性を知った上での行動かと思い警戒したので、拍子抜けである。

「それで、誘拐してどうすんの?」

「……ログアウト出来なくなった事に気付いてないんっすか?」

「気付いてるけど、死んだらログアウトってのは一緒でしょ?」

「肝がわった嬢ちゃんだなぁ」

「ちょっと怖いでふ」

「魔術も使えないっすから、大丈夫っすよ。で、お嬢さんの末路っすが、どうにしろ殺されるだけっす」

「……そんなんに金出す奴いるの?」

 私の疑問に、ホソッサンは困ったように眉根を寄せた。

「残念ながら、ね。十層が何か変わったらしくて、人を殺したい、いたぶりたいって人がそこそこお金を出してくれるんっすよ」

「イカレてるよなぁ」

「ボクらが言うセリフじゃないでふ」

「しゃーねぇだろ。こういう仕事でもねぇとミサカちゃんにみつげねぇんだよ」

「ボクも、食費が……」

 現実では普通のサラリーマンでも、本質はクズなのかもしんない。

「ま、マシだったと思ってよ。他の奴らだったら、売却先がNPCノンプレイヤーキャラクターとかで地獄見てたっすから」

「NPCの方がマシじゃない?」

「まさか。あいつらはプレイヤーじゃないから、強姦ごうかんだって可能なんっすよ?」

「でもって、死体はほっときゃ血液ごと消えるからな。何かと便利なんだよ、プレイヤーってのは」

 なるほど。

 どんな場所でも、どんな条件でも、クズはクズらしい視点で利益を求めるらしい。

「じゃ、行くぞ」

「待って。最後に一個質問」

「何だ?」

「現実で異世界に行く為の案内人、って知らない? もしくは、電脳世界こっちの友人がAIだったとか、失踪したって話でも良いんだけど」

「なんだその脈絡みゃくらくが無い質問は」

 モジャッサンは半眼を向けてきたが、ホソッサンは思い付いたように口を開いた。

「もしかしたら、あのアマがそうかも知れないっす」

「アマ?」

「そのー、この前丸一日来なかったじゃないっすか。それで丸一日アク禁喰らってたんっすよ」

「何してんだテメェ」

 あきれた様子のモジャッサンに、ホソッサンは苦笑いしつつ続ける。

「だって、金貨一枚で良いって言うんっすもん。で、お金渡して部屋行ったら、いきなり強姦ごうかんだって……。まぁ、アク禁はらったっすけど他のペナは無かったっすし、あのアマの方は五点ぐらい引かれたらしいんで、まぁいっかなって」

「で、そのアマがいなくなったってか? そりゃアクセス権剥奪されて下の階層行ったってだけだろ」

「そう思ったんすけど、そのアマとパーティー組んでた奴が騒いでたんっすよね。『あの女AIだった。だまされた』って」

「なんだそりゃ」

「知らねーっすよ。ただ、俺が買った時はAIなんて感じじゃなかったっすから……何なんっすかね?」

「知るかっ! さっさと行くぞっ!」

 怒鳴り、私の手を引っ張ったモジャッサンの首が落ちた。

「……あれ?」

 ゴトンと音を立てて地面に落ちたモジャッサンの目が私を映して、にごってゆく。

 切断面から吹き出る血液。

 現実と変わらないリアルさだ。

「「は?」」

「ま、一デスで勘弁しといてあげる」

 次はフトッサンへと向かい、扇子せんすを縦に振り下ろす。

 手応えすら無く、フトッサンは両断されると、左右に分かれて倒れた。

「は……は?」

 数歩すうほ後退あとずさり、壁に当たるとそのまま崩れ落ちるホソッサン。

 そんな彼の側頭部に扇子を当てると、私は微笑んで見せた。

「私の事は広めないでね? じゃあね、グムルネェルさん」

 実名を呼んだ事で見開かれたホソッサンの眼は、私が振るった一撃によって頭部と共に両断された。

「さて、と。それじゃあ喫茶店に行きますかね」

 死体が残るのは一時間ほど。

 その間に他の人が来たら身ぐるみがされるかもだけど、まぁそこは自業自得。

 扇子を虚空こくうへと消した私は、一つ伸びをしてから大通りへと向かったのだった。

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