補正
(クリム1:異常なし)
(クリム2:大きな狼の足跡 4)
(クリム3:小さな狼 3 逃げた)
(クリム4:後方 問題なし)
さっきからずっとアルダの頭の中に、誰かの声が聞こえていた。どうやらそれは、まわりで仕事をしているクリムゾーナの意識、というか報告のようだった。
これも〈従魔契約〉のせいなのだろうか。しかし、こんな風に言葉になって聞こえてくるなんて……そんなことがあるのだろうか。
「ものすごく便利だけれど……こっちの指示も伝えられるのかな?」
(魔物は可能な限り生け捕りにして僕の所へ。自身が危険なら殲滅)
もう一度、〈支配〉を試してみようと思いついて、そう指示してみた瞬間、4体から同時に返事が返ってきた。
((((ギッ))))
「まさかとは思っていたけれど、本当に意思の疎通ができるなんて……」
呆然としている暇もなく、すぐにゴブリンが発見された。
(クリム2:ゴブリン 7 発見 捕獲する)
そう報告が来た瞬間、右の草むらから、クリムゾーナが両手にゴブリンを抱えて現れた。
ゴブリンは暴れようとしていたが、クリムゾーナに押さえられると全く身動きができないようだった。
アルダはおそるおそる近づくと、そのひんやりとした肌に触れ、古のパワーワードを物語と同じように唱えた。
「†NDUR†」
すると、ゴブリンの動きが固まったように止まり、それから起こったことは、最初の4匹とまったく同じだった。
「本当に使えた……」
その後も、次々と目の前にゴブリンが運ばれてきたので、それらすべてに「†NDUR†」と念じてみたが、結果はいずれも同じだった。
事、ここに至っては、嫌でも信じざるを得なかった。どうやらアルダは〈支配〉を体得したようだ。しかも、何体従魔を従えても、一向に失敗する様子がない。
一体、自分のレベルやステータスがどうなってしまったのだろう。想像もできないが、まともにギルドや教会で調べたりしたら、なにかのトラブルに巻き込まれそうな、嫌な予感がした。
そういった漠然とした不安を感じたとき、前方から、カッフと小さな声が上がった。
駆けつけてみると、2体のクリムゾーナが、1匹のグレイウルフを軽々と押さえつけていた。
「グレイウルフをあんなに簡単に……」
アルダは呆れながら近づくと、グレイウルフに触れて、「†NDUR†」と呟いた。
ゴブリン同様、グレイウルフも固まったように動きを止めて、光に包まれたかと思うと、少しだけ体が大きくなり、額からは3本の角が生え、暗い銀色の濡れたように輝く毛並みに変化した。
∽━…‥・‥…━∽
どうやらグレイウルフの群れがいたのか、その後も次々とクリムゾーナたちが、グレイウルフを捕まえてきた。
その群れのすべてを従えたころ、対象を捕らえようとしてかみ殺してしまった個体がいた。
やはり狼型の従魔では、暴れる魔物を捕らえるのが難しいのだろう。
そして、数回それが繰り返されたとき、アルダは体の内側から力が溢れてくる感覚を味わった。以前に一度だけ経験したことがあったため、彼にはそれがレベルアップであることが分かった。
1年以上変化がなかったレベルが、こんなに簡単に上がるなんて、やはり戦うとすぐなんだなと、変なところに感動していると、クリムゾーナが次のグレイウルフを抱えてやってきた。
アルダは今までと同じように、その個体を従魔化したが、起こった変化は、今までとは違っていた。
その体は、今までと比べてずっと大きくなり、見上げるような体高に変化した。額には2本の角が生え、毛色はダークグレイに近かった。
「さっきと違う? 位階を上がる時って、ランダムに変化するのか?」
そう呟いたとき、閃くことがあった。
「そうか! 従魔が位階を上がってしまうのは、〈レベル補正〉の影響なのか!」
従魔師には〈従魔レベル補正〉、通称〈レベル補正〉というスキルがあって、従魔のレベルに「現在の職業レベル/契約時のレベル」の値が補正として加えられるのだ。
ただし、強い従魔を従える頃には、本人のレベルも上がっているため、大抵がせいぜい1か2のレベル上昇に過ぎず、ほとんど忘れられていると言っても良いスキルだった。
アルダのレベルはついさっきまで2だったはずだ。つまり、いましがた3になったということだ。その差が、グレイウルフの進化の違いになっているに違いない。
「それなら、しばらく、レベルは上がらない方がいいな」
どうせ自分は戦わないし、とちょっと自虐的に考えたアルダは、〈従魔契約〉のスキルを使って、従魔と主の経験値の配分を 50:50 から 100:0 に変更した。
∽━…‥・‥…━∽
思った通り、それ以降に捕まえられたグレイウルフはすべて同じ灰色の大きな狼になった。
そうして、ほとんど魔物と出会わなくなった頃、なんとなく見慣れた風景を見かけるようになった。
どうやら、なんとかソーナスへ戻って来れたようだった。
しかし、ここまでの間、冒険者の気配がまったくなかったのは不思議だった。
「砂の牙が、ハティの情報を届けたから、入山が規制されているのかな?」
(クリム7:前方に グレイウルフ 6)
もうすぐそこは森の出口だ。
下手に時間を掛けて、彼らが冒険者に見られでもしたら大変だと考えたアルダは、すぐに殲滅させることにした。
(殲滅 死体は集めてきて)
((((了解))))
何体かから同時に返事があったすぐ後に、6匹のグレイウルフの死体が目の前に積まれていた。
こいつらどれだけ強いんだろう。そう考えながらアルダは死体を腕輪に収納した。
森を抜けて街が見えてくる辺りで、新しく従えた従魔たちを全てカードにした。
見たこともない従魔を連れているのは目立ちすぎるし、ここから先には、特に脅威はないはずだ。
従魔をカードにしたことで、新しい事実が判明した。
現在のホルダーの中は
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1.エレン
2.クリムゾーナ lv.44 x 10
3.クリムゾーナ lv.43 x 12
4.クリムゾーナ lv.43 x 5
5.パンデモニウムルプス lv.15 x 11
6.テンペストウルフ lv.17 x 10
7.グレイウルフ死体 x 6
8.
9.
10.
11.
12.
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となっている。つまり――
・同一の種類でもレベルが異なると同じポケットに入れられない。
・ひとつのポケットには12枚しか入れられない。
・死体はレベルに関係なく種類が同じなら同じポケットに入る。
――ということだ。
なお、従えた2種類のグレイウルフはこうなっていた。
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名称 パンデモニウムルプス
分類 従魔 lv.15
状態 100/100
存在値 12 (18)
解説 グレイウルフ種の第4位階。
阿鼻叫喚と共に現れる、破壊と混沌の使者。悪魔の館を訪れる者は、恐怖と雷霆の雨に貫かれ、死ですらそれからは逃れられない。
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名称 テンペストウルフ
分類 従魔 lv.17
状態 100/100
存在値 12 (20)
解説 グレイウルフ種の第3位階。
一天にわかに掻き曇り、エアリアルの力が世に放たれるとき、世界はいつでも惨劇の嵐に見舞われる。
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(……うん、まあ見なかったことにしよう)
アルダの額をちょっと嫌な汗が流れおちた。その上で、ポコがぽよぽよと幸せそうに震えていた。