新たなる仲間を求めて
クレアがギルドで、金貨100枚を褒賞に渡していた頃、アルダは彼女とすれ違うように、街の門へと向かっていた。
宿にはパルプスを置いてきたし、クレアが返って来ても大丈夫だろう。
クレアのエスクワイアになったはいいが、今回のことで、もう少し違ったタイプの従魔が必要だと実感していたのだ。
なにしろ彼の従魔は、近接タイプが多い。魔法を使う狼もいるのはいるが、その魔法があまりに派手過ぎた。
「やっぱり、普通の魔法が必要だよね」
クレアはほとんど身体強化に特化しているようだったし、アルダは今のところ初歩の魔法も使えない。従魔師に外部放出系の魔法は鬼門なのだ。
仲間内でそれっぽいのは、パルプスたちの派手すぎる魔法と、後はポコが不思議な回復を使うくらいだ。魔法なのかどうかはわからないが。
もう少し適切な魔法を使う魔物がいれば、それを従魔にすることで、やれることが広がるんじゃないかとアルダは考えていた。
ソーナスで分からないことがあったらミルスに聞くのが手っ取り早い。
そう考えているアルダは、門の出入りの手続きがとぎれたところを見計らって、ミスルに話しかけた。
「やあ、ミスル、お疲れ様」
「お、アルダか? 昨日は大活躍だったって聞いたぞ?」
「そんなことはないよ。エスクワイアっぽく、クレア様に引っ付いていただけさ」
「なんだ、ご謙遜か?」
「ちがう、ちがう」
アルダは苦笑しながら、そう言った。
「それで、今日はどうした? 何か用か?」
「うん。ちょっとミスルに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「ミスルはソーナスに長くいるよね?」
「ああ、ずっとミスルだ。それが?」
「この辺に、魔法を使う魔物っていないかなと思ってさ」
「魔法?」
それを聞いて、ミスルはアルダが魔法を使う魔物を従魔にしようとしているんだろうと察した。
ずっとあのスライム一匹だけでここまで来ていたが、今後はさすがに考えるようになったんだなと、少し安心したのだ。
「魔法みたいな力を使う魔物はそれなりにいるが、どの属性だ?」
「いろいろかな」
「色々ってな……従魔にするんなら、強力な魔物は難しいだろ?」
「まあ、それなりにいて、あんまり強くない方がありがたいけど」
「なら、スプライトだな」
スプライトは悪戯好きの妖精に分類される魔物で、妖精の粉を採取するために討伐される。
「なに? 妖精みたいなやつ?」
「ああ、ブラウンスプライトは土を、グリーンスプライトは植物を、ブルースプライトは水を扱った悪戯が得意だな」
明確な魔法ではなくて、ミスルは悪戯と表現していたが、それが魔法的なものであることは間違いないし、時には残酷な結果を引き起こす悪戯も多かった。
「じゃあ、レッドスプライトは火ってこと?」
「レッドはいない。神話じゃ森の妖精なのに火を使って大惨事を引き起こしたため、醜いサラマンドラにされて火山に押し込められたと言うことになってるな。代わりにグリーンがいるとかなんとか」
「醜いって……じゃあ風は?」
「さあ、聞いたことはないが、いないとも聞かないな。いるとしたら、イエローか? もっと風の強い場所にいるのかもな。イメージとしては風の吹き荒れる砂漠や荒地かな」
「へー」
ミスルの話によると、スプライト達は、水のきれいな小さな沢なんかに住んでいるらしかった。ハチミツが好物で、塗っておくとそれを舐めに寄ってくるところを捕まえるそうだ。
姿を現すのは朝露が乾くまでと言われるくらい早朝のごく僅かな時間のため、捕まえるのはなかなか大変らしかった。
「へー。2年も森に通ってたのに、全然気がつかなかったよ」
「そりゃ、ソーナスにスプライトはいないからな」
「へ?」
「いや、お前が訊くから、一応挙げただけで、この近くじゃほとんど見かけないんだよ。エルニルで多いのは、サンカッスルあたりだって聞くな」
「サンカッスル? って、ケイのある?」
「そうだ」
そんな遠くまで従魔を獲りに行けるはずがない。
そういえば、クレア様の学校がケイじゃなかったかなと、アルダはふと思ったが、とにかく今は現行戦力の強化が必要なのだ。
「もう。近場でいるやつを教えてよ」
悪い悪いと言いながら、ミスルは頭を掻いた。
「光とか闇は?」
「そんな大層な魔法を使う雑魚がいるわけないだろ」
「だよね。回復魔法を使う魔物がいないかなと思ったんだけど」
「回復魔法?」
「うん」
「超回復を持ってるやつは結構いるけどな、回復魔法か……」
超回復は怪我をしてもすぐに回復する、自分自身に対するスキルだ。ジャイアント系のトロルで有名やつだ。
ミスルは、そういう魔物がいたかどうかを思い出すように腕を組んだ。幸い昨日の今日で、門を通る人はほとんどいなかった。
「ゴブリンプリーストとか?」
ミスルは、思いついたようにそう言った。
「そんなの見たこと無いけど。どの辺にいるの?」
「一応ゴブリンの多いところって言われているけど、変異種だからなぁ、なかなか生まれないんだろう。てか、そんなのがほいほい生まれたら俺たちが困っちまうぜ」
そう言えば、位階が上がってもゴブリンはレッドキャップになるだけで、ゴブリンソルジャーやゴブリンメイジにはならなかった。
同一位階で、何かのきっかけでスキルに目覚めるのが変異種と呼ばれるものなのかもしれない。それなら単純に位階を上げてもソルジャーやメイジにならないのもわかる。
もしかしたら訓練すれば連中もレッドキャップ・メイジとかになるのかもしれないが、訓練の仕方はまったく思いつかなかった。
「見つからないんじゃね。もう少し、こう、普通のやつは?」
「普通、普通か……魔法系なら、リッチとか」
「出会っただけで死んじゃうよ! 大体それも見たことない」
「プリースト系? ダークプリーストとか、ブラッドムーンプリーストとか」
「それって異種族のクランか何かの、単なる神に仕える職業なんじゃ……」
「そりゃそうだけどよ、そんな都合良く……あっ!」
何かを思い出したように、中空を見ながらミスルが手を打った。
「え、何?」
「いや、余り狩られないんだが、レプティリアンにリザレクトカゲっていうのがいるんだ」
「リザレクトカゲ? なに、その死んでもよみがえりそうな名前」
「いや、こいつは別にリザレクトが使える訳じゃないんだ」
そう言って、ミスルは詳しい説明をしてくれた。
リザレクトカゲは、ここから南にしばらく行った、乾いた大地で普通に見られるレプティリアン――トカゲのような魔物――だ。
大抵は集団で行動していて、大きな特徴として、仲間が倒れると、その仲間を復活させる行動をとる。
「え? リザレクトは使えないって……」
「いや、こいつが唱えるのはリザレクトじゃなくてヒール……というより、ヒールっぽいスキルなんだ」
「どうこうこと?」
「こいつらはさ、自分のHPやMPが極端に少なくなると発動する『死んだふり』というスキルを持っていてな、戦闘中それで倒れた個体が出ると、まわりの個体が倒れた個体に対してこのヒールっぽいスキルを使用するんだ。まあ本能のようなもんだな」
「へー」
「ただなぁ、こいつらのMPは凄く少ないらしくて、そのスキルと使うと、それを使った個体は気絶するんだ」
「……はい?」
初めてその現象を見た人たちには、それが自分を犠牲にして、他人を復活させる聖人君子の行動のように見えたのだろう。
そうして付いた名前が『リザレクトカゲ』だった。
「で、だな。気絶した個体に対して、また、他の個体がこのスキルを使って気絶するんだ」
「それって連鎖的に群れがほとんど全部気絶するまで続くんじゃ……」
なんでそれで絶滅しないのか、アルダは不思議だった。
「ところが、復活させられた個体は、ものすごい速度でバラバラの方向へ逃げ出していくんだ」
そうして相手があっけにとられている間に、そこに残るのは最後にそのスキルを使った個体だけになるのだとか。
全体を群体として捉えれば、残された1匹は蜥蜴の尻尾みたいなものなのだろう。その1匹の犠牲で、群れの全体を守るのだ。
「それで絶滅しないのか」
「たぶんな。もちろんそれだけじゃないぞ? なんと言ってもこいつには、素材として利用できる部分がまったくないんだ」
「でもそれはゴブリンだって同じじゃないの?」
「そうだ。だが、こいつは俺たちの生活に全然被害を与えない。だから討伐報酬もゼロだ」
ゴブリンも素材として利用できる部分は無いと言って良いが、放っておくと簡単に増える上に、害獣だから被害を減らすために討伐される。
だからそれが記録されていれば、少ないとはいえ討伐報酬が支払われた。
リザレクトカゲには、そういったインセンティブもないので、これを狩る冒険者は、まずいないのだそうだ。
せいぜいがその生態を聞いたものが、おもしろ半分に戦ってみる程度で、それも一回経験すれば充分だった。
冒険者と言うのは職業なのだ。狩ってもお金にならない魔物を、わざわざ狩りに行く冒険者がいないのは当たり前だ。
「それで、討伐リストに載ってないんだね。近場にいる魔物だって言うのに知らなかったから、おかしいと思ったよ」
「まあな。一応ヒールっぽいものは使えるが、従魔にしても1回で気絶するんじゃ使い物にならないと思うぜ」
「うん、わかった。忙しいところをありがとう!」
丁度切りの良いところで、門に入ろうとする荷馬車が姿を見せたので、アルダはミスルにお礼を言って別れた。
「リザレクトカゲか……位階があがるとどうなるんだろう?」
冒険者ギルドには、魔物に関する本もあったが、いわゆる魔物辞典のようなもので、ある種の位階が上がるとなにに進化するのかなどと言う知識は書かれていなかった。
もっともそんな研究をした人がいるのかどうかもわからないし、おそらくケイの図書館にもそんな資料はないのではないかと、アルダは思った。
「調べてみるしかないか」
そう呟くと、アルダは南の荒れ地に向かって歩き始めた。