その後の話
昨夜のうちに冒険者たちによってソーナスまで運ばれてきたハティは、現在、広場で見せ物になっていた。
すぐに解体した方がいいのだが、住民の安心や鼓舞のために、今日一日は置いておいてほしいとギルド長に頼まれたのだ。
一応、魔術師たちによって、保存の魔法はかけられたようだった。
結局ハティの素材は、ギルドのルールに従って討伐したクレアのものになった。
全員で出向いたとはいえ、ハティとの戦いには何の関与もしていないし、バックアップをしたわけでもなかったからだった。
素材の解体をギルドで請け負うことも打診もされたが、いろいろと邪推されるのもいやだったので、クレアにはそれを断って貰った。
アルダは後で密かに回収して、ポケット内で解体するつもりだった。
「いや、凄かったな」
今日のソーナスは、まるでお祭りのような騒ぎだった。
昼過ぎにもかかわらず、ソーナス中の酒場は、無事を祝う冒険者たちで賑わっていた。
「まったくだ。あの魔法を見たときは生きた心地がしなかったぜ?」
「ははは。今となっちゃ良い想い出だけどな」
「ああ。手を振るクレア様、神々しかったよなぁ……」
昨日、自主的な討伐に出向いた冒険者達は、最後に見たものすごい魔法で、全員が生きて帰れないかもしれないと覚悟を決めていた。
そして、意を決して様子を見に行った先で、見渡す限り滅茶苦茶になっている大地を見て、大きな絶望感を味わった。
それだけに、その中心から手を振るクレアが、まるで降臨した女神のように見えたのだった。
「気前もよろしいしな」
男は笑いながら親指で金貨をはじき、回転するそれを空中でキャッチした。
それは先ほどギルドから配られた報償で、クレアからの気持ちだということだった。
「そういや、レッドリーフの嫡子問題はどうなってるんだっけ?」
「なんでも、子供の成人に合わせて発表だってことだから、来年の頭だな」
「クレア様って、あれで成人してないのかよ?!」
「最近のお嬢様は、発育がよろしくて」
「おいおい、不敬だぞ。それで、息子って、あれだろ? 砂の牙と調査に行ってハティを発見してきた」
キリークがアルダを捨てて逃げ出したなどということは一般には知られていなかった。
砂の牙もすぐにソーナスから逃げ出したので、正確な情報が広がらなかったのだ。死んだアルダがよみがえってきた話は知っていても、その経緯まで知っているのはアルダの関係者くらいだった
そのため、ハティを実際に確認したキリークたちも、それなりには評価されていた。
「……どっちが良いと思う?」
「そりゃ、断然クレア様だろう。クレア様が領主様になってくれりゃ、怖いもんなしなんだがなぁ」
「だよなぁ」
とはいえ、それなりの評価では、残念ながら女神様とは比べ物にならないようだった。ソーナスはクレア支持1択といったところだろう。
エルニル連邦では、建前上、家を継ぐのに男女の差はない。
実際はやはり男子が継ぐことが多かったが、女当主も比率は低いながらもいた。だから、彼らの願いも根拠のないものとは言えなかったのだ。
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夕べ遅く戻ってきたクレアは、そのままアルダの部屋に入ると、すぐに脱衣場へと直行した。すでにアルダの部屋という意識はなさそうだった。
アルダは苦笑したが、いまさらだったし、何も言わずに、ポコだけを湯船に浮かべておいた。
ほこほこになって上がってきたクレアに、下で貰っておいた冷たいワインを渡すと、彼女はそれを美味しそうに飲み干した。
そうして、アルダが風呂から上がってきたときには、すでにベッドの上で寝息を立てていた。
「まいったなぁ……」
アルダはクレアにシーツを掛けると、もう一つのベッドで横になった。
領主のお嬢様と一緒の部屋に泊まるなんて、誰かにばれたら大変なことになることは間違いない。
「ライザさん、余計な噂を広めないで下さいよ……」
クレアが泊まって行ったことを確実に知る立場にいるおばさんに、無駄と知りつつ、アルダはそう祈った。
参ったと言えば、パルプスのレベルが6つ上がって29になったため、カードにすると他のパンデモニウムルプスとは別ポケットになるようになってしまった。
広域殲滅魔法に巻き込まれた魔物がいたのが原因だと思うけれども、すこし上がり方が早過ぎる。やはり元のグレイウルフの状態でレベルが上がり、それに従魔補正が乗っているのだろう。
今回は基本的な戦闘を森チームに任せていたからそれほど問題はないが、カードにする従魔は、うまくそろえてレベルを上げてやらないと、すぐにバラバラのレベルになってしまう可能性が高かった。
やっとハティを入れていたポケットが解放されたというのに、どうにも先行きが暗そうだ。
「適当に自由にさせてレベルを揃えるようにしないと……ファントム達みたいに、ずっと出しておくわけにもいかないし……いっそのこと、クレア様のペットだといいはるか?」
そういった、やくたいもないことを考えているうちに、アルダの意識も闇に溶けていった。
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翌日アルダが目を覚ますと、すでにクレアの姿はそこになかった。
主よりも遅くまで寝てる従騎士っていったい……とガックリしたが、過ぎてしまったことは仕方がない。
(ティリス、クレア様ってどこ?)
(ティリス:冒険者 集まる建物)
(それは、冒険者ギルドっていうんだ)
(ティリス:冒険者 ギルド)
どうやらティリスとサンドは、まだクレアの影にいるようだった。それなら安心だとばかり、アルダはあくびをひとつすると、顔を洗うためにベッドを出た。
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「少ないが、今回助けに来てくれた冒険者の皆にこれを」
冒険者ギルドでは、クレアがギルド長に金貨が100枚入った革袋を渡していた。
「120名ほどということなので、金貨1枚には届かないのだが……すまん。これが精一杯なのだ」
その金貨はクレア個人のお金だった。
「しかし、クレア様。今回は依頼でもなく、我々が勝手に――」
「いや、損得を抜きにして街を護るという姿勢は素晴らしいものだった。まさに『正義の味方』だったな」
クレアはアルダに聞いた話を思い出しながら、そう言った。
その言葉を聞いて苦笑したギルド長は、これ以上断るのも野暮かと、彼女の心遣いを受け取った。
「わかりました。もともとはギルドがかぶるはずの損失でしたから、足りない分はこちらで補填して、参加者全員にクレア様からの報償として、金貨1枚を支払うことにしましょう」
「そうか」
そうして格好をつけたはいいが、ほとんど1フロリ無しになって冒険者ギルドを出たクレアは、アルダへの報償をどうするか悩みながら、朝露の恵み亭へと向かっていた。
「少し待ってもらえば、ハティの売却益でなんとかなるか」
クレアは、アルダが褒賞に何をほしがるだろうかと想像したが、役に立って嬉しそうなアルダの顔が浮かんでくるだけで、結局、なにも思いつかなかった。
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ハティ騒動の顛末は、ギルドの魔道具による通信網によって、連邦中に報告された。
大きな冒険者ギルドや、拠点には、書かれた文字を転送できる魔道具があるのだ。
とは言え、1文字送るコストが大きいため、めったに使われることはなかったが、何しろ災害級の魔物の侵入だ。
エルニル連邦の中心都市である、ケイのギルドにも迅速に伝えられた。
当然のことながら、その情報は王城にも伝えられることになった。
サンカッスルのケイにある、アロシアの城では、アラノール王国の血筋であるとされる、ベレゴルン・マイティ・アロシア――通常、ベレゴルン三世と呼ばれている――が、難しい顔をしていた。
建国以来、ずっと懸念されてきた祝福の消失が、現実のものとなったことが、衝撃を持って受け止められていたのだ。
「陛下、暗黒の森との間にあった、王の結界の消失が確認されました」
王の結界は、誰がいつ張ったものかも知られていない、東の守りの結界のことだった。
一般には、単に境界と呼ばれていたが、アロシア王家にだけは、その由来の伝説が伝えられていて、王の結界と呼ばれていた。
「なんと。それでは西方の領国は……」
「すでに、ファーイントレットには非常に強力で巨大な狼の魔物が現れたとのことです」
「オロン・エリンか」
遺跡山は、昔から王の結界の特異点だった。
強固な王の結界も、そこだけは守りが薄く、時折強力な魔物の侵入を許していたのだ。それを抑え続けてきたのが、ファーイントレット領のソーナスだ。
王の結界が消失したとなれば、今後は遺跡山だけでなく、暗黒の森に接するすべての領で、魔物の侵入が進む可能性があった。
「それで、対応はどうなっておる?」
強固な王の結界があったため、ファーインレット領を抜けて、東へ向かえば、王都までは魔物を対象にした大きな砦がなかった。
エルニル連邦は、北に連邦に属さない小領国群、南にローランド帝国、東にマール王国が接しているが、西には暗黒の森が広がるだけで、王の結界があったため、防衛の要となるような砦は、西側には少なかった。
もちろん各領国同士の境界には、砦があったが、それはあくまでも人間同士の争いに対応するもので、道なき道をかけてくる魔物に対しての備えとしては弱かった。
暗黒の森に接する領国は、魔物への盾として、広い土地や特権が与えられていたが、王の結界のせいで、強力な魔物はそれを越えてこなかったため、いずれの領国の軍も、近年は脆弱になっていると噂されていた。
「それが……」
「どうした?」
まさか全滅したのでは、と王は不安になったが、宰相はよくわからないことを言い出した。
「先ほど伝え聞いた情報によりますと……にわかには信じられないのですが、レッドリーフ辺境伯のご子弟が従者と共に、二人で討伐したと」
「なに? 魔物が弱かったと言うことか?」
ベレゴルン三世は、思わず腰を浮かせて、そう訊いた。
「いえ、冒険者ギルドの話では、確実に災害級以上のランクが付くとのことです」
「意味がわからん」
浮かした腰をどさりと玉座に戻すと、彼は宰相から報告書を受け取った。
その報告書に目を通した王は、そこに書かれていた言葉そのものは理解できたが、内容はまったく理解できなかった。
「災害級の広域魔法を使う強大な魔物が現れて、領主の子弟が従者と二人だけで討伐に出かけ、それを為した? しかも120名を越える冒険者全員がそれを目撃した、だと?」
「はっ」
「これは現実のことなのか? まるで、子供向けの英雄譚か、神話の一節ではないか」
もしこれが本当なら、為したものはまさしく英雄と言えるのだが……レッドリーフの子弟は、まだ成人もしていないはずだ。
「追って詳細を調査しておけ」
「かしこまりました」
そういって宰相は下がっていった。
王は窓から遠く西の空を眺めた。そうして、見えるはずもない暗黒の森に思いをはせて、一言だけ呟いた。
「……受難の時代が来るな」
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「ほう」
その連絡を、領都の冒険者ギルドから受け取った、デルマン・レッドリーフは、感心したように声を上げた。
「あら、なにか良い知らせですか?」
「うむ。クレアがハティを討ち取ったそうだ」
「まあ」
カタラーナは、口ではさすがは聖騎士様、などと言いながら、内心では歯ぎしりしていた。
何をどうやったら、災害級だと報告された魔物の討伐を一人で成し遂げられるというのか? 彼女には見当もつかなかったが、非常に拙いことになった事だけは確かだった。
キリークの失敗を、より大きなクレアの失敗で覆い隠そうとしたために、クレアが英雄になってしまったのだ。
「これなら、ハミルトン公にも自慢が出来そうだ」
デルマンは上機嫌でそう言った。
これはまずい、と考えたカタラーナは、その瞬間に、あらたな策謀を巡らせた。
「では、大した魔物ではなかったのかしら」
「いや、そんなことはないようだぞ。ギルドからの報告では災害級以上という話だ」
「まあ、そんな魔物を討伐したとあっては、民にもそれを見せて安心させるべきではないですか?」
「うむ、そうだな。我が家への忠誠心も上がるというものだろう」
「では、急ぎハティをこちらへ送らせて、討伐のパレードでも行われては?」
「それはいいな。クレアは――」
「クレアは、ソーナスでの後始末があるでしょうし、あまり遅れてはハティが傷んでしまってもよくないでしょう。ハティだけ早馬で輸送させてはいかがですか?」
「そうか。ではそうするか」
急ぎハティを、領都に送らせて、キリークを立ててパレードでもやれば、少なくともソーナス以外の人気は取れるはずだ。
レッドリーフ家が討伐したということが重要なのであって、民にとってみれば、それがクレアでもキリークでも一向に気にしないだろう。
パレードでキリークが前面に出ていれば、彼も討伐に一役買ったと思うはずだ。実際、ハティを発見して報告したのはキリークなのだし、まんざら嘘と言うわけでもないのだ。
デルマンは、カタラーナの言うとおりに、簡単な手紙をしたため、ギルドにソーナスへ魔道具で送るように依頼した。
それを聞いたカタラーナは、扇子の影で、ふたたび口角を美しくゆがめていた。
ハティ編はこれで終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。
次章は検討中です。




