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∽連環∽ - catenation -  作者: 之 貫紀
第1章 ハティ
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終劇

 ソーナスの冒険者達は、ライデルやギルド長を先頭に、野営地へと足を踏み入れた。


「今日中にケリを付けるつもりだったか」


 クレア達が野営地にいないことを確認したギルド長が、顔をしかめながらそう言った瞬間、17番の方向で、一条の雷が轟いた。


「ちっ、すでに始まってやがる!」


 ライデルが舌打ちすると、前方の森がざわめき始めた。


「魔物、来ます!」


 斥候職の何人かが、前方から凄い勢いで走ってくる魔物を感知して注意を促した。


「ゴブリンやウルフ……だけど、数が多い!」


 それを聞いて前衛職が前方で盾を構え、槍持ちがそのすぐ後ろに陣取った。

魔物達が、野営地の森の切れ目から現れると、弓手や魔法使いが、一斉にそれを攻撃した。


「この先何があるかわからん! 魔力はなるべく節約しろ!」

「そんな余裕があると、いいなぁ!」


 アイスアローを打ち出しながら、魔法使いが言葉を吐き出した。

冒険者達は全員が本能で理解していた。今を越えなければこの先はないのだと。


 時折、前方から落雷の音が聞こえる。なにかが激しく争っているようにも思えた。

沸き上がった黒雲は、ますます高くその厚みを増していた。落ちていく日と共に、まるで、世界を暗黒に染めようとしているかのようだった。


「これって、襲撃ってより、何かから逃げてるって感じじゃないですか?」

「そうだな。種族もバラバラだし、一緒に行動してるって感じじゃねえよな」


 ぶつかってきた魔物達は、まとまって冒険者達に攻撃をしかけるわけでもなく、バラバラに拡散していった。

その分、前衛への負担は少なかったが、拡散した魔物が戻ってきたりしないかと、後衛職たちは気が休まらなかった。


 何度か落雷の音が響くと、出てくる魔物の数が急激に減ってまばらになった。


「やはり、向こうの戦闘から逃げ出した連中だったか。よし、すぐに17番に向かうぞ!」


 ギルド長がそう言った瞬間、通り過ぎた魔物たちがやってきた方、戦闘が行われているらしい方角の森の奧から、それまでにない圧力が沸き上がった。


「なにかいるぞ!」


 ぱらぱらと散発的に走り出てくる魔物達を、その盾でたたき落としながら、ライデルが注意を促した。

そこにいる何かは、いままで向かってきていた魔物達とは一線を画す、強烈な存在感を放っていた。


「なんか、結構な数がいそうなんですけど」

「Dじゃ無理だな。Cでも危ない」


 気配察知に優れた冒険者の台詞をうけて、各パーティは、自分達のフォーメーションを築き始めた。


 そうして、不気味なうなり声がきこえはじめ、今まさに戦闘が始まらんとしたとき、その気配に向かっていこうとした冒険者達を押しとどめるように、重槍のミーナが叫び声を上げた。


「待って!」


 何人かの魔力の気配に敏感な冒険者達が、その言葉の意味を正しく察して、ミーナと同様、おびえるように空を見上げた。


「なんだ?」


 ライデルは、こんな時にといぶかしげに思いながら、ミーナの方を振り返った。


 上空では、次々とわき上がっていた黒雲が、凄い勢いで渦巻き状に天を覆っていた。

そのうち、普段魔力をほとんど感じない者達にすら、ぴりぴりと肌を刺すような刺激が感じられはじめた。


「なんだ?! このバカみたいな魔力は!?」


 あまりのことに、その場の誰もが動くことさえできなかった。冒険者も魔物も、あまねく森の生き物たちが等しく硬直していた。

その魔力の高まりが、ふっと嘘のように消えた瞬間、クレア達が闘っていると思われる方向に、落雷の嵐が巻き起こった。


 パンデモニウム。

それは地獄の悪魔の集う場所。強力な嵐に倒れ、激しい落雷に貫かれ、何人といえども許可無くそこへ到達することはできはしない。


 もはや目も開けていられない程の閃光の連続に、誰もが死を覚悟した。

そして、永遠にも感じられた僅かな時間の終わりに、神の御業と見まがうような、光の柱にも似た巨大な雷がまっすぐに落ちてきて、轟音と共に、辺りを白に包み込んだ。


 そこに立っているものは誰もいなかった。全てが等しくひれ伏していた。

そうしてどのくらいの時間が経っただろうか。黒雲も雷光も、その全てが飛び散って、やがて、再び人の世界が戻ってきた。


 微かに空に残る残照が失われ、静かな虫の(こえ)が聞こえ始めたとき、冒険者達は我に返って、ゆっくりと立ち上がった。

そこには争いの音も魔物の気配も、全てが嘘のように消え去って、美しくも、もの悲しい、夏を夜の訪れを告げる虫の(こえ)だけが響いていた


「いまのが、災害級か……」


 誰かが呟く。


「あんなの相手にどうしろってんだ?」


 ライデルがギルド長に問いかけた。

ギルド長は首を横に振りながら、「それでもどうなったのか、確認にだけは行かなきゃな」と、答えた。


 ∽━…‥・‥…━∽


「終わったのか?」


 耳と目をふさいでいたクレアが、そっと目を開けてそう聞いた。

目の前の暗黒の森は、落雷の嵐のせいで、数百ミールの範囲にわたって、地面は掘りおこされ、木々は千切れ飛び、さんざんな有様だった。


「さあ、みんなが来る前に、あの中央辺りに急ぎましょう」


 アルダはクレアを促して移動すると、惨劇の中央付近で、ハティの死体を取り出した。


「なっ!」


 急に現れた巨大な狼の死体――体高は4ミール以上あるだろう。体長も10ミールは下らない――に驚いたクレアは声を上げた。


「これが、ハティか」

「はい。クレア様、その剣で首の辺りを一刺しお願いできますか」


 今のハティは、雷撃と、クリムゾーナの攻撃で首の骨を砕かれている。剣の傷がないと説明が面倒になるのだ。


「あ、ああ。しかしすでに死んでいるものに剣を振るうのはどうも……」

「お願いします!」


 真剣に頭を下げるアルダを見て、クレアは黙ってその剣をハティの体に突き刺した。

死体のハティでは、魔力を込めるわけにもいかず、剣は抵抗なくその体に埋まって行った。


すると、まさに今死んだかのように、ハティの体からは血がこぼれだした。どうやらカード化してホルダーに入っているものには、時間がその力を及ぼさないようだった。それで、なぜ従魔の怪我が治るかは謎だったが。


「それから――ちょっと失礼しますね」

「え? おい、一体なにを?!」


 アルダがクレアの手を引っ張って座らせた。その瞬間、アルダに押されたクレアは、バランスを崩して後ろ向きに倒れた。


「あ、おい、まさか、ここで?! いや、ちょっとまて、確かに感謝はしているが、いくらなんでも、ここでは……」

「な、何を言っているんですか、クレア様!? もうすぐギルド長達がやってきますから。ほら、戦闘した後ちょっとくらいは汚れてないと拙いでしょう?!」

「あ、なるほど」


 ふーっと息を吐いて、クレアが落ち着いた。

そのまま転んで見上げる夜空には、いくつもの星がきらめいていた。


「アルダ」

「はい?」

「私のエスクワイアになってくれてありがとう」

「それ、前にも聞きました」


 そう言ったアルダの顔は赤かった。

そのとき、遠くから驚きや不安が混じった冒険者達の声が聞こえてきた。


「ほら、クレア様。立って手でも振って下さいよ」

「いや、まて、そんな。照れるだろ」

「今更何を言ってるんですか。もうクレア様はソーナスの英雄なんですよ」

「……いや、本当の英雄は、街を護るために損得も考えずに追いかけてきたバカ(冒険者)どもだろう?」


 そう言うってクレアは立ち上がると、愛すべきバカどもに向かって、大きく手を振った。

大きな歓声がとどろいたのは、そのすぐ後のことだった。



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