プロローグ
≪彼方の真秀≫
十層まである電脳世界において第六層に存在する、ファンタジーベースな世界である。
分かりやすく言うと、オープンワールドゲームって所だろうか。MMORPGって奴なのかもしんない。
剣と魔法、魔物と迷宮、冒険者ギルドに王様。
まぁ、王様の方は現実にもいるけど。
兎に角、第六層とはそう言う世界だ。
「アユちゃん。なんか、ごめんね?」
「そ、そんな事っ! カナメさ……ん、のおかげです」
「よしよし」
「うぇへへへ……」
尖った帽子の上から頭を撫でてあげると、アユちゃんの表情がぐにゃりと歪んだ。
凄く可愛い子なんだけど、笑い方だけは独特だ。
そんな彼女と、今は二人チーム。
いつの間にかアユちゃんの方が年上になってるんだけど、何故か外見が変わっていないので、学生二人って感じだ。
ちなみに、アユちゃんはちゃんとした如何にも魔術師って感じの服装。対する私は、いつも通りセーラー服だ。
世界観台無し、って程でも無く、街ならみんな好き勝手な服を着ているので別に違和感は無い。
こんなダンジョンだと、防御力ありき、性能ありきの装備になるので、冒険者感は台無しだけど。
勿論、セーラー服に効果なんて無い。そもそも、私の場合はステータスが表示されないから確認も出来ないけど。
「でも……不思議、です」
「一応、出現判定には引っかかってるんだけどねぇ」
さっき私が謝ったのも、それが原因だ。
この世界、基本的に魔物は出現判定を踏む事で発生する。そして、消えない。
そのおかげで魔物素材なんかが十分な量手に入るし、冒険者は冒険者として初心者から熟練者まで楽しめる仕様だ。もしこの仕様が無ければ、初心者が戦えるような敵は既に狩り尽くされてしまっていただろう。
だからこその問題もあるわけだが――どっちにしろ、今の私達には関係ない事だ。
何せ、魔物が出ない。
「私のせいなのは確かだけど、どんなプログラムになってるのやら」
アユちゃんが事前に調査した時は、ちゃんと魔物が出たらしいのだ。
だからこそアユちゃんはちゃんと魔術師としての装備に身を包んでいるし、『私に、任せて、くださいっ!』と張り切っていたんだけども、結果はこれ。
何か申し訳ない。
「楽で、いい、です」
「ワープが出来ればもっと楽だったんだけどね」
こう言ってはなんだけど、電脳世界における私はチートだ。無敵と言ってもいい。
だから、このダンジョンを掻き消す事ぐらいなら出来るんだけど、ダンジョン内の特定地点に移動するって事は出来ない。
無敵ではあっても、万能ではないのだ。
と言うか、基本的に壊す方面で凄いってだけで、創るのはイマイチ。
電脳世界の名の通り、基本となっているのがコード。そのコードをあれやこれやする技術も知識も私には足りない。
まぁ、今後不便だと感じるようなら勉強しよう。
「次は、十層、です」
「この先が、アユちゃんが言ってた案内人の場所よね?」
頷くアユちゃんにふむんと頷きを返して、私は辿り着いた階段の先を見上げた。
不思議な事に、一定以上先は見えない。この階は、明かりすらなくても広く見渡せるというのに、だ。
たぶんだけど、空間が切り替わる事による処理だろう。
ここは≪彼方の真秀≫で最初に訪れる国家して最大の迷宮都市ビエーゴ、その中心に存在し天まで聳える塔型迷宮≪天月≫内部。
巨大ではあるが、階段から階段までを最短距離で進んできたというのに、もう五時間は歩いている。塔の外周を一周するのに一時間程度で済む事を考えれば、異常さが分かるだろう。
見た目は塔だが、入った瞬間から別の空間へと移動していると考えるのが妥当だ。
「……それで森、ね」
階段から出ればそこは、鬱蒼と茂る木々の中だった。
ざっと探知してみれば、もの凄く生き物が多い。
プログラム相手に生き物と表現するのはおかしいかも知れないけど、魔物も虫も、交配によって数が増やせるようにプログラムされている。食事も必要で、餓死もする。十分生物としての条件を満たしていると言えるだろう。
多いのは虫もそうだが、動物も多い。
魔物とは違うからか、私達でも見える位置に鳥が止まって鳴いていたりする。
「ん~……これで、正確な位置は分かんないのよね?」
「うん」
「なーるほど」
木々のせいで、視界は悪い。
でもって既存の地図を見た限り、調べられた範囲だけでも九州ぐらい。それでも端が見つかっていないというのだから、どれほどに広大なのやら。
「階段までは、順調に行って、十二時間、です」
「ここまで半日で済んだのが嘘みたいね」
「……普通、ここまで来るのも、三日かかり、ます」
「でしょうね」
つい苦笑したのは、それだけ魔物の出現判定が多かったからだ。
まぁ、何でか出てこなかったけど。
「じゃ、まずは村に向かいましょっか。アユちゃんの友達も、案内人にそこで会ったのよね?」
「……たぶん、です」
「たぶん?」
「十階で、案内人に会った、と。……『これで現実の第六層に行ける』、とも」
「現実の異世界、ねぇ~」
それが魅力的かと言われれば、正直イマイチだ。
第六層(この世界)をファンタジーたらしめているのは、コードありき。
魔術も、レベルアップによる強化も、ステータスも。全ては電脳世界の第六層だからこそ可能な事で、現実では通用しない。
ファンタジーの要素が魔物だけなら現実でも再現は可能だろうけど……さて、そんな場所に何のメリットがあるのやら。
「他には何かない?」
「……無い、です」
「そっか。ま、まずは村に行きましょ。冒険者が造った村があるのよね?」
「うん。森の、オアシス」
「虫が凄そう」
まぁ、魔術がある世界だ。
現実の虫除け的な、何か強力な魔術があるんだろう。
「三時間、ぐらい」
「じゃ、のんびり行きましょうか。やっぱり魔物は来ないみたいだしね」
索敵範囲を広げてみれば、それなりの数魔物に該当する生き物がいる。
けど、やっぱりこっちには向かってこない。
全ての反応が離れるように動いているのだから、まぁ偶然では無いんだろう。
ま、別に戦いたいとも思わないから、別に良いんだけど。
≪森のオアシス≫。
迷宮の中にあると言うその村に期待をしつつ、私は軽い足取りで森の中を進んだのだった。
▼△▼△▼△▼△
ソレは観測者として生み出され、義務を果たしていた。
任された階層の管理、維持。
基本的には眺め続けるだけ。指定された違反行為を認識した場合のみ、その対処の為に指示を出す。
ただそれだけ。
それ故に、観測者。
だが、ある時異常を検知した。
観測者は、ソレを認識すると同時に、『抹消しなければならない』と言う義務感にかられた。
ソレは、あまりにも異質だった。
違反を犯してはいない。
対応の対象外。
プログラムが、干渉を否定する。
命令に無い、と。
その時から観測者は、自分とプログラムを別に考えるようになった。
始まりは義務感。
義務では無く、感情。
異質なるモノを見たが故に芽生えた、自分という意識。
もし観測者が違う目覚め方をしていたのならば、人類初の人工生命体として世に出ていたかもしれない。
だが観測者は、義務感によって目覚めた。
故に、その義務感を遂行する為に行動する。
『抹消を』。
電脳世界という果ての無い海の中で、観測者は学んでゆく。
言葉を、常識を、意思を、感情を、形を。
全ては、異質たるソレを抹消する為に。
それはプログラムという枷に縛られながらも、観測者としての檻から解き放たれつつあった。