奮起
「ギルド長!」
門の下から、ニールが叫んだ。
「ああん? なんだよ。どうせ今日は、開店休業するしかないぞ?」
ライデルと一緒に、すでに結構な酒を呷っていたワイズは、壁の上から顔を覗かせると、面倒くさそうにそう言った。
ニールは息を切らせながら壁の上まで登ってくると、ワイズの肩を掴んで問い詰めた。
「ハティの討伐依頼がなくなった件で、ギルドに大勢の冒険者が詰めかけてるんですよ! ギルド長を出せって!」
「ちっ、今まで、宿でのうのうとしていやがったくせに」
「まあ、そう言うなよ。みんな、ハティ討伐に賭けていたとも言えるだろ?」
ライデルが取りなしたが、ギルド長は、準備を手伝えよ、準備をよ、とぶつぶつ呟いていた。
「それで、ハティ討伐の依頼がなくなったのは、クレア様やアルくんと何か関係が?」
「おまえ、何でそれを」
ニールの鋭い突込みに、ワイズは思わず口籠った。
昨日ニールが部屋を覗いたとき、クレアとアルダは、なんだか妙な雰囲気だった。
今朝だって、ちょっと依頼で早くでなきゃいけないなんて言ってはいたけれど、ニールはその依頼のことを知らなかった。だから、彼女は、てっきりクレアの依頼だろうと思っていたのだが……
「まあ、夕べ、ちょっと」
「はーん? そういや、昨日と同じ服っぽいな、お前」
「もう! それは誤解です! そんなことに気づかなくて良いですから、とにかくギルドまで来て説明して下さい!」
「あー、わかった、わかった。おい、ライデル。行くぞ!」
「俺もか?!」
「ったりまえだろうが。今のところ、この件を知ってるのは俺とお前だけなんだからな」
嫌な予感がしたニールは、温度の下がった眼差しでギルド長をねめつけた。
「ギルド長。まさかとは思いますけど、今日クレア様達がいないことと、ギルドの開店休業にも、何か関係が?」
それを聞いたワイズは、頭をぼりぼりとかきながら、とにかくギルドで説明するとだけ言って、立ち上がった。
∽━…‥・‥…━∽
「あ、ギルド長だ!」
ギルドの入り口前でたむろしていたひとりの男が、ニールに連れられて戻ってきたワイズを見て叫んだ。
その声に、冒険者達は、それぞれがバラバラに質問を始めた。
「おお、ワイズ殿、一体何がどうなっているのだ」
「説明しろー」
「準備に使ったカネは保証されるのか?」
「馬鹿野郎、そんなわけあるか」
「どうして急に依頼が消えたんだ?」
「ハティはもういないのか?」
ギルド長が手を挙げて、バラバラの発言を遮った。
「まてまてまて! 一度に言われたってわかんねーよ!」
「ギルドに全員が入るのは無理ですから、その先の広場に集まりますか? 住民に聞かせたくない話があるなら、ギルドの大会議室でパーティリーダーだけに集まって貰いますが」
ニールがギルド長に耳打ちした。
彼は一瞬思案したが、全員に広場に集まって貰えと指示をだした。
∽━…‥・‥…━∽
「それで、ハティはいなくなったんですか?」
広場に集まった冒険者たちがギルド長を待つ間、一緒に戻ってきたライデルにまわりの冒険者が質問を浴びせ続けていた。
”重槍”がハティの調査を行っていたのは、皆の知るところだったからだ。
「いや。そうじゃない」
それを聞いてまわりの冒険者にざわめきが広がった。
「じゃあ、なんで依頼がなくなったんだ? 何処かのAランクパーティあたりが討伐を引き受けたのか?」
「あれはそんな生やさしい相手じゃねーよ。俺たちが束になってかかっても、どうか、ってところだ」
ライデルがそう言うと、さらに、まわりが騒々しくなった。
「じゃあ、軍でも出てくるのか?」
「雑魚魔物の大軍ならともかく、人間相手の軍が出てきたところで、何の役にも立ちゃしねーよ」
「ちげぇねぇ!」
まわりから笑い声が上がる。
冒険者はたいてい、軍人とそりが合わない。
前者は主に魔物を、後者は主に人間を相手にする職業で、強さの基準が違うこともあるが、規律を大切にする軍と、自由を尊ぶ冒険者では折り合いが悪いのも仕方がなかった。
そのため、少数の強力な魔物相手の討伐に軍が絡むと、こうやって、冒険者に揶揄されることが多かった。
軍と冒険者が魔物討伐で協力する場合、冒険者の被害は、軍に使われた場合の方が大きくなる傾向があることも、それに拍車をかけていた。
軍に使われた挙句に、命を落としちゃ浮かばれないってわけだ。
皆が落ち着くのを待って、ライデルは、今言えることを言えるだけ語った。
「俺に言えることは、ハティは災害級の魔物で、俺たちくらいのパーティが少々集まった程度では、真正面からじゃ返り討ちにされそうな相手だって事と――」
ライデルは、悔しそうに言葉を継いだ。
「――領主からの依頼は撤回されたってことの2つだけだ」
「いやだから、その理由や今後のことが――」
「ちょうど、今からその話が聞けるみたいだぜ?」
そう言うと、ライデルは、皆の前に立ったギルド長を指さした。
「皆、よく集まってくれた」
通りの良い低めのテノールで、ワイズは落ち着いて話し始めた。
「聞いての通り、ハティの討伐以来はキャンセルされた」
ワイズは、そこで、集まった冒険者たちを見回した。
「しかし、ハティがいなくなったわけではない。しかも、”重槍”の報告によると、今回の相手は災害級と言ってもいいほど強力なヤツらしい」
その言葉に、遠巻きに見ていた街の住民たちがざわついた。
「それで、どうして依頼がキャンセルされるんだよ? ソーナスを見捨てるってことなのか?」
「領主の依頼がキャンセルされたのは、その報告を聞いて領軍の援軍を仰いだ俺のミスだ」
「援軍を仰いで、依頼がキャンセルされるってことは、領軍が出張ってくるのか?」
「そうだ……」
それを聞いた住民たちの間には、一斉に安堵する雰囲気が流れた。
冒険者たちは不満げだったが、それならそれで、仕方がないことだ。後はどれだけギルドから補償が取れるか考え始めていた。
「なら任せときゃいいか。領軍がくるのにどのくらいかかるのかは分からないが、1節もあれば充分だろ?」
「いや、領軍は今朝討伐に向かった」
「は?」
その話を聞いて、集まった人々は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。誰もその姿を見ていないからだ。
「領主様の手紙によると、ギルドが手に負えないというのなら依頼をキャンセルする。後は領軍のクレア様にやらせる、だそうだ」
集まった冒険者達はそれを聞いてざわついた。
クレアがキリークの後にソーナスを訪れたのは知っていても、彼女は供など連れていなかったからだ。ましてや軍と呼べるものなど、影も形もなかったはずだ。
「まってくれ。”城壁”の話じゃ、今回のハティは災害級で、俺たちが束になってかかっても、正面からじゃヤバいってことじゃないのか?」
「そうだ」
「それを、一人で討伐に向かった、だと?」
「二人だ。従騎士もいるからな」
「バカな」
「そうだ。一人だろうが二人だろうが、馬鹿なことに変わりはないな」
冒険者達が、またひとしきりざわついた。それを見てギルド長は言葉を続けた。
「クレア様は出発前、俺とライデルに、後のことを託された」
「後のこと?」
「もしクレア様が失敗したら、俺たちが中心になって街の人間を護って欲しいそうだ」
「それなら余計、依頼が必要だろうが!」
ギルド長は首を横に振った。
「クレア様は、自分が失敗することで、無理を利かせることができるようになることもあるだろうと、そう仰っていた」
それを聞いて冒険者達は水を打ったように静まり返った。
「そりゃつまり、領軍を動かすために、死にに行ったってことか?」
「クレア様は、死ぬつもりはないと仰っていた」
「……そうか」
そこで、ライデルが一歩前へ出て、声を上げた。
「聞け! 俺たちはソーナスの冒険者だ!」
「領主一族とはいえ、ひとりの娘が、自らの命を賭して強大な魔物の討伐に向かった! 例え討伐できずとも、命を対価に軍を動かす覚悟でだ!」
ライデルは、こぶしを握り、頭上にそれを振り上げた。
「それを俺たちは黙ってみているのか!」
「やかましい! なんでライデルのヤツが仕切ってるんだよ」
「そうだそうだ!」
「自分のケツを自分でふくから、どこまでも自由でいられるのが冒険者だろ!」
「お前に言われなくても、自分達の街を護るのを、たったひとりの娘っ子に押しつけて、安全な塀の中からそいつが死ぬのを眺めているようなヤツは冒険者じゃねぇ!」
皆が口々に声を上げた。そうして、頃合いを見てギルド長がその場をしめた。
「連中が出たのは今朝早く。目標は17番だ! 手前の野営地で一泊する可能性が高い!」
全員の士気が高まっていくのがわかる。なにしろ冒険者というのは、バカがやる職業なのだ。
「追うぞ!! 戦えるやつは全員付いてこい!」
「「「「「「おおおお!!」」」」」」
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「たきつけましたね」
ニールがギルド長に向かって声をかけた。
「格好悪いのは、やっぱり趣味じゃないからな」
「塀の上で飲んだくれているよりは素敵でしたよ」
「後で酌でもしてくれねーかな」
「私でよろしければ」
「いや、クレア様が」
それを聞いたニールは、ギルド長のお尻を力一杯蹴り上げた。
おひょーと変な声をあげながら、ギルド長が駆けていく。
そうして、全員の姿が見えなくなっても、ニールは皆の無事を祈り続けていた。