腕輪
何かがぽよんぽよんと額の上で跳ねていた。
「ん……んん?」
(ポコのやつだな、まったく。もう朝なのかな……)
何だかいつも泊まっているクラスの宿よりも、ベッドが固く冷たい気がした。砂の牙と泊まった、朝露の恵み亭のベッドは柔らかかったから、あれに慣れちゃったのかな、とアルダは寝ぼけた頭で考えた。
「じゃないよ!」
何があったのかを思い出したアルダが、上半身をがばっと起こしたところで、額の上にいたポコが、ぽーんと飛んでいった。
「そうだ! 左手!!」
異常を感じていた左手を確認してみたところ、特に異常は……あった。
「なんだ、これ?」
アルダの左腕には、見たことのない腕輪が嵌っていたのだ。
「外れないぞ?! まさか、呪いのアイテム!?」
だが、呪いのアイテムにしては、特に体の異常を感じるわけでもないし、今のところ問題なのは、ただ外せないということだけだった。
とはいえ呪いのアイテムは多岐にわたる。中には幸運を下げたり、男子が生まれなくなると言った、すぐには効果が分からないものも多いのだ。
少しの間、それを弄りまわしていたアルダは、結局腕輪を調べることを諦めた。たとえ呪われていたとしても、この場ではどうしようもないし、まさか腕を切り落とすわけにもいかないだろう。
効果にしたって、いずれ分かるだろうと立ち上がって、辺りを見回した。すると、さっきまでそこにあったはずの骸骨がなくなっていた。
「え……やっぱりアンデッドか何かだったの? だけど頭がもげても平気だったしなぁ……」
頭が取れても大丈夫なアンデッドと言うとデュラハンが有名だが、骸骨だって話は聞いたことがない。
頭をさすりながら、もう一度玉座への階段を上ってみると、骸骨が身につけていた服もアイテムも内容がわからない本も、全てが消えていたが、よく見ると、残された椅子やサイドテーブルの上に、砂のようなものが積もっていた。
それはまるで、何もかもが朽ち果てて、すべてが塵に帰ったようでもあった。
「まいったな。何が何だかさっぱりだ……」
辺りをぐるっと見回してみても、入ってきたドア以外に出て行く場所は見あたらない。
アルダはため息を吐きながら玉座を下りると、今度こそ帰ろうと、ポコを頭に乗せて、荷物を拾い上げようとした。
その時――
「は?」
思わず間抜けな声が出た。
今、拾い上げようとして掴んだ荷物が、手の中から消えていた。まるでそこにあったこと自体が夢だったように。
「ええ? なんだそれ?? ていうか、荷物はどこへ――」
そう考えた瞬間、目の前に何かが展開された。
「え?」
それは、1冊の本――カードホルダーだった。
「な、なんだこれ?」
12個のホルダーのうち2カ所には、カードのようなものが入っていて、残りは空だった。
そのうち1枚のカードには、いつまでも眺めていたくなるような、とても美しい女性の絵が描かれていた。そうして、もう1枚のカードには――
「これって僕のバックパックじゃ……」
そこにはいつも使っているバックパックの絵が描かれていた。そうして絵の下には、次のような説明があった。
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名称 バックパック
分類 アイテム
状態 41/100
存在値 1 (1)
解説 いろいろなものが入った背負い袋。ちょっと痛んでいる。
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まさか荷物がカードになってしまう呪い?! アルダは思わず左手首の腕輪を見た。
「困ったな。ここを出たら松明だって必要なのに……これ、なんとか元に戻す方法はないのかな?」
そう呟いた瞬間、目の前のカードが光の粒子に還元されて――
「え?!」
手の中に元のバックパックが現れた。
「ええーーー?!」
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アルダはその腕輪にホルダーと名前を付けた。まさにそういう機能を持った魔道具のようだったからだ。
自分の持ち物を何度か出したり入れたりして調べてみたところ、次のことが分かった。
1.対象に触れながら、カード化したいと考えるとカード化される。
2.カードになると、説明が表示される。
3.ホルダーを展開して、カードに触れながら元に戻したいと念じると元に戻る。
思考でショートカットも可。
4.入れものにまとめておくと1枚のカードになるが、バラバラでは別々のカードになる。
5.違う種類のカードは同じポケットに入れられない。
6.ポケットが一杯だとカード化できない。
7.ホルダーの機能は、状況に応じて表紙裏に表示される。
機能の説明が表示されるだけに、もっと詳しく調べれば、更に色々なことが分かりそうだったが、いつまでもここで時間を潰しているわけには行かなかった。
なにしろここは、ハティがうろついている遺跡山で、アルダひとりでは、グレイウルフどころかフォレストウルフですら、その餌になりかねないのだ。
独力で、なんとか戦えそうなのは、せいぜいがゴブリンの1匹程度といった有様だ。
バックパックから短剣を取り出して身につけて、松明をひとつ手に取ると、後はカード化して身軽になった。
「さあポコ。今度こそ帰ろう! っと、その前に」
アルダはホルダーを展開すると、ずっと気になっていたカードをそっと撫でた。
そこに描かれているのは、気品と優しさを兼ね備えた、誰もが想う理想の女性。そのイデアとでも言うべき姿だった。
「すごく綺麗な人だけど……」
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名称 エレン(アルタエルダ)
分類 従魔 lv.482
状態 100/100
存在値 -- (--)
解説 ********
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カードに書かれた分類は、確かに従魔になっていた。ただしレベルは、なんと482!だ。
従魔師の常識では、彼女を従魔にするためには、職業レベルが482を越えている必要がある。
もしもさっきの骸骨の人が契約者だとしたら、彼の人の職業レベルは482を越えていたはずだ。しかしこの世界の職業レベルの上限は99なのだ。482なんてあり得ない。
「超越者ってやつなのかなぁ……」
それはすでに、おとぎ話の世界。
小さな頃からポコと一緒に育ったアルダは、従魔師が主役のおとぎ話が大好きだった。
「ご主人様が亡くなったのなら、やっぱり解放してあげなくちゃね」
従魔師が亡くなると、その従魔は解放されて、自由になれる。アルダはカードを見つめながら、エレンが元に戻るように念じた。
「え?!」
その瞬間、体内の魔力が、無理矢理腕輪に吸い上げられる感覚に襲われると、視界が急激に狭まって闇に閉ざされていった。
ちゃんと説明を呼んでいなかったアルダは気がつかなかったが、実体化には対象の存在値に応じた魔力(MP)が必要になるのだ。
MPはレベル(職業レベルに対して、ステータスレベルと呼ばれるレベル。主に経験の過多を意味数する値)に応じて育つステータスの一種で、レベルが2しかないアルダの保有量は、言うまでもなく大して多くはなかった。
そして全てが使われる――アルダは、本日二度目の暗転を経験し、そのまま意識を失った。